2020年3月16日月曜日

官製ワーキングプア
2020年3月16日 朝日夕刊9面 1 正職員と格差、納得できない
2020年3月17日 朝日夕刊7面 2 15年働いた経験、無視ですか
2020年3月18日 朝日夕刊5面 3 「労災に差別」届いた遺族の声
2020年3月19日 朝日夕刊11面 4 非正規こそ労働基本権が必要

官製ワーキングプアについて、現場を踏まえて報じるという4日連続の特集記事である。「約64万人(16年時点)まで膨れあがった非正規。低処遇に苦しむ人が多く「官製ワーキングプア」とも呼ばれる。」としている。

第1回目は、自治労中央執行委員の野角(のずみ)裕美子(59)氏の「私はみなさんと同じ非正規だった。私の仕事は非正規の処遇改善と雇用安定です」という講演での言葉から書き出している。自治労沖縄県本部が設立した非正規公務員の連絡協議会総会での話である。
「自治労は地方自治体の労働組合で構成する全国組織。ナショナルセンター・連合を支える有力組織で傘下の組合員は約80万人いる」が、「総合組織局強化拡大局長という肩書もある野角は、28人いる中央執行委員の一人。その立場は他の委員と大きな違いがある。自治労傘下組合員の多くは正職員だが、野角は非正規労組の出身だ」とのことである。
記事では、「子育てが一段落したころ、野角は東京都町田市の図書館に応募し、採用された」野角氏が、「正職員との格差を感じる」ようになり、「嫌だったのが正職員に賞与がある6月と12月。黙っていても周囲が浮かれているのがわかる。」「仕事は同じ。何の違いがあるのか」」と思ったことや「非正規の同僚が妊娠した時も格差を感じた。正職員が休暇に入る時は祝福されるのに、非正規が休むと微妙な空気が流れる」といった体験に触れている。
そして、「07年ごろ、民間委託の話が浮上したことをきっかけに、非正規労組を立ち上げた」とし、「野角は委員長に名乗りを上げ、一歩一歩、処遇改善を勝ちとってきた」とする。そして、自治労本部から「中央執行委員に」と声がかかったのは13年のお盆直前だったそうである。
問題の背景には、「公務員の法律は、正職員を前提につくられている。各自治体の考えで非正規を増やしてきたため、特別職や臨時職など法律上の採用根拠はバラバラ。賞与を払う根拠もはっきりしていなかった」点がある。
そして、「17年5月に地方公務員法が改正され、今年4月から「会計年度任用職員」という新制度が始まる。非正規のほとんどが新制度に移るとみられるが、新制度への批判は多い。賞与を払う一方、月額報酬を減らそうとする自治体がある。採用が1年ごとで不安定さも変わらない」が、野角は「法改正は水準を上げるためのスタート」「やっと法律に位置づけられる。法改正されて具体的にやることがわかる」と前向きにとらえているとのことである。
最後に、今年1月にあった自治労の中央執行委員会で、「会計年度任用職員の労働条件について要求書を出していない組合が3割もあった」ことに、「2年半前からわかっていたのに。まだまだひとごと。処遇改善は人材確保にもプラス。自治労として取り組むべき課題だ」と野角は驚き、怒りをあらわにしたそうであるが、記事は。「野角の任期は残り2年を切った」と結んでいる。

第2回目の記事は、「2月20日、東京・新宿にそびえる都庁38階の東京都労働委員会の審問室。伊藤信子(67)が大田区の保育園で働けるかどうか。区との話し合いは大詰めだった」との書き出しである。
「15年間、大田区の保育園で働いている伊藤は幼稚園教諭の資格をもつ」そうであるが、「午後4時半から7時半までの3時間、「延長番」と呼ばれる勤務につく」ものの、「最初は公務員になっていいなと思った。ところが、だんだん正職員との差が気になりだした」としている。
そして、「4回の更新上限があった。3年を過ぎたころから不安が募った。1年空ければ再び応募できるが、採用される保証はない。その間の勤務先はどうすればいいのか。組合を作って交渉し、在職したまま応募できるようにした」とし、引き継ぎノートへの「今日はボーナスが出ます」との正職員の書き込みに、「格差がむなしくなってくる」と感じたとしている。
そして、非正規公務員の人たちのための新しい制度「会計年度任用職員」が今年4月から大田区でも始まり、「部署によってバラバラだった勤務パターンが五つに整理された」が、「伊藤と同じ3時間勤務も経過措置の特例としてあった。しかし、伊藤は条件にあてはまらないと言われた」と言う。「延長番」は正職員と伊藤の2人体制。東京都の基準では2人とも保育士資格が必要だという。「月80時間勤務すれば保育士と同じ知識や経験があると認められる可能性があるが、月66時間の伊藤は条件を満たさない」というのである。
そこで、「月66時間でも15年の経験がある。それなのに1年でも80時間経験させればいいというのは矛盾。今までの時間を無視するのは納得できない。なぜ15年がゼロになるのか」と大田区と交渉を続け、「交渉は労働委員会に持ち込まれた。勤務時間を変更した上で、3時間で働き続けられる条件を大田区が提示。2月20日の話し合いでは、これまでの保育実績を考慮して選考することも表明した」と言う。
記事は、「声を出さなければ何も変わらない。みな同じ公務員です」との伊藤氏の声で結んでいる。

第3回目は、「労災手続きがなくても市長に補償請求ができるから北九州市の条例は違法ではない」との書き出しである。この訴訟の原告である森下眞由美(57)氏の娘である佳奈氏は、「大量の薬を飲んで亡くなった。27歳だった」という。
佳奈氏は、12年4月、北九州にある戸畑区役所の子ども・家庭相談コーナーの相談員(非正規職)になったが、翌年1月、佳奈は体調を崩し大分県内の自宅に戻り、うつ病と診断されたそうである。
そして、ご両親は、「自死遺族支援弁護団に連絡し、紹介されたのが佃だ。佃はまず労災を請求した。ところが、労働基準監督署は「対象ではない」。次に北九州市に請求したが、「非正規や遺族の請求は認めていない」と門前払いされた。条例で定める規則がそうなっているというのだ」という。
記事では、非正規公務員の「労災(公務災害)制度は複雑」としている。「民間企業の労働者には労災保険がある。公務員でも土木や建築、運送、教育など「現業」と呼ばれる職場は同じ労災保険の対象。それ以外の地方公務員は、地方公務員災害補償法という別の制度だ」とし、「問題は、佳奈のように、現業でない非正規公務員。法律では各自治体が条例や規則で定めることになっている。総務省の古いひな型では、本人や遺族は申請できないことになっていた」そうで、「自治体によっては規則を変えたり、運用で請求できるようにしたりしているところもある。ところが、北九州市は古いままだった」という。
そこで、ご両親は、「ここまでの差別があっていいのか?」と17年8月に「請求権を認めない条例は違法」と国家賠償訴訟を起こし、「非正規公務員の労災制度に大きな矛盾があることを世の中に広く知らしめた」というわけである。
その後、「18年7月初め、眞由美は、野田聖子総務相(当時)に手紙を出す。野田からはすぐに見直しを確約する返事が届いた。7月20日には、総務省がひな型を変更して自治体に通知。北九州市も10月に規則を改正し、被災職員本人や遺族も申請できるようにした。眞由美の思いは、政府を動かし、条例も変えた」という。
最後に、「福岡高裁で退けられた国家賠償訴訟はその後最高裁に上告。佳奈の死は上司のパワハラが原因だったとして、補償を求める訴訟も福岡地裁で続いている」と結んでいる。

最後の第4回目は、「非正規公務員問題に取り組むNPO「官製ワーキングプア研究会」の事務所は東京都新宿区にある。2月2日の日曜日、昼過ぎに訪れると、4本の回線にひっきりなしにかかってくる電話の対応にメンバーが追われていた」という書き出しであり、「4月から新制度の「会計年度任用職員」が始まるために開かれた電話相談。「月給が減る」「更新されない」。2日間で計91件の問い合わせがあった」としている。
そして、「安田真幸(まさき)(72)も電話に対応した一人だ。安田は東京都杉並区の元職員。今は、自ら立ち上げた個人加盟ユニオン「連帯労働者組合・杉並」の執行役員だ。40年以上前、大学を卒業して公務員試験を目指し、東京都庁でアルバイトをしていたことがある」が、「半年ほどたった時のことだ。「名前を変えてくれないか」と上司から言われた。アルバイトは半年更新が原則で、本来は半年以上続けられないからだ」ということになり、「「年収が減るだろう」と社会保険を辞退することに合意する書類にサインすることも求められた」ところから、「これは一体何だ?」と疑問が湧いたという。そして、「その後都庁に入り杉並区役所に配属された。区の正職員組合で活動したが、1989年に脱退。個人加盟できる労組を立ち上げた」というわけである。
そして、「会計年度任用職員」制度で安田が一番問題だと考えるのは、労働基本権の扱いだ。地方公務員法(地公法)で公務員の労働基本権は制約されている。スト権はなく、労働協約を結ぶことはできない。非正規公務員も同じ扱いだが、例外がある。「特別職」だ」とし、「特別職は本来専門職で、恒常的な仕事は考えられていない。それなのに、自治体が非正規を増やすときに特別職を使った。非正規公務員の3分の1を占め、学校や保育園など多くの職場にいる」という。そして、「特別職に労働基本権があることを活用して、自治体と団体交渉を行い、労働協約を結んできた労組は少なくない」と、「2000年代に入ると、多くの成果が出始めた」と安田はいうとしている。
「ところが、会計年度任用職員を導入する地公法改正で、特別職として採用する条件は厳格になる。特別職の多くは会計年度任用職員に移り、他の公務員と同じように労働基本権が制約されるため、安田の目には「法改正は労働基本権を奪うのが目的だ」と映る」というのである。 
そして、「安田は労働基本権を使って団体交渉をしてきた三つの労働組合とともに17年、法改正が団結権を保護する国際労働機関(ILO)の条約に違反すると申し立てた。不受理にはなったが、ILOにある専門家委員会に働きかけを続けた」ところ、「その後、今年2月に発表された専門家委員会の年次報告書には、安田らの労組名とともに「長年保持してきた労働組合権が奪われないよう労使関係システムの検討を政府に要請する」と書かれた」とし、「報告書自体に拘束力はないが、今後の運動にどう生かしていくか。「正職員は身分保障がされている。不安定な非正規公務員こそ、労働基本権が必要だ」。安田は次の一手を模索している」と記事は結んでいる。

この記事のきっかけとなったのは、「会計年度任用職員」という制度である。これについて、総務省自治行政局公務員部は、次のように説明している。(資料がきちんと閲覧できない状態での掲示は、自己チェックもできていない杜撰さだが。)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000638276.pdf
課題であった点として、「厳しい地方財政の状況が継続する中、教育、子育てなど増大し多様化する行政需要に対応するため、地方公務員における臨時・非常勤職員数は増加」し、「これまでにも平成26年総務省通知等により助言を行ってきたが、地方公共団体によっては制度の趣旨に沿わない任用が行われており(課題1・2)、また、処遇上の課題(課題3)もある」状況だったとしている。(3ページ)
 課題1:通常の事務職員も「特別職」で任用
 課題2:採用方法等が明確に定められていないため、一般職非常勤職員としての任用が進まない
 課題3:労働者性の高い非常勤職員に期末手当の支給ができない
そこで、地方公務員法及び地方自治法の一部を改正する法律(平成29年法律第29号)が制定されたわけであるが、その概要は、次の通りである。(4ページ)
 1.地方公務員法の一部改正【適正な任用等を確保】
  (1)特別職の任用及び臨時的任用の厳格化
  (2)一般職の非常勤職員の任用等に関する制度の明確化
 2.地方自治法の一部改正【会計年度任用職員に対する給付を規定】
   ○会計年度任用職員について、期末手当の支給が可能となるよう、給付に関する規定を整備する。
そして、これらの内容について、下記のように説明されている。
  特別職の任用及び臨時的任用の厳格化(8ページ)
   ①専門的な知識経験又は識見を有すること
   ②当該知識経験等に基づき事務を行う労働者性の低い職であること
   ③事務の種類は、助言、調査、診断又は総務省令で定める事務であること
   の全ての要件に該当する職に限定
  臨時的任用の適正確保(9ページ)
   ○臨時的任用は、緊急の場合等、正規の任用手続きを経るいとまのないときに特例的に認められるものであることから、国家公務員の取扱いを踏まえ、「常勤職員に欠員を生じた場合」に限定
   ○改正法に基づく臨時的任用職員は、フルタイムで任用され、常勤職員が行うべき業務に従事するとともに、給料、旅費及び手当が支給
  会計年度任用職員の募集・任用・服務(10ページ)
   ○募集・任用にあたっては、できる限り広く募集を行うなど、適切な募集を行った上で、競争試験又は選考により、客観的な能力実証を行う必要(常勤職員は競争試験によることが原則)
   ○会計年度任用職員には地方公務員法の服務に関する規定が適用され、懲戒処分等の対象となる(パートタイムの会計年度任用職員は、営利企業への従事等の制限が対象外)
  再度の任用(11ページ)
   ○再度の任用は、あくまで新たな職に改めて任用されたものと整理すべきであり、任期ごとに客観的な能力実証に基づき、十分な能力を持った者を任用することが必要
   ○不適切な「空白期間」は是正する必要※「空白期間」とは新たな任期と前の任期との間に一定の期間を設けること
  会計年度任用職員の給与水準(12ページ)
   ○会計年度任用職員の初任給決定については、職務経験等の要素を考慮して定めることが適当。
   ○会計年度任用職員の給与水準については、基本的には常勤職員の給料表に紐付けた上で、上限を設定することが適当。
  会計年度任用職員に対する給付の考え方(全体像)(13ページ)
    フルタイム:給付体系給料・旅費・手当を支給可能
    パートタイム:報酬・費用弁償・期末手当を支給可能
  会計年度任用職員の勤務時間・休暇等(14ページ)
   ○職務の内容や標準的な職務の量に応じた適切な勤務時間を設定すること
   ○国の非常勤職員との権衡の観点等を踏まえ、必要な休暇等の制度を整備すること

以上の全体像をざっと見ると、この改正自体が悪いようには思えない。これに対する問題点を指摘したものとして、自治労連新潟公務公共一般労働組合の坂井雅博執行委員長による「論文『会計年度任用職員』導入による公務員制度の大転換」がある。
https://www.jichiken.jp/article/0080/
論文では、「公務運営のあり方そのものをも、変質させる危険性」に言及し、「「任期の定めのない常勤職員を中心とする公務運営」の原則が崩されている実態を追認し、固定化するものでもあります。ここには、非正規化をすすめてきた政府や地方自治体の責任には、いっさい触れられていません。それどころか、住民の暮らしに密着した仕事のほとんどを、非正規職員に担わせることを正当化するものとなっています。」としている。
しかし、自治労自体の責任は、どうなのか。正規職員の利権を守るために、非正規職員についての格差を黙認・温存していたのではないのか。第1回目と第2回目の記事では、嫌だったのは「正規職員との格差」とされている。それは、自治労が正規職員の利益を最優先してきたことを物語るものではないのか。
もちろん、移行期の問題として、兼業禁止や給与減額→賞与への振り替え、といった問題は生じている。では、自治労に、正規職員の分を削っても非正規職員の賞与に回すべきだとの思いはあるのか。第1回目では、「会計年度任用職員の労働条件について要求書を出していない組合が3割もあった」とされているところである。
第3回目の労災の問題は、新制度によって、基本的に解決するのではないかと思われるが、ここにも自治労の支援は窺われない。
第4回目の労働基本権の問題は、非正規職員だけの問題ではない。くだんのILOの専門家委員会の年次報告書は、ちょっとWEB上では確認できなかったが、「日本の公務員の労働基本権問題(ILO第87号条約「結社の自由・団結権保護」)」について、基準適用委員会(CAS)の個別審査案件になっていることは確認できる。
http://www.jichiro.gr.jp/intr/7743
「不安定な非正規公務員こそ、労働基本権が必要」とする見方には、賛成できない。制度のハザマの中で、非正規職員が有していた唯一正規職員より有利なものであった労働基本権が奪われることに対する怒りは分かるが、本来、正規・非正規を問わずに確保されるべき労働基本権ではないのか。

総括して言えば、『会計年度任用職員』の導入は、まだ正規・非正規の格差が広範に残る中で、十分なものとは言えない。しかし、それでも「同一労働同一賃金」の方向に向けた一定の改善ではある。同じ公務員として、さらに同じ労働者として、正規・非正規の格差の解消のために、一致協力して臨むべきであろう。