2020年3月27日金曜日

2020年3月27日 日経朝刊16面 ●新型コロナで「内定取り消し」 4要件満たなければ無効

「新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、4月入社予定の新卒学生らの待遇が不安定になっている。入社予定の会社に内定を取り消されたり、当面の自宅待機を指示されたりした場合、法的にはどう理解し、どう対応すればいいのだろうか。」という記事である。
まず、「厚生労働省によると、3月25日時点で新型コロナの影響で学生の内定を取り消した会社は20社、計30人が確認された」とし、「様々な会社で内定取り消しが発生する可能性がある」と続けた上で、「内定は、法的には企業と入社予定者の間に労働契約が交わされた状態を指す」ので「労働契約法が定める「解雇権の乱用」の規定が適用されるため、合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない内定取り消しは無効」としている。
そこで、「確認しておきたいのは、整理・解雇の要件」とし、「企業が深刻な経営悪化などを理由として内定を取り消すことは整理解雇として認められる。ただし(1)人員整理の必要性がある(2)解雇回避のために最大限の努力をした(3)解雇対象者の選定が合理的(4)手続きが妥当――の4つの条件をすべて満たすことが必要」と解説している。
したがって、「内定を取り消すのは非常にハードルが高く、業績見通しが厳しいといった程度では認められない。労働問題に詳しい嶋崎量弁護士によると、内定取り消しが有効になるのは倒産が不可避だったり、倒産を避けるため整理解雇が欠かせなかったりする場合に限られる。」と述べている。
その上で、「内定取り消しより可能性が高い」のは、「企業が内定者に4月以降に自宅待機を命じたり、入社辞退を強要したりすることだ」としているが、「企業側の責任で社員を休業させた場合は、労働基準法に基づき社員に平均賃金の60%の休業手当を払わねばならない。」ことになる。
記事では、嶋崎弁護士の「立場の弱い学生などは、企業側の働きかけに応じてしまうケースも考えられるが、応じる必要はない。会社側が事実上、一方的に内定を取り消す権利はないので、簡単に応じてはいけない」との指摘で結んでいる。

この記事で理解しておかなければならないのは、就活で内定段階まで到った場合、学生であっても、労働者として保護されるという点である。こうした保護は、実は、アルバイトの場合にも適用されるものが多い。就活をするのなら、次の『知って役立つ労働法』などを参照して、最低限の知識は、身に着けておいた方がいいだろう。
https://www.mhlw.go.jp/content/000507287.pdf
一方、厚生労働省は、内定取消が重大な事態であるので、有期契約労働者、パートタイム労働者及び派遣労働者の雇用維持等に対する配慮と併せて、経済団体等に要望を行っている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10497.html
やっと内定に到ったのに、それを取り消されるのではたまったものではないだろうが、新たな道へ進むにしても、労働者としての自覚や意識を持つことは大切であり、そのことは、無事に入社できた場合であっても同じである。

なお、下記のNHKの番組「入社式直前 一転の内定取消も… 新型コロナウイルス」では、実際に内定取消にあった学生の生々しい状況が報じられている。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200331/k10012358941000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200331/k10012360101000.html






2020年3月25日水曜日

2020年3月25日 日経朝刊2面 GPIF、外債比率10ポイント引き上げへ 高利回り投資シフト、円安要因の可能性
2020年4月1日 朝日朝刊4面 年金運用、外債シフト 新年度から 国債利回り見込めず
2020年4月1日 日経朝刊7面 GPIF、海外運用に傾斜 資産構成改定、外債比率25%に 為替リスク高まる

最初の記事は、スクープ的な速報で、「公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は資産構成の見直しで、外国債券の比率を10ポイント引き上げて25%とする方針だ。…25%ずつとしている国内外の株式は現状を維持する。」というものである。「見直しは5年半ぶり。30日に開く社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の専門部会に諮り、31日に発表する。」としている。
記事で注目しているのは、「外債と外国株を合わせた外国資産の割合は50%に達し、為替の変動が運用に与える影響は拡大する。」という点で、「地方公務員共済組合連合会と国家公務員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団の3共済もGPIFと歩調を合わせる見通しで、計約190兆円(19年3月末時点)に上る運用資産の一部が外債投資に向かえば為替相場の円安要因となる。」としている。

2番目の記事は、上記の記事内容の3月31日の正式発表を受けたものである。過去からの経緯として、「以前はリスクの低い国内債券が大半だったが、14年の見直しで国内外の株の割合を計5割に倍増させた。短期的に資産価値が変動するリスクも高まっているため、今回は株は増やさない判断をした。一方、国債など国内債券に比べて利回りが見込める外国債券を増やすことにしたという。」とし、SMBC日興証券の末沢豪謙アナリストの「米国債などの金利はプラス圏で推移しているための判断だろう。ただ、外国債券は為替リスクもあり、信用力の低い外国債はデフォルト(債務不履行)のリスクもあることに注意が必要」との指摘を紹介している。
そして、政府は「市場の一時的な変動に過度にとらわれるべきではない」(加藤勝信厚労相)との立場だが、中長期的に運用がうまくいかないと将来の年金水準に響く可能性もある、と記事は結んでいる。
■公的年金の運用資産構成(現在→変更後)
 国内株25%→25% 外国株25%→25% 国内債券35%→25%↓ 外国債券15%→25%↑

最後の記事も、朝日記事と同様の内容であるが、「日本国債の投資収益が低迷する中、利回りの高い資産の比率を高める狙いだが、為替変動による短期的な資産変動は大きくなり、海外リスクが高まる。」点に着目している。「実際の運用構成が基本ポートフォリオからずれる許容幅も改める。外国債は目標値から6%、外国株は7%までの乖離(かいり)を認めることとした。これにより、最大で国民の年金積立金の63%が海外の資産で運用される可能性がある。」としている。
その上で、GPIFの高橋則広理事長の「国債は安全な資産ではあるが、金利がマイナスであるものに投資していいのか、ずっと組織の中でも悩んでいた」「海外の方が利回りや物価の上昇率が高いという格差が埋められない中で、利回りを海外に求める結果として外債が増えた」「仮に1%でも10年で約10%になる。100円で購入しても、90円までは問題がない」という発言を引いている。

GPIFの運用資産構成の変更については、2020年3月30日の社会保障審議会資金運用部会に資料が掲載されており、厚生労働大臣からの諮問が、社会保障審議会で了承されている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10574.html
やはり気になるのは、上記記事にあるような海外投資の割合の大きさと、前回変更されたままの株式投資の割合の大きさである。どちらも、投資収益を大きく変動させるものである。今回のコロナ・ショックによる内外株式の急落で、株式比率の大きい公的年金の資産運用は、民間の企業年金を上回る打撃を受けることになる。資産運用では、短期的に一喜一憂すべきではないが、リスクの大きさが許容できる範囲のものであるのかどうかは、不断の検証やチェックが必要であろう。株頼み、海外頼みが、日本の年金受給者のための資産の運用として適切なのか、疑問が残る。
2020年3月25日 日経 夕刊2面 「年金食堂」無料で月4万食 ロシア

「ロシアで年金受給者に無料で昼食を提供する「年金食堂」が広がり始めた。小さなカフェの取り組みが注目されて支援を集め、3都市で毎月4万食を提供する。背景には貧富の差が縮まらず、多くの高齢者が困窮するロシアの現状がある。」という記事である。
「きっかけはサンクトペテルブルクのカフェだった。17年11月、店主のアレクサンドラ・シニャクさんが高齢男性から代金を受け取るのをためらって無料で食事を振る舞った。本格的に年金受給者に無料で昼食を提供し始めると利用者が増加。借金も膨らみ、家も抵当に入れたが、動画サイトで取り組みが紹介されたことで、食材の提供や寄付、ボランティアが集まり始めた。」としている。
「背景には高齢者の深刻な貧困がある。連邦統計局によると、19年の年金受給者約4600万人の平均受給額は月約1万4000ルーブル(約2万3000円)。政府が定める必要最低限の生活費(約1万1000ルーブル)をやや上回る水準にとどまる。18年には受給開始年齢を段階的に引き上げる年金改革の実施が決まり、全国的な抗議運動に発展した。」としている。
これに対し、「政権も年金改革で低下した支持を取り戻したい考えだ。プーチン大統領が提案した改憲案では「物価に応じて年金支給額を少なくとも年に1回見直す」と明記した。4月22日に予定する改憲の是非を問う全国投票で賛成票を集める狙いもある。独立系調査機関レバダセンターによる世論調査では改憲で支持する点として、「年金の定期的な見直し」が最多の92%を占めた。」という。
その上で、「ただ改憲が生活改善につながるとの期待は薄い。サンクトペテルブルクで月約2万ルーブルの年金で暮らす男性(84)は「大統領が居座るための改憲に希望はない。ソ連時代の方が福祉が充実して安定していた」。貧困層は人口の約13%と高止まりしている。社会主義のソ連に郷愁を抱く国民も増え、レバダセンターの18年末の調査では「ソ連崩壊を残念に思う」との回答が05年以降で最多の66%に達した。」とのことである。
記事では、補足として、「プーチン政権の年金改革」について、「ロシアで2019年から始まった年金の受給開始年齢を男女ともに段階的に5歳ずつ引き上げることを柱とする改革。受給開始年齢は23年までに男性が65歳、女性が60歳になる。プーチン大統領が18年に年金改革法案に署名して成立した。」とし、「財政負担の軽減や労働人口の確保が狙いとされる。発表後にプーチン氏の支持率が約8割から6割台に急落し、抗議運動が広がった。プーチン氏は女性の受給開始年齢の引き上げを当初案の63歳から60歳に見直す譲歩策を示し、理解を求めた。」と記している。

どの国でも、国民は高齢化しており、年金制度の改革が必要であるが、その実行は難しい。そのことが、独裁プーチンのロシアでも例外ではないことを知らしめる記事である。
ロシアの年金制度の概要については、少し古いが、次の「年金シニアプラン総合研究機構」の調査報告を参照されたい。
ロシアの年金改革の柱は、年金支給開始年齢の引き上げだが、60歳を65歳に延長するのは、日本人からすると当然に思えるであろう。それでも反発が強いのは、年金額の水準が低いことに加えて、ロシア人の平均寿命が、今後は高齢化すると想定されているが、現時点では短く(下記のWHO資料86ページでは、2018年の男子で66.4歳)、年金受給期間が僅かな期間になるという点があるようである。
このロシアの状況を、日本とは無縁のものと考えてよいのであろうか。私には、とても、そう思えない。2019年財政検証の結果によれば、基本ケースと考えられるケースⅢ(人口中位)において、基礎年金(1人分)の所得代替率は、2047年度以降は13.2%に下落する。正社員として上乗せの厚生年金を十分にもらえればともかく、非正規労働を長く続けざるを得なかった就職氷河期時代の人々などは、現役世代の1割ちょっとの年金で、高騰していく医療・介護の保険料も賄わなければいけなくなるのである。
対策を考えるのは容易ではないが、少なくとも、長く働く(働ける)ことを基軸とし、国民が分断ではなく連帯して立ち向かわなければならない課題であることは、間違いない。

2020年3月24日火曜日

2020年3月24日 日経朝刊33面 ●(私見卓見)新入社員の評価の意識転換を

この記事の論評については、下記の「年金時事通信」の20-005号として登載しています。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin201405.htm
2020年3月24日 日経夕刊2面 ●(就活のリアル)エントリー社数の目安 コロナ影響考慮し多めに

ハナマルキャリア総合研究所の上田晶美代表による就活実務編である。「何社ぐらいエントリーすればいいものでしょうか?」との学生からの質問に対し、「学生が会社にエントリーする数はここ3年間毎年減り続けている。マイナビの調査によれば、2017年卒の3月の平均エントリー数は30.6社、18年卒は27.9社、19年卒は20.7社となっている。売り手市場による影響が大きいと思われるが、インターンシップで事前選考が進んでいることなど、選考手法の多様化も考えられる。」としている。
その上で、新型コロナウイルスの影響を受けている今年について、「エントリーは少なすぎても多すぎても納得内定に結びつかない危険性があるため、ある程度の目安は持っておいた方がいいと思う。」とし、その理由は、「そこから現実的な企業研究が始まるという側面があるからだ。」としている。
そして、「エントリーして説明会に行き、エントリーシートを提出し、筆記試験に受かれば面接に行けるというのが通常の就職試験のパターンになる。その面接も大手企業の場合は3回はある。それらの合否はもちろん会社側から出されるのだが、実は面接が進む過程で学生の方からも検討していくのである。」としている。
続けて、「自分のビジョンに合っている会社かどうか、働きやすい職場なのかどうか、実際に面接のために会社を訪問して、人や会社を見ながら、次の選考に進むかどうか、相性を見きわめていくものなのだ。受けているエントリー数が少なすぎると、その検討過程に入れる会社が少なくなってしまい、ミスマッチが起きてしまう危険性がある。」としつつも「手当たり次第、気になる会社にたくさんエントリーすればいいかというと、それはそれで弊害がある。広げすぎると企業研究が十分できずに内容の薄いエントリーシートになってしまう。通過できず、結局面接に行ける会社は一握りになってしまいかねない。」としている。
最後に、「エントリー数の目安としては今年も20社程度か」としつつ、「新型コロナの影響があり、ウェブでの説明会や面接が増えていることを鑑みると、少し多めにエントリーする方がいいように思う。」と結んでいる。

言っていることは間違いないと思うが、平時の対応という気がする。今や、コロナショックで、就活は非常時のものとなった。「2017年卒の3月の平均エントリー数は30.6社」はおろか、はっきり言って、手当たり次第くらいのエントリーが必要であろう。
もちろん、「広げすぎると企業研究が十分できずに内容の薄いエントリーシート」になる懸念はある。しかし、今年については、「入りたい会社」の前に、「入れそうな会社」を確保することが、最も重要になる。それくらいに、就活をめぐる状況は激変する。
そもそも、エントリーシートには、何を書くのか。次のリクナビの資料を見てみよう。
https://job.rikunabi.com/contents/entrysheet/4570/
この中で、企業によって異なるのは、「志望動機」のみである。後は、企業によって様式が異なる場合はあるだろうが、基本的に同じで構わない。はっきり言って、20社に絞ろうと、50社にしようと、大して手間はかからないのである。
そもそも、その志望動機にしたところで、ほとんどの学生が自社の事など知らないのは、企業にだって分かっている。だから、付け焼刃のもので構わない、ただ一つ重要なのは、学生が自社の事を何も調べずに応募しているのかどうかである。したがって、最低限、その会社のHPとかに目を通し、自分なりに関心を持った仕事の事を加えた方がよい。
もっとも、大会社の場合、何を書いても大学名などで選別してしまうことはあり得る。だから、エントリーシートが通過したかどうかに、過度に重きを置く必要はない。縁がなかったものと考えて、割り切ればよい。とにかく、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」「犬も歩けば棒に当たる(良い意味の方)」なのであるから、玉は、沢山打った方がいいのである。
ただし、一つだけ留意点がある。自分が、応募した会社に出した書類や、その結果は、きちんとファイルして残しておくべきである。その会社のHPの概要も綴じておくとよい。また、面接などに進んだ場合には、その日時、場所、相手方、内容など、いわゆる5W1Hの区分にそって簡記したものを残しておく方がよい。数が多いと、きちんと記録に残しておかないと混乱するからである。
また、内定に向かって順調に進んでいると思える場合であっても、常に、他の候補先や応募可能先はないか、気を配るべきである。うまく進んでいるのに、相手に悪いとか思う必要はない。他にも検討しているか聞かれた場合でも、「御社に絞っています」くらいのことは言って構わない。逆に、学生が企業に他の学生の採用も検討していますかと聞いた場合、「君だけです」というのは明白なウソであり、そうでなければ採用担当は務まらない。もし、それでも気になる(就活に失敗する可能性大だがの)場合には、公務員試験にはチャレンジしていますと言えばいいだろう。
最後に、もう一度言う。エントリーは、可能な限り多くすべきである。ただし、応募先は、きちんと自分で管理すること。後になって焦って数を増やすと、次のリーマンショックの時のような事態に、なりかねない。
https://news.careerconnection.jp/?p=86782

2020年3月23日月曜日

2020年3月23日 日経朝刊5面 ●大卒採用 来春4.2%増 文系11年ぶり減 本社1次集計
2020年3月24日 日経朝刊17面 ●(ビジネス激変 経営者の見方) 企業の新卒採用減も

最初の記事は、「日本経済新聞社が22日まとめた2021年春入社の新卒採用計画調査(1次集計)で、大卒採用計画が20年春実績見込み比4.2%増と11年連続のプラスとなった。文科系は1.4%減と11年ぶりにマイナスに転じた。19年10月の消費増税などの影響もあって非製造業を中心に採用を抑制する動きが目立った。新型コロナウイルスの感染拡大も今後の採用計画への懸念材料となってきた。」という書き出しである。
続けて、「大卒採用計画はリーマン・ショック後に企業の採用意欲が回復した11年度から11年連続でプラスが続いた。プラス幅は前年の7.5%増から鈍化した。製造業は5.2%増、非製造業は3.8%増だった。業種別ではレジャー(14.8%減)、百貨店・スーパー(8.3%減)のほか、空運(28.4%減)や海運(15.4%減)も減少が目立った。一方で電機(7.3%増)や精密機械(5.5%増)が増加した。」としている。
また、「IT(情報技術)人材などを求める動きは依然として堅調で、大卒理工系は11.2%増と前年の10.8%増を上回る。20年春入社で採用計画に対して内定者を確保できなかった未達の比率が9.8%に達し、需給ギャップが拡大しているためと見られる。計画未達はデータの算出を始めた08年以降13年連続となった。」そうである。
一方、「新型コロナの影響で企業業績が悪化し、採用計画を抑制する懸念も高まっている。ディスコの武井房子上席研究員は「小売企業や中国に拠点を構える企業などで採用を抑える動きが出てくる可能性がある」と指摘する。「急激な採用抑制は、社内の組織の年齢構成を維持する上で支障が出るため考えにくい」(浜銀総合研究所の遠藤裕基主任研究員)との声もあった。」と結んでいる。

次の記事は、「新型コロナウイルスの感染拡大で企業の新卒採用活動が揺れている。例年3月から本格化する2021年春入社に向けた企業の採用説明会は大規模イベントの自粛要請で中止が相次ぐ。今後、新卒採用や学生の就職活動はどう変わるのか。就活支援大手ディスコ(東京・文京)の新留正朗社長に聞いたというインタビュー記事である。
まず、新型コロナの企業の新卒採用活動への影響については、「21年春入社の採用活動は不透明になってきた。もともと今年は7月下旬に東京五輪が開幕する予定だったため、選考活動を6月中に終わらせようと考える企業が多かった。ただ、新型コロナで3月に採用説明会を開けない企業が多く、今後の採用スケジュールは後ろにずれるだろう。経済への影響が長引き景気が冷え込むと、企業が採用数を減らす可能性もある」との回答である。
次いで、ウェブ上での採用説明会や面接については、「当社は11年にウェブ説明会のサービスを始めたが、普及には至っていなかった。20年は一気に広がる年になるだろう。ウェブ説明会は地方や海外の学生にとって企業を知る機会創出にもつながる。初期選考などをウェブに置き換えれば、地方や海外の学生にとっても交通費負担が減り、就職チャンスが増える」という見方を示している。
そして、リアルからウェブへの説明会や面接の全面移行については、「ウェブへの全面移行は簡単ではない。学生から人気の高い有名な大手企業はウェブ説明会で学生を集められるが、そうでない企業は集客が難しいだろう。依然としてリアルの採用説明会には利点がある。例えば、合同の採用説明会では、中堅・中小や法人向けビジネスを展開する企業など、学生からの認知度が低い企業は、合同説明会に集まった学生に能動的に働きかけられる」としている。
続けて、ウェブ採用普及に向けた課題については、「企業側にとっては学生が説明をどう受け止めたか捉えにくい。集団面接では誰が発言しているかわかりにくく、評価しにくいという企業の声もあった。一部はウェブに置き換えても、最終面接などでリアルな場で会話をしながら学生を説得したい企業もある」「学生にとっても採用説明会は企業の話を聞くだけでなく、会社全体の雰囲気や社員の表情などから企業を見極めることも大切だ。ウェブでは限界がある。企業にウェブ採用が使われ始め、様々な課題は洗い出される。今後のサービスの質の向上につながるだろう」との見解である。

最初の記事だと、2021年春入社の新卒入社の就活も、これまでとあまり変わらないような印象を受けるかもしれないが、そんな事はあり得ない。この1次集計は、3月4日までの回答をベースにしているが、それ以降の状況も激変している。それを、日経平均株価で見ると、次のようになっている。
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_market-nikkeistock
すなわち、2月下旬に下落した株価は、3月に入って一段と急落しているのである。また、このアンケートの回答を担当しているのは、人事部などの部局であろうが、基本的な考え方は前例踏襲であろう。「急激な採用抑制は、社内の組織の年齢構成を維持する上で支障が出るため考えにくい」というのは、人事部的には当然の発想であるが、危機に当たっての経営者の判断とは大きな隔たりが生じる。記事で言及しているリーマン・ショックの際には、年齢構成など考える余地もなく、企業は生き残りに必死になった。今回のコロナ・ショックは、リーマン級を超えるものと思われ、とても楽観できる状況にはない。

二つの記事に出て来る就活支援大手ディスコのコメントの要諦は、「21年春入社の採用活動は不透明になってきた」「企業が採用数を減らす可能性もある」という点にある。東京オリンピック・パラリンピックも延期は確実になった。企業が学生の内定を急ぐ必要は、まったくなくなったわけである。採用スケジュールは、夏から秋にかけてにずれ込み、コロナが一段落しなければ、冬場にもかかってくると考えるべきであろう。
学生にとっては、長く辛い就活が続くことになる。当面を考えると、採用試験などの日程が毎年決まっている公務員などに、まず注力した方がよいのではないか。採用数が絞られると、必ず学力テストの比重が高くなる。公務員試験の問題は、その学力を測るバロメーターにもなるから、延期された説明会などで浮いた時間を活用するための格好の準備素材になるであろう。資格試験の勉強に打ち込むのもよい。
とにかく、昨年までの就活ノウハウは、通用しない。これからが長丁場の戦いである。多少の息抜きは必要だろうが、日々、無駄な時間を過ごすことのないようにする必要がある。それはあたかも、大学入試の受験準備に似ている。
2020年3月23日 朝日朝刊29面 ●就活、答えはひとつじゃない 新型コロナ影響、不安な学生へ先輩語る

「来春卒業予定の大学3年生らを対象にした就職・採用活動の説明会が1日、解禁されました。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で説明会が中止になるなど、不安も少なからずあるなか、就職活動にどんな心構えで臨めばいいのか、社会人の先輩に聞いてみました。」という特集記事である。

まず、DeNA会長・南場智子さん(57)の話であるが、自身の体験談として、「コンサルタント会社(マッキンゼー・アンド・カンパニー)に勤める先輩に誘われて行った説明会で格好良さにひかれ、たまたまその会社に内定しました。一番ダメな例です。自分の将来についてちゃんと考えなかったし、他の選択肢も考えていなかった。だから、入社してから苦労しました。先輩の指示の意味もわからず、焦って夜遅くまで働いて寝不足になる。周りの評価を気にして、自信がなくなる悪循環に陥っていました。」とし、「「昨年10月のDeNAの内定式では、内定者に「自分のことをうんと好きになってきてほしい」と話しました。期待に応えられない悔しさや同期との比較が気になり自信がなくなってしまう中で、自分の個性を大切にしてほしいという願いからでした。」としている。
そして、「これは、就活生にも言えると思います。就活では、足りないところをどう見せるかばかりを考えるのではなく、自分の大好きなところはどんなことかを考えてきてほしいと思います。DeNAでは自分らしさを出せるように、面接や内定式でも思い思いの服装で参加してもらっています。」とし。「会社は多様な人材がいる方が発展します。ただ、あえて言えば表面的には静かな人でも、アグレッシブな人でも良いのですが、芯は「真面目で頑張り屋」な人を求めたい。」としている。
続けて、「状況が悪いときでも、組織が強ければ必ず乗り越えられる。仕事に真摯(しんし)に取り組む社員の存在はすごく頼もしく感じます。だから、私は採用を大事にしています。」とする。
一転して、「日本の教育には、一つの答えを正しいとする価値観があります。そして「間違えない達人」をつくるんです。就職活動でも、企業や会社に偏差値や序列があるかのような情報が出回り、大企業に向かっていく。でも、職業選択に偏差値なんてあるわけないじゃないですか。夢中になって仕事をして社会貢献するという醍醐味を知ることで人は成長できるのです。」とし、「日本は少子高齢化など様々な問題に直面しています。前例がないわけだから、その対処方法にはユニークさが必要になる。「こうであらねばならない」ではなく、自分の個性を解き放って成長してほしいです。」と結んでいる。

一方、作家の万城目学さん(44)は、「私はいわゆる就職氷河期世代です。4回生(4年生)の時には、小説家になりたいという漠然とした気持ちがあるような段階で就職活動をしました。何をやりたいかもわからず、とりあえずネームバリューのある企業に応募しましたが、一次面接で落ちてばかり。途中で「もうええか」と就活をやめてしまいました。その後、小説を書き始めたのですが、書きながら「すぐには小説家にはなれない」と感じ、翌年に再び就職活動をしました。」としている。
そして、「1回目があったので、就活は本気で取り組まないといけないことはわかっていました。そこで私が立てた戦略はあまり働かない会社に入ろう、ということです。今思えば、ずいぶん上から目線かもしれませんね。当時は説明会で、モーレツに働くことを社員が武勇伝のように語る会社がたくさんありました。小説を書くためには仕事以外の時間がほしいし、家族とも過ごしたいし、土日は家にいたい。だから、そういった会社は選択肢から外しました。」とし、「本当に面接での受けが悪かったですね。僕は、具体的な作業を一緒にしたら、だれよりもできるという自信はあるんです。でも、面接では自由闊達(かったつ)にしゃべれない。わずかな時間でフィーリングが合うというタイプではないんですね。僕の場合は、採用課長が最終面接でうまく声をかけてくれて、なんとか素材メーカーから内定をもらいました。」としている。
その上で、「就職活動って苦しいですよね、良いことないですもん。私も落ち込んではノートにぽつんと黒電話の落書きを描き、「鳴らない電話」と名付けていました。就職活動のような苦行には、メンタルの持ち方が大事かもしれません。すごく結果の悪かった日でも、明日のためには気持ちの切り替えが大切です。引きずるともっと自信がなくなるので、忘れることがいいんじゃないでしょうか。」とし、「本当は1秒でも早く内定を取って就活を終えてほしいですけれど、そうもいかない。就活生は本当につらいですよね。今は売り手市場だからって、自分の時より楽だとか言いたくもないし、いつかは決まると言うのも無責任だし。ただ、働き出したら、もっと多くの悩みに出合います。たいしたことないんですよ、その会社に行けるか、行けないかは。あまり大きなことと捉えすぎないでほしいです。」と結んでいる。

そして記事では、「リクルートキャリア就職みらい研究所が3月6~8日に企業の人事担当者へ行った調査では、2021年卒の採用活動に新型コロナウイルスの感染拡大の影響が「ある」との回答が58.4%、「現時点ではないが、今後は影響がありそう」との回答が29.7%だった。」とし、「影響が「ある」「ありそう」と回答した人事担当者685人に課題を聞いたところ「採用スケジュールの見直し」を挙げた人が76.6%で最も多かった。具体的な影響としては、グループ面接に影響があるとしたのが248人、エントリーシートなど書類選考に影響があるとの回答が180人だった。書類選考への影響では、日程を変更して実施する予定とする企業が50%にのぼった。」としている。
また、「採用予定数を当初の計画から変更するかを尋ねると、「変更しない」が48.2%と半数近くを占めた。「(増減を)検討中」と答えた企業は29.5%、「減らす」とした企業は12.7%だった。同研究所の増本全所長は「依然として企業の採用意欲はあるが、スケジュールを遅らせる企業が多い。学生は不安になると思うが、冷静に志望企業のスケジュールを確認することや積極的な情報収集を心がけてほしい」と話す。」とし、「「会社説明会は3年生の3月、面接は4年生の6月解禁」とする大学生の就職・採用活動の日程ルールは、2020年春に卒業する学生まで主導してきた経団連に代わり、政府がルールをつくり、企業に守るように要請している。」が、「就職活動は前倒しされている。就職情報会社ディスコの調査では、説明会解禁の3月1日時点で内々定を得た学生は前年実績より2.0ポイント多い15.9%だった。」としている。

コロナ・ショックの状況下でも、「説明会解禁の3月1日時点で内々定を得た学生は前年実績より2.0ポイント多い15.9%」というのは驚きだが、「内々定」というのは、「内定」とは異なり、口約束レベルのものであり、また、コロナ・ショックによる状況激変で、非常に不安定な状態になるであろう。「内定取消」には社会的な批判も大きく、補償問題が出て来る可能性があるが、面接解禁の6月より前の「内々定」は、掟破りの行為であるから、関係する企業だけでなく学生側にも問題があるとみなされるはずで、言ってみれば風前の灯の状況になる。
記事のお二人の話を見てみると、南場智子氏は、会長という経営者の立場に立っており、学生からすると、思い出話的な印象になるだろう。ただ、「自分の個性を大切にしてほしい」という点は、確かに重要なことで、就活の中では見失いがちであるから、しんどい時は、少し休息をとって、自分は何をしたいのかなど、目前の就活の事ではなく、自分の未来を考える時間を取った方がいい。「職業選択に偏差値なんてあるわけない」のは、結婚と同じようなものだと考えればいい。誰もが憧れるスターと結婚しても、それで幸せになれるとは限らない。長い人生と、この人となら一緒に歩める、という気持ちが大事であろう。しかも、その幸せは、結婚したらつかめるというものではない。夫婦がお互いにたゆまぬ努力を重ねて初めて、結婚生活の幸せが手に入るのである。就職だって同じ事で、一番大事なことは、この会社なら自分なりにやっていけそうと感じられることである。それは、規模でも給与でもなく、他人が羨むかどうかではない。自分自身を大切にしなければ幸せになれないのは、就職でも同じである。
一方の万城目学氏の方は、「小説家になりたい」という思いを大事にしつつ、「すぐには小説家にはなれない」というか、要するに、食っていかなければならないということで、就職活動をしたのであろう。「あまり働かない会社に入ろう」というのはもっての他の考え方だが、「具体的な作業を一緒にしたら、だれよりもできるという自信はある」ということだから、無駄な時間は過ごしたくないということであり、実は、こういう人は非常に仕事ができることが多い。限られた時間を、いかに有効に過ごすか、というのは人生の大きなテーマであり、そういう考え方の人には無駄な動きが少ないからである。その上で、氏は「就職活動って苦しい」としながら、「たいしたことない」と言い切る。長い人生において、あの学校に受かったら、あの会社には入れたら、あの人と結婚できたら、と転機になりそうな事はありそうに思えるものだが、そうなったとしても、そうならなかったとしても、人生は続いていく。「決定的な瞬間」というのは、実は、ありそうでないものなのである。例えば、オリンピックで金メダルを取れれば死んでもいいと思っていても、そうなればなったで、その後の人生は続く。人間の人生の価値を決めるのは、所詮、自分自身以外にはない。「人もうらやむ」なんて、どうでもいいのである。自分で自分を褒めてあげられるかどうか、頑張った自分を一番良く知っているのは、貴方自身なのだから。

2020年3月21日土曜日

2020年3月21日 朝日夕刊6面 ●就活サイトと大学「平日インターンNO」 「学業に悪影響」、情報掲載せず

「授業がある時期の平日に実施するインターンシップは認めない――。就職情報サイトを運営するリクルートキャリアやマイナビなどで作る団体と、国公私立の大学などの団体が19日、共同声明を発表した。就職活動をめぐり立場が異なることが多い就職情報会社と大学が共同声明を出すのは初めて。今月末に開かれる経団連と大学などで作る協議会もこの声明を支持する見通しだ。」との書き出しの記事である。
続けて、「声明は、多くが大学3年生から参加するインターンシップが、実質的に採用選考プロセスとなっていることや、授業がある時期の平日に実施するものがあるとして、学生の学業に悪影響が出ていると指摘。長期休暇中や休日に実施するインターンシップしか認めないと宣言した。1日で行う単なる会社説明会を言い換えて使う企業が多いとされる「ワンデーインターンシップ」という表記を、就職情報サイトで使わないことを宣言した。」という。
そして、「情報サイト側のマイナビの浜田憲尚専務は「今後は企業が授業に支障を及ぼすような平日に実施するインターンシップの情報は、各社のサイトに掲載しない」。私立大の団体で就職問題を担当する明治大の土屋恵一郎学長は「これまで大学と就職業者の関係は良くなかったが、現状を改善するためには連携が必要。大学と業者がタッグを組むことができた画期的な声明だ」と語った。」と結んでいる。

記事の共同声明「学修経験時間の尊重に向けたインターンシップの取り組み」については、次の通りである。
https://www.shidairen.or.jp/files/user/20190319kyodoseimei.pdf
この「ワンデー(1日)インターンシップ」や「学業に影響する平日の開催」の原則廃止については、2月10日に経団連が方針を決定し、3月末に開く大学側との産学協議会で計画の採択を提案予定とのことである。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020021000985&g=eco
もともと、1日インターンは、2017年4月10日に、経団連がインターンの最低日数要件を削除したことから蔓延したものである。
https://www.keidanren.or.jp/policy/2017/030_kaitei.html
一応、「インターンシップ本来の趣旨を踏まえ、教育的効果が乏しく、企業の広報活動や、その後の選考活動につながるような1日限りのプログラムは実施しないことを明記した。」としていたが、チェックも罰則もなく、実質的に骨抜きの制約だった。
そもそも、1日インターが、「単なる企業説明会や会社見学が大半」になるのは当たり前で、企業による学生との早期接触という協定破り以外の何物でもないわけだが、その横行を実質的に容認するものだったわけである。
今回、経団連が方針転換しても、有効に機能するのかという懸念はあるが、少なくとも経団連中核の大企業は順守せざるを得ないわけだから、その影響は小さくない。また、折しもコロナ・ショックで、就活は売り手市場から氷河期に向かうものと考えられ、企業側もじっくり学生を選別する必要があるという状況にもマッチしている。
建て前とは別に、インターンへの参加が、学生にとって就活に有利であったことは間違いない。中には、「内々定」に到ったという例もあったようだが、極めて稀な例外であり、今後の就活では、企業側にそこまで焦って学生を確保すべき誘因はなくなるであろう。掟破りのインターンに振り回されて学業が疎かになるようでは、本末転倒である。まず、学業にしっかり励んで、あやふやな情報に踊らされないようにすることが、これからの就活では大事になる。

2020年3月20日金曜日


2020年3月20日 朝日朝刊6面 日本ガイシの新制度 60歳超えても賃金は下げない


記事は、「60歳を超えても昔と変わらずお金を稼げるサラリーマンは珍しい。ところが、「65歳まで賃金が下がらない」制度を始めた東証1部企業がある。創業101年のセラミックス大手、日本ガイシ(名古屋市)だ。」という書き出しで、「もともとは60歳を超えると1年更新で再雇用され、賃金は半分に落ちていた。2017年春に始まった新制度は定年を65歳にし、賃金水準は維持する。山田忠明・常務執行役員は「厳しく言えば、60前と同様に働いてほしいというメッセージ」と話す。」というものである。
その背景として、「公的年金の支給開始年齢の引き上げにあわせ、希望者全員を65歳まで雇うことが13年施行の改正高年齢者雇用安定法で義務づけられた。バブル期の採用増もあり、日本ガイシでは今後、毎年100人規模の社員が60歳を迎える。「戦力化」は待ったなしの課題だが、半分の処遇でモチベーションを保つのは難しい。出した答えが、以前と変わらない賃金で報いることだった。」としている。
しかし、「ただ、単に60歳超の賃金を増やせば会社の負担は急増する。そこで、全体の賃金制度も改め、子育て世代の昇給を早める一方、ベテランの伸びを緩やかにした。ここで得た「節約分」に企業年金分のお金を加え、それでも足らない数億円は会社が負担した。「働いて稼いでくれたらマイナスにはならない」。大島卓社長ら経営陣もGOサインを出し、労組との協議で、健康や介護の事情に配慮した短時間勤務や週3日勤務の仕組みも整えた。」とのことである。
その上で、「「人生100年時代」を迎え、政府は本人が希望すれば70歳まで働ける機会をつくる努力義務を企業に課す方針だ。「戦力」として働く60歳超の待遇の見直し議論は、多くの労使で今後避けられなくなる。」と結んでいる。

背景となっている「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の改正は、次の通りである。
そして、2019年の「高年齢者の雇用状況」は、次のようになっている。
企業の雇用確保措置への対応は、①「定年制の廃止」(2.7%)、②「定年の引上げ」(19.4%)、③「継続雇用制度の導入」(77.9%)に分かれるが、記事の日本ガイシは、③の1年更新で再雇用から、②の定年65歳、に移ったわけである。
再雇用では、正社員から非正規雇用に身分変更となるから賃金の再設定が可能であり、引き下げが普通だが、定年延長なら正社員の身分は継続するので、賃金は基本的に下げられない。その点では、珍しくも何ともないのだが、結局のところ、記事は、③→②の変更が珍しいと言っているわけである。
だが、実際に、そのような変更をしているか、あるいは初めから定年延長にしている企業は増えている。そのことは、次の5年前の2014年資料と比較してみれば分かる。
すなわち、5年前は、①「定年制の廃止」(2.7%)、②「定年の引上げ」(15.6%)、
③「継続雇用制度の導入」(81.7%)であったから、対象企業に変化はあるものの、定年延長企業が増えていることは間違いない。
その定年延長の場合の最大の問題は、賃金カーブの修正である。すなわち、旧定年前の給与を従来より下げて、定年延長後につなげるわけである。これは、年功賃金の修正ということになる。
しかし、企業の先行きが不透明になってきている中、いわば「余生」が延びる高齢従業員にとっては受け入れやすいかもしれないが、若年の従業員にとっては、先輩よりも給与上昇の見込みが抑えられる上に、さらに上司として居座られる期間が長くなるわけだから、たまったものではない。よって、本格的に対応しようとすれば、賃金カーブのみならず、終身雇用のあり方にも変更を加えなければならないことになる。
そこまでの認識が進めば、「定年」には意味がなくなる。「定年」は、そもそも、その年齢までの雇用保障であり、年齢差別的なものである。業績や貢献による処遇を行う上では、むしろ邪魔になるわけであり、そのような理解に立てば、「定年撤廃」に向かうことになるであろう。「年齢差別」を禁止している米国などには、「定年」はない。
ただ、「定年」が根付いており、正社員と非正規労働者との間で歴然とした身分差別が許容されている日本の現状からすると、「定年撤廃」には踏み込みにくいのは事実であろう。
「定年撤廃」は、正社員としての身分格差を温存する「定年延長」とは真逆とも言える。
正社員と非正規という区分も意味を失い、業績と貢献による処遇を求められることになる。よって、全般的には、正社員の給与は下落し、非正規労働者(この区分は無意味になるが)の給与は上昇する。「同一労働同一賃金」への道も開けるであろう。だから、正社員主体の組合が抵抗することになるだろうが。

2020年3月19日木曜日

2020年3月19日 日経朝刊17面 ●新型コロナで内定取り消し 企業、救済に名乗り
2020年3月20日 朝日朝刊9面 内定取り消し21人 半数は宿泊・飲食業 新型コロナ

最初の日経の記事は、 「新型コロナウイルスの感染拡大が企業の採用にも影響を及ぼし始めている。中小企業などで2020年4月に入社予定の学生の内定を取り消す動きが出ており、こうした学生を救おうと採用に乗り出す動きがある。学生優位の売り手市場といわれるなか、新入社員も新型コロナに翻弄される。」というものである。
記事では、救済に名乗りをあげた企業として、眼鏡専門店のオンデーズ(東京・品川)、伊藤忠商事子会社で携帯電話の販売代理店大手のコネクシオ、家電量販店のノジマ、「カラオケパセラ」などを展開するニュートン(東京・新宿)の例が紹介され、就職情報大手のディスコの武井房子上席研究員の「業績に影響が出そうな旅行業界や中国に拠点のある会社で内定取り消しが発生する可能性がある」とのコメントが掲載されている。
次いで、「新型コロナの影響で企業の経営が厳しい場合でも一方的な内定取り消しは難しい」として、労働や雇用の法律に詳しい高仲幸雄弁護士の「安易な内定取り消しは裁判で無効とされるリスクがある」「企業は内定者に一定の金銭を支払って内定の解約で合意を得るなど他の策も検討すべきだ」とのコメントを掲載している。
最後は、「内定取り消しの事例は08年のリーマン・ショック後や11年の東日本大震災後にもあり社会問題になった。」と結んでいる。
関連で、「厚生労働省は18日、新型コロナウイルス感染症の拡大による今春就職予定の学生らへの採用内定取り消しが17日時点で12社20人に達したと明らかにした。内訳は高校生が5社12人、大学生や専門学校生などが7社8人だった。いずれも新型コロナによる業績不振が原因で、宿泊業や飲食業が4社10人となった。」ことも報じられており、「政府は13日に経団連や日本商工会議所などに最大限の経営努力で内定取り消しを回避するように要請している。」ことにも触れられている。

次の朝日の記事は、基本的に同様の内容であるが、「加藤勝信厚生労働相は19日の閣議後会見で、新型コロナウイルス感染拡大の影響による企業の採用内定取り消しが、18日時点で13社計21人にのぼることを明らかにした。厚労省は企業向けの助成金を活用するなどして、企業に内定を取り消さないよう改めて呼びかけている。」と報じている。
時点の違いのためか、日経記事より1人多いが、「21人の内訳は、3月に卒業する高校生13人、大学生ら8人。業界別では、観光客の減少で打撃を受けている「宿泊業・飲食サービス業」が10人で最も多いという。13日時点で同省が確認した内定取り消しは高校生の1人だった。各地のハローワークには企業から内定取り消しに関する相談が寄せられているといい、今後さらに増える可能性がある。」としている。また、「内定取り消しなどを防ぐため、厚労省は雇用を維持した企業で一定の要件を満たした場合に支給する「雇用調整助成金」の要件を新型コロナウイルス対策の特例として緩和しており、この活用を呼びかけている。」とのことである。
関連で、日経記事と同様に、「感染拡大の影響などで内定を取り消された学生について、企業が積極的に採用をめざす動きが出ている。主に飲食店やサービス業といった人手不足が深刻な業界で、この機会に人材を確保するねらいがある。」ことも報じている。
例としては、牛丼チェーンの松屋フーズ、カレー店のチェーンを展開するゴーゴーカレーグループ、うどん店を展開するグルメ杵屋(大阪市)やとんかつ店の平田牧場(山形県酒田市)、総合スーパーのユニー(愛知県稲沢市)、食品スーパーのベルク(埼玉県鶴ケ島市)、眼鏡専門店を運営するビジョンメガネ(大阪市)を挙げている。

内定取消が、いよいよ広がってきているが、一方で、救済に臨む企業も出てきたという記事である。もちろん、そうした企業も、「善意」だけでそうするわけではない。事態が落ち着いたら人手不足が再燃すると考えているのであろう。来月4月入社が取り消された学生にとっては、藁にも縋る思いであろうし、とにかくチャレンジする方がよい。
ただし、来年春入社の就活生にとっては、注意すべき点がある。普通に考えれば、このように手を差し伸べる企業は経営状況が悪くないように思えるが、一点だけ、必ずチェックしておかなければならない点がある。それは、中途退職率である。大量に採用し、大量に退職しているという連鎖になっている場合、職場環境に問題がある場合が多い。
しかし、残念ながら、この中途退職率は、企業の開示義務情報とはなっていない。そのため、実情を把握することは困難である。一つの方法は、ネット上の口コミをチェックすることである。当てにならないものや、悪意によるものもあるので、過度に信用するのは危険だが、一応の企業風土を感じ取ることはできよう。企業側が真実でないと言うのなら、そもそも中途退職率を公表すべきなのだが、勝手に出されている情報も信用できない。
より客観的なデータとしては、有価証券報告書や会社四季報での従業員数と平均年齢が参考になり得る。採用が大量で退職が少ないのなら、従業員数と平均年齢は、基本的には増加しているはずである。もっとも、定年退職者が多い場合には、そうならないので、過去何年かのデータを並べてみる必要がある。
ともあれ、就活では、最低限、志望企業のHPの熟読に加え、有価証券報告書や会社四季報に何度も目を通し、業界他社の状況とも比較するなどの分析努力が不可欠であろう。

なお、上記記事にかかる厚生労働省の関連資料は、次の通りである。
<上記が3月13日の加藤厚労大臣の記者会見で、内定取消(この時点では1名)関連は、以下の通り。記事の19日の記者会見の概要は、まだ掲載されていない。>
記者:今回の感染症拡大の影響で、就職が決まっていた学生さんの内定の取り消しですとか、入社時期の延期といった事態が起きています。それに対しての受け止めと、厚労省として何か企業に要請していくとか、何らかの対応はお考えでしょうか。
大臣:一つは、内定の取り消しがあったというのは確か国会でも申し上げたと思いますが、まだ1件と承知をしております。内定を取り消しする場合には届け出をすることになっていますので。また、そもそも内定取り消しというのはいわば労働契約が成立したと認められる場合については、まさに客観的な合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない取り消しは無効と、これは通常の解雇と一緒でありますから、企業の皆さん方には採用内定の取り消し防止をするため、最大限の経営努力を行うようお願いをさせていただいておりまして、これらについては、経済団体等に対して、今回の一連の雇用調整助成金の特別措置等をそれぞれ周知する際に、重ねてそうしたお願いもしております。また、採用内定の取り消しを受けられた方については、ハローワーク等において学校とも連携しながら新たな就職先の確保に取り組むなど、丁寧に就職支援を行っていきたいと思っております。引き続き、そういった届け出の状況等々に注視をしていきたいと思います。
<上記は、採用内定取消防止に関する企業側への要請と学生側への注意喚起である。>

2020年3月18日水曜日

2020年3月18日 日経夕刊6面 障害年金、上乗せの条件は? 厚年の加入中に初診日

質疑応答形式の記事で、「50代会社員で4月からは自営業となります。体調に違和感があり、退職したら病院で診てもらおうと考えていましたが、知人から「それでは年金が減るかもしれない」と言われました。どういうことでしょうか。」という質問に、社会保険労務士の望月厚子氏が回答するという形のものである。
まず、「公的年金は定年退職後などの生活を支える「老齢年金」のほかに、公的年金へ加入中などに重い病気やケガに見舞われるリスクに対応する「障害年金」もある」とし、「障害年金の額は原因となる病気などについて初めて医師の診察を受けた日、「初診日」にどの公的年金に入っていたかで違いが生じる」ことを述べている。
そして、「初診日が会社員として厚生年金に加入している期間であれば、年金請求は退職後でも審査に通れば、障害厚生年金が障害基礎年金に上乗せされます。一方、退職して自営業となり、初診日が国民年金の加入者に変わった後だと障害基礎年金のみとなる」としている。
金額等については、「障害基礎年金の額は障害が最も重い1級は約98万円で、年齢条件などを満たす子がいれば約22万円などの加算があります。障害厚生年金は1級なら厚生年金の報酬比例部分の1.25倍となり、条件を満たす配偶者がいれば加給年金が加算されます。これが障害基礎年金と合計されるので支給額が増えます。障害厚生年金は障害が比較的軽い3級でも年金があるうえ、3級よりさらに軽い場合も一時金の制度があります。障害基礎年金は1.2級の年金のみですから、支給の可能性も広がります。」としている。
また、「障害年金の対象の病気などには、がんや認知症なども含まれます。それらの病名だけで障害認定されるわけではなく、国が定めた基準に該当する障害状態にあるかが審査されますが、一般に思われるより対象の幅は広いといえます。」とし、「障害年金の制度をきちんと知り、健康不安や自覚症状があるなら在職中の早い時期に診察を受けるほうが安心でしょう。」と結んでいる。

制度の概要については記事の通りであるが、より詳しくは、次で確認するとよい。
https://www.nenkin.go.jp/pamphlet/kyufu.files/LK03-2.pdf
https://www.nenkin.go.jp/pamphlet/kyufu.files/04.pdf
同じ障害年金でも、障害基礎年金と障害厚生年金とでは、保護の考え方に違いがある。障害基礎年金は、「国民年金制度は、日本国憲法第25条第2項に規定する理念に基き、老齢、障害又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。」(国民年金法第1条)にあるように、国民全体を保護するものであるが、障害厚生年金は、「この法律は、労働者の老齢、障害又は死亡について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。」(厚生年金保険法第1条)となっており、労働者(及びその遺族)を保護するものとなっている。
その違いの表れとして、障害厚生年金においては、記事にあるように、障害の程度が軽い「3級でも年金があるうえ、3級よりさらに軽い場合も一時金の制度」があるわけである。
ただ、1985年の基礎年金創設によって、厚生年金は基礎年金の上乗せの制度とされている。また、働き方の多様化により、労働契約の形をとらずに働いている人も増えている。公的年金において、「国民」と「労働者」とを、どのように区分して取り扱うのかは、今後の大きな課題と考えられる。
なお、障害年金受給者についての最新の資料は次で、情報公開の頻度には問題があると思われる。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12501000-Nenkinkyoku-Soumuka/0000075345.pdf
米国のコロナ・ショックに対する財政対応を、記事で見てみよう。
2020年3月18日 朝日夕刊1面 米、1兆ドル財政出動案 財務長官「米国人に直ちに小切手送付を検討」
2020年3月18日 日経夕刊1面 米、1兆ドル経済対策案 現金給付や給与税免除
2020年3月19日 朝日朝刊3面 米、財政出動1兆ドル検討 危機対応、リーマン規模
2020年3月19日 日経朝刊1面 米、1人1000ドル給付も 1兆ドル経済対策案 与野党、市場にらみ攻防
2020年3月19日 日経朝刊3面 米、短期決戦の巨額経済対策 「雇用維持が先」の声
2020年3月19日 日経夕刊1面 米、現金給付5000億ドル 経済対策案 企業支援にも5000億ドル
2020年3月21日 朝日朝刊4面 1人1200ドル給付 中小に3000億ドル 米、経済対策原案
2020年3月21日 日経朝刊3面 米、現金給付1人1200ドル 共和案
2020年3月24日 日経朝刊2面 米2兆ドル対策、協議難航 大統領選へ駆け引き
2020年3月26日 日経朝刊3面 米与野党、2兆ドル対策合意 過去最大 企業支援に9000億ドル
2020年3月28日 日経朝刊3面 米、企業・個人に安全網 2兆ドル経済対策成立へ
2020年3月28日 朝日夕刊6面 米、2兆ドル超対策成立 史上最大、経済下支え 新型コロナ
2020年3月28日 日経夕刊1面 米2兆ドル経済対策成立 新型コロナ 下院議長「追加策を検討」
2020年3月29日 朝日朝刊8面 2兆ドル超経済対策、成立 米国、史上最大の財政出動 新型コロナ

まず、3月18日の夕刊1面で、朝日・日経ともに、米トランプ政権と米議会が17日(現地)に「個人へ現金を直接配る措置を含め、1兆ドル(約107兆円)規模を視野に入れた大型の財政出動の検討に入った」ことを伝えている。
続く3月19日の報道では、「トランプ大統領は1人当たり1000ドルを目安に3月中にも現金給付する案を主張、給与税の減免も検討する」(日経朝刊1面)、「ムニューシン財務長官が「米国人に直ちに小切手を送ることを検討する」とし、2週間以内に給付したいとの意向を表明」(朝日朝刊3面)を伝えている。ただし、「野党・民主党には休業対策など雇用安全網の充実を求める声も強く、与野党協議では政策の優先順位が問われそうだ」(日経朝刊3面)とし、また、「野党・民主党は現金給付から高所得層を除外するよう求めており、対象や規模を巡って政権と与野党の調整が続いている」(日経夕刊1面)としている。
さらに、3月21日の報道では、共和党原案「年間所得7万5千ドル(約840万円)未満の米国民1人当たり1200ドルの現金給付」(朝日朝刊4面、日経朝刊3面)が報じられている。その後の報道では、「野党・民主党が企業の救済策に反対し、採決が遅れる可能性」(日経3月24日朝刊2面)が指摘されていたが、「トランプ米政権と与野党の議会指導部は25日未明に最終合意」(日経3月26日朝刊3面)と伝えられている。
そして3月28日には、「法案成立の見通し」(日経朝刊1面)から、法案成立(朝日夕刊6面、日経夕刊1面)の報道に到っている。
最後の朝日3月29日朝刊8面では、「米国で27日、史上最大規模の2兆ドル(約220兆円)超の経済対策が決まった」とし、「我が国への戦時レベルの投資だ」(共和党の上院トップ、マコネル院内総務)との認識の下で、経済対策として、「家族4人の平均的世帯当たり計3400ドルの給付や、雇用支援のための中小企業向け融資(予算規模約3500億ドル)、失業給付の拡充(2500億ドル)、航空産業などの産業支援(5千億ドル)などが柱」の対応が行われたとしている。

まさに、怒涛の10日間であるが、さすがに米国の決断は早いと思わざるを得ない。翻って我が国では、4月7日の緊急事態宣言後ですらも、自粛要請を求める施設の調整に手間取り、東京都による緊急事態措置の発表は4月10日にずれ込んだ。新型コロナは時間との闘いとされている中での時間の浪費であるが、国側には、施設に対する自粛要請は2週間後という意見が強かったそうだから、驚くというより呆然とする。この危機感のなさは、一体何なのだろう。有事立法とか、憲法を踏みにじる対応をしておきながら、最も肝心な国民の命を守るという責務への自覚が、まるで感じられない。
話を米国に戻すと、確かにスピーディな対応であるが、このコロナ・ショックでは、米国の現行制度の脆弱さが露呈している。一つは、言うまでもなく、公的医療の不備である。トランプ政権では、新型コロナ検査を無償としたが、感染していた場合、適切な医療が受けられる保証は、どこにもない。高額な民間保険に入っていなければどうにもならないし、入っていても治療費は高額にのぼるとされている。シカゴなどでは黒人の死亡率は白人の5倍とのことだが、これは医療アクセス格差を反映しているのであろう。
もう一つは、早急な現金給付が行われた裏側には、失業給付が貧弱な面があるようである。このことは、上記の記事の中でも、野党・民主党の「休業対策など雇用安全網の充実を求める声」にも現れている。この現金給付は、まるで「ベーシック・インカム」みたいとする論評があったが、その裏には、欧州と比べて貧弱な雇用安全網があるわけである。
最後に、所得制限について触れておきたい。「金持ちに配る必要があるのか」という反発は分かる。しかし、このような緊急対策では、何よりもスピード感が求められる。いちいち所得審査をしていたのでは、対応が遅れ、手遅れになりかねない。金持ちであろうと、住民登録を元に、一律の給付を行えばよいのでないか。そして、後で年間所得に対する課税で対応すればよいのではないか。日本でも所得制限の話があるが、馬鹿げている。バラマキだと声高に非難する人には、アホな事ばかり言っていないで知恵を出せ、と言いたいところである。

2020年3月17日火曜日

2020年3月17日 日経夕刊2面 ●(就活のリアル)消えゆく製造・販売人材 女性・高齢者層は急減へ

雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏による就活理論編である。「今回は、大卒以外の人材、たとえば製造や技能や販売、サービスなどの職務については、どのように補充をすればいいか、を考えておきたい。」というものである。
まず、「こうした人材の欠乏感は大卒ホワイトカラー職のそれとは大きく異なる。」とし、「大卒人材は少子高齢化の中でも30年で1.6倍にも増えている」が、「高卒で働く人は30年前の5分の1にまで減っている。新規人材の基礎数は信じられないほどに細っているのだ。」とし、「加えて、販売やサービス部門では中途参加する人材として、主婦や高齢者のパート労働が今まではあったのだが、先細り感が日に日に色濃くなっている。」としている。
そして、「過去、日本社会には性別役割分担という差別的な風習が色濃く残ったため、既婚女性は家事育児のために、職場を離れる傾向が強かった。」が、「近年は人手不足の中で男女共同参画が進み、家事・育児と並立して既婚女性が継職できる環境が整ってきた。そのため、「主婦パート」の新規就労者がこれまでのようには見込みにくくなりそうだ。」としている。
さらに、「高齢者の就労についても実は今が端境期にある」とし、「就業率が劇的に伸びているのは、65~74歳の前期高齢者のみ」であるが、「2022年以降、第一次ベビーブーム世代が75歳に達するため、彼らが激減していくのだ。」としている。そして、「日本の雇用は、…非ホワイトカラー領域から脆弱になっていく」とし、「採用永久氷河期」ともいえるだろう」としている。
最後に、この難題への対応として、一つは、「AI(人工知能)やIT(情報技術)を用いた無人化・省力化投資」であり、「技能実習生、特定技能資格就労などの外国人材の受け入れなども有力な選択肢」としている。そしてもう一つは、「非ホワイトカラー領域で、今までになかった人材確保術が静かに浸透しつつある」とのことだが、その方法は次回に回すと結んでいる。

コロナ・ショックで雇用市場が激変する少し前は、「人手不足倒産・廃業」の動きが目立ってきていた。黒字だが、顧客へのサービスを行う人材がいないので、やむを得ず手じまう、というのである。コロナ・ショックで様相は一変し、外出自粛などで仕事の方が激減し、人の方が余るという現象が生じているが、氏の洞察は、混乱が収まれば、従来、高卒・主婦・高齢者が対応してきた非ホワイトカラー領域は、「採用永久氷河期」になるというのである。一方、コロナ・ショックの出入国規制で、すでに農業や飲食店など多くの分野で不可欠な働き手となっていた外国人材が入国できなくなり、現場では悲鳴があがっているようだが、さらに今後も受け入れを拡大することには異論もあり、私自身も反対である。
この記事の主張を裏付けるものとして、次の内閣府の資料を見てみよう。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2017/0118nk/n17_2_2.html
第2-2-1図「就業者数の変化率(2005年度~2015年度)」では、「就業構造は、第3次産業化が進んでいる」ことが示されている。
第2-2-2図「労働需給ミスマッチの大きい職業」では、「介護サービス等で需要超過、総合事務員等で供給超過」の状況が示されている。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2017/0118nk/n17_2_4.html
上記が、この資料の「第2章 多様化する職業キャリアの現状と課題」のまとめであるが、そこには、次のように記されている。
「AI等がより一般的になると、就業構造の変化はさらに激しくなると予想され、特に既に供給超過である総合事務員等は、機械化による影響を大きく受ける可能性が高い。専門的な知識だけでなく、コミュニケーション能力、状況把握能力等の機械に代替されにくいスキルを習得し、活用していくことが重要である。」
だからと言って、急に専門能力などが身に着けられるわけではないだろう。必要なのは、変化に対応してたゆまぬ努力を続けるという姿勢であり、自分自身で問題を考え、取り組んでいく自主性であろう。就活で内定先が決まっても、そこは終着点ではなく、出発点であるという認識が必要である。
やさしい経済学 日本型雇用、改革の行方
2020年3月17日 日経 朝刊 29面 (1)春季労使交渉の異変
2020年3月18日 日経 朝刊 33面 (2)「三種の神器」の功罪
2020年3月19日 日経 朝刊 31面 (3)経年劣化と時代の変化
2020年3月20日 日経 朝刊 25面 (4)低い労働生産性の実像
2020年3月23日 日経 朝刊 15面 ●(5)熱帯びる人材獲得競争
2020年3月24日 日経 朝刊 33面 (6)「ジョブ型」と「メンバー型」
2020年3月25日 日経 朝刊 32面 (7)成果主義導入の教訓
2020年3月26日 日経 朝刊 29面 (8)苦悩する労働組合
2020年3月27日 日経 朝刊 31面 (9)賃上げ原資の配分方法
2020年3月30日 日経 朝刊 13面 (10)「ジョブ型」普及の課題
2020年3月31日 日経 朝刊 33面 (11)あるべき理想の姿

労働経済学についての第一人者の一人である京都大学博士(経済学)で日本総合研究所の山田久副理事長によるコラム/やさしい経済学欄における全11回にわたる解説である。通して見れば、この問題についての大きな流れや問題の所在を理解することができるであろう。
各回の詳細を紹介することは、著作権に触れるレベルになる可能性もあり、何より、記事に目を通されるのが一番であるから、以下では、ざっと概要を見ることとする。

第1回では、今季の春季労使交渉(春闘)では「本質的な異変」が生じているとして、トヨタの組合が個人の成果に応じた配分に要求を転換したことと、経団連の年功賃金の見直しを通じた年収ベースでの賃上げの主張に触れ、「背景にはデジタル技術革新に伴う産業構造の大変革」があるとし、「本シリーズでは、大きな転換期にある日本型の雇用・賃金制度の現状と、今後の行方を考えます」としている。

第2回では、日本型雇用慣行には、終身雇用、年功賃金、企業内組合という「三種の神器」があるとし、「そのメリットが際立ったのは石油危機後の対応」で、「わが国では組合が企業の立ち直りを優先して賃上げ要求を抑制し、早期のインフレ鎮静に成功」としている。こうした日本型雇用慣行は、「1980年代には日本企業の強さの原動力として世界から称賛」されたが、「その対象は主に大企業に勤める男性正社員」とし、「長時間労働の常態化や転居を伴う転勤など、従業員やその家族の生活へのマイナス面が問題視」されることもあったとしている。

第3回では、「1990年代に入るとデジタル技術が飛躍的に進歩し、商品・事業サイクルは短くなりました。生え抜き重視で内部育成偏重となっていた人材活用の限界があらわになった」とし、「高齢化する日本では年功賃金が高コスト化」し、「企業は正社員の新卒採用を大幅に減らし、低賃金で雇用調整が容易な非正規労働者を増やし」た結果、「正規・非正規の二重構造が社会問題」となったとしている。さらに、正社員の処遇の「成果主義は一部の優秀な人材の処遇を高める一方で、多くの従業員の給与は抑え、全体として人件費を抑制」としている。そして、「日本経済全体としてみれば付加価値額は増えず、労働生産性は低迷を続けた」としている。

第4回では、「労働生産性の向上は、日本企業・日本経済にとって最重要課題」としつつ、「わが国企業の競争力は高い品質」「サービスの品質では日本の方が高いことを示唆」とし、「改善型イノベーション」に秀でているのは、「長期勤続で横並び的に処遇する日本型雇用慣行が、高い職務規律の維持と、組織ノウハウ蓄積に役立った」からとしている。一方で、「革新型イノベーション」の弱さが指摘できるとしている。

第5回では、「経団連が日本型雇用の見直しの必要性をうたう背景には、企業を取り巻く内外環境の激変」があるとし、市場構造が「商品単体/プロダクト・アウト」主体から、「モノ・サービス一体化/マーケット・イン」重視にシフトし、技術構造も「熟練技能/擦り合わせプロセス」重視から、「アルゴリズム化/組み合わせプロセス」重視へと大きく変化している環境では、わが国企業が得意とする「改善型イノベーション」より「革新型イノベーション」が重要になり、それを「先導するプロフェッショナルな人材を外部から調達する場合、生え抜き重視・内部育成偏重の日本型雇用の弱点が大きく露呈」するとしている。

第6回では、経団連が導入を提案する欧米流の「ジョブ型」雇用は「まず仕事ありき」の制度であるが、わが国は「まず人ありき」で、わが国の労働組合は企業別で、「労働者は職業よりも勤め先企業に帰属意識」を持つとしている。さらに、「重要な違いは人材育成の仕組み」とし、わが国では「職場での業務を行いながらの指導が主」で、結果として、「欧米では事業不振を理由とした整理解雇のハードルは低くなりますが、わが国では労働組合の抵抗が強いという違いが生まれてきました」としている。

第7回では、「日本企業でも様々な改革」が進んでいるとし、「タレント・マネジメント」や、「新規事業をスピーディーに立ち上げるため中途採用を増やしたり、優秀な人材確保のために既存制度とは別枠で処遇したりする例」もみられるとしている。さらに、「黒字リストラ」で、「業績堅調でも早期・希望退職を募るケース」が一部で出てきたとしている。そして、「人材獲得競争が激化し選別人事の色彩が強まると、「普通の人々」のモチベーション維持が課題となります。この点が新たな成果主義成功のカギ」としている。

第8回では、「わが国の労働組合は企業ごとに組成」という点に触れ、「結果として非正規労働者の労働条件を十分には改善できませんでした」としている。そして、「労働組合は横の連携を深め、一企業の枠を超えた社会全体での雇用保障という発想を持って、非正規も含めた労働者全体の処遇改善に本気で取り組む必要があります。企業も組合の意義を理解し、双方が緊張と協調のバランスのとれた労使関係を構築していくことが望まれます」としている。

第9回では、「市場構造・技術構造の変化を踏まえれば、日本企業は外部の経営資源を積極的に取り入れることが不可欠で、「革新型イノベーション」の担い手である優秀な人材を厚遇することは重要」であるが、一方で、「多くの企業の強みは「改善型イノベーション」に基づく製品・サービスの品質の高さ」にあり、「現場力を維持・向上させるには、労働者の士気を高め、その貢献に広く報いることが必要」としている。そして、「競争力を維持・強化する新たな賃上げ原資配分方法の構築に向け、労使の真摯な議論」が求められるとしている。

第10回では、「革新型イノベーション」には、欧米の「ジョブ型」雇用が有利であるが、それがうまく機能するには、「企業間労働移動を支える社会インフラが必要」で「職業コミュニティー」が重要としている。それには一定の時間がかかるので、「就社型雇用とジョブ型雇用の「ハイブリッド」を目指すのが妥当かつ現実的」というのである。

最後の第11回では、OECDの2018年の報告書の分析に触れ、「労使交渉の在り方として(1)集権的か分権的か(2)産業・部門間の調整度合いが強いか弱いか――で加盟国を分類。それぞれの労働市場のパフォーマンスを比較したところ、米英が分類される分権的タイプより、多くの北部欧州諸国が属する調整度の強いタイプが、総じて優れたパフォーマンスを示していました」としている。そして、日本型と欧米型の「ハイブリッド」雇用システムの構築にも、「セーフティーネットの充実」が必要であり、「持続的な能力開発は個人と企業の共存共栄をもたらすカギです。全ての労働者に十分な教育投資が行き渡るよう、官民協力した支援策が求められます」と結んでいる。

振り返って見ると、よく整理された解説であることが、改めて分かる。しかし、日本型と欧米型の「ハイブリッド」雇用システムの成立・有効性については、疑問がある。
それは、日本で特徴的な企業内組合は、そもそも、経営側が、産業横断的に労働者が団結して経営に介入してくるのを防ぐために容認・推奨してきたものだからである。その結果、従業員は、社会ではなく、会社に関心を持ち、依存するようになっていった。この状況を批判的に表す言葉として、「社畜」がある。この考え方は、労働者に深く染みついており、会社などの組織を守るためなら、犯罪的不正を犯すことも厭わない状況が生まれている。談合問題しかり、自殺者まで出した森友問題しかりである。内部通報システムが十分に機能しない根本原因も同じである。
また、そもそも、企業側は、個々の労働者の職業能力を伸ばすことを最優先に考えているとは言えないのではないか。転勤や配転などには、その必要性が疑われるものも少なくない。人事権という伝家の宝刀で、労働者に威圧を与えていることは随所に見受けられる。
そして、そのような労働者の希望や適性を無視し、あるいは、そうした貢献に公平公正な処遇で報いることを軽視してきた結果が、労働生産性の低下・労働意欲の減退につながっているのではないか。
「革新型イノベーション」によって、個々人の貢献に大きな格差がつくようになった以上、それが賃金や処遇の格差につながることは避けられない。企業内で留意すべきことは、その格差、特に、低賃金層における状況が、産業横断的に見て、許容される範囲のものかどうかの確認であろう。その点では、企業内組合が出て来る余地はなく、産業別組合の力点は、最低賃金の水準の妥当性確保に向かうことになるのであろう。
それでも、労働者や産業によっては、許容水準を超える格差が生まれ得る。そこにこそ必要となるのが、セーフティネットであり、再教育投資である。すなわち、企業は、企業内格差が、特に低賃金の労働者について許容可能な範囲にとどまっているのかどうかを常にチェックする必要があり、政府は、企業内では対応できない格差の拡大に対し、低賃金者には保護を、高所得者には負担を求め、セーフティネットを整備・強化する必要があるということである。もちろん、労働者にも、意欲を持ち、能力を高める努力が要求されよう。
2020年3月17日 日経朝刊16面 パナソニック、AI人材ら採用に力 年収最高で1250万円
2020年3月19日 日経朝刊15面 ソニーの若手・中堅、年収最大250万円高く 横並び見直し

最初の記事は、「パナソニックは16日、人工知能(AI)やデータサイエンスなど先端技術の知見を持つ研究者を採用する新たな方針を発表した。研究実績や保有資格に応じ、年収は750万~1250万円を想定する。新卒、既卒を問わずに募る。新規事業の創出などにつなげる。」というものである。
「博士号取得者ら数人を1年更新の嘱託社員として採用する。雇用期間は最長5年。家電や電子部品といった事業部門をまたぐ本社直轄の研究開発部門で働いてもらう。クラウドやディープラーニング(深層学習)関連など幅広いテーマの研究者を募集し、テーマの持ち込みも受け付ける。」としている。
なお、「2021年度の新卒採用で選考期間の延長を検討していると公表した。新型コロナウイルスの感染拡大で会社説明会の一部が中止になるなど、影響が出ていることに対応する。」とのことでもある。

次の記事は、「ソニーは2020年度、優秀な若手・中堅の従業員の年収を、最大で標準よりも250万円高くする。一般的な係長未満に相当する「上級担当者モデル」の従業員が対象。横並びの給与体系を見直し、貢献度の高い社員に報いる。若手・中堅社員の処遇を改善し、「GAFA」と呼ばれる米IT大手などとの業界の枠を超えた人材獲得競争に備える。」というもので、「19年度から新入社員の初任給にも差をつける取り組みを進めている。人工知能(AI)などの先端領域で高い能力を持つ人材については、年間給与を最大2割増しとしている。」とのことである。また、「20年春の労使交渉で、日立製作所やパナソニックで構成する電機大手の統一交渉には参加していない。電機業界だけでなく他分野にも負けない高水準を示し、優秀な人材確保につなげる。」としている。

AIをはじめとする先端技術の重要性が高まる中、そうした高度専門人材に対する獲得競争が熾烈になってきている。そのことが横並びの春闘にも影響を及ぼしているわけで、年功序列・終身雇用の日本型雇用を破壊する可能性も出てきている。
だが、パナソニックの「1年更新の嘱託社員として採用する。雇用期間は最長5年」では、大した人材は集まらないだろう。これなら博士号を取得したのにもかかわらず非常勤として働くしかない大学教員と大差ないからである。「雇用期間は最長5年」は、正社員と同じ期限のない労働契約への移行を阻止するためだろうが、そこまで「助っ人」として位置付けるのであれば、給与は数千万とする必要があり、「年収は750万~1250万円を想定」なら、言っちゃあ悪いが、中途半端な人材しか集まらないだろう。要するに、まるで分っていない、のである。
ソニーの方は、「新入社員の初任給にも差をつける」とのことであるが、この戦略は、新卒者等の中で先端専門技術の習得上有利な者を特別扱いしようということである。日本の大学教育や新卒採用の状況を踏まえると、一定の効果はありそうだが、問題は入社後である。「優秀な若手・中堅の従業員の年収を、最大で標準よりも250万円高くする」というのでは、はっきり言って「GAFA」への対抗などできるわけはない。これは、高度専門人材の給与が他の社員より大幅に多くなるのを抑止するという考え方だろうが、恐らくは、折角育てた高度専門人材に愛想を尽かされて流出させてしまう、ということになるだろう。
両社ともに、日本的経営というか、社員間のバランスといったものに固執しているわけだが、それ故にグローバル人材獲得競争に敗れつつある、という現実を直視していない。
もっとも、そのような高度専門人材の入社が、社業にどれだけ貢献するものなのか見極めできない、という点はあるのだろう。これはその通りで、社風との相性もあり、入れてみなければ分からない。その点から、パナソニックの嘱託社員というか、有期雇用社員としての採用も分からないではない。問題は、ケチくさい給与水準である。イメージで言えば、雇用期間を5年とした場合、その期間で普通の社員の最低1.5倍くらいの給与にしないと、良い人材が採れるとは思えない。すなわち、普通というか課長クラスの年収が1千万円であるのなら、5年間で7千5百万円が必要ということである。これを5年契約の年間1千5百万円ではなく、1年契約・更新5年までとするなら年間2千万円(5年間になると総額1億円)ということになるだろう。非常に高度な専門人材を1年契約で獲得しようとするのなら、役員並みの給与が必要になるだろう。
このような姿が、現実に起きているのが、日本のプロ野球である。外人枠は特別待遇となっているが、彼らの活躍に依存している球団も多い。そして、有能な日本人選手も、活躍の場と好待遇を求めて、次々と大リーグに向かうようになっている。その先導をしたのが、野茂投手とイチロー野手で、だから彼らは裏切り者と罵られたのである。それでも、彼らの決断と活躍がなければ、日本のプロ野球の水準は低迷していたままだったであろう。
さて、パナソニックやソニーなどの日本企業は、野茂やイチローに匹敵する高度専門人材を育てた上で、その人が望むなら快く外に送り出し、その活躍に拍手を送れるだろうか。問われているのは、そこまでの覚悟であり、度量であろう。

2020年3月16日月曜日

官製ワーキングプア
2020年3月16日 朝日夕刊9面 1 正職員と格差、納得できない
2020年3月17日 朝日夕刊7面 2 15年働いた経験、無視ですか
2020年3月18日 朝日夕刊5面 3 「労災に差別」届いた遺族の声
2020年3月19日 朝日夕刊11面 4 非正規こそ労働基本権が必要

官製ワーキングプアについて、現場を踏まえて報じるという4日連続の特集記事である。「約64万人(16年時点)まで膨れあがった非正規。低処遇に苦しむ人が多く「官製ワーキングプア」とも呼ばれる。」としている。

第1回目は、自治労中央執行委員の野角(のずみ)裕美子(59)氏の「私はみなさんと同じ非正規だった。私の仕事は非正規の処遇改善と雇用安定です」という講演での言葉から書き出している。自治労沖縄県本部が設立した非正規公務員の連絡協議会総会での話である。
「自治労は地方自治体の労働組合で構成する全国組織。ナショナルセンター・連合を支える有力組織で傘下の組合員は約80万人いる」が、「総合組織局強化拡大局長という肩書もある野角は、28人いる中央執行委員の一人。その立場は他の委員と大きな違いがある。自治労傘下組合員の多くは正職員だが、野角は非正規労組の出身だ」とのことである。
記事では、「子育てが一段落したころ、野角は東京都町田市の図書館に応募し、採用された」野角氏が、「正職員との格差を感じる」ようになり、「嫌だったのが正職員に賞与がある6月と12月。黙っていても周囲が浮かれているのがわかる。」「仕事は同じ。何の違いがあるのか」」と思ったことや「非正規の同僚が妊娠した時も格差を感じた。正職員が休暇に入る時は祝福されるのに、非正規が休むと微妙な空気が流れる」といった体験に触れている。
そして、「07年ごろ、民間委託の話が浮上したことをきっかけに、非正規労組を立ち上げた」とし、「野角は委員長に名乗りを上げ、一歩一歩、処遇改善を勝ちとってきた」とする。そして、自治労本部から「中央執行委員に」と声がかかったのは13年のお盆直前だったそうである。
問題の背景には、「公務員の法律は、正職員を前提につくられている。各自治体の考えで非正規を増やしてきたため、特別職や臨時職など法律上の採用根拠はバラバラ。賞与を払う根拠もはっきりしていなかった」点がある。
そして、「17年5月に地方公務員法が改正され、今年4月から「会計年度任用職員」という新制度が始まる。非正規のほとんどが新制度に移るとみられるが、新制度への批判は多い。賞与を払う一方、月額報酬を減らそうとする自治体がある。採用が1年ごとで不安定さも変わらない」が、野角は「法改正は水準を上げるためのスタート」「やっと法律に位置づけられる。法改正されて具体的にやることがわかる」と前向きにとらえているとのことである。
最後に、今年1月にあった自治労の中央執行委員会で、「会計年度任用職員の労働条件について要求書を出していない組合が3割もあった」ことに、「2年半前からわかっていたのに。まだまだひとごと。処遇改善は人材確保にもプラス。自治労として取り組むべき課題だ」と野角は驚き、怒りをあらわにしたそうであるが、記事は。「野角の任期は残り2年を切った」と結んでいる。

第2回目の記事は、「2月20日、東京・新宿にそびえる都庁38階の東京都労働委員会の審問室。伊藤信子(67)が大田区の保育園で働けるかどうか。区との話し合いは大詰めだった」との書き出しである。
「15年間、大田区の保育園で働いている伊藤は幼稚園教諭の資格をもつ」そうであるが、「午後4時半から7時半までの3時間、「延長番」と呼ばれる勤務につく」ものの、「最初は公務員になっていいなと思った。ところが、だんだん正職員との差が気になりだした」としている。
そして、「4回の更新上限があった。3年を過ぎたころから不安が募った。1年空ければ再び応募できるが、採用される保証はない。その間の勤務先はどうすればいいのか。組合を作って交渉し、在職したまま応募できるようにした」とし、引き継ぎノートへの「今日はボーナスが出ます」との正職員の書き込みに、「格差がむなしくなってくる」と感じたとしている。
そして、非正規公務員の人たちのための新しい制度「会計年度任用職員」が今年4月から大田区でも始まり、「部署によってバラバラだった勤務パターンが五つに整理された」が、「伊藤と同じ3時間勤務も経過措置の特例としてあった。しかし、伊藤は条件にあてはまらないと言われた」と言う。「延長番」は正職員と伊藤の2人体制。東京都の基準では2人とも保育士資格が必要だという。「月80時間勤務すれば保育士と同じ知識や経験があると認められる可能性があるが、月66時間の伊藤は条件を満たさない」というのである。
そこで、「月66時間でも15年の経験がある。それなのに1年でも80時間経験させればいいというのは矛盾。今までの時間を無視するのは納得できない。なぜ15年がゼロになるのか」と大田区と交渉を続け、「交渉は労働委員会に持ち込まれた。勤務時間を変更した上で、3時間で働き続けられる条件を大田区が提示。2月20日の話し合いでは、これまでの保育実績を考慮して選考することも表明した」と言う。
記事は、「声を出さなければ何も変わらない。みな同じ公務員です」との伊藤氏の声で結んでいる。

第3回目は、「労災手続きがなくても市長に補償請求ができるから北九州市の条例は違法ではない」との書き出しである。この訴訟の原告である森下眞由美(57)氏の娘である佳奈氏は、「大量の薬を飲んで亡くなった。27歳だった」という。
佳奈氏は、12年4月、北九州にある戸畑区役所の子ども・家庭相談コーナーの相談員(非正規職)になったが、翌年1月、佳奈は体調を崩し大分県内の自宅に戻り、うつ病と診断されたそうである。
そして、ご両親は、「自死遺族支援弁護団に連絡し、紹介されたのが佃だ。佃はまず労災を請求した。ところが、労働基準監督署は「対象ではない」。次に北九州市に請求したが、「非正規や遺族の請求は認めていない」と門前払いされた。条例で定める規則がそうなっているというのだ」という。
記事では、非正規公務員の「労災(公務災害)制度は複雑」としている。「民間企業の労働者には労災保険がある。公務員でも土木や建築、運送、教育など「現業」と呼ばれる職場は同じ労災保険の対象。それ以外の地方公務員は、地方公務員災害補償法という別の制度だ」とし、「問題は、佳奈のように、現業でない非正規公務員。法律では各自治体が条例や規則で定めることになっている。総務省の古いひな型では、本人や遺族は申請できないことになっていた」そうで、「自治体によっては規則を変えたり、運用で請求できるようにしたりしているところもある。ところが、北九州市は古いままだった」という。
そこで、ご両親は、「ここまでの差別があっていいのか?」と17年8月に「請求権を認めない条例は違法」と国家賠償訴訟を起こし、「非正規公務員の労災制度に大きな矛盾があることを世の中に広く知らしめた」というわけである。
その後、「18年7月初め、眞由美は、野田聖子総務相(当時)に手紙を出す。野田からはすぐに見直しを確約する返事が届いた。7月20日には、総務省がひな型を変更して自治体に通知。北九州市も10月に規則を改正し、被災職員本人や遺族も申請できるようにした。眞由美の思いは、政府を動かし、条例も変えた」という。
最後に、「福岡高裁で退けられた国家賠償訴訟はその後最高裁に上告。佳奈の死は上司のパワハラが原因だったとして、補償を求める訴訟も福岡地裁で続いている」と結んでいる。

最後の第4回目は、「非正規公務員問題に取り組むNPO「官製ワーキングプア研究会」の事務所は東京都新宿区にある。2月2日の日曜日、昼過ぎに訪れると、4本の回線にひっきりなしにかかってくる電話の対応にメンバーが追われていた」という書き出しであり、「4月から新制度の「会計年度任用職員」が始まるために開かれた電話相談。「月給が減る」「更新されない」。2日間で計91件の問い合わせがあった」としている。
そして、「安田真幸(まさき)(72)も電話に対応した一人だ。安田は東京都杉並区の元職員。今は、自ら立ち上げた個人加盟ユニオン「連帯労働者組合・杉並」の執行役員だ。40年以上前、大学を卒業して公務員試験を目指し、東京都庁でアルバイトをしていたことがある」が、「半年ほどたった時のことだ。「名前を変えてくれないか」と上司から言われた。アルバイトは半年更新が原則で、本来は半年以上続けられないからだ」ということになり、「「年収が減るだろう」と社会保険を辞退することに合意する書類にサインすることも求められた」ところから、「これは一体何だ?」と疑問が湧いたという。そして、「その後都庁に入り杉並区役所に配属された。区の正職員組合で活動したが、1989年に脱退。個人加盟できる労組を立ち上げた」というわけである。
そして、「会計年度任用職員」制度で安田が一番問題だと考えるのは、労働基本権の扱いだ。地方公務員法(地公法)で公務員の労働基本権は制約されている。スト権はなく、労働協約を結ぶことはできない。非正規公務員も同じ扱いだが、例外がある。「特別職」だ」とし、「特別職は本来専門職で、恒常的な仕事は考えられていない。それなのに、自治体が非正規を増やすときに特別職を使った。非正規公務員の3分の1を占め、学校や保育園など多くの職場にいる」という。そして、「特別職に労働基本権があることを活用して、自治体と団体交渉を行い、労働協約を結んできた労組は少なくない」と、「2000年代に入ると、多くの成果が出始めた」と安田はいうとしている。
「ところが、会計年度任用職員を導入する地公法改正で、特別職として採用する条件は厳格になる。特別職の多くは会計年度任用職員に移り、他の公務員と同じように労働基本権が制約されるため、安田の目には「法改正は労働基本権を奪うのが目的だ」と映る」というのである。 
そして、「安田は労働基本権を使って団体交渉をしてきた三つの労働組合とともに17年、法改正が団結権を保護する国際労働機関(ILO)の条約に違反すると申し立てた。不受理にはなったが、ILOにある専門家委員会に働きかけを続けた」ところ、「その後、今年2月に発表された専門家委員会の年次報告書には、安田らの労組名とともに「長年保持してきた労働組合権が奪われないよう労使関係システムの検討を政府に要請する」と書かれた」とし、「報告書自体に拘束力はないが、今後の運動にどう生かしていくか。「正職員は身分保障がされている。不安定な非正規公務員こそ、労働基本権が必要だ」。安田は次の一手を模索している」と記事は結んでいる。

この記事のきっかけとなったのは、「会計年度任用職員」という制度である。これについて、総務省自治行政局公務員部は、次のように説明している。(資料がきちんと閲覧できない状態での掲示は、自己チェックもできていない杜撰さだが。)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000638276.pdf
課題であった点として、「厳しい地方財政の状況が継続する中、教育、子育てなど増大し多様化する行政需要に対応するため、地方公務員における臨時・非常勤職員数は増加」し、「これまでにも平成26年総務省通知等により助言を行ってきたが、地方公共団体によっては制度の趣旨に沿わない任用が行われており(課題1・2)、また、処遇上の課題(課題3)もある」状況だったとしている。(3ページ)
 課題1:通常の事務職員も「特別職」で任用
 課題2:採用方法等が明確に定められていないため、一般職非常勤職員としての任用が進まない
 課題3:労働者性の高い非常勤職員に期末手当の支給ができない
そこで、地方公務員法及び地方自治法の一部を改正する法律(平成29年法律第29号)が制定されたわけであるが、その概要は、次の通りである。(4ページ)
 1.地方公務員法の一部改正【適正な任用等を確保】
  (1)特別職の任用及び臨時的任用の厳格化
  (2)一般職の非常勤職員の任用等に関する制度の明確化
 2.地方自治法の一部改正【会計年度任用職員に対する給付を規定】
   ○会計年度任用職員について、期末手当の支給が可能となるよう、給付に関する規定を整備する。
そして、これらの内容について、下記のように説明されている。
  特別職の任用及び臨時的任用の厳格化(8ページ)
   ①専門的な知識経験又は識見を有すること
   ②当該知識経験等に基づき事務を行う労働者性の低い職であること
   ③事務の種類は、助言、調査、診断又は総務省令で定める事務であること
   の全ての要件に該当する職に限定
  臨時的任用の適正確保(9ページ)
   ○臨時的任用は、緊急の場合等、正規の任用手続きを経るいとまのないときに特例的に認められるものであることから、国家公務員の取扱いを踏まえ、「常勤職員に欠員を生じた場合」に限定
   ○改正法に基づく臨時的任用職員は、フルタイムで任用され、常勤職員が行うべき業務に従事するとともに、給料、旅費及び手当が支給
  会計年度任用職員の募集・任用・服務(10ページ)
   ○募集・任用にあたっては、できる限り広く募集を行うなど、適切な募集を行った上で、競争試験又は選考により、客観的な能力実証を行う必要(常勤職員は競争試験によることが原則)
   ○会計年度任用職員には地方公務員法の服務に関する規定が適用され、懲戒処分等の対象となる(パートタイムの会計年度任用職員は、営利企業への従事等の制限が対象外)
  再度の任用(11ページ)
   ○再度の任用は、あくまで新たな職に改めて任用されたものと整理すべきであり、任期ごとに客観的な能力実証に基づき、十分な能力を持った者を任用することが必要
   ○不適切な「空白期間」は是正する必要※「空白期間」とは新たな任期と前の任期との間に一定の期間を設けること
  会計年度任用職員の給与水準(12ページ)
   ○会計年度任用職員の初任給決定については、職務経験等の要素を考慮して定めることが適当。
   ○会計年度任用職員の給与水準については、基本的には常勤職員の給料表に紐付けた上で、上限を設定することが適当。
  会計年度任用職員に対する給付の考え方(全体像)(13ページ)
    フルタイム:給付体系給料・旅費・手当を支給可能
    パートタイム:報酬・費用弁償・期末手当を支給可能
  会計年度任用職員の勤務時間・休暇等(14ページ)
   ○職務の内容や標準的な職務の量に応じた適切な勤務時間を設定すること
   ○国の非常勤職員との権衡の観点等を踏まえ、必要な休暇等の制度を整備すること

以上の全体像をざっと見ると、この改正自体が悪いようには思えない。これに対する問題点を指摘したものとして、自治労連新潟公務公共一般労働組合の坂井雅博執行委員長による「論文『会計年度任用職員』導入による公務員制度の大転換」がある。
https://www.jichiken.jp/article/0080/
論文では、「公務運営のあり方そのものをも、変質させる危険性」に言及し、「「任期の定めのない常勤職員を中心とする公務運営」の原則が崩されている実態を追認し、固定化するものでもあります。ここには、非正規化をすすめてきた政府や地方自治体の責任には、いっさい触れられていません。それどころか、住民の暮らしに密着した仕事のほとんどを、非正規職員に担わせることを正当化するものとなっています。」としている。
しかし、自治労自体の責任は、どうなのか。正規職員の利権を守るために、非正規職員についての格差を黙認・温存していたのではないのか。第1回目と第2回目の記事では、嫌だったのは「正規職員との格差」とされている。それは、自治労が正規職員の利益を最優先してきたことを物語るものではないのか。
もちろん、移行期の問題として、兼業禁止や給与減額→賞与への振り替え、といった問題は生じている。では、自治労に、正規職員の分を削っても非正規職員の賞与に回すべきだとの思いはあるのか。第1回目では、「会計年度任用職員の労働条件について要求書を出していない組合が3割もあった」とされているところである。
第3回目の労災の問題は、新制度によって、基本的に解決するのではないかと思われるが、ここにも自治労の支援は窺われない。
第4回目の労働基本権の問題は、非正規職員だけの問題ではない。くだんのILOの専門家委員会の年次報告書は、ちょっとWEB上では確認できなかったが、「日本の公務員の労働基本権問題(ILO第87号条約「結社の自由・団結権保護」)」について、基準適用委員会(CAS)の個別審査案件になっていることは確認できる。
http://www.jichiro.gr.jp/intr/7743
「不安定な非正規公務員こそ、労働基本権が必要」とする見方には、賛成できない。制度のハザマの中で、非正規職員が有していた唯一正規職員より有利なものであった労働基本権が奪われることに対する怒りは分かるが、本来、正規・非正規を問わずに確保されるべき労働基本権ではないのか。

総括して言えば、『会計年度任用職員』の導入は、まだ正規・非正規の格差が広範に残る中で、十分なものとは言えない。しかし、それでも「同一労働同一賃金」の方向に向けた一定の改善ではある。同じ公務員として、さらに同じ労働者として、正規・非正規の格差の解消のために、一致協力して臨むべきであろう。

2020年3月15日日曜日

2020年3月15日 日経朝刊2面 ●公務員の転職希望が急増 大手サイト登録最高/20代、外資やITへ

「公務員の人材流出が増えている。大手転職サイトへの公務員の登録数は最高水準にあり、国家公務員の離職者は3年連続で増加した。特に外資系やIT(情報技術)企業に転じる20代が目立つ。中央省庁では国会対応に伴う長時間労働などで、若手を中心に働く意欲が減退している。若手の「公務員離れ」が加速すれば、将来の行政機能の低下を招く恐れがある。」という記事である。
 「人材大手エン・ジャパンの転職サイトへの国家公務員と地方公務員の登録者数(教師や警察官などを除く)は19年10~12月期は1万2379人で、前年同期に比べて22%増加した。」としている。30代女性の「省庁で働いてもつぶしがきかない。『最後のチャンス』と30代前半までに民間転職を考える人は多い」との声も掲載されている。
「新卒者の減少に加え、人手不足で転職市場が活況になっていることも一因とみられる。」「民間企業との人材獲得競争もあり、公務員の志望者は減少している。」と記事はしているが、「生きながら人生の墓場に入った」「一生この仕事で頑張ろうと思うことはできない」ということで、「2019年8月、厚労省の若手職員で構成する改革チームが働き方に関する提言をまとめた。」とのことである。
「慶応大大学院の岩本隆特任教授の調べによると、霞が関で働く国家公務員の残業時間は月平均100時間と民間の14.6時間の約7倍。精神疾患による休業者の比率も3倍高かった。」ということで、「有能な若手の流出は組織の人員構成をいびつにし、将来の行政機能の低下も懸念される。年次主義の見直しや業務プロセスの効率化などの改革が欠かせない。」と記事は結んでいる。

就活事情からすると、コロナ・ショックで雇用が安定している公務員への就職希望は増えるものと思われるが、その途もバラ色というわけにはいかないようである。
2019年8月の「厚生労働省改革若手チーム緊急提言」は、次の通りである。
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000540524.pdf
52ページの「もう、拘牢省とは言わせない。」という叫びには、切羽詰まったものが感じられる。
やり甲斐が感じられない一因としては、長期の安倍政権の中で、国民のための業務遂行が、政権のための辻褄合わせに堕している点もあるのではないか。森友事件が典型的であり、自殺した若手官僚の妻の訴えは、多くの官僚にとって他人事ではないであろう。
政権の危機感のなさは、コロナ・ショックで緊急事態宣言が出された今になってすら蔓延している。何としても集団感染を回避しようとしている東京都の施設に対する営業自粛要請に、国が難癖をつけているのである。理容室・美容室のような濃厚接触場所への自粛要請は当然ではないか。ホームセンターは議論がありそうだが、百貨店まで対象外にしようとするのは訳が分からない。恐らく、対象となりそうな業界が、必死に政治家に働きかけているのであろう。
そもそもの強制力を伴わない自粛要請の効果に対してすら諸外国は懐疑的だが、現場の必死の思いに冷水を浴びせる国の姿勢には、呆れかえるしかない。恐らく、その無意味な交渉の矢面に立たされているであろう厚生労働官僚が、やる気を失ったとしても、「むべなるかな」としか言いようがない。この国は、今や崩壊の瀬戸際にある。
2020年3月15日 日経朝刊32面 社会人とは何か? 山崎ナオコーラ

「社会人」という不思議な日本語がある、という書き出しの作家山崎ナオコーラ氏による随筆である。「「収入を得られる職業に就いている人」を指しての使用が多いように思う。主婦や主夫、年金生活者が含まれない文脈で使われているのをよく見かける。さらに、正社員のみを指すような文章を見かけることもある。フリーター、派遣社員、芸術家、休業者などは「社会人」という言葉で表現されることが少ない。定収入信仰だ。」としている。
続けて、「けれども『大辞林』で「社会人」を引いてみると、「(1)学校や家庭などの保護から自立して、実社会で生活する人。(2)(スポーツなどで)プロや学生ではなく、企業に籍を置いていること。(3)社会を構成している一人の人間。」とある。(2)のイメージが強くて、企業の雰囲気が漂う言葉になっているのかもしれない。」とする。
そして、「スポーツに関係のないシーンで使われる「社会人」は(1)と(3)の意味のはずであり、主婦もフリーターも芸術家も真に「社会人」だ。それなのに、会社に通って、礼儀正しく過ごし、自分の収入で生活する、というイメージは根強い。」と言う。
しかし、「とはいえ少しずつ変わってきているのかもしれない」とし、「フリーランス」のご自身のお子さんの保育園入園での経験を記している。そして、「働き方の多様性が認められる社会が始まっているのではないか。派遣社員もフリーターも「社会人」だ。私も、きっと堂々と働いていい。明るい光に感じられた。」としとぃる。
その上で、「おそらくこれからは、雑談で雰囲気を動かしたり、消費の選択で経済社会を動かしていく主婦や主夫もはっきりと「社会人」と呼ばれるようになる。いや、…あと5年で主婦と主夫という言葉はなくなる。…家庭運営者も「社会人」だ。」としている。
一方、「主婦の年収を計算して社会評価に繋(つな)げようという考え方も世間にあるが、私は反対だ。家庭運営者は、パートナーに雇われているのでも、家族を顧客と見なしているのでもない。社会を良くする高度な職業だ。年収で社会評価を下す時代は終わりだ。もう、金は物差しにならない。」とし、「よく「女性の社会進出」「女性が輝く社会」といったフレーズを見かけるが、これもおかしい。どうも、「金に繋がる職業に就くことが社会進出」「収入を得ることで、やっと輝ける」という意味が透けて見える。」と続けて、「コーヒーを飲むだけの小説でも経済小説になり得ると考えている。育児も介護も趣味もすべて社会活動だ。」と結んでいる。

興味深い視点である。私自身の経験からして、「社会人になる」とか「社会で出る」というのは、学生時代を卒業して会社に入る、という感覚を持っていた。と同時に、この随筆には、「社会人」という言葉への反発と憧憬が窺われて、その点も新鮮だった。
一方で、「世間」という言葉がある。「世間様に顔向けできない」とか「世間の風は冷たい」とか、すぐにはマイナスのイメージしか出てこないが、これは「社会」よりも、もっと範囲の広いもので、「家庭」外の世界を意味するように思われる。
山崎氏が最初に挙げている「社会人」のイメージからは、「会社人間」という言葉が出て来る。会社第一主義に染まった人々という感じだが、「会社」か「社会」かという価値観の相克の場面でも使われる。並びとしては、「家庭」→「社会」→「国家」ということになり、勤め人にとっては、「会社」が「社会」の大きな要素を占めるということになるのだろう。「社会」には、「地域」や「世間」というものも含まれるのだろう。
ともあれ、いろいろな考えの浮かぶ随筆である。
2020年3月15日 日経朝刊8面 ●新型コロナ、中国の新卒採用市場に打撃

「新型コロナウイルスの感染拡大の影響が中国の大学生の就職活動にも及んでいる。」との記事である。「求人企業による新卒採用イベントなどが中止になったほか、人の移動が制限されて面接会場に行けなかったり、春節(旧正月)休暇後に大学に戻れなかったりするなど、多くの学生が苦慮している。」という。
記事では、「2020年夏に卒業したら学習塾の講師として働くことになっていた。だが、内定をもらっていた塾の担当者から突然、「しばらく自宅で待機するように」との連絡があった。中国政府当局からの要請で当面、塾を閉鎖せざるを得なくなったためだ。授業再開のメドは立っておらず、途方に暮れている。」学生の例が紹介されている。
そして、「新型コロナの感染拡大は中国経済を直撃し、事業拡大をためらうだけでなく、新卒者採用を手控える企業も急増している。中国の求人サイト「BOSS直聘」が春節明け後の3週目に掲載した大学卒業予定者向けの求人件数は前年同期比44%減となった。運営会社によると、業種別では広告業界などは70%超の大幅減となり、減少幅が比較的小さい医療業界でさえも、前年同期を8.8%下回った。」とし、「中国では大卒者が右肩上がりに増えており、20年夏が終わるまでに最大で874万人規模の新卒者が労働市場に加わる見通しだ。だが、そのうち何人が就職できるかは不透明な状況だ。」という。
また、「これまでの努力がすべて水の泡になった」と嘆く大学生の例も紹介されており、「専攻はコンピューター工学で、卒業後は「中国のシリコンバレー」と呼ばれる広東省深圳市でキャリア人生を始めるつもりだった。就職希望の3社での面接日程もすでに決まっていた。」が、「公共交通機関などが停止となるなど人の移動が大きく制限され、面接会場に行くことができなかった。インターネットを使った面接を行う企業も増えている」が、「大学にすぐに戻れそうにないし、いつ卒業できるかわからない。こんな人を企業が雇うはずがない」と語っていると言う。
また、「新卒者ではなく、即戦力となる経験者の採用を優先する企業も目立つ。」とし、「斬新なアイデアを持つ若い人材は貴重な存在だが、新卒者を雇う余裕はない」という経営者のコメントがあり、採用者は「いずれも経験者で、新卒者は含まれていない」という例もあるとのことである。
最後に、「新卒者の就職を促そうと、政府当局は企業に採用活動期間の延長を要請したほか、軍や農村部の政府機関で新卒者採用数を増やす方針を明らかにした。深圳や北京などの都市部では人の移動制限が段階的に緩和され、平常時に戻る兆しが出てきた。だが、就活生への打撃はあまりにも大きい。」と結んでいる。

中国の就職事情は知らなかったが、こと新型コロナがらみとなると、中国で起きていることは、世界中に飛び火することになりそうである。現在、欧米各国で起きている大都市の封鎖やイタリアでの医療崩壊などがそうであるが、新卒者の就活も、その一つであろう。
就職予定先の企業から自宅待機を要請されて途方に暮れる、いつ卒業できるか分からない状態で就活を強いられる、経験者優先で新卒者は採用されない、といった記事の状況は、確実に日本にも訪れるであろう。「就活生への打撃はあまりにも大きい」わけで、身を引き締めて就活に臨む必要がある。もはや、昨年までの就活状況ではない。

2020年3月14日土曜日

2020年3月14日 朝日朝刊7面 春闘、賃上げ率2%割れ ベア見送り相次ぎ 連合初回集計

今春闘の状況を伝える記事で、「連合は13日、今春闘で経営側から回答を得た労働組合について、1回目の集計結果を発表した。基本給の水準を引き上げるベースアップ(ベア)と、年齢を重ねると自動で増える定期昇給(定昇)を合わせた賃上げ率は平均で1・91%。前年の初回集計を0・25ポイント下回り、7年ぶりに2%を割り込んだ。米中貿易摩擦などの影響で業績が悪化した製造業を中心に、ベア見送りが相次いだことが響いた。」というものである。
「会見で神津里季生(りきお)会長は、18年からベア額を非公表としているトヨタ自動車が今春闘でベアゼロを公表したことを挙げ、「経営側がことさらにベアゼロと言ったのか、釈然としない。この局面でマイナス心理を出すことはあってはならない」と述べた。
としているが、「今春闘は新型コロナウイルスの影響も受けている。全日本空輸は一時金の協議を延期し、ホンダの一時金の回答は11年ぶりの満額割れとなった。」と記事はいう。
最後に、明治安田生命保険チーフエコノミストの小玉祐一氏の「新型コロナが落ち着いたとしても、賃上げが鈍ることで、個人消費はさらに弱まる。景気回復のペースは遅れる可能性がある」とのコメントで結んでいる。

上記のトヨタ自働車の「ベアゼロ」の発表については、下記ブログで論評した記事に記されているが、「ベアの有無は毎年公表している」(経営側)とされている。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/03/20200310NY01.html
連合の神津会長としては、昨年まで好業績で春闘相場を引っ張ってきたトヨタが、「ベアゼロ」とするのは経営判断だとしても、マイナス心理が波及しないように、黙っていて欲しかったということなのであろう。
トヨタがベア額を非公表としてきたのは、自社の水準が春闘相場の目安となることを嫌ってのことであろうが、「ベアゼロ」も、対外的にではなく、対内的なメッセージの色合いが強いと思われる。とにもかくにも、トヨタは内向きの会社だと思う。
そのトヨタが、「ベアゼロ」を宣言し、その先には定昇も含めた賃金改革までも匂わせているように思われるのは、トヨタといえども、経営のグローバル化の波には抗しきれないからであろう。
事業の中核の自動車製造現場も、ITを利用した自動運転技術の台頭で、激変が起きている。かつての奥田会長は、「経営者はリストラするなら腹を切れ」といい、「終身雇用を維持しているトヨタは事業の変革に対応できない面がある」として格付けを引き下げた格付会社に激怒し、結局、業績によって事実上撤回させた。
そのトヨタが、日本的経営をどのように変革して、グローバル競争に対応しようとするのか。豊田社長が本気であるのなら、目が離せない。
2020年3月14日 日経朝刊19面 加給年金 誤解多く もらい損ねや後日返還も

「厚生年金に20年以上加入した人(以下、夫の場合で説明)が原則65歳になったときに年下の配偶者(同、妻)がいれば年39万円の「加給年金」が加算される。年金版の「家族手当」と呼ばれる制度だ。妻が65歳になると加給年金は打ち切られ、代わりに妻の年金に「振替加算」がつく。しかし加給年金や振替加算の仕組みは非常に複雑で誤解も多い。もらい損ねや、逆に過払いに伴う返還義務も発生しやすい。」との記事である。
 この「誤解でよくあるのが加給年金は妻を持つ人だけがもらえるということ。実際には65歳未満の妻のほか、一定年齢までの子供がいれば受給可能だ。」とし、年齢差が大きいほど有利だ。」と説明している。「妻は事実婚も対象だが、子供は法律上の子であることが必要。」とのことである。
「対象者の有無は原則、本人が65歳になった時点で判断される」ので、「再婚する時期を迷っているなら65歳未満がお得」(社会保険労務士の内田健治氏)というコメントも掲載されている。
そして、「妻らには年収850万円未満(または経費を引いた所得655万5000円未満)という条件があり、妻の年収が850万円以上の人は加給年金の受給をあきらめがちだ。しかし、おおむね5年以内に退職などで850万円未満に減るのが確実な場合は例外。勤務先から就業規則などに関する証明書をもらい、年金事務所に出せば加給年金がもらえる可能性がある。」と言う。
ただし、「老齢年金の繰り下げ受給との関係は要注意だ。基礎年金も厚生年金も受給開始は原則65歳からだが現在、最高70歳まで開始を繰り下げられ、遅らせるほど増額になる。ただ加給年金は厚生年金とセットの仕組み。厚生年金を繰り下げると加給年金はもらえないままになる。加給年金を受けたい場合は基礎年金だけの繰り下げにするのも選択肢だ。」としている。
その上で、「要注意なのは妻が受給権を得るまでは夫に加給年金が出ること」で、「例えば夫が65歳になったとき妻が60歳で、妻の受給開始年齢が63歳であれば、3年間もらえる。」が、誤解が多いとしている。
一方で、「はもらいすぎ」のケースもあるとし、「妻の厚生年金加入が20年以上の場合、妻の受給権発生時点で夫の加給年金は原則打ち切りになる。これを知らずに受給停止の届け出をしないと払い続けられてしまい、その分は後に返還しなければならなくなる」とし,
「こうした過払いは年金事務所ごとに年に数件以上発覚し続けている」(関西地方の年金事務所長)とのことである。
一方、「振替加算」は、「金額は妻の生年月日で異なり、80代は年20万円弱もらえる人もいるが、若いほど減り最低は年約1万5000円。1966年4月以降に生まれた人に振替加算はない。」というもので、「年上の夫に加給年金がついていれば、妻の65歳時点で振替加算は自動的に出る」が、年上妻は、「夫が65歳になると妻は振替加算をもらえる」が「自動ではなく、夫が65歳になる時点で振替加算の請求をする必要がある」のである。また、「
妻が年下でも、基礎年金を繰り上げ受給し夫に加給年金がつく前に妻が年金をもらい始めている場合は、請求しないともらえないことがある。」という。
最後に、都内のある年金事務所の職員は「最近も80代女性で本来なら年20万円弱ある振替加算が十数年分漏れていたのがわかった。時効期間である5年分しか払えなかった」と語る。特に振替加算の金額が大きい高齢女性の場合、疑問があれば積極的に年金事務所に問い合わせることが大事だ、と付け加えている。

加給年金・振替加算の仕組みは、次の通りである。
非常に複雑で、社会保険事務所でも間違えて大きな問題になったことがある。
プロでも間違えるのだから、個人でチェックするのは難しくはあるが、個人の場合には、自分のケースだけを考えればよいのであるから、丹念に調べれば、中身を理解することができるであろう。年金は大事な自分の財産なのだから、知らないで済ませるような事は避けた方がよい。最低限、きちんと年金事務所で説明してもらう必要があるだろう。
2020年3月14日 日経朝刊9面 仏統一地方選 年金焦点に 改革強行、与党に反発強く

「フランス統一地方選が15日と22日に実施される。地方選ながらマクロン仏大統領が主導する年金改革が最大の焦点だ。マクロン氏はパリなど主要都市で勝ち、内政の安定や欧州連合(EU)の求心力維持につなげたい考えだ。だが、年金改革への反発で政権支持率は2~3割台と低迷しており、与党「共和国前進」は苦戦を強いられている。」という記事である。
「選挙では、市町村にあたる約3万5千の自治体の地方議員約50万人を選ぶ。任期は6年。原則、拘束名簿式比例代表制をとり15日の第1回投票で候補を絞る。22日の第2回投票で当選した議員のうち通常第1党から首長が選ばれる。共和国前進は新しい政党のため初めて統一地方選に臨む。地方基盤を持たず、大都市を中心に候補者約1万人を立てている。」とのことである。
争点として、「共通して関心が高いのが年金改革だ。政府は42種類ある年金制度を一本化する改革案を2月に国民議会(下院)に提出。野党が4万を超える修正案を出して対抗したことから3月、決議なしに下院を通すという強硬手段を使い、法案を上院に送った。」とのことであるが、「憲法が認めた手続きだが仏調査会社が5日発表した世論調査によると、強硬手段は認められないと考える有権者が7割に上った。選挙で与党に逆風に働くとみられる。」としている。
記事は、「新型コロナの感染拡大も不確定要因となっている。新型コロナの感染を恐れる高齢者の棄権で投票率が下がれば、若者の支持者が相対的に多い極右国民連合が勢いづく可能性がある。」と結んでいる。

年金が政治や選挙の争点となる状況は、世界各国で生じている。まず、フランスの年金制度について見てみよう。それについては、厚生労働省の資料に加え、公益財団法人の年金シニアプラン総合研究機構が、次のように整理している。
https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/shogaikoku-france.pdf
https://www.nensoken.or.jp/wp-content/uploads/France2018.pdf
上記の資料では、年金改革の内容には、あまり触れていないが、次のJETROのサイトに概要が掲載されている。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/09/ba381238697d01bf.html
要点は、分立している制度の一本化であるが、少子高齢化がフランスでも進行していることからすると、当然の方向性に思える。しかし、それは既得権への挑戦にもなる。
それ故、大規模なストライキなどが行われているのであるが、そうした状況については、次のブログ「年金改革なんで反対してるの?フランスの年金について考える」が参考になるだろう。
https://mousouadvisor.com/reforme-des-retraites/
翻って、日本の状況を見ると、1985年の年金大改革で、分立していた制度が再編され、全国民共通の基礎年金と、被用者についての厚生年金(その後に共済年金も一元化)という非常にシンプルな体系になっている。課題が残ってはいるが、今後の少子高齢化の一層の進行に向けて、先人の行った大改革は、日本にとっての大きな拠り所となっているように思う。なお、この大改革の内容について知りたい方は、次を参照されたい。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/densi-nenkin-oni.pdf
2020年3月14日 朝日朝刊6面 ●新型コロナ、内定取り消し事例も 企業に防止要請 厚労省確認
2020年3月14日 日経朝刊5面 ●内定取り消し回避 要請 政府「最大限の経営努力を」

朝日の記事は、「加藤勝信厚生労働相は13日の閣議後会見で、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて企業の採用内定取り消しが1件あったことを明らかにした。企業名などは明らかにしていないが、厚労省によると、製造業の企業に入社する予定だった今春に卒業する高校生1人だという。」というものである。
「各地のハローワークには企業から内定取り消しについての相談が複数寄せられているといい、ハローワーク側は休業補償の助成金を活用するなどして内定を取り消さないように助言している。」とのことであり、「厚労省はこの日、内閣官房や文部科学省、経済産業省と連名で、経団連などの経済団体に、新型コロナウイルスによる影響を理由に、今春採用予定の大学生や高校生の採用内定を取り消さないよう要請。内定取り消しを防ぐため、企業に「あらゆる手段を講じること」を求めた。」ということである。

一方の日経の記事は、「政府は13日、新型コロナウイルス感染拡大による影響で4月に入社予定の学生の内定取り消しを防ぐため、経済界に「最大限の経営努力」を要請した。就職活動中の学生には、エントリーシートの提出期限の延長やインターネットを活用した説明会・選考の実施などで配慮を求めた。感染拡大防止の観点から、企業説明会の中止が相次いでいることが背景にある。」としている。
さらに、「衛藤晟一・一億総活躍相は13日の閣議後会見で「学生がこれまでと異なる就職活動を強いられているのは事実。不安を覚えるのも無理はない」と指摘。「企業には特段の配慮をお願いしたい」と述べ、要請のため強制力はないものの、経済界に理解を求めた。」ことも紹介している。
次いで、「厚生労働省によると、政府は就職を控えた大学生が企業から内定を取り消されたケースを1件把握している。今後、感染症の影響が大きい観光業などを中心に、内定取り消しを検討する企業が相次ぐおそれがある。」とし、「政府は取り消しを防ぐための最大限の努力に加え、やむを得ず内定を取り消したり、入社時期を遅らせたりする場合には、対象者の就職先の確保や補償の要求に誠意を持って対応することを求めた。」としている。
一方、「現在の大学3年生に対しては採用面接の解禁を6月、内定を10月とする基本ルールは維持する。説明会の開催中止などで学生が十分な情報収集できない恐れが強まっているためエントリーシートの提出期限延長や積極的なウェブ説明会の開催で補うことを求めた。」と結んでいる。

とうとう恐れていた事態が、しかも早くやってきた。「内定取り消し」と聞いて、最初に思ったのは、もう来年春の内定が出ていて、それを取り消す事態が出てきたのか、と思っていたが、来月入社の話である。「内定」と言うが、学生からすれば、「確定」と思っていたことであろう。非常に深刻な事態と言える。
記事の要請書は、日経記事にもあるが、次の通りで、卒業・修了予定者等を、①2020年度、②2019年度に分けて要請している。
①2020年度卒業・修了予定者等について
 採用選考日程を後倒しにするなど柔軟な日程の設定や秋採用・通年採用などによる一層の募集機会の提供を行うとともに、その旨を積極的に情報発信すること 等
②2019年度卒業・修了予定者について
 内定取消しを防止するため、あらゆる手段を講じること。
 やむを得ない事情により採用内定の取消し又は採用時期の延期を行う場合には就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、補償等の要求には誠意を持って対応すること。

まさに、激震が走る内容である。今後も厳しい状況が想定される。ちなみに、前回の2008年のリーマン・ショックの際にも、内定取消が相次いだが、その時に、厚生労働省がまとめた資料は、次のようになっている。
一読すれば、深刻な状況が分かるであろう。事業所規模別では、従業員数300人以上での内定取消人数が多く、中堅以上の企業であっても、安心はできなかったことが分かる。

今、学生に求められるのは、ともかく就職できる企業・団体への準備を進めることである。
公務員志望の学生は急増するであろう。もともと志望であった学生は、試験などの準備に力を入れるとともに、民間での就職も考えるようにした方がよい。逆に、民間志望であった学生は、公務員についても視野に入れるべきであり、試験内容などの調査を急ぐべきである。
そして、内定段階に到った場合、間違っても簡単に断ったりしないことである。業界や企業の状況は、刻一刻と変化する。変化を十分に見定めてから断っても、決して遅くない。見方を変えれば、内定を取り消す企業は、ぎりぎりまで学生を確保しているわけである。ならば学生側も、ぎりぎりまで内定先を確保すべきであろう。
2020年3月14日 日経朝刊15面 (大機小機)新型コロナの経済リスク

「世界保健機関(WHO)が「パンデミック」とみなした新型コロナウイルスの世界的まん延は経済活動の甚大なマイナス要因となる。有効な手立てがあるのだろうか。」という論説である。
「人々の集合や移動が抑えられることが経済活動の足を引っ張る要因となる」今回のような事態には「マクロ経済政策はあまり効果がない」ということだが、供給サイドでは、「労働力が確保できないために世界の生産基地といわれる中国の工場が動かなくなる」ことにより、「国際的サプライチェーンがマヒし、多くの国で雇用が失われる」供給ショックには即効性のある対応策は存在しない、としている。
一方の需要サイドでは、旅行・観光業をはじめとする「サービス産業従事者が雇用の大部分を占める日米はじめ先進国経済は大きな打撃を受けざるをえまい」としている。「伝統的な不況対策は財政出動や減税による公的需要創出策が中心」だが、「人々が動けないことが原因であれば、これらの施策も効果はあまり期待できまい」とし、「日米で減税を主張する向きがあるが見当違いではないか」としている。
その上で、「注意すべきは、世界的な超金融緩和政策によって、かつてない規模に達した債務膨張のリスク」であり、「政府は企業の資金繰り対策に万全を期してほしい」とし、「パンデミックを早期に抑え込むことに全力を傾注するしか方法はない。それが最善の経済対策なのだ。」と結んでいる。

このように、供給サイドと需要サイドの両方で大きな問題が発生している状況は、欧米各国で「戦争」という言葉が出てきているように、戦時下の経済に似ている。戦時下では、不要不急のものに対する需要が急減し、対する供給も急減する。観光業や飲食店への打撃などと言っている場合ではないのであるが、特に日本では、まだまだ危機意識が薄いのではないか。
喫緊の問題は、生活必需品の提供が、国民全体に行き渡るのかどうかであろう。特に、雇用の減少により、衣食住といった基礎的な消費に支障をきたす人々の救済は、最優先である。そうした人々には、減税といった間接的景気刺激策ではなく、現金給付による直接的緊急的な支援が必要となる。結局のところ、観光や娯楽などのサービス産業は、そのような基礎的な基盤が整っていて初めて存在意義のあるものなのではないか。そのことが、今回のコロナ・ショックでの一番の教訓ではないかと思える。
2020年3月14日 日経朝刊8面 (Deep Insight)本気のオンライン社会へ

「通勤、通学、観戦、渡航――。新型コロナウイルスの感染拡大は、大勢が集まること、移動することのリスクを突きつけた。生活の営みや経済活動が止まらない社会を築けるか。人類の知恵と行動力が試される局面と言っていい。突破口はオンラインだ。」とする記事である。
「日本でも手探りながらテレワークを始める企業が増え、ネットで可能なことはネットでの機運がある。有事が去れば終了という程度のオンライン化では、強くしなやかな社会はできない。危機のたび混乱する。環境の変化や時代の要請にフィットしたオンライン社会へと本気で進みたい。それにはまず、古い考えを捨て、意識を変えなければだめだ。」というものである。
続けて、「人の思考や振る舞いは場所、時間にとらわれている」とし、「オンラインだからこその価値に目を向け、社会に埋め込む作業がいる。」とし、「最新の手法と工夫次第で、コミュニケーションの質を高められる」としている。その例として、「ネット会社ドワンゴのオンライン授業「N予備校」」と「オンライン診療」に言及し、「オンライン化にはオープン化が伴う」とし、「教育と医療も、目の前の「先生」がすべてでなく、多様な専門家の見方や意見に触れられる。」としている。「広い視野でアイデアやスキルを融合できるのがオンラインの醍醐味」で「新しい社会をつくる道具はある。一握りの人間が考えればすむテーマではない。」というのである。
一方、「オンラインにも弱点はある。電力と適切な管理なしには動かず、誤情報やコンピューターウイルスの脅威がある。」とし、「状況に応じてオンラインかオフラインか選び、何かに極端に依存しないこと」が必要だとし、「大量、画一、集合、一括。時空を超えるネットという利器をもちながら、社会構造は20世紀に効率的とされたものに縛られ、真の21世紀社会への移行を阻んでいないか。コロナ禍が私たちに問う。」と結んでいる。

確かに、コロナ・ショックでオンラインの利用は、飛躍的に高まった。G7の首脳会議ですら、電話会議でこなすことができるのである。通勤時間が省略され、仕事の効率性も高まっている。もちろん、オンラインでこなせる仕事ばかりではない。しかし、対応できる範囲は、様々な工夫で確実に広がっている。
一方で、「人と人との触れ合いが減る」という意見はある。「有事が去れば終了」となる可能性は捨てきれない。人間とは、ヒトとヒトとの関係そのものであると言われる。動物であるヒトが、他のヒトとの関わりの中で、社会性を身に着け、「人間」になるという考え方である。ただし、このような他者との関係も、対面的接触だけで構築されるものではない。書物などを通じて他者の考えなどを知ることは可能であり、オンライン技術は、そうしたことを促進する優秀なツールである。
一方で、「百聞は一見にしかず」とも言う。例えば、実際の演技や演奏を見ての感激は、それらをビデオで見た場合とは比較にならないであろう。もちろん、それでも疑似的な体験などにも大きなる効用があるわけであるが。
オンラインが活用できるからこそ、それでは対応できない実物の価値が高まるのである。「本気のオンライン社会」は、「本物の価値の尊重」をベースにしたものでなければならないように思う。

2020年3月13日金曜日

2020年3月13日 朝日朝刊15面 ●新入社員の皆さんへ 仕事にはまってみませんか

24歳で起業したサイバーエージェントの社長でAbemaTVの社長も務める藤田晋氏による「メディア私評」であるが、「世の若者たちは、働き方改革で労働時間を短くしようというかけ声の中で働き始めます。メディアの論調も労働時間の短縮を求めていて、誰も盾突けないような空気感があります。しかし、私は仕事を始める若い人たちに、あえて言いたいのです、「仕事にはまってみませんか」と。」というものである。
氏は、「今の新入社員は…すぐに活躍し始める人が多くなりました。これはインターネットのおかげで、業界や会社の情報が集めやすくなり、実際に働く前に詳しく知ることができるようになったからです。加えて、インターンシップや内定後のアルバイトで職場を体験する人が増えていることもあります。」としている。
続けて、「とはいえ、どんな会社でも仕事は実際に働いてみないと分からないし、身につきません。だからこそ、初めが肝心です。ここで集中して様々な経験を積めば、仕事の中で何が大事で、何が無駄かを見極めることができるようになります。こうなればしめたもの。効率を上げられるため、長々と働く必要がなくなります。家事や趣味など日々の暮らしでも同じことが言えると思います。」としている。
氏は、24歳でサイバーエージェントを起業した際に、「週100時間働くという目標」を立てたと言い「長く働くことがいいことだと考えていたのではありません。若くて経験が足りないので、働く量でカバーしたかったのです。同じ業界の競争相手が働いていない時間帯にもこちらは対応できるわけですから、スピード感で差をつけることができます。私が業界で生き残り、会社を大きくするにはこの方法しかないと考えたのです。」としている。
その上で、「だからといって、長時間働けと言っているわけではありません。サイバーエージェントはグループ全体で5千人が働いており、長時間労働を押しつける雰囲気はありません。中には、ハードに働きたいという人もいますが、残業しすぎないように抑えています。「助けて」と声を上げなくても、そんな状態にいる社員を見つけ出せるような仕組みも作っています。」としている。
そして、「昨年、ある会社の新入社員が自殺に追い込まれ、メディアで大きく取り上げられました。5年前に広告会社の新入社員が過労自殺したときは、私の会社も広告を扱っているため、大変なショックを受けました。たびたび起きるこういった出来事を報じた記事をみると、「長時間労働、常態化」「問われる自殺防止策」と厳しい批判が続きます。生きるための糧を得る会社で過労死が起きれば、本末転倒です。どの会社でも起こり得ると考え、防ぐためにあらゆる手を尽くさなければならないと思っています。」と言いつつも、「単純に働く時間を減らすだけでは、必要な経験が積めません。だから、入社してすぐは、できる範囲で集中して仕事に取り組むことをおすすめしています。若くして仕事ができるようになれば、社内で目立つし、それ自体が競争力です。経営者の務めは、過労死を防ぐと同時に、新入社員が十分な経験を積めるようにすることではないでしょうか。」というのである。
さらに、「どんな仕事でも、できるようになったら好きになるのです。」とし、「新入社員は、これからどんな仕事にも挑戦でき、新しい経験をたくさん積むことができます。それは大きなチャンスです。働き始めこそ、失敗しても大目に見てもらえます。体を大事にして、周りの大人たちに遠慮せず、自分の道を歩んでください。」としている。

氏の主張に一理あると思う人は、日本には少なくないだろう。言及している新入社員の自殺についても、「自分の若い時は、もっと働いた」とか「我慢や気力が足りない」と批判する声は多かった。こうした人々が分かっていないのは、他ならぬ藤田氏が述べていることだが、昔に比べて、仕事の密度と責任が各段に重くなり、息つく暇もないという現実である。今の若い人たちの置かれている状況は、批判者が若かった時のようなチンタラしたものではないのである。
もう一つの重要な違いは、藤田氏が経営者であるということである。経営者であれば、様々な出来事に対処していかなければならない。ちょっとした事故でも発生すれば、全力で当たらないと命取りになりかねない。氏のように若くて起業したてなら、何でも対応しなければならないわけで、だから「週100時間働く」とか言い出すのである。緊急事態が発生すれば、不眠不休で対応しなければならないのだから、時間なんか関係ない。そうでなければ、自分の会社が潰れてしまうのである。居酒屋の経営者などでも、自分で自分の店に責任を持っている人は、また、農業などに携わる人でも、自己責任で対処しないといけない人は、いざと言う時には、時間など構ってはいられない。ホットな例で言えば、新型コロナ対策に明け暮れている医療従事者も、同じ状況にある。
けれども、新入社員のみならず社員は、経営者と同じ立場にはない。第一には、生活のために働いているのである。その違いを無視してハードに働くことを推奨するような事を言うのは、無責任極まる事ではないか。
それに、実際にやってみれば分かるが、密度の高い仕事を続ければ、1日8時間でもクタクタになる。そうならないのは、適当に手を抜いているからで、それなら1日10時間でも12時間でも働けるだろうが、それを密度の8時間の方が時間が少ない、とされたのでは、たまったものではない。そして、そんな手抜き上司が、くだらない会議なんかを、就業時間外にセットしたりするのである。「働き方改革」の本質は、そのようなくだらない時間の解消であろう。
一方、氏の「どんな仕事でも、できるようになったら好きになるのです」という言葉には、正しい面がある。ただし、「好き」で論じるのは、適切とは思えない。嫌々やる仕事では、何にも身につかない。だから、氏は「好き」という言葉を用いたのであろう。私は、氏の言葉の本質は、「一生懸命やったことだけが残って、自分を支える」ということなのだろうと思う。それは、私の座右の銘でもある。
2020年3月13日 日経朝刊1面 試行錯誤の一斉テレワーク 働き方改革 浮かんだ弱点

「1時間34分――。総務省が調べた東京都の通勤・通学時間の平均(往復、2016年)だ。大都市のビジネスパーソンは毎日の長い移動で疲弊してしまう。日本の生産性の低さの一因だ。」という記事である。
続けて、「テレワークはもともと今夏の東京五輪・パラリンピックの混雑対策として、官民で導入機運は高まっていた。社員らが一斉に出社しない「テレワーク・デイズ」イベントの19年の参加団体は2887団体と前年の1.7倍、参加者数は68万人で2.2倍に増えた。新型コロナを機に様々な企業で前倒しされ、手をつけられなかった無駄を削る好機になる可能性はある。」としている。
だが、「では業務ははかどるのか。2月下旬から原則テレワークになった電通。営業部門に務める30歳代の男性社員は自宅で仕事をし、顧客企業への訪問も最小限に抑えている。先方の顔が見えず「空気がつかみづらく営業マンとしてもどかしい」。未就学児の子供が家の中を走り回り、業務効率が下がることもあるという。ビジネスチャットなど効率化のツールはあるものの、習熟度には個人差があり組織での運用に課題が残る。」としている。
そして、「総務省によると、日本のテレワーク制度を導入した企業の割合は18年時点で19.1%。85%の米国、38%の英国に比べまだ低い。米国では国内の感染拡大が顕著になった3月に入り、グーグルやフェイスブックなどIT(情報技術)大手が従業員に在宅勤務を勧める。現状はシリコンバレーの多くの企業が原則在宅勤務に切り替わり、朝夕の渋滞はなくなった。」としている。
これに対し、「日本ではインフラの準備不足もみられる。ある銀行の部署では所属する約60人が原則在宅勤務になったが、社外から社内ネットワークに接続するための通信システムがパンクし、全員一斉だったのを半分ずつの交代制に切り替えたという。」という。
そして、「押し寄せるテレワークの波は、デジタル時代に沿った働き方の改革ができない企業を浮かび上がらせる。生産性を高めるため、経営層や社員の模索は続く。」と結んでいる。

テレワークができる仕事や企業ばかりではない、という声は根強い。だが、それ以前に、長時間通勤を抑止し、仕事の効率性・生産性をあげようとする意識が、日本の企業では乏しかったのでないか。かねてより、無駄な会議や稟議が多いことは、多方面から指摘されていたのに、それに対する改善を怠ってきたことのツケが回ってきているように思われる。
記事にある総務省による日本のテレワーク制度導入企業の割合は18年時点で19.1%というのは、次の令和元年『情報通信白書』に記載されている。
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd124210.html
英米の数値は探してみたものの確認できなかったが、大分遅れを取っているのは間違いないであろう。
もっとも、テレワークという手段が、必ずしも効率的とは限らない。記事では、「現状はシリコンバレーの多くの企業が原則在宅勤務に切り替わり、朝夕の渋滞はなくなった」としているが、それが重要な事であるのなら、コロナ・ショックより前から、そうした対応が可能であったはずである。しかし、オフィスという仕事のために限定された場所・時間の有効性や、対面での意見交換の効率性といった面もある。
さりながら、今回のような緊急的な事態への対応のみならず、体調や時間的都合がつかない場合でもネットで会議に参加できることなど、テレワークで業務の効率性を向上できる機会は多い。その点では、日本の取り組みは、まだまだ遅れていると言ってもよいであろう。
最後に、総務省の『テレワークの最新動向と総務省の政策展開』(2020年5月31日)を紹介しておこう。
http://teleworkkakudai.jp/event/pdf/telework_soumu.pdf
2020年3月13日 朝日朝刊4面 定年65歳改正案、閣議決定へ 付則に能力主義徹底 国家公務員
2020年3月14日 朝日朝刊4面 公務員65歳定年、法案を国会提出
2020年3月14日 日経朝刊4面 社保の担い手、公務員先行 定年65歳に上げ法案決定 検察官延長、火種にも

最初の13日付朝日記事は、「政府は、国家公務員の定年を段階的に65歳へ引き上げる国家公務員法などの改正案について、13日に閣議決定する。自民党内での議論で、単純に定年年齢だけを引き上げることに「待った」がかかり、能力・実績主義の徹底を念頭に置いた付則が盛り込まれることになった。」ことを報じるものである。
「改正案は現在、原則60歳となっている定年を、2022年度から2年ごとに1歳ずつ引き上げ、30年度に65歳とする。60歳以降の給与は当分の間、それまでの7割とする。」としている。
これに対し、「自民党内の議論では、公務員改革が「進んでいない」点が問題視された。08年に成立した国家公務員制度改革基本法で課題としていた「能力・実績主義の徹底」が今回の法案に反映されていないとみるからだ。党行政改革推進本部の塩崎恭久本部長は取材に対し、「民間企業が定年延長を導入する時は人事評価と賃金制度を見直している」と説明。「それをやらずに、定年だけ延ばして7割の給与を出すのは、税金を使っている意識がない」と指摘した。」としている。
そして、「こうした意見を受け、政府は、改正案の付則に施行日となる22年4月1日までに給与制度の前提となる人事評価を見直すことを明記した。政府が当面7割とする60歳以降の給与については、能力・実績によってメリハリをつけるよう検討していくという。」とのことである。
一方、「今回は国家公務員法とは別に定年年齢を定めている検察庁法の改正案も提出する。検察官の定年を63歳(検事総長は65歳)から65歳に引き上げる内容。」とのことだが、「野党は、東京高検の黒川弘務検事長の定年延長問題で追及を強めており、関連する検察庁法改正案の審議も、一筋縄ではいかない状況だ。」としている。

次の14日付朝日記事は、改正案が閣議決定を経て、国会に提出されたというものである。

最後の14日付日経記事は、内容としては朝日記事と同じであるが、国家公務員の定年延長は、「社会保障費負担の担い手が減るのに対応する。企業では65歳定年の導入率は2割弱にとどまる。公務員が先行して制度設計のひな型を示し、民間への波及をめざす。」としている。なお、「地方公務員の定年は地方自治体が国に準拠して条例で定める。国家公務員の定年が延長されれば、地方公務員の定年も同じペースで30年度に65歳となる。」とのことである。
一方、「企業では65歳定年の採用はまだ少ない。厚生労働省の19年の調査によると全体の2割弱にとどまる。政府が国家公務員の定年延長に踏み切るのは、労働力人口の減少に備えて社会全体で高齢者雇用の促進につなげる狙いがある。」とし、「武田良太行政改革相は13日の記者会見で「国家公務員から率先垂範し、民間企業のロールモデルとして役割を果たしたい」と述べた。」そうである。
なお、「定年を迎えて退官する予定だった黒川弘務東京高検検事長の勤務を半年延ばすと決めた」政府の対応について、政治問題化していることにも言及している。

国会に提出された法案(提出日:2002年3月13日)は、次の通りである。
https://www.cas.go.jp/jp/houan/200313/siryou1.pdf
また、厚生労働省の「高年齢者の雇用状況」(2019年)の集計結果は、次のようになっている。
https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/000569181.pdf
上記の日経記事にもあるが、民間企業での65歳定年の導入率は17.2%に過ぎない。定年延長に当たっては、朝日記事が引用しているように、「能力・実績によってメリハリをつける」必要が出てくるが、民間でも推進できているとは言い難い。その結果として、8割の企業が、「継続雇用制度の導入」により、身分を正社員から非正規社員に変更し、給与も減額しているわけである。
一方で、IT技術に精通した若手の給与は、対外・対内的競争の観点から、引き上げざるを得なくなっている。もちろん、人によって個人差があるから、その考慮が必要になるが、その事情は、高齢者についても変わらない。要するに、年功序列・終身雇用の従来型処遇では対応できないのである。能力・実績による適正な評価が行えるのであれば、雇用保障の定年延長ではなく、定年撤廃で対応すべきこととなる。
では、どんなスピード感で、その方向に向かっていけるのか、少子高齢化が急速に進む日本にとって、それが命運を握る課題であろう。
2020年3月13日 日経朝刊25面 ●(私見卓見)大学での学業生かす新卒採用を

リクルートワークス研究所の茂木洋之研究員による寄稿で、「2021年卒の就職活動が本格化している。リクルートワークス研究所の「大卒求人倍率調査」によると20年卒の大卒求人倍率は1.83倍と、企業は採用困難な状況だ。21年卒も続くとみられる。」としている。
そこで、「企業は学生の本分である大学での学業をもっと評価してはどうか」と提案し、背景として、「今の学生はよく勉強する。総務省の「社会生活基本調査」によると、16年時点の学生の1週間あたりの勉強時間は238分と、20年前の1996年(177分)より34%長い。また当研究所の「全国就業実態パネル調査」では「学生時代に勉強していたか」との問いで、今の20代は「勉強していた」という回答が60代より7.5ポイント高い。」という。一方で、「大卒求人倍率調査では新卒採用で学業(成績)をみる企業はわずか6.7%。日本企業は正社員中心の職場内訓練(OJT)を重視し、大学名で学生の潜在能力を判断して採用後に育成してきた。文系では大学で学んだことが企業での仕事に直結しにくい。」としている。
これに対し、「しかし今後は転職市場が発達し、雇用が流動化するだろう。企業も従来のように新卒の学生を一から育てる人的投資を回収できる保証はなく、教育訓練費用は重荷になっている。IT(情報技術)はここ十数年で格段に進歩している。一部の専門能力は大学での育成に期待がかかるはずだ。学生は大学で学ぶことで人的資本を蓄積し、新卒でも即戦力となることが求められるケースも増えよう。IT系のスキルを持つ人材が厚待遇で迎えられるのはその兆しだ。」というのである。
そして、「今後は修士や博士ももっと評価されるべきだ。そもそも教育サービスは労働市場における派生需要で、企業内訓練の一部を大学が負担する流れは自然だ。大学が一様に「就職予備校」となるのは望ましくないが、ある程度は企業のニーズにあう教育が必要だ。」とし、「企業が必要なスキルを身に付けた学生をエントリー段階で選別するには、大学の受講科目や成績、ゼミといった学業が一つのシグナルになる。大学での訓練は、企業にコストがかからない。企業が求める人材を大学が育てれば学生はさらに勉強し、シグナリング機能が高まるだろう。好循環を促し大学での学びと労働市場におけるスキルのつながりを強化すべきだ。」と結んでいる。

主張している内容には、違和感はない。しかし、如何せん、コロナ・ショックで事情は激変した。就職戦線は様変わりし、企業は、手当たり次第に学生を確保するのではなく、採用数を厳選するようになるだろう。そのことは、期せずして、学業成績にも重きを置くようになるはずである。もっとも、「修士や博士」の評価向上については、修得内容と企業ニーズがマッチするかどうかに加え、新卒一括採用などの日本型雇用の変革が必要であろう。
ただし、学生の「勉強」が評価され得るものかどうかには、疑問がある。本来、大学は、知識をつけるというよりは、自ら考え判断する力を養う場ではないかと思う。一方、講義内容からして、「新卒でも即戦力となる」とは到底思えない。そもそも実社会では、問題の解決の前に、問題を発見することが重要になる。「自ら考える力」が必要なのはそのためで、この点では、知識詰め込みを重視してきた日本の教育は、大きく見劣りする。
ともあれ、この論説の言う「採用困難な状況」が続くとは思えない。下記のブログで、すでに内定取消が発生していることにも触れたところである。
こうした新たな厳しい状況に対しては、ここ数年の就活ノハウなど、役には立たないだろう。「大学生の新卒採用が売り手市場なのは、少子化とは関係のない、好景気による一時的なものだ」とし、「不況が来れば氷河期は襲来する」と雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏が危惧していた就職氷河期が、コロナ・ショックで予想より早く襲来しそうである。
中小企業にとっては、むしろ人材確保のチャンスになるという氏の力説に、対応できる企業は数少ないだろうが、学生にとっては、この事態こそが、良質の中小企業を見分ける機会となる。「寄らば大樹の陰」で、大企業に傾斜していく気持ちは分かるが、それは、すべての学生が考えるわけだから競争率も高くなり、企業側も、少なくなる採用枠の中では、寄りかかろうとするだけの学生を振り落とすことが必須の状況になる。
投資の世界には、「人の行く裏に道あり花の山」という言葉がある。他人と同じ事をしていたのでは、成果を上げることはできないという意味であるが、例えば、現在急落している株式市場で、多くの人が狼狽売りに走っているが、投資のプロなら、慌てずに、じっと買い場を探しているということになるわけである。これは、人生全般に通じる。「ピンチこそチャンス」なのである。こんな時だからこそ、中小企業に目を向け、可能なら仕事場を訪問して、話を聞いて見るといい。たとえ入社することにはならなくても、実社会の姿を垣間見ることができるだろう。
<点検2020 春季交渉>
2020年3月13日 日経朝刊13面 (上)富士通、「横並び」増額崩す
2020年3月14日 日経朝刊11面 (中)トヨタ、脱ベアにシフト
2020年3月17日 日経朝刊16面 (下)鉄鋼労組、隔年交渉の呪縛 7年ぶりベアゼロ

「2020年の春季労使交渉は、日本企業の賃金の考え方が変わる節目となった。基本給の底上げに当たるベースアップ(ベア)の横並びが崩れただけではない。」という特集記事である。

上編は、「富士通は大卒初任給の上げ幅について、業界の慣習を破り、一律要求3000円を大きく上回る1万円超にする。デジタル人材の獲得は資金力のある外資系に劣り危機感を強めているためだ。ボーダーレスの競争が当たり前のデジタル時代は、伝統的な日本企業の賃金制度にも変革を突きつけている。」という書き出しである。
「富士通は3000円のベア要求に対し、1000円と回答。これは電機連合の「1000円以上」という統一獲得目標に沿ったものだが、大卒初任給…は議論をせずに各社横並びになるのが長年の慣例だ。富士通の経営陣は今回、3000円を要求した同社の組合に対し、大幅超の1万2500円と回答した。」とのことである。
背景として、「富士通は、ビジネス全体をデジタル技術で変えるデジタルトランスフォーメーション(DX)を成長領域として強化する」が、「データサイエンティストや人工知能(AI)技術者など実績のあるIT高度人材を中途採用で獲得するには、年収数千万円以上の高額報酬が必要になる。」し、「他産業を巻き込んだグローバルでの人材獲得競争にさらされ、豊富な資金を有するGAFAなど米IT大手に奪われることが多い。」としている。
そして、「こうした状況から富士通は中途採用の枠をこれまでの百数十人から300人規模に拡大させると同時に、新卒採用の質向上に取り組む。優秀な新社会人を大量採用し、社内教育で有能な技術者に育て上げる。一部はIT大手に奪われても大半は社内にとどまる上、「外部流出した人材が活躍してくれたら富士通の評価も上がる」(時田社長)からだ。」というのである。
ただ、「1万円超の初任給増額だけですべてがうまくいくわけではない。富士通と同じくDX事業を強化するコンサルティング大手、アクセンチュアのコンサル職の初任給と比べると開きがある。入社後の賃金上昇カーブも外資系と比べ日本企業は緩やかで、優秀な人材ほど能力と報酬の乖離(かいり)に不満を持ちやすい。」ということである。
一方、他社の動きとして、「NECは…新卒初任給の一律同額支給をやめ、役割に応じて報酬水準を変える仕組みを21年4月入社の新社会人から導入すると発表した。」とし、「同社は昨年、特定分野の研究者向けに、新卒でも年収1000万円以上を支払う制度を始めた。専門人材への報酬を手厚くする一方、「メリハリを付ける方が重要」(同社)として、大卒初任給の上げ幅は横並びに従い3000円で回答した。」としている。
また、「今回の労使交渉では電機各社の一律ベアが崩れた。トヨタ自動車やマツダ、日本製鉄など鉄鋼大手はベアを見送った。」ことについて、第一生命経済研究所の永浜利広・首席エコノミストは「労使交渉の脱・横並びは、新卒一括採用に代表される日本型雇用の転換点となる」と指摘しているそうである。
最後は、「各社各様の取り組みが形になった今回の交渉だが、人材獲得の施策は企業に負担増としてのしかかり、初任給の引き上げは中高年にしわ寄せがいく可能性がある。多様な人材を生かし国際競争力を得るには、稼ぐ力を磨くことが避けられない。」と結んでいる。

中編では、「トヨタ自動車は2020年の春季労使交渉で、基本給を底上げするベースアップ(ベア)を7年ぶりに見送った。新型コロナウイルスの感染拡大で先行きは不透明だが、業績や財務面の余力がある中でのベアゼロは波紋を呼ぶ。一律ベアに象徴される日本型雇用では、社員の能力とやる気を引き出せなくなっているという危機感がトヨタの決断の背景にある。」との書き出しである。
 豊田章男社長は「賃金を上げ続けることは競争力を失うことになる」とし、「トヨタの競争力が低下すればリストラを迫られる可能性があるという危機意識を訴えた。」そうであるが、「ベア制度そのものを廃止する布石と受け止められている」とのことである。
しかし、「好調トヨタの突然のベアゼロ宣言が与えた影響は大きい。連合の神津里季生会長は13日の会見で「マイナス心理をまき散らすのはこの局面ではあってはならないことだ」と指摘した。」とのことであり、「交渉を預かるものとして本当に申し訳ない」。6万9千人の組合員を束ねる労組の西野勝義執行委員長は11日、会社側からのベアゼロの提示を受け、愛知県豊田市の組合会館で苦悶(くもん)の表情を浮かべた。」という。
そして、「経営側のベア廃止の意向を察知していた労組は、今年の春季交渉で、組合員の成果に応じてベアを傾斜配分する制度の導入を会社側に提案するという奇策に出た。それでも豊田社長の決断を止められなかった。」としている。
 一方、「米PR会社のエデルマンが19年に実施した調査では、「自分が働いている会社を信頼している」と答えた日本の従業員の比率は64%だった。調査対象の28カ国・地域での平均は76%で、日本は韓国やロシアに次ぎ、所属企業への信頼が低い。」としている。
そして、「トヨタの従業員の平均給与は…日本の製造業ではトップクラスだ。しかし、成果の有無にかかわらず、全体の賃金が緩やかに上がる従来型ではやる気は引き出せない。総合職での中途採用を中長期的に5割まで高めると掲げ、新卒一括採用からのシフトも進む。成果報酬型の賃金体系への移行が欠かせない。」としている。
一方、「経営側はベアゼロを通告する一方で、「組合員の頑張りに答える」(豊田社長)と一時金では年6.5カ月分の満額回答を出した。総合職の組合員は「ベアなしはやむを得ない。新型コロナの悪影響が出てくるのは必至で、賞与の満額のほうがむしろありがたい」と語る。」とのことである。
以上から記事は、「春季労使交渉のリード役だったトヨタ自動車がベースアップから距離を置くことは、日本型の賃金や雇用の制度が大きな転換点を迎えていることを象徴する。一律のベアや定期昇給を核にした年功序列型の賃金体系から、職務内容を明確にして専門的な能力に応じて処遇する「ジョブ型雇用」への移行が進みそうだ。」としている。
そして、「トヨタだけでなく、日本の大企業は一律に給料が上がる従来型の雇用から、社員の実績や職務内容に応じて報いる成果主義型への移行を進めている。経団連が今年1月に発表した調査では、3割強の企業が雇用の柔軟化・多様化を図ると回答した。」とし、「経団連は今年、春季交渉の方針にジョブ型雇用の拡大を掲げた。グローバル化が進むなかで、トップクラスのIT(情報技術)人材などの獲得競争が激化していることが背景にある。中途採用ではジョブ型の処遇を重視する企業が既に6割以上になっているが、今後は新卒にも広がりそうだ。」としている。
最後は、「ジョブ型には「社員の意欲を引き出し生産性を向上させる効果が期待できる」(デロイトトーマツグループの古沢哲也パートナー)。一方で、「日本の強みは普通の人々の規律の高さにあり、成果主義もベアも両方必要だ」(日本総合研究所の山田久副理事長)との指摘もある。新たな日本型の雇用モデルの模索が続く。」と結んでいる。

最後の下編では、「日本製鉄など鉄鋼大手は基本給を底上げするベースアップ(ベア)を7年ぶりに見送った。賃金を2年ごとに話し合う取り決め「隔年交渉」により、2020年度と21年度がベアゼロとなった。一部の労働組合は、21年度だけ再協議したいと申し入れたが、結局取り決めに縛られ実現しなかった。20年以上続く仕組みがこのままでいいのかどうか、労使双方に課題を残した。」という書き出しである。
続けて、「鉄鋼大手の労組は統一交渉を始める際、2年分を取り決めるルールにのっとり、ベアを3000円ずつ求めた。これに対し、会社側は当初から2年ともゼロ回答だと強硬な姿勢だった。」のに対し、一部の労組は「21年度については再協議することにしてほしい」としたが、「会社側の答えはノー。重要なのはその理由だった。「もともと2年ルールとして要求してきたのは労組側だ」」としている。「隔年交渉は労使の合意のもと、1998年に始まった。双方にとって負担となる毎年の賃金交渉を2年に1度と改め、賃金を交渉しない年に様々な労働条件を話し合う点が先進的とされた。」とのことである。
これについては、「会社側には隔年交渉を見直すべきだとの考えがある。世界経済のリスクが増し業績が短期で変化しやすいことに加え、人手不足も要因だ。…基本給を1回決めたら、2年は原則として変えないやり方は、人材確保にマイナスに働く。」とする一方、「労組側にとっても、こうした人材確保の重要性は同じ。過去の合理化で現場の人員が減る一方、団塊世代の大量退職に伴って技能伝承も難しくなっている。」ということで、三菱総合研究所政策・経済研究センターの森重彰浩氏の「旧来の仕組みを固定化するとイノベーションを阻害しかねない」とのコメントにつながるわけである。
また記事は、「鉄鋼業界に限らず、春季労使交渉で積み残された課題は多い。約2100万人と労働者の4割まで増えた非正規社員を特に製造業の労組が取り込めず、正社員中心の要求を掲げがちなこともそのひとつ。会社側も、女性や外国人など多様な働き手の意欲を高める取り組みが十分とはいえない。」としている。
最後に、「昭和女子大学の八代尚宏特命教授は、成長を前提につくられてきた春季交渉の仕組みについて「制度疲労となっている面がある」と話す。実力に応じた賃金体系に作り直すなど「仕組みを大胆に変えないと国際競争力を失う」と指摘している。」ということで結んでいる。

この記事の冒頭にあるように、今春闘が「日本企業の賃金の考え方が変わる節目となった」のかどうかは、まだ分からない。今回は、新型コロナ・ウイルスの影響が甚大で、企業としても当面の対応に手一杯であるはずであり、将来像を組合側とじっくり協議する余裕はなかったと思われるからである。
確かに、上編の富士通や、中編のトヨタなどに、新しい動きは見られる。しかし、今春闘の企業側回答が厳しいものとなり、組合側がやむなく受け入れたのも、コロナ・ショックの影響があったればこそ、であろう。
そこで、コロナ・ショックを除く面を抽出してみよう。一つは、富士通による大卒初任給の大幅引き上げである。コロナ・ショックは、日本の新卒一括採用に冷水を浴びせ、就活は激変し、リーマン・ショックを契機としたような就職氷河期が、またしても訪れるのではないかと危惧されている。しかし、そのような状況の中で、初任給を大幅に引き上げるというのである。これは、何を意味しているのであろうか。まず考えられるのは、採用者の厳選であるが、富士通は、「優秀な新社会人を大量採用し、社内教育で有能な技術者に育て上げる」という。だが、断言するが、この戦略はうまくいかない。それがうまくいくのなら、すでに社内に有能な技術者が沢山いるはずである。そうなっていないから、「中途採用の枠をこれまでの百数十人から300人規模に拡大」するのであろう。横並びの水準から見れば高く見えるかもしれないが、上がった水準で見ても初任給は、たかがしれている。有能な技術者は、若い時から頭角を現してくる。その人達が求めるのは、報酬もさることながら、自由と裁量であろう。それを認識せず、「社内教育」などと言っているのでは、話にならない。
中編のトヨタの方は、豊田社長に強い危機感が窺われる。「一律はフェアではない」との社長の考え方に対し、労組は「組合員の成果に応じてベアを傾斜配分する制度の導入を会社側に提案するという奇策」と打って出たが、ベア・ゼロで頓挫したわけである。仮に、コロナ・ショックがなかったら組合の「奇策」が成功したかというと、それにも疑わしい面がある。社長が考えているのは、給与体系全般の話であり、底上げのベア分程度ではないと思われるからである。記事では、年功序列型の賃金体系から、職務内容を明確にして専門的な能力に応じて処遇する「ジョブ型雇用」への移行が進みそうだ、としているが、製造工場を抱えるトヨタにとっては、その途は選びやすいとは思うが、オール・トヨタの気風は失われかねない。今後、トヨタが、社内の体制変更と社外との連携強化とを、どのように進めていくのかは、注目に値する。
最後の下編での鉄鋼大手での春闘は、2年ごとと日本の他の業界とは異なっているが、海外では3年ごとの賃金改定協定なども業界によって行われている。記事では、非正規労働者への対応も十分ではないとしているが、「実力に応じた賃金体系」を目指せば、雇用形態ごとの格差はなくなるが、個人間の格差は拡大するだろう。だから悪いというのではなく、そうした格差拡大も織り込んで検討を進める必要があると思うのだが、それには、企業内での対応には限度があり、政府によるセーフティ・ネットも再編成も必要になるだろう。
ともあれ、日本的雇用が、大きな転換的を迎えていることは、間違いない。

2020年3月12日木曜日

2020年3月12日 日経夕刊7面 (十字路)正常性バイアス

JPH代表取締役の青松英男氏による「正常性バイアスとは自分にとって不愉快で都合の悪い情報を無視、過小評価する傾向を指す。その場合、回避・抑制できた多大な被害をもろに受けることもある。現在進行形の新型コロナウイルス感染症対策は大丈夫だろうか。」とする論説である。
続けて、「多くの日本企業はこの正常性バイアスに陥っているのではないか。30年以内に70%の確率で発生が予想されているマグニチュード8~9クラスの南海トラフ大地震について事業継続計画(BCP)が十分には整備されていない。特に東日本大震災で露呈したサプライチェーンの脆弱性は未解決のままだ。」としている。
そして、「日本の労働力人口は2065年に現在より4割減少し4000万人弱になると予測されている。しかも主力産業の製造業における労働生産性の水準は、国際比較でかつての1位から14位まで下落した。頼みの女性労働力人口を増やすための施策(待機児童問題の解決など)はほとんど進展なく、生産性を上げる研究開発も欧米と比べ遅れている。」「さらに米中貿易摩擦・覇権争いから、世界の交易関係と情報技術系の分断化が進んでいる。日本企業は両ブロックとどう折り合いを付けるのか非常に難しい局面を迎える。」としている。
その上で、「危機を知らせる煙が上がっているのに、多くの上場企業がしていることは、短期的な株主のみを喜ばせる自社株買いだ。19年はアイ・エヌ情報センターによると7兆5千億円と過去最高を記録し、新株発行による資金調達額(3700億円)を上回る。自社株買いは自己資本比率が高く、自社で意味ある投資案件がなく、かつ株価が本来の価値より低いと会社が判断した時に行う平時の財務行為だ。」とし、「経営者は迫りくる困難を克服するため賢明な事業、研究開発、構造調整の実投資をするのが筋ではないか。長期的な株主は自社株買いより、かかる投資を評価するはずだ。」と結んでいる。

まず、「正常性バイアス」という言葉についてであるが、国土交通委員会の林浩之専門員による次の「災害時の心理学~正常性バイアス」が参考になるであろう。
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2019pdf/20190910002.pdf
この中で、「正常性バイアス」とは、「ある範囲までの異常は、異常だと感じずに、正常の範囲内のものとして処理するようになっている」心のメカニズムであるとしている。上記の論説では、まず「新型コロナウイルス感染症対策」に触れているが、外国から見た日本人の状況は、まさに「正常性バイアス」そのものに見えるようである。
例えば、日本のマスコミは、若者は重症化しないと言い続けており、重症化の例を稀なもののように紹介しているが、NYの現状では、それどころではないようである。これについては、NYタイムズの動画で、医師が次のように警告している(下部に日本語字幕付き)。
https://togetter.com/li/1486436
日本で重点を置いている報道は、外国人が来なくなっている土産店とか人気のない居酒屋とかであるが、命がかかっている状況を本当に分かっているのか、と背筋が寒くなる。日本人は、政府や自治体による自粛要請に他国より従順とされているが、若者に危機感は乏しく、爆発的感染は、すぐそこまで迫っている。

ところが論説では、この緊急事態に突っ込まないで、南海トラフ大地震や労働生産性の水準といった点に話を進めている。言っては悪いが、これも一種の「正常性バイアス」ではないのだろうか。

南海トラフ大地震について言えば、「30年以内に70%の確率で発生が予想」されているものに対して、日常的な備えをすることは困難であるが、それでも、阪神大震災や東日本大震災の経験を踏まえて、備えは一定程度進められていると思う。このような有事に備えた平時の過ごし方は難しい。「正常性バイアス」と切り捨てるのは、いかがなものか。

また、労働生産性の水準に到っては、問題は認識されているのであるから、「正常性バイアス」というよりは、構造改革のスピードの問題であろう。指摘されているように、日本の労働生産性は下落しているが、労働生産性=GDP/就業者数 (または就業者数×労働時間)で、購買力平価(PPP)により換算して示される。
https://www.jpc-net.jp/research/rd/pdf/F3_01.pdf
上記によると、「2017年の日本の就業者1人当たり労働生産性は、84,027ドル(837万円)であった。OECD加盟36カ国の中でみると、21位にあたる(3ページの図3参照)。」「2017年の日本の就業1時間当たり労働生産性は、47.5ドル(4,733円)となっており、OECD加盟36カ国中20位であった(8ページの図8参照)」とのことである。
そして、「特に、製造業が盛んで産業構造が比較的日本と近いドイツは、1人当たり労働生産性でこそ第13位だが、時間当たりでみると第7位となっている。…長時間労働が評価されず、短い労働時間内で仕事を終わらせるために無駄なことを極力省いて仕事を進める意識が高いことが背景にあるといわれている。こうして高い生産性水準を実現していることは、日本の働き方を考える上でも参考になるだろう。(9ページ)」としている。
次に、論説にある日本の製造業の労働生産性は、「1990年代から2000年までトップクラスに位置していたものの、2005年は8位、2010年は11位、2016年は15位と後退している。トップクラスに位置する国々との差はさらに開いている。(23ページの表3)」とされている。
これについてのコメントは資料にはないが、「主要先進7カ国の産業別労働生産性のトレンド(14ページ以下)」を見ると、興味深いことが分かる。日本の場合、卸小売業、飲食・宿泊業で横ばいであるだけでなく、1995年から2000年にかけて上昇率で他国を凌駕していた情報通信業が横ばいに転じ、教育・社会福祉サービス業と娯楽・対個人サービス業に到っては、ずっと下落傾向が続いているのである。もちろん、為替動向が大きく影響する点には注意する必要はあるが、産業別の分析をもっと緻密に行う必要があるのではないか。「正常性バイアス」という言葉で片付けられる問題ではない。

最後の「自社株買い」についてだが、そもそも、この論説は、この点を言いたかったのであろう。すなわち、「自社株買いは自己資本比率が高く、自社で意味ある投資案件がなく、かつ株価が本来の価値より低いと会社が判断した時に行う平時の財務行為だ。」というのである。
しかし、この根本は、企業に資金が余っている点にある。その余剰資金での有効な投資が見つからないため、自社株買いで株式を減らして株主に還元するわけである。では、何故に、資金余剰になっているのか。それは、2007-2010年のリーマン・ショックの爪痕にあると私は思っている。この時、世界的な金融恐慌によって、企業の資金繰りが大きなピンチを迎えた。何が何でも現金が大事ということで、「Cash is King{現金が王様)」と言われた時代である。その後、金融緩和が行われて、特に日本では異次元緩和ということで、企業に資金がたまりやすい状況になった。政府・日銀は、それが投資に向かうことを期待したが、リーマン・ショックの恐怖がさめやらず、リスクを伴う投資には過度に慎重になった企業は、現金をためこむ行動をとったわけである。
このような行動は、「正常性バイアス」ではなく、「杞憂性バイアス」(そんな言葉はないが)とも言えるものではないだろうか。そんな折しも、コロナ・ショックで、ずっと批判されてきた企業の内部留保やキャッシュ・リッチの状態が、一転して評価されるようになってきている。まさに、「歴史は回る」である。未来を見通すのは難しい。
2020年3月12日 日経朝刊19面 (大機小機)米国の格差社会化と大統領選挙
2020年3月27日 日経朝刊6面 (FINANCIAL TIMES)コロナ禍、米政治を左傾化

最初の記事は、コラム/大機小機における論説で、「米国の大統領選挙は、民主党の予備選挙がサンダース候補とバイデン候補に絞られた。資本主義の総本山といえる米国で民主社会主義を標榜するサンダース候補が前回に続き、今回の予備選挙でも有力候補となっていることは驚きだ。その背景にあるのは米国の格差社会化といえよう。」という書き出しである。
続けて、「世の中が格差社会になって弊害が目立つようになると出てくるのが社会主義だ。」とし、近代的な社会主義の祖といわれるエンゲルスの「英国における労働者階級の状態」という本を引き、「過酷な労働者階級の生活」の「背景には、人類に大きな発展をもたらした第2次産業革命が英国で激しい格差社会を生んでいたことがあった。」としている。衛生状態の悪い中で、「1831年には、ロンドンでの真性コレラによる死者が数千人に達していたという。何か、最近の新型コロナウイルス騒ぎを思わせるような事態が、格差社会化を背景に起こっていたのである。」としている。
そして、「世界はあらゆるモノがネットにつながる「IoT」や人工知能(AI)の活用による第4次産業革命に突入している。そこで問題になっているのがやはり格差社会化で、それが最も激しいのが米国だ。」とし、「かつての英国と同様に格差社会化の激しい米国で、社会主義が賛同を得るようになってきているのだ。」としている。
最後は、「エンゲルスやマルクスが主張した社会主義と、今日サンダース氏が主張している社会主義とでは、大きく異なる点がある。前者がプロレタリアート独裁を主張して民主主義を否定したのに対して、後者は米国の民主主義の枠内で主張されている。とすれば、それが米国の有権者に受け入れられる可能性は十分にあろう。格差社会化は今や世界中の問題だ。米大統領選から目が離せない状態が続きそうだ。」と結んでいる。

後の記事は、19日付で英フィナンシャル・タイムズに掲載されたUSポリティカル・コメンテーターのジャナン・ガネシュ氏の記事の翻訳で、「サンダース氏が米大統領選で民主党の指名を得ることはほぼないが、彼の「大きな政府が必要」とする考え方は今後も浸透していくという」ものである。
そして、共和党上院議員のミット・ロムニー氏は、2012年の米大統領選挙中に当時の共和党候補だった際には、民主党の現職大統領のオバマ氏を支持する47%の国民は「政府に依存しており、自分たちを犠牲者だと思い込んでいる」と発言したが、今月16日には、「すべての成人の米国民に一律1000ドル(約11万円)を支給するよう政府に求めた。」としている。加えて、「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済対策として、有給休暇や失業保険、栄養支援プログラムの拡大を提案した。」という。
その上で、今回のコロナ危機で得する側として、70代の上院議員でバーモント州選出のサンダース氏を挙げたいとし、民主党の大統領候補になることはないが、「3月上旬には考えられなかったことだが、米政治はここへきて社会民主主義に近い政策が次々と飛び出している。これまで左派的な議論は遅々として進まなかったが、コロナ感染拡大という緊急事態の雰囲気が高まる中、急に勢いを増している。コロナ危機によって、サンダース氏が考える世界のあるべき姿へと社会が変貌しつつある。」としている。
また、「英国は現在、保守党政権であるにもかかわらず、大規模な財政出動を決めつつある。どちらかといえば企業よりとされる大統領が率いるフランスも同じだ。米国が異なるのは、この危機下で家計や企業への支援という短期の議論にとどまっていない点だ。今や根本的な富の再配分の問題まで議論されつつある。だからこそロムニー氏は、常に企業側の立場に立ってきた共和党の議員らしい給与税減税や企業への債務保証だけでなく、踏み込んだ提案をしたのだ。」という。
また、「今回の感染拡大で判明したのは、国民皆保険制度を導入していない限り、国民は誰も医療制度によって保護されていないに等しいという痛いほど単純な真実だ。米国でも皆保険制度が必要だと主張してきたサンダース氏の考え方は異端視されてきたが、長く主張してきたおかげで認められるようになったということだ。」という。
そして、「我々は今、経済学的にどういう考え方が望ましいのかを改めて考え直さなければならない歴史的転換点の入り口にいる」とし、「政府こそが経済に責任を持つべきだ」としたケインズの考え方について、「今なら、国民のコンセンサスを得るまではできないとしても、もう少し大規模で積極的に経済や医療制度に関与する政府が必要だという考え方で合意できる可能性はある。左派はこれまで様々なチャンスを逃してきたが、今回は失敗できないはずだ。」とする。
最後に、「サンダース氏が再び大統領選に出馬することはもうないだろう」が、「過激だとみられた数年、そして今年の予備選挙での躍進、その後、バイデン氏に大差をつけられたが、イデオロギー的には成功した。サンダース氏以外の人物が大統領になり米国が大きな政府を抱えることになるとしたら、同氏が残したレガシーとしては悪くないはずだ。」と結んでいる。

前の記事から次の記事までの間に、サンダース氏が民主党の大統領候補に指名される可能性は、ほぼなくなった。だが、皮肉にも、コロナ・ショックは、氏の提唱してきた政策こそが、危機に陥った米国にとって必要なものであることを明らかにしたのである。
中でも深刻なのが、国民皆保険制度の不在による医療危機であろう。世界で最も豊かであるとされる米国で、医療崩壊の危険が日に日に高まっている。トランプ大統領は、オバマ大統領の施策を次々と覆してきたが、そのツケを払うことになったわけである。
それでも、民主党の大統領選有力候補のバイデン氏が、どのような政策をとろうとしているのかは、あまり見えてこない。世界からの分断を辞さず、国内での分断も助長してきて、サンダース氏から史上最悪とまで言われているトランプ大統領を、米国民がどのように審判するのか、その日は、刻一刻と近づいている。
2020年3月12日 朝日朝刊15面 (異議あり)株主優先の経営、社会の格差広げる
2020年3月12日 日経朝刊6面 (創論)脱・株主第一主義の行方
2020年3月14日 朝日朝刊10面 (経済気象台)企業は誰のためにあるのか

株主優先の経営が主体の状況に対し、「会社は一体誰のものなのか」とし問いかける3つの論説記事である。
共通して言及している昨夏の「グローバル企業の経営者でつくるビジネス・ラウンドテーブル(BRT)」による「72年の設立以来掲げてきた株主第一主義を見直す」との宣言については、すでに次のブログで取り上げているので、参照されたい。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/2020218NA25.html
また、今年1月の次の「世界経済フォーラム・ダボス会議2020」にも言及がある。
https://jp.weforum.org/events/world-economic-forum-annual-meeting-2020

最初の「異議あり」は、関西経済連合会の松本正義会長に対する インタビュー形式の記事で、「この半世紀、「会社は株主のもの」という米国発のコーポレートガバナンス(企業統治)の考え方がビジネスの世界では支配的だった。経営者は自社の株価を気にしながら、短期的な利益を追い、投資や賃上げより、株主への配当を優先してきた。」ことに対し、「会社は株主だけのものではない」と異を唱えているというものである。
まず、会長は、「企業が決算を3カ月ごとに公表する四半期開示義務の廃止」を主張し、「企業の中長期的な成長を妨げる恐れ」があるとし、「『会社は株主のもの』と考える米国流の企業統治の負の側面の表れ」で、日本の主な企業人は「違和感を感じている」と思う、としている。
次に、資本主義社会である以上「会社は株主のもの」ではないかとの問いかけに対しては、「背景には、経済学者ミルトン・フリードマンが『企業が株主利益の最大化に専念することが、社会のためになる』と提唱した」ことがあるが、「そんな経営が幅をきかせた結果、いま米国は上位1%の超富裕層が総資産の30%の富を独占する格差社会となり、ポピュリズムが広がっている」としている。そして、「かつての米国は富の配分について公的な感覚」を持っていたが、「豊かな中間層がなくなって米国社会は分断され、不安定さが増しました。いま最も厳しいまなざしが注がれているのが、巨額の報酬を得ている企業経営者たちです」という。
さらに、「米国企業の経営者の意識が変わる可能性」について、前述のビジネス・ラウンドテーブル宣言の「事業を長く続けて経済を成長させるためには、顧客や従業員、地域社会、取引先、株主らすべての関係先に貢献するという内容」に触れ、今年1月に渡米して経営者の団体や投資家、研究者らに幅広く話を聞き、「社会的、政治的、学問的など複合的な要因による潮目の変化」を感じたとしている。
次いで、「元企業経営者のトランプ大統領は変わらない」ようにみえるということに対しては、「共和党、民主党の双方から行きすぎた株主偏重への疑念」が出ているとし、「民主党の大統領候補選びでも、格差への対応が争点の一つ」になっており、「多くの政治家が今の株主第一主義の経営では格差が広がり、社会の安定が保てなくなると気づいている」としている。
一方、「日本では品質偽装や関西電力の金品受領問題など大企業の不祥事が目立ち…共通の企業統治ルールはやはり必要では」との問いかけには、「各企業が法令を順守することは言うまでもなく、企業統治の取り組みを強化することは重要」だが、「東証によるコーポレートガバナンス・コードを一律適用することには疑問」とし、「東京の経団連もその順守を求めていますが、各企業の個別事情を配慮しないままの適用は逆効果で、かえって企業の価値を損なう恐れもある」としている。その理由は、「例えば、現行のルールは独立社外取締役を2人以上入れるよう定めて」いるが、「専門的な知識を持ち、経営者に適切なアドバイスができて、企業の利益を向上させることに役立てる人材」を「実際に探すのは難しく、一人が何社も社外取締役を掛け持ちしているケースが目立ちます。事情は米国でも同じようです。一律に人数を決めるのではなく、各社の裁量に任せるべき」とする。
さらに、「不祥事を防ぐためには経営に対する外部の目は多い方が良いのでは」との問いかけに対しては、「石川五右衛門が『浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』と語ったように、いつの世も不祥事はなくなりません。企業の不祥事を少なくするのに必要なのは外部の目よりも、リーダーの自覚です」とし、「住友電気工業も過去に自動車部品のカルテルで摘発されました。住友グループの事業精神である『浮利を追わず』が浸透していれば、起こらなかった事件です。私も自責の念に駆られました。加担した社員は上司から命じられたそうです。これからは『誰が正しいのか』ではなく『何が正しいのか』を常に社員が考えるような教育をしていきたいと考えています」としている。
続けて、「これからのリーダーに必要な素養」については、「まず、リーダーは投資家に対して経営戦略や考え方を丁寧に説明する。そして、倫理観や道徳観を持つことです。リーダーが『会社は社会の公器である』という自覚を持たない限り、不祥事は減らない」とし、「リベラルアーツ(教養)も重要です。古典や優れた絵画や音楽など歴史から学ぶことです。その中に込められたテーゼに対して自問自答し、自分なりの解釈や解決策を持つことが重要」としている。
そして、「資本主義は時代の変化とともに変わらざるをえないのか」という質問に対しては、前述のダボス会議2020で『マルチ・ステークホルダー・キャピタリズム』が議論のテーマになったことに触れ、「会社の利益をバランスよく社会に配分していこうというこの考え方は、関西に根付いている近江商人の売り手よし、買い手よし、世間よしの『三方よし』の根底にある経営哲学と合致するものです」とし、「日米で慣行や労働環境は全然違うのに、米国の経営者らが近江商人と同じことを考え始めた。このタイミングをとらえて企業と社会の関係について彼らと継続的に議論していきたい。日本の経営者がかたくなに、従来の米国型企業統治を追いかけていては、また周回遅れになります」としている。
最後に、「「三方よし」の伝統がある日本社会でも格差は広がっているのでは」という点については、「社会の安定度を高めるには、年功序列や終身雇用の要素を入れて、中間層がちゃんと暮らせるようにすることが重要です。私たち経営者は事業で利益を上げ、一緒にやっている人たちに利益を配分し、社会を安定させる責務があると感じています」とし、「行政の政策だけでは今の格差や不平等は解消できません。社会の公器である会社は何をすべきなのか。今、私たち経営者の真価が問われていると思います」と結んでいる。
記事では、「安倍政権は2014年、成長戦略の一環で、コーポレートガバナンス(企業統治)の強化を打ち出した。株主の経営への影響力を強め、日本企業の「稼ぐ力」を取り戻すのがねらい。背景には、米国発の「会社は株主のもの」とする考え方がある。」とし、「この方針を受けて15年、東京証券取引所の上場企業を対象に「コーポレートガバナンス・コード」が導入された。2人以上の独立社外取締役を選任すべきだとしたほか、取締役会の3分の1以上を占めることが望ましいと明記した。コードを守らない場合はその理由を株主に説明しなくてはならない。東証1部上場企業では2人以上の独立社外取締役がいる企業は93%にのぼる。売上高や利益などの決算情報の四半期開示は金融商品取引法で、08年に義務づけられた。関西経済連合会は「四半期は企業の状況を理解するには短すぎる」「働き方改革に逆行する」として開示義務の廃止を求めている。米国でも四半期の業績予想の廃止を求める声がある。」と背景を説明している。
そして、「取材を終えて」として、「松本さんや一部の米国の経営者と同様に、短期的な利益を追う経営に疑問を感じる人たちがいる。2000年前後に世の中に出たミレニアル世代と、それ以降に生まれた若い世代だ。」とし、「彼らはSDGs(国連の持続可能な開発目標)に高い関心を示し、購入する商品や就職先の選択にも同様の価値観を反映させる。経営者は、今の株主だけでなく、将来の株主、消費者への目配りも不可欠だろう。」と締めくくっている。

次の「創論」は、「米国企業の間で株主最優先の経営方針を改める動きが出てきた。行き過ぎた利益重視を反省し、従業員などの利害関係者や環境・社会問題に目配りしようとしている。バンク・オブ・アメリカのブライアン・モイニハン最高経営責任者(CEO)に米国企業の変化を問い、池尾和人立正大教授と日本企業の未来図を考えた。」というものである。
まず、モイニハンCEOは、「経営者が集まるふたつの団体がほぼ同じタイミングで企業経営の原点に立ち返ることになった」とし、「一つは米経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」だ。2019年8月に「企業の目的」を再定義し、(1997年以降の「株主第一主義」を改め)すべての利害関係者(ステークホルダー)を重視しなければならないと宣言した。私もバンク・オブ・アメリカの最高経営責任者(CEO)としてこの声明にサインした。」「もう一つは世界中の経営者が集まる「ダボス会議」。今年1月、発足当初の理念を再確認した。それは主宰者のクラウス・シュワブ氏が最初から提唱していた「ステークホルダー主義」だ。」としている。
そして、「経営者はまず株主と顧客、従業員に利益をもたらす、そして地域社会にも貢献するということだ。企業は株主還元、または公益の「どちらか(Or)」を追求するのではなく、「両立(And)」を求められる時代だ。2つを達成できなければ、顧客や従業員から受け入れられなくなり、経営者は退任を余儀なくされる。」としている。
続けて、例として「株主利益と公益の両立を考えるとき、同時に達成できる分野に環境がある」とし、「著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハザウェイは、バンカメの発行済み株式数の10%超を保有する大株主だ。バフェット氏に当社の評価を聞いてほしい。多くの投資家が株主還元の拡大と同時に、社会問題の解決に企業が関与することを望んでいる。両立が重要だ。」と続けている。
さらに、「昨今、世界では資本主義を再定義したり、企業活動のあり方を見直したりする議論が活発だ。私は資本主義のあり方を根本から変えても問題の解決にはつながらないと考える。政府や慈善活動だけで社会を変えるのには力不足だ。どうしても企業の力が必要になる。それには資本主義の進むべき道を調整し、むしろ企業が貧困や気候変動といった問題の解決に照準を合わせればよい。」とする。
また、「国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)達成には年間6兆ドルもの資金が必要とされる。慈善事業に使われる寄付金は世界で8千億ドルほど。全く足りないし、財政赤字のためにお金の面で余裕がない国もある。目標達成のために使われた資金はまだ少ない。
こうした分野にあらゆる企業が参画すれば大きな力になる。金融機関は自社の業務に加え、どのプロジェクトにどれだけの融資をつけるか考えなければならない。」としている。
さらに、「ESG(環境・社会・企業統治)投資を促す取り組みも重要だ。年金基金などの資産保有者や、運用を受託するアセットマネジャーの間で、ESGの情報を基に企業を選別する手法が広がっている。ただ開示される情報の内容や様式は企業ごとにばらばら。次々新しい指標もでてくる。こうした乱立状態は、企業にも投資家にも望ましくない。開示様式はわかりやすく統一する必要がある。」とし、「20年のダボス会議では「国際ビジネス委員会」の委員長として、ESG情報の新しい開示様式をとりまとめた。世界の4大会計事務所にも策定に加わってもらい、企業が「汚職防止」や「気候変動対策」「人材の多様性」といった取り組みを外部に分かりやすく説明できるようにした。」とし、「一から作ったわけではない。金融安定理事会(FSB)が設置した「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提唱する基準など既存のものを組み合わせて、標準的で包括的な開示になるようにした。様式をそろえれば、企業が都合の良い数字だけを選んで公表するのを防げる。投資家は企業の取り組みを比較しやすくなる。企業と投資家の目標共有もやりやすくなるだろう。当社の企業調査チームによると、ESGに積極的に取り組む企業に投資していた場合、05年以降、9割の確率で投資先の破綻に巻き込まれずに済んだ。こうした考え方が広がれば、投資家は低評価企業への投資を避けるようになる。企業側もESGの開示を充実させる動機になるだろう。」と結んでいる。
一方、池尾教授は、「ステークホルダーの議論は、縦軸に株主の利益を置き、横軸に株主以外のステークホルダーの利益を置いた図で考えるべきだろう。」とし、「米国の場合、株主の利益を追求して収益を上げ、縦軸では上のプラスに位置する。半面、格差が拡大し、雇用は不安定化している。従業員など他のステークホルダーの利益は害され、横軸では左側のマイナスの側に入っている。このまま分断が止まらず、社会が壊れてしまっては、企業は中長期に価値を高められないし、株主の利益も増やせない。他のステークホルダーの利益も確保する必要がある。図でいえば、両方がプラスの「第1象限」に移そうという動きが今の修正なのだろう。つまり持続可能性(サステナビリティー)への認識の高まりだ。資本主義が健全に発展していく基盤を掘り崩してしまっては、資本主義自体の存続が揺らぎかねないとの反省があるのだと思う。」としている。
そして、「産業社会から急速に情報社会に変わった。ものづくり中心の産業社会では、中間層向けの比較的良質な雇用が大量に生み出された。しかし情報社会は、ハイスキルとロースキルの人材に分かれ、中間層の雇用が供給されにくい中間層が没落する産業構造の変化に、米国の政治も対応策を見いだせていない。だから企業も心配し、各ステークホルダーに配慮した経営を考えているともいえる。」とする。
さらに、「そもそも米国も、株主が第一だとする考え方ばかりでない。伝統的な優良企業は広くステークホルダーに配慮する経営をしている。ジョンソン・エンド・ジョンソンが企業理念に掲げる「我が信条」では、最も重要なのは顧客であり、その次は従業員、第3が地域社会、株主が来るのは4番目だ。」とし、「日本企業は、従業員など他のステークホルダーの利益をある程度確保できていても、肝心の株主の利益を毀損してしまっている。多くの企業が、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れの評価しか市場で得られていない。先の縦軸でいえば水面下のマイナスだ。」としている。
一方、「(脱株主第一主義に動く)米国企業をみて、日本は今の経営でいいとするのは全く違う。株式会社であるのに利益を上げられない経営は「三方よし」といえまい。他のステークホルダーの存在を低収益の理由に使うのは言い訳だ。日本企業も米国企業も、広くステークホルダーの利益を増やす第1象限を目指すという意味で向かうべきところは同じだ。ただし出発点が日本と米国で異なる。日本の問題は株主の利益を毀損していることなのだから、改革は稼ぐ力を高めるという方向になる。とし、最後に、「一連の企業統治改革は中長期の企業価値向上へ、さまざまなステークホルダーと協働で達成するとうたっている。どこか到達点があるわけではなく、常に質を高める終わりなき努力が求められる。」と述べている。
記事のとりまとめとして、「アンカー」では、「未来に自分たちの会社は選ばれているだろうか――。この問いが、多様なステークホルダーに企業はどうこたえていくかを考えるカギだ。」とし、「永久に保有したい企業に投資するという考え方で富を築いた米著名投資家、ウォーレン・バフェット氏。重要視するのが自己資本利益率(ROE)だ。高い利益を生み出し続ける強い企業を選ぶ。顧客にも地域社会にも支持されるのが大前提。そうでなければ雇用も維持できない。」とし、「その意味で多様なステークホルダーに応えるという考え方は、米国の資本主義の根底にはある。それが「近年、株主に偏りすぎた」との反省と修正がいま起きている。」としている。そして、「世界は分断に直面している。世界のリーダーが集まる「ダボス会議」にあわせ、国際非政府組織オックスファムが公表したのは、世界の富豪2153人が保有する資産は、貧困層46億人が持つ資産を上回るという数値だ。」という。だが、「広くステークホルダーを考えるなかで、環境問題への取り組みも加速してきたが、モイニハン氏を含め経営者の高額報酬をどう考えるかの答えはまだみえてこない。」としつつ、「これに対し、日本企業の立ち位置は異なる。そもそもの本業で高い価値を生み出せず、市場から評価を得られていない。それを他のステークホルダーへの配慮の結果だと説明することは誤りだろう。稼ぎ続ける力を高める経営でなければ、未来から選ばれる企業にはなれない。振り子の向きは違うだけで、目指す先は米国も日本も同じはずだ。」と締めくくっている。

最後の「経済気象台」も、ビジネス・ラウンドテーブル宣言「企業は、より幅広い利害関係者とその長期的利益に配慮」を皮切りとし、「企業の長い歴史の中で「利益」が企業の「目的」と同一視されるようになったのは、最近の60年に過ぎない。20世紀、個人・機関投資家の株式保有の拡大で「所有と経営の分離」が進む。経営陣の説明責任への株主の懸念が「株主の利益の最大化が企業の社会的責任」というフリードマンの思想や株主第一主義を生んだ。これは「企業の将来の枠組み」に関する英国学士院での議論だ。」とする。
そして、「企業の目的(存在意義)は利益そのものではなく事業にあり、利益はその産物。株式所有と企業や事業の所有は同義ではない。企業所有者の行うべきは、先見性を持った目的実現・事業で、株式価値の最大化ではないとも述べる。」としている。
だが、「株主第一主義の見直しには批判もある。幅広い利害関係者の資本主義は、結局正当性の無い経営者を守ることになりかねない。株主は企業の所有者で、経営陣には株主への説明責任が問われるべきだ、と英エコノミスト誌は指摘する。これは年金基金などの米機関投資家協議会の立場で、BRTの声明に懸念を示した。」としている。
その上で、「企業の目的は利益ではなく事業にあり幅広い利害を反映すべきだとして、事業や長期的利益の妥当性は一体誰が判断するのか。やはり株主への説明責任が決め手なのか。」と問い掛け、「日本では主として株主重視の視点からの企業統治改革議論が続く。だが、世界では一歩先に、企業は誰のためのものかが改めて問われ、企業統治改革を超えて、企業を取り巻く税制などの諸制度にまで議論が及ぶ。」と結んでいる。

「会社はだれのものか」は、以前からある問い掛けで、2005年に東京大学の岩井克彦名誉教授も、そのものズバリの題名の著書を出版している。この議論が、ここに来て活発になっているのは、何と言っても、昨夏のビジネス・ラウンドテーブル宣言の影響が大きい。ただし、この動きについて、一部から「日本的経営が見直されている」との声が出てきていることに対しては、「日本の問題は株主の利益を毀損していること」(池尾教授)だから、論外という考え方が支配的であるようである。
ともあれ、格差問題が深刻化している背景には、「情報社会は、ハイスキルとロースキルの人材に分かれ、中間層の雇用が供給されにくい中間層が没落する産業構造の変化」(池尾教授)があると思われるので、それにどう対応していくのかが問題になるわけである。単純な「持てる資本家による搾取」というものではなく、「持たなくともハイスキルの起業家が起こした事業が、グローバルに市場を席捲して、新興資本家として台頭する中で、中間層がハイスキルとロースキルに分化して格差が拡大している」のが実相であろう。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)は、そのようにして台頭してきた代表である。どう対応していく必要があるのか、これからも議論が活発になるであろう。

2020年3月11日水曜日

同一労働同一賃金の課題
2020年3月11日 日経朝刊28面 (経済教室)(上)人材確保通じ企業にも利益
2020年3月12日 日経朝刊27面 (経済教室)(下)趣旨も義務内容も不明確

この2つの記事は、同一労働同一賃金の課題についての論説である。
上編は、この問題の研究の第一人者である東京大学の水町勇一郎教授によるもので、「
正規・非正規労働者間の「不合理な待遇差の解消の取組を通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにし、我が国から『非正規』という言葉を一掃する」(働き方改革実行計画)という「目標を掲げて定められたパートタイム・有期雇用労働法(改正法)が4月に施行される。」という書き出しである。
そして、「この改革は、不合理な待遇格差の是正という社会政策の側面と、労働者の能力発揮と賃金上昇を通じ「成長と分配の好循環」を実現するという経済政策の側面をもつ。政策実現のために改正法は、正社員と短時間・有期雇用社員間の不合理な待遇差を禁止し、不合理性を基本給、賞与、諸手当などの個々の待遇ごとに、待遇の性質・目的に照らして判断することとした。」としている。
その上で、「政府は不合理性の判断例を示した「同一労働同一賃金ガイドライン」を策定するとともに、待遇差の内容と理由を「ワークシート」に記載するなどして短時間・有期雇用社員に説明することを事業主に義務づける。各企業は2020年4月(中小企業は21年4月)の施行に向けて急ピッチで準備を進めている。」わけである。しかし、「日本的雇用慣行の根幹にかかわる大改革であるだけに、なお一部には誤解や脱法的な動きもみられる。」としている。
そして、「第1の誤解は「同一労働同一賃金」というスローガンに引きずられたものだ。」とし、「職能給、成果給、勤続給といった職務給以外の賃金形態でも、それぞれの性質・目的に沿った取り扱いがなされていれば適法(不合理でない)とされており、職務給にすることが義務づけられているわけではない。」としている。また、「職務などに違いがあっても違いに応じた均衡待遇が求められるという正しい理解が、ハマキョウレックス事件最高裁判決などを通じて広がった。」としている。
次に、「第2に諸手当と賞与を改善すれば基本給は改善しなくてもよいという誤解」についいては、「基本給についても、その性質・目的に応じた対応が必要なことは改正法とガイドラインに明記されており、改革の趣旨からすれば基本給の改善こそが本丸といえる。」とし、「正規職員と臨時職員間の基本給格差を一定範囲で不合理とする裁判例も出ている」としている。
そして、「第3に長期勤続を予定した正社員を短期雇用の契約社員よりも好待遇とすることは当然許されるという誤解」については、「長期勤続に対する報償という目的をもつ勤続給や退職金」については不合理とはいえないが、「長期勤続の予定とか期待という抽象的・主観的な事情により異なる待遇とすることは不合理とされる。実際に長期勤続した契約社員への退職金の不支給を不合理とした裁判例もある」としている。
さらに、「第4に社会保険未加入や夫の配偶者手当を維持するため、短時間・有期雇用社員本人が賃金引き上げを望んでいない場合、賃金を上げなくてもよいという誤解」については、「不合理な待遇差を禁止した法律規定は、これと異なる当事者の合意を無効とする強行規定と解されている」ので、「労働者がそれでよいと言っても違反は許されない。」とし、「企業経営者としては、就業調整の袋小路に陥る前に、今回の改革を機に短時間・有期雇用社員の待遇を改善し、就業調整枠にとらわれない人材の確保と活用を図ることが大切だろう。」としている。
最後に、「第5に有期雇用社員を無期転換してフルタイムにすれば改正法の適用はなく、待遇を改善しなくてよいという誤解」については、「フルタイムで無期雇用の社員には直接の適用はない」が、「短時間・有期雇用社員の待遇が改善されるなか、低待遇のまま無期転換した、いわゆる「ただ無期」社員が待遇改善を受けず「非正規」的に取り扱われるのは、改正法の趣旨に反する。よって不法行為として損害賠償の対象にもなりうる。」としている。
一方、「改正法の趣旨を正しく理解し、施行前から短時間・有期雇用社員の待遇改善を進める例もある」とし、「(1)正社員と短時間・有期雇用社員に同じ基準で諸手当、福利厚生を支給する、(2)賞与も正社員と同等の基準で支給する、または経過措置を設け段階的に支給額を上げていく、(3)短時間・有期雇用社員も正社員と同じ基本給テーブルのなかに位置づけ、その能力を適正に評価して昇給させる、(4)短時間・有期雇用社員を対象に退職金に相当する企業型確定拠出年金(DC)を導入する、または個人型確定拠出年金(iDeCo)への加入に協力し拠出する――といった動き」を挙げている。
そうして、「共通するのは、人口減少や人工知能(AI)化・ロボット化などの社会変化を見据え、多様で魅力ある雇用形態を武器に有能な人材を確保し活用しようとする経営者や労使の強い意志を反映した改革である点だ。」とし、「正社員の新卒一括採用と終身雇用を特徴とする日本的雇用慣行が転換期を迎えている。企業トップが成長のビジョンを描きつつ、短時間・有期雇用社員の待遇改善を図るとともに、正社員の基本給、諸手当、退職金なども各社員の活躍・貢献に見合うものに変えていくことで、多様で魅力的な雇用の選択肢を提供しようという動きも出てきた。」とし、「これは短時間・有期雇用社員を重要な戦力と位置づける労働集約型産業の大企業だけでなく、正規・非正規の区分にとらわれず優秀な人材の確保と活用を図り成長の原動力としようとする先進的な中小企業でもみられる。改正法の施行に向けた法令順守という視点を超えて、人手不足社会における企業の求人力と人材活用力の強化という視点に立った人への投資であり、未来に向けた経営改革だ。」と評価している。
一方、「政府が果たすべき役割は大きく3つある。改正法を巡る誤解を解き法令順守を促すための情報提供と適切な指導をすること、経営改革を進めるためのノウハウが不足する中小企業に単なる情報提供を超えたオーダーメード型の支援をすること、この個別支援をできる専門家を養成することだ。」と言い、「その拠点として全国に働き方改革推進支援センターが設置されているが、十分に機能していない。これを実効的に機能させるための人材養成、ノウハウ構築と周知啓発が喫緊の課題だ。」としている。
最後に、「今回の改革の根底には、多様性と潜在能力を生かす社会の実現という理念がある。改正法に違反しないように取り繕うという小手先の対応にとどまらず、改革の趣旨や理念に立脚した先見的な取り組みが広がっていくことが、これからの日本社会の発展の鍵となる。」と結んでいる。

一方、下編は、神戸大学の大内伸哉教授によるもので、「2020年4月から大企業で改正パートタイム労働法が施行される(中小企業は21年4月)。「同一労働同一賃金により非正規という言葉を一掃する」という安倍政権の働き方改革の柱の一つだ。非正社員と正社員の労働条件について不合理な格差を禁止するものであり、中でも重要なのが賃金だ。企業は個々の賃金項目について格差の不合理性を点検し、必要に応じて是正することが求められる。」という書き出しである。
しかし、「この法的ルールは内容面でも、政策の方向性でも問題がある。以下では特に3点を指摘したい。」として法律的観点から論じているものである。
まず、「第1に趣旨も義務内容も明確でない。趣旨については不合理な処遇格差を解消するという理念自体は明確だが、格差があることが問題なのか、非正社員の労働条件が低いことが問題なのかがはっきりしない。」とし、「また労使の自主的な判断を尊重したうえで、著しい格差のみ禁止する趣旨なのか、格差をつける場合は常に均衡のとれたものにせよという趣旨なのかも明確でない。」としている。
そして、「法律で理念を明記し、具体的にどうすべきかを行政が指針で明確にし、違反があれば裁判所が無効とするというのは一見完璧なシナリオ」だが、「このルールを先行して適用した労働契約法の現状をみると、このシナリオの欠陥も明らかだ。肝心の義務内容を明確にしきれていないのが原因だ。」としている。
そして、「行政は指針を出し、不合理性の内容の明確化に努めているが、不合理である場合と不合理でない場合の典型例を示すにとどまる。」し、「基本給、賞与、退職金など複数の趣旨が混在する賃金の格差については不合理性の基準を示せないでいる。」ことから、「企業が労働者側との話し合いで合意できても、法が要請する不合理性の基準が明確でないため、後から裁判所により無効とされる可能性は残る。」とし、「この問題を解決するには、著しい格差のみを無効とする、あるいは法律は理念を示しただけで裁判所による事後介入を想定していないといった解釈をとることが検討されるべきだ。」とする。
第2の問題は、「政府が強い法的効力を付与することにこだわったのは、格差是正への強い意思を示したいからだろう。「同一労働同一賃金」というわかりやすい名称を付与し、さらに欧州では一般的に適用される原則だと強調したのも、国民へのアピールとなると考えたからだろう。」という点にあるとしている。
それは、「日本の労働立法はより進んでいる欧州を参考にすべきだという議論は、労働法が各国固有の事情と密接に関連して形成されている実態を軽視するものだ。」とし、1998年発表の菅野和夫東大教授・諏訪康雄法政大教授(肩書は当時)の論文(正社員と非正社員の賃金格差の論拠として挙げられる同一労働同一賃金は、職種による産業横断的な賃金決定をするという社会基盤を前提として成立するものであり、そうした社会基盤がない日本には当てはまらないと論じる内容)に触れている。
すなわち、「日本の正社員は、特定の職種に従事するために採用されるのではない。また基本給は従事する職種に関係ない年功型だし、特定の職種に能力がなくても即解雇にはつながらない。つまり日本型雇用システムは職種に関係のない非ジョブ型であり、採用も賃金も雇用の継続も職種を基本とするジョブ型社会の欧州とは根本的に異なるのだ。」とし、「不合理な格差を是正するには、まずは正社員と非正社員の格差が日本型雇用システムの構造に起因するという認識を持つことが必要だ。」としている。
3つ目の問題は、「不合理な格差の禁止は構造的な原因にメスを入れるものではないので、根本的な解決につながらない。」という点だとしている。「日本型雇用システムの目的は、若い人材を確保し、長期的な雇用を保障しながら、企業に長く貢献できるよう育成することにある。このシステムの対象となる正社員は「いつでも何でもどこでも」といった拘束的な働き方と引き換えに、雇用と賃金の安定という保護を享受してきた。一方、非正社員はそうした保護はないものの、拘束性の低い働き方を享受できた。つまり正社員、非正社員どちらにも一長一短がある。」というのである。
しかし、「それでも政府がこの問題に介入すべき理由は2つある。」とし、「一つは、正社員の短所である拘束的な働き方は安定した賃金で補償されうるが、非正社員の短所である処遇の低さは自由な働き方では補償しきれないことだ。これが貧困問題を生んでいる。ただそこで政府に求められるのは、低賃金で生活困難に陥っている者への直接的な支援(金銭だけでなく住宅、医療面などのサポートも含む)だ。貧困問題を、生産性と関連して論じられるべき賃金の問題として企業に解決を任せるのは政府の責任転嫁だ。」とする。
そして、「もう一つは、正社員になるルートが学卒時に集中しており、非正社員になると後から正社員を選択するのが極めて難しいことだ。若年期に良好な教育機会に恵まれない影響はその後の職業人生にも及び、正社員への道が遠くなり、貧困問題にもつながる。低技能の非正社員が増えることは国力低下ももたらす。これらが格差の持つ真の問題だ。ただその主たる原因が中途で正社員になる機会の少なさにある以上、その解決方法は雇用の流動化であるべきだ。遅々として進まない解雇の金銭解決の早期導入こそ検討されるべきだろう。」というのである。
その上で、「今後デジタル経済化が進むと、標準的な作業は自動化され、その作業を担っていた非正社員はもちろん、正社員も不要となる。求められるのはデジタル技術を活用し付加価値を生み出す創造力に富んだ人材だ。ただ急速な技術革新が進む中での今後の人材投資は、不確実性が大きくリスクが高い。人材の内部育成は、フリーを含む外部からの人材調達へと変わっていくだろう。情報通信技術の発達やマッチングの精度を高める人工知能(AI)が外部調達を一層促進するはずだ。」としている。
最後は、「経団連が新卒一括採用や年功型賃金を見直し、ジョブ型雇用を増やそうとしていることも、デジタル化の動きと軌を一にする。こうなると格差や貧困の問題は雇用形態に起因するものから、デジタル技術を活用する技能の差に起因するものに様変わりする。特に心配なのはデジタル技術に疎い中高年層だ。今後の雇用政策はデジタル格差を防ぐため、デジタル教育と一体で進められる必要がある。」と結んでいる。

まず、施行される法律やガイドラインの内容については、次のブログを参照されたい。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/03/20200309NA11.html

最初の水町教授の論説は、限られた紙面の中に、よくこれだけの情報を盛り込んだものだと感心する。その結論は、末尾にまとめられているように、「多様性と潜在能力を生かす社会の実現という理念」に「立脚した先見的な取り組みが広がっていくことが、これからの日本社会の発展の鍵となる。」というものである。その視点から5つの誤解について述べているが、これらは。「小手先の対応」であり、改正法の趣旨に違反するとしている。
その法令違反の観点から、「改正法につながる近時の代表的な判例・裁判例」を6つ挙げている。これらの概要については、厚生労働省の中央労働委員会の労使関係セミナーで(2019年7月31日)に、明治大学法科大学院の野川忍教授の講演資料「同一労働同一賃金をめぐる裁判例の新しい傾向」がある。
https://www.mhlw.go.jp/churoi/roushi/dl/R010801-1.pdf

一方、下編の大内教授の論説は、最後に述べた「格差や貧困の問題は雇用形態に起因するものから、デジタル技術を活用する技能の差に起因するものに様変わりする」という点に重点を置き、「今後の雇用政策はデジタル格差を防ぐため、デジタル教育と一体で進められる必要がある」というものである。「同一労働同一賃金」については、「労働法が各国固有の事情と密接に関連して形成されている実態」を重視すべきとしているようで、新法の成立を積極的には評価しないスタンスのようである。また、少し奇妙だが、法学者であるのに、判例等に触れた記述はない。
なお、記事で言及している1998年発表の菅野和夫・諏訪康雄両氏の論文は、『労働市場の変化と労働法の課題--新たなサポート・システムを求めて』のようであるが、ネットでは入手できないようで、チェックし切れなかった。ただ、菅野和夫氏の現時点での考え方について、次の資料が見つかった。
https://www.rengo-soken.or.jp/info/%E8%8F%85%E9%87%8E%E5%92%8C%E5%A4%AB%E6%95%99%E6%8E%88%E8%B3%87%E6%96%99.pdf