2020年3月17日火曜日

やさしい経済学 日本型雇用、改革の行方
2020年3月17日 日経 朝刊 29面 (1)春季労使交渉の異変
2020年3月18日 日経 朝刊 33面 (2)「三種の神器」の功罪
2020年3月19日 日経 朝刊 31面 (3)経年劣化と時代の変化
2020年3月20日 日経 朝刊 25面 (4)低い労働生産性の実像
2020年3月23日 日経 朝刊 15面 ●(5)熱帯びる人材獲得競争
2020年3月24日 日経 朝刊 33面 (6)「ジョブ型」と「メンバー型」
2020年3月25日 日経 朝刊 32面 (7)成果主義導入の教訓
2020年3月26日 日経 朝刊 29面 (8)苦悩する労働組合
2020年3月27日 日経 朝刊 31面 (9)賃上げ原資の配分方法
2020年3月30日 日経 朝刊 13面 (10)「ジョブ型」普及の課題
2020年3月31日 日経 朝刊 33面 (11)あるべき理想の姿

労働経済学についての第一人者の一人である京都大学博士(経済学)で日本総合研究所の山田久副理事長によるコラム/やさしい経済学欄における全11回にわたる解説である。通して見れば、この問題についての大きな流れや問題の所在を理解することができるであろう。
各回の詳細を紹介することは、著作権に触れるレベルになる可能性もあり、何より、記事に目を通されるのが一番であるから、以下では、ざっと概要を見ることとする。

第1回では、今季の春季労使交渉(春闘)では「本質的な異変」が生じているとして、トヨタの組合が個人の成果に応じた配分に要求を転換したことと、経団連の年功賃金の見直しを通じた年収ベースでの賃上げの主張に触れ、「背景にはデジタル技術革新に伴う産業構造の大変革」があるとし、「本シリーズでは、大きな転換期にある日本型の雇用・賃金制度の現状と、今後の行方を考えます」としている。

第2回では、日本型雇用慣行には、終身雇用、年功賃金、企業内組合という「三種の神器」があるとし、「そのメリットが際立ったのは石油危機後の対応」で、「わが国では組合が企業の立ち直りを優先して賃上げ要求を抑制し、早期のインフレ鎮静に成功」としている。こうした日本型雇用慣行は、「1980年代には日本企業の強さの原動力として世界から称賛」されたが、「その対象は主に大企業に勤める男性正社員」とし、「長時間労働の常態化や転居を伴う転勤など、従業員やその家族の生活へのマイナス面が問題視」されることもあったとしている。

第3回では、「1990年代に入るとデジタル技術が飛躍的に進歩し、商品・事業サイクルは短くなりました。生え抜き重視で内部育成偏重となっていた人材活用の限界があらわになった」とし、「高齢化する日本では年功賃金が高コスト化」し、「企業は正社員の新卒採用を大幅に減らし、低賃金で雇用調整が容易な非正規労働者を増やし」た結果、「正規・非正規の二重構造が社会問題」となったとしている。さらに、正社員の処遇の「成果主義は一部の優秀な人材の処遇を高める一方で、多くの従業員の給与は抑え、全体として人件費を抑制」としている。そして、「日本経済全体としてみれば付加価値額は増えず、労働生産性は低迷を続けた」としている。

第4回では、「労働生産性の向上は、日本企業・日本経済にとって最重要課題」としつつ、「わが国企業の競争力は高い品質」「サービスの品質では日本の方が高いことを示唆」とし、「改善型イノベーション」に秀でているのは、「長期勤続で横並び的に処遇する日本型雇用慣行が、高い職務規律の維持と、組織ノウハウ蓄積に役立った」からとしている。一方で、「革新型イノベーション」の弱さが指摘できるとしている。

第5回では、「経団連が日本型雇用の見直しの必要性をうたう背景には、企業を取り巻く内外環境の激変」があるとし、市場構造が「商品単体/プロダクト・アウト」主体から、「モノ・サービス一体化/マーケット・イン」重視にシフトし、技術構造も「熟練技能/擦り合わせプロセス」重視から、「アルゴリズム化/組み合わせプロセス」重視へと大きく変化している環境では、わが国企業が得意とする「改善型イノベーション」より「革新型イノベーション」が重要になり、それを「先導するプロフェッショナルな人材を外部から調達する場合、生え抜き重視・内部育成偏重の日本型雇用の弱点が大きく露呈」するとしている。

第6回では、経団連が導入を提案する欧米流の「ジョブ型」雇用は「まず仕事ありき」の制度であるが、わが国は「まず人ありき」で、わが国の労働組合は企業別で、「労働者は職業よりも勤め先企業に帰属意識」を持つとしている。さらに、「重要な違いは人材育成の仕組み」とし、わが国では「職場での業務を行いながらの指導が主」で、結果として、「欧米では事業不振を理由とした整理解雇のハードルは低くなりますが、わが国では労働組合の抵抗が強いという違いが生まれてきました」としている。

第7回では、「日本企業でも様々な改革」が進んでいるとし、「タレント・マネジメント」や、「新規事業をスピーディーに立ち上げるため中途採用を増やしたり、優秀な人材確保のために既存制度とは別枠で処遇したりする例」もみられるとしている。さらに、「黒字リストラ」で、「業績堅調でも早期・希望退職を募るケース」が一部で出てきたとしている。そして、「人材獲得競争が激化し選別人事の色彩が強まると、「普通の人々」のモチベーション維持が課題となります。この点が新たな成果主義成功のカギ」としている。

第8回では、「わが国の労働組合は企業ごとに組成」という点に触れ、「結果として非正規労働者の労働条件を十分には改善できませんでした」としている。そして、「労働組合は横の連携を深め、一企業の枠を超えた社会全体での雇用保障という発想を持って、非正規も含めた労働者全体の処遇改善に本気で取り組む必要があります。企業も組合の意義を理解し、双方が緊張と協調のバランスのとれた労使関係を構築していくことが望まれます」としている。

第9回では、「市場構造・技術構造の変化を踏まえれば、日本企業は外部の経営資源を積極的に取り入れることが不可欠で、「革新型イノベーション」の担い手である優秀な人材を厚遇することは重要」であるが、一方で、「多くの企業の強みは「改善型イノベーション」に基づく製品・サービスの品質の高さ」にあり、「現場力を維持・向上させるには、労働者の士気を高め、その貢献に広く報いることが必要」としている。そして、「競争力を維持・強化する新たな賃上げ原資配分方法の構築に向け、労使の真摯な議論」が求められるとしている。

第10回では、「革新型イノベーション」には、欧米の「ジョブ型」雇用が有利であるが、それがうまく機能するには、「企業間労働移動を支える社会インフラが必要」で「職業コミュニティー」が重要としている。それには一定の時間がかかるので、「就社型雇用とジョブ型雇用の「ハイブリッド」を目指すのが妥当かつ現実的」というのである。

最後の第11回では、OECDの2018年の報告書の分析に触れ、「労使交渉の在り方として(1)集権的か分権的か(2)産業・部門間の調整度合いが強いか弱いか――で加盟国を分類。それぞれの労働市場のパフォーマンスを比較したところ、米英が分類される分権的タイプより、多くの北部欧州諸国が属する調整度の強いタイプが、総じて優れたパフォーマンスを示していました」としている。そして、日本型と欧米型の「ハイブリッド」雇用システムの構築にも、「セーフティーネットの充実」が必要であり、「持続的な能力開発は個人と企業の共存共栄をもたらすカギです。全ての労働者に十分な教育投資が行き渡るよう、官民協力した支援策が求められます」と結んでいる。

振り返って見ると、よく整理された解説であることが、改めて分かる。しかし、日本型と欧米型の「ハイブリッド」雇用システムの成立・有効性については、疑問がある。
それは、日本で特徴的な企業内組合は、そもそも、経営側が、産業横断的に労働者が団結して経営に介入してくるのを防ぐために容認・推奨してきたものだからである。その結果、従業員は、社会ではなく、会社に関心を持ち、依存するようになっていった。この状況を批判的に表す言葉として、「社畜」がある。この考え方は、労働者に深く染みついており、会社などの組織を守るためなら、犯罪的不正を犯すことも厭わない状況が生まれている。談合問題しかり、自殺者まで出した森友問題しかりである。内部通報システムが十分に機能しない根本原因も同じである。
また、そもそも、企業側は、個々の労働者の職業能力を伸ばすことを最優先に考えているとは言えないのではないか。転勤や配転などには、その必要性が疑われるものも少なくない。人事権という伝家の宝刀で、労働者に威圧を与えていることは随所に見受けられる。
そして、そのような労働者の希望や適性を無視し、あるいは、そうした貢献に公平公正な処遇で報いることを軽視してきた結果が、労働生産性の低下・労働意欲の減退につながっているのではないか。
「革新型イノベーション」によって、個々人の貢献に大きな格差がつくようになった以上、それが賃金や処遇の格差につながることは避けられない。企業内で留意すべきことは、その格差、特に、低賃金層における状況が、産業横断的に見て、許容される範囲のものかどうかの確認であろう。その点では、企業内組合が出て来る余地はなく、産業別組合の力点は、最低賃金の水準の妥当性確保に向かうことになるのであろう。
それでも、労働者や産業によっては、許容水準を超える格差が生まれ得る。そこにこそ必要となるのが、セーフティネットであり、再教育投資である。すなわち、企業は、企業内格差が、特に低賃金の労働者について許容可能な範囲にとどまっているのかどうかを常にチェックする必要があり、政府は、企業内では対応できない格差の拡大に対し、低賃金者には保護を、高所得者には負担を求め、セーフティネットを整備・強化する必要があるということである。もちろん、労働者にも、意欲を持ち、能力を高める努力が要求されよう。

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