2020年3月5日木曜日

2020年3月5日 朝日朝刊10面 (経済気象台)開いたパンドラの箱

「新型肺炎の感染拡大が止まらない。ワクチンや特効薬が開発されるまでの間、世界はその脅威にさらされ続けることになる。世界の経済活動や社会生活は麻痺(まひ)しつつある。感染拡大が止まらなければ、医療の現場も正常に機能しなくなるだろう。」という書き出しの論説である。
そして、「感染拡大が止まれば経済社会は元に戻るのか。答えはノー。」とし、「新型肺炎の拡大は、ただでさえ減速していた中国経済に大きなブレーキをかけた。経済大国である中国の低迷は、予想を大きく超える悪影響の連鎖を世界にもたらす。サプライチェーンの再構築には時間がかかり、労働力確保の困難と相まって、生産回復はさらに遅れる。設備投資も減る。景気停滞が長期化すれば、企業の収益力や財務体質は悪化し、金融機関にも大きな負荷がかかる。対策を求められる政府はさらに債務を増やし、中央銀行が打てる手も程なくして尽きる。つまり感染拡大との闘いによって、すでに変調を来していた世界経済は、体力をさらに奪われてしまう。」としている。
続いて、「その結果、何が起きるか。」について、「厳しい世界同時不況に陥る可能性は否定できない。またトランプ米大統領が体現する反グローバリズムの風潮が広がっている現在、各国は人的交流の制限や保護貿易に傾きやすくなっており、世界の分断に拍車がかかるおそれがある。」としている。
そして最後に、「ギリシャ神話のパンドラの箱が開いたごとく、新型肺炎の蔓延(まんえん)はさまざまな厄災をもたらしている。同じように世界が混迷し分断された1930年代は、最後に出てきたのが悲惨な世界戦争だった。今回、感染症克服に向けた英知の結集と協調という希望が現れれば、世界はトランプ大統領が煽(あお)った分断を修復するきっかけをつかめるかもしれない。」と結んでいる。

すでに、新型コロナの感染は、欧米各国に飛び火し、日々深刻な状況となっている。渡航制限や外出禁止も出てきており、各国首脳からは、そのものずばりの「戦争」という言葉も飛び出している。少し前には、次のブログで論評した記事のように、「新型コロナ、リーマン級だが一過性」という見方もあったが、今や、それどころの状況ではない。
深刻なのは、リーマン・ショックは主にカネの問題だったのだが、今回のコロナ・ショックはヒトを直撃し、その結果、モノとカネにも打撃を与えているという点で、人類史上、最悪とも言える状況にあるからである。それは、グローバル化によって世界中に影響を与えており、また、その感染速度も、同じく「パンデミック」だったとされるスペイン風邪とは比べ物にならない速さであり、対策の時間が十分にとれない点も深刻である。
加えて、今回の事態には、2人の愚かなリーダーが関わっている。すなわち、世界経済を牽引してきたとされる米国のトランプ大統領と、中国の習近平主席である。
まず、習近平主席は、発生源が中国であり、それを強権で隠蔽してきたことが、誰の目にも明らかであるのに、米軍陰謀説などと愚にもつかない戯言を言うなど、責任感は微塵も感じられない。その点では、トランプ大統領の「中国ウイルス」が正しい用語であろう。
しかし、一方のトランプ大統領は、4年前の大統領就任以来、「米国第一主義」として、自国さえ良ければよいという姿勢を貫き、世界との協調どころか、自国内にも分断を生み出してきた。今回のコロナ・ショックについても、当初は米国には関係ない・問題ないとして楽観視していたが、事態が深刻と見るや、右往左往している。
このような状況の中で、「英知の結集と協調」ができるのかどうか。独裁中国の状況の変化は難しいだろうが、「史上最悪の大統領」トランプを退場させられるのかどうか、秋の米大統領選は、世界の今後を占う上で、一層重要なものになってきた。
2020年3月5日 日経朝刊5面 GPIF、外債増で円高抑制も 月内にも運用配分見直し

「世界最大規模の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は月内にも運用資産の構成を見直す。焦点は金融緩和で利回りがマイナス圏で推移する国債など国内債券の扱い。市場では現在35%の目安を引き下げ、代わりに外国債券の比率を高めるとの観測が出ている。外債に資金が向かえば円高を抑える方向に働く可能性がある。」との記事である。
「GPIFの主な運用先は国内債、国内株、外国債、外国株の4つ。今はそれぞれ資産の35%、25%、15%、25%を目安としている。これらの比率を定めた「基本ポートフォリオ」は年金財政の持続性を保つ観点から、市場の動向を踏まえつつ原則として5年に1度見直す。」とし、「社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の専門部会が4日、長期の実質的な運用利回りを1.7%とすることを了承した。これを受けて月内にも新たな基本ポートフォリオを策定し、2020年度から運用する。」とのことで、「過去には14年10月に大きな見直しがあった。国内株と外国株についてそれぞれ12%としていた構成比率をどちらも25%まで拡大。マイナス金利政策で収益性が下がった国内債は60%から35%に引き下げた。」としている。
また、「GPIFの運用規模は約160兆円と巨額だけに市場に与える影響も大きい。第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは「14年の見直しは日経平均株価を2000円程度押し上げる効果があった」と分析する。」とし、「足元では新型コロナウイルスの感染拡大が内外の株価の重荷になっている。外資系証券の日本株セールス担当者は「相場のてこ入れ策として政権が株式比率を引き上げるのではないかとの期待がある」と話す。海外をみると、たとえば石油収入を運用するノルウェー政府年金基金は株式が7割を占める。」としている。
一方で、「ただ国民の保険料を預かるGPIFが「資産の過半をリスク運用するのは現実的ではない」(厚労省幹部)との見方が支配的だ。株式の運用比率は既に計50%に達する。特に時価総額で世界の1割にとどまる日本株は現状の25%でも高く、自国資産が運用の中心となる「ホームカントリーバイアス」がかかりすぎているとの指摘がある。」とし、「国内債はマイナス金利政策の長期化が影を落とす。14年度末に41%だった国内債比率は19年3月末には26%に下がった。GPIFは基本ポートフォリオの見直しを控え、19年度に限って四半期ごとの資産比率を非開示としている。野村証券の西川昌宏チーフ財政アナリストの試算では、直近の19年12月末は23%まで低下しているとみられる。」とのことである。
続けて、「GPIFの高橋則広理事長は19年7月に「国内の債券に再投資するのはなかなか難しい」と表明した。新たな投資先として有力なのが外国債だ。西川氏の試算では12月末に18.5%と、目安の15%からずれる許容幅の上限19%ぎりぎりに達している。西川氏は「次期ポートフォリオで外債の比率は22~25%まで高まりそうだ」と読む。」とし、「米ドルやユーロといった外貨建ての外国債を購入するには、円を売って外貨を入手する必要がある。外債の比率を高めれば為替は円安に振れる。仮に25%まで上がれば、数兆円分の円売り圧力になる。足元では米長期金利が過去最低圏に沈み、新規で外債を買い進めるのは難しい。それでも基本ポートフォリオで外債比率を上げておけば、円高を抑える余地が残ることになる。」と結んでいる。

今回は、記事全文を引用する形になったが、コロナ・ショックで公的年金の資産運用にかかるGPIFによる運用資産構成(基本ポートフォリオ)の変更は、重要性と難易度を増している。運用資産の規模から、「市場の中のクジラ」と呼ばれる公的年金資産の運用動向は、記事にあるように、株式・債券・為替等の市場動向に大きな影響を及ぼすため、市場関係者も注目し、神経をとがらせているわけである。
まず、2020年3月4日の社会保障審議会の資金運用部会の資料を見てみよう。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09926.html
まだ議事録が公開されていないので、決定事項は、この記事などの報道に基づくこととなるが、加藤厚生労働大臣から社会保障審議会会長への「年金積立金管理運用独立行政法人の中期目標の策定について」の諮問が2020年2月28日に行われており、それを受けて、資金運用部会で検討が行われているわけである。中期目標の期間は、令和2年4月から令和7年3月までの5年間とされている。
その上で、中期計画(案)が次のように示され、了承されたとの報道である、
https://www.mhlw.go.jp/content/12501000/000602937.pdf
「長期的に積立金の実質的な運用利回り(積立金の運用利回りから名目賃金上昇率を差し引いたものをいう。)1.7%を最低限のリスクで確保することを目標とし、この運用利回りを確保するよう、年金積立金の管理 及び運用における長期的な観点からの基本ポートフォリオを定め、これを適切に管理する。」
なお、記事にあるGPIFの現行ポートフォリオ(平成26年10月31日変更)については、次の資料「GPIFの次期運用目標等について」の1ページにも表示されている。
https://www.mhlw.go.jp/content/12501000/000554276.pdf
記事では、「株式比率引き上げ期待」「ホームバイアス批判」「円高抑止効果」と様々な思惑が飛び交っているが、共通しているのは、日本国民の老後の所得保障のための資金であるという認識の欠落である。もちろん、投資に価値感を持ち込むのは危険であるが、さりとてマネーゲームのための資金ではないことは、常に念頭に置くべきであろう。
また、株式比率を高めたことから、コロナ・ショックによる世界株式の大幅下落で、現時点での資産運用結果には、甚大な影響が出ていることは間違いない。個人の資産であるなら、自己責任での買い場になるかもしれないが、集団ヒステリーに陥りやすい日本人の気質からすると、株式売却の声が大きくなるかもしれず、売却を実施すれば、回復の余地はなくなる。
基本ポートフォリオは、そのような事態においても冷静さを取り戻せるように機能するものであり、現状では株式比率が大きく下落しているのあろうから、購入に向かうはずであり、それが投資行動の方向性としては正しいと思える。
問題は、それでもリスク資産の株式比率が高いのではないかという点であり、私は、過去にも次のように危惧を表明している。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/16-014.pdf
年金資金は、収益性重視で運用すべきものではなく、安定性にも最大限の配慮が必要なものである。次期基本ポートフォリオの組成にあたっては、そのことを十分に踏まえるべきである。
2020年3月5日 朝日朝刊3面 休業へ助成なし、フリーランス悲鳴 多様な働き方推進、政権の姿勢と矛盾
2020年3月13日 日経夕刊4面 困窮するフリーランス 新型コロナでイベント自粛
2020年3月6日 日経夕刊1面 「ウーバー・運転手は雇用関係」 仏最高裁判断、事業モデルに影響も

最初の5日付日経記事は、「安倍政権が打ち出した新型コロナウイルスの感染対策に対し、企業に雇われずに働くフリーランス(個人事業主)が怒りの声を上げている。政権は臨時休校に伴って仕事を休んだ保護者の支援策を発表したが、フリーランスは対象にならなかった。多様な働き方」を推進する政権はフリーランスを保護する姿勢を示してきたにもかかわらず、矛盾する対応に与党内からも見直しを求める声が出ている。」というものである。
「厚生労働省は2日、仕事を休んだ従業員に給料を全額払った企業を対象に正規、非正規雇用を問わず、1人当たり日額上限8330円の助成金を出す新制度を発表した。だが、フリーランスや自営業者が対象外とされたことに、女性は「納得できない」と憤る。」というわけであり、「自営やフリーは自己責任なのか。国は多様な働き方を後押しするなら、多様なセーフティーネットも用意するべきだ」と訴えているそうである。
これに対し、「加藤勝信厚労相は参院予算委で「フリーランスの仕事は多様で、このスキーム(枠組み)を適用することは非常に難しい」と答弁。安倍首相は「その声をうかがう仕組みを作り、強力な資金繰り支援をはじめ対策を考えたい」と述べた。」という。
だが、「政府が想定するのは、5千億円の緊急貸し付け・保証枠の活用だが、これは訪日中国人客らの激減などで打撃を受けた観光産業などの支援を念頭に置く。あくまでも返済が必要な「融資」であり、金融機関の審査も受ける。」のであり、「政府の対応に与党内からも不満が出ている。公明党の斉藤鉄夫幹事長は4日、菅義偉官房長官と面会し、「フリーランスは資金繰り(支援)ではとても持たない」などとして対応を求めた。斉藤氏によると、菅氏は「踏み込んでやる」と答えたという。」としている。
最後は、法政大の浜村彰教授の「現行制度の枠組みでは、フリーの人たちに救いの手を差し伸べるのは難しい。セーフティーネットを整えないまま、こうした働き方を政策として進めていいのかという問題が提起されている」との指摘で締めくくっている。

次の13日付日経記事は、少し後のものだが、「新型コロナウイルスの感染拡大が、フリーランスで働く人の生活を脅かしている。イベント自粛や一斉休校の余波でキャンセルが相次ぎ、収入が途絶えるケースが続出。政府も後押しして多様な働き方が広がり始めていたが、冷や水を浴びせられた形だ。」という書き出しである。
「フリーで働く人は案件ごとに業務委託契約を結ぶ場合が多い。会社員と違い、仕事がなくなっても手当や補償が出るわけではない。非常時にはこの差が顕著だ。」とし、「イベント自粛は死活問題」ということになっているわけである。「補償がないと知った上で選んだ道だが、再開のめどが立たず不安」ということであり、「フリーランスで働く際の課題とされていた曖昧な契約や乏しいセーフティーネットが浮き彫りになった。」としている。
また、「政府は一斉休校要請に伴い、雇われる人には休業補償やベビーシッター利用料の支援を打ち出した。委託を受け働くフリーランスも仕事を休んだ保護者に日額4100円を支援し、収入減に対応して生活費の無利子の融資も拡充する。」としているが、フリーランス協会は「休業や補償の概念はフリーランスになじまないと承知している」としつつ「このままでは経済的困窮や自己破産が相次ぐ」と表明し、「政府には自粛要請で仕事が減った人への給付型支援や、自粛するイベントの定義の明確化などを求めていた。」とのことである。
こうした状況に対し、法政大学大学院の石山恒貴教授は「今回見えてきた課題を洗い出し、将来に生かすべきだ」とコメントしており、記事は、「事態の収束は見通せず苦境はなお続きそうだが、まさに今がフリーランスという働き方の将来を左右する分水嶺になるかもしれない。」と結んでいる。
なお、フリーランス協会の平田麻莉代表理事の話として、「仕事が1カ月以上なくなった人も少なくない。不安を抱えるのはフリーランスだけではないのは承知している。フリーで働く選択をしたのも自分たちだ。ただ今回は首相の政治判断の要請があり、意思と関係なく不可抗力で仕事が断たれる状況にある。仕事がなく補償もなければ経済的困窮、ひいては自己破産になりかねない」「関係省庁とも連絡を取り合っており、現行制度の範囲内でできることを懸命に検討してくれている。協会では自粛で仕事が減った人への給付型支援などを求めた。政府の緊急対策に反映された部分も多く感謝している。ただ仕事再開のめどが立たない人は借り入れしにくい。イベント自粛の対象を明確に定義してほしい。難しい判断なのは分かるが、出口がみえない」「リモートワークの普及などで働き方が変わるのは中長期的にはプラスに働くかもしれない。だが短期的には景気減速で業務委託の仕事が減ってシビアになるだろう。場所や時間にとらわれず働けるなら会社員にいったん戻るのも選択肢。働き方を見つめ直すきっかけになるのではないか」を掲載している。

最後の6日付日経記事は、「フランス最高裁(破棄院)は4日、米ウーバーテクノロジーズと同社の運転手に雇用関係があるとの判断を下した。ウーバー側の運転手が自由に働き雇用関係は無いとする主張を退けた。運転手の保護につながる一方、同社の負担増となる可能性がある。世界で広がる同様のビジネスモデルにも影響を与えそうだ。」というものである。「米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、最高裁の判断は世界初とみられる。同社は上訴できない。」とのことである。その判断理由について、最高裁は「運転手は独自の顧客を持っておらず、運賃を自由に決められない」などの理由で雇用関係を認めた、とのことである。
そして、「フランスにはウーバーをはじめとするライドシェアサービスの運転手が約3万人いるが、今回の判断でただちに雇用関係が発生するわけではない。ただ個々の運転手が雇用関係を求めたときに、社会保障費などで事業者の負担が増える可能性がある。運賃の上昇につながるシナリオも考えられる。」とし、「同社のような業態は運転手の自由度が高い半面、社会保障などが十分でないとの指摘がなされている。米国でもこれまでに運転手の地位などを巡り、訴えが起きている。」と結んでいる。

フリーランス協会のサイト(https://www.freelance-jp.org/)では、「プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会は、独立して活動するプロフェッショナルや、 企業に属しながらキャリアを複線で築くパラレルワーカーの有志が主体となって設立された、 フリーランスによる、フリーランスのための、非営利団体です。」としている。
こうしたフリーランスについて、内閣府が政策課題分析シリーズの【第17回】日本のフリーランスについて-その規模や特徴、競業避止義務の状況や影響の分析-(令和元年7月24日)において取り上げている。
上記が、その時の資料の要旨で、次のように述べている。
「公的統計では、フリーランスに関する直接的な統計はなく、統計のある自営業主(雇人なし)は、長期的に減少傾向にあるが、そのうち特定の発注者に依存する自営業主、いわゆる雇用的自営業等は、増加傾向にある。雇用的自営業等は、本業としてのフリーランスに近く、最近の労働市場の変化の特徴の一つと考えられる。」
「総務省「平成29 年就業構造基本調査」の個票を用いて日本全体の属性に引き延ばすことなどによって、より精緻な形で試算した。その結果、フリーランスの働き方をする者の人数は、副業として従事している者も含め、306 万人~341 万人程度と推計された。」
そのうち、本業としてのフリーランスは、半分から3分の2程度と推計されている。
すなわち、「独立して活動するプロフェッショナル」というイメージではあるが、雇用的自営業等が非常に多いということになっているわけである。
フランスの最高裁判決は、「ウーバー側の運転手が自由に働き雇用関係は無い」という主張に対し、顧客も料金も決められない運転手との契約は、雇用契約に当たると判断したわけである。この基準に従えば、日本の「フリーランス」でも、雇用契約となるものが多いであろう。
しかしながら、そのような法律関係には、まだまだ争点があり得る。そうした状況の中で、コロナ・ショックに見舞われているわけである。リーマン・ショックでは、「派遣切り」が横行したが、これはヒトとの契約を切るものであった。今回のコロナ・ショックでは、モノやサービスの発注を止めるという形になるから、「フリーランス切り」は、企業側としては、はるかにやりやすいのではないか。
この「フリーランス」の救済に当たっては、一つの方法は雇用類似契約への規制であろうが、複数の顧客を持つ本来のフリーランスに対応することは難しい。そうなると、農業者や商店主などの従来型の自営業者を含み、また失業者をも包含するセーフティ・ネットを構築する必要があるからである。いよいよ、ベーシック・インカムの検討の必要性が高まってくるのではないかと思われる。
2020年3月5日 日経朝刊2面 (真相深層)「未払い残業代払って」急増

「企業が未払いの残業代を請求されるケースが増えている。人手不足で転職者が増え、新しい会社に移る前後に残業代の支払いを求める人が増えた。4月からは法改正で請求できる期間も延長される見通しだ。働き方の見直しが進み、企業も厳格な労務管理を迫られる。」との記事である。「過払い金返還訴訟を手がけてきたアディーレ法律事務所には最近、未払い残業代の相談が多く寄せられるようになった。」という。
この「残業代を巡るトラブルが増えている背景には2つの要因」すなわち、「①働き方改革の本格化で当局の監視が厳しくなったこと、②人手不足を一因とする転職者数の増加」があるとしている。
そして、「本人が実際に何時間働いたかを証明」できなくても、「企業が労働時間を記録している場合が多く、請求すれば会社から開示してもらえる」という。一方、「企業には誤解もある。業務手当や職務手当という名目で毎月一定額の固定残業代を払っていたとしても、労働契約や就業規則などに明記されていなければ認められない。また時間外労働によって生じる残業代が固定残業代を超えた場合は差額分を支給する必要がある。」としている。なお、「未払い残業代が生じやすいのは中小企業」だが、「労働者側の主張がおかしくない限り、一定額を支払って早めに和解することを勧めている」との弁護士のコメントを記している。
加えて、「4月に施行される予定の法改正の影響」があるので、「企業はトラブルを避けるため、これまで以上に「残業させる場合は明確に命令を出すようになるだろう」(労働問題に詳しい日本大学の安藤至大教授)」とし、「「1カ月あたり100時間未満」をはじめとする19年4月に大企業に適用された残業時間の上限規制は、20年4月から中小企業にも適用されるようになる。「仕事の付け回し」をやめ、所定の時間で仕事を終えられるのかどうか。働く社員も企業側も、それぞれが効率的な働き方と労働時間の管理に向き合わなければならない局面にさしかかっている。」と結んでいる。

記事にある未払賃金についての「法改正で請求できる期間も延長される見通し」については、国会に提出されている次の法案を参照されたい。
https://www.mhlw.go.jp/content/000591650.pdf
また、時間外労働の上限規制については、法改正済であり、次のように、大企業は2019年4月から導入済で、中小企業についても2020年4月から導入される。
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
法改正によって「効率的な働き方と労働時間の管理」の推進が必要となっている背景には、日本人の労働時間が、まだまだ長い点がある。次の労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2019」からの「一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)」の比較を参照されたい。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2019/06/d2019_G6-1.pdf
単純な各国間比較には適さないとされてはいるものの、やはり日本の労働時間が長いことは間違いないであろう。加えて、日本では、「サービス残業」という隠れた未払い残業が依然として広範に残っているものと思われる。だからこそ、この記事のように、未払い残業代が大きな問題となるわけである。
この事業主の不法行為に対して、労働基準法では、記事でも言及しているが、「付加金」というペナルティを課している。
(付加金の支払)
第百十四条 裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内(法改正案では、当分の間は三年以内)にしなければならない。

これは、行政による処分にかかるものであるが、労働者側も、単なる未払い賃金のみならず、悪質な場合には、「裁判になり企業側の対応が悪質と判断された場合は、制裁として未払い分と同額の付加金が課される可能性がある。」(記事での安西愈弁護士のコメント)のであるから、上乗せ請求を行う余地があるだろう。
公正な労使関係は、緊張感の中で育まれる。依存や遠慮は、労使どちらにとっても、ためにはならない。