2020年3月3日火曜日

2020年3月3日 日経夕刊1面 年金受給開始、75歳も 改正法案決定 高齢者の就業促す
2020年3月4日 朝日朝刊4面パート適用拡大が柱 年金改革法案を閣議決定
2020年3月4日 日経朝刊5面 年金、高齢者自助に力点 改革法案を閣議決定 75歳から受給で年84%増

いずれも、公的年金の改正法案について、取り上げたものである。
最初の日経夕刊は、速報で、「政府は3日、年金制度の改革法案を閣議決定した。高齢者の就業を促進するため、75歳から年金を受け取り始めると毎月の年金額が増える仕組みに見直す。個人型確定拠出年金(イデコ)など私的年金に長く加入できるようにする改革も盛り込んだ。少子高齢化や長寿化に対応した年金制度に改める狙いがある。」というものである。
「国民年金法などの改正案は、全国民が加入する公的年金制度と個人が任意で入る私的年金制度の2つの見直しが柱だ。政府は今国会での法案成立を目指す。改正法は一部を除いて2022年4月の施行を予定する。」としている。

一方、翌4日付の朝日朝刊の記事は、「厚生年金の対象になるのは、いまは主に会社員らフルタイムで働く人。パートなどの短時間労働者は、勤め先の規模などが要件を満たす必要がある。法案では、いまは「従業員501人以上」となっている企業規模の要件を、2022年10月から段階的に緩める」ことに力点を置いたものである。

改正案の内容については、4日付続報の日経朝刊が詳しい。「政府が3日閣議決定した年金改革法案では、高齢者が働く期間を延ばして年金の受給開始を75歳まで遅らせることで、従来より年金額を増やすことが可能になる。働く60~64歳の年金を一部減らす「在職老齢年金」も基準を緩め、働いても年金が大きく減らないようにする。」ということで、「「自助」に力点を置く内容だが、抜本改革に手をつけず、老後の生活を高齢者自身に委ねる部分が増えたといえる。」としている。
続けて、「公的年金の受給開始年齢は原則65歳だ。この年齢から医療や介護も含めた社会保障制度で支えられる側に回る。年金改革法案ではこの線引きを高齢者自らが乗り越え、支え手に回るよう促す。」とし、改革メニューを、①受給開始年齢を75歳まで延ばす、②働く高齢者の年金の一部を減らす「在職老齢年金」の見直し、③厚生年金に加入するハードルの引き下げ、の3つに整理している。そして、「個人型確定拠出年金(イデコ)の加入年齢も60歳未満から65歳未満まで延ばし、公私一体の年金改革で自助を促すことをめざしている。」としている。
ただし、「高齢者が反発するような抜本改革は軒並み見送られた」とし、「先進国では受給開始年齢を一律で67~68歳に引き上げる国も多い」が、「一律引き上げは最初から検討しなかった」と批判している。また、「少子化の進展などに合わせて給付額の伸びを抑える「マクロ経済スライド」を発動しやすくする見直しも見送られた。」としている。
さらに、「厚生年金に比べれば給付水準の低い国民年金もほぼ手つかずだ。」とし、「公的年金改革は5年に1度で、次の改革案を練る際にはフリーターの多い就職氷河期世代で50歳代が増え、将来不安はさらに増す。「厚生年金による国民年金の救済統合」という意見もあるが、保険料を負担してきた企業と会社員へのツケ回しでしかない。」と結んでいる。

改正法案の内容については、社会保障審議会の年金部会で次のように整理・報告されており、新聞各紙でも以前から報じられてきた。
https://www.mhlw.go.jp/content/12501000/000581907.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000580825.pdf
その内容に対して、朝日も日経も、これまで論評を加えてきているが、日経では、今回も自社の見解を述べている。すなわち、上記記事にあるように、「受給開始年齢の引き上げ」「マクロ経済スライドの完全実施」「国民年金の見直し」の主張である。
私自身も、財政検証に伴う年金制度の見直しについては、次のように意見を述べてきた。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/20191115.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-009.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-014.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-015.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/20-001.pdf
なお、上記の最後に触れた「厚生年金による国民年金の救済統合」については、日経は記事で「企業と会社員へのツケ回し」としているが、年金部会での議論も行われておらず、考えられる一つのアイデア程度の状況であろう。
私の見解については、上記のリンク論文等の通りであり、さらに述べても繰り返しになってしまうが、「フリーターなど非正規労働者」にとっての基礎年金の機能劣化の問題は、どんどん深刻さを増していくであろう。加えて、今回の新型コロナ・ショックで、リーマン・ショックの再来を思わせる状況となっており、非正規労働者にとっては、現役生活も老後生活も、先が見えない状況になりつつある。この混乱の中で、せめて老後生活の基本的な所得保障を基礎年金が支えられればと思っているが、今回も本格的な見直しの議論には入っていない。基礎年金を軽視しているうちに、現役生活分も包含したBI(ベーシック・インカム)の議論が進んで行く可能性もあり得る。それはそれでもいいのかもしれないが、さらに見直しに時間がかかることになるだろうし、国民生活の混乱の度合いは増すことになることが危惧される。
そのような観点かすると、この年金改正案が成立しても、年金改革論議は一区切りとなるのではなく、新たな始まりとしなければならないと思うが、さて、どうなっていくのか。
2020年3月3日 日経夕刊7面 (十字路)お金を共に働かせる世帯
2020年3月6日 朝日朝刊10面 (投資透視)兜町半世紀 再考「老後2千万円問題」

最初の「十字路」の記事は、フィデリティ退職・投資教育研究所の野尻哲史氏によるもので、「フィデリティ退職・投資教育研究所が行ったサラリーマン1万人アンケートの結果」から、「共働きの世帯の平均年収は808.2万円と、片働き世帯の平均年収700.2万円よりも100万円以上多い。」が、「共働き世帯は資産が少なく、投資をしている人も少ない」ことについて、「それぞれの収入を資産として共有できないからだと思われる。」としている。
そして、「共働き世帯は、収入の多さを資産拡大につなげるべきだ。生活費口座を世帯で共有する人は多いと聞く。しかし個人の口座に残った資金は個人の消費に向かい、将来に向けた資産形成に活用できていないのではないか。」とし、「共に働く世帯であると同時に、資産を共に働かせる世帯でもあってほしい。「共働き世帯」は「(お金も)共働かせる世帯」であってほしい。:と結んでいる。

一方、「投資透視」の記事の方は、「昨年話題となった老後2000万円問題」について、「投資家向けの勉強会でも必ず質問され」るので、「問題を整理したいと思います。」というものである。
「夫65歳以上、妻60歳以上の「高齢夫婦無職世帯」で毎月約5.5万円が不足するとの試算をもとにして、平均余命を30年とすると、生涯の不足金額は約2000万円に達します。」というくだんの報告書について、「平均余命を30年とする想定はやや長い」「人は年を重ねるごとに消費行動も落ち着いていきます」「同じ高齢世帯でも無職でなく、勤労者世帯の家計収支をみると、月8万円の黒字になっています。」として、「生涯で不足する金額が2000万円というのは、少し下方への修正が必要だと思います。」という見方である。
一方で、「高齢世帯の貯蓄から負債を除いた純貯蓄額」に話を転じ、「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯では平均値で2280万円」であるが、「極端な高額貯蓄を保有する階層」があるので、「中央値」の1520万円程度を使う方がよいとし、それを、「例えば年率3%で非課税運用すれば、10年で2000万円を超えることが可能」として、その投資のための資産構成も示している。

「十字路」の方の論説は、興味深い視点である。ただし、投資が老後を意識したものであるとすれば、片働き世帯と共働き世帯の置かれた状況は異なる。それは、受給できる公的年金額の差異である。2019(令和元)年財政検証結果の資料をベースに見てみよう。
https://www.mhlw.go.jp/content/000540199.pdf
財政検証起点の2019年度時点において、標準としている片働き世帯につき、現役男子の手取り収入は月額35.7万円で、(公的)年金額は22.0万円(夫の厚生年金9.0万円、夫婦2人分の基礎年金13.0万円)とされている。記事のアンケート結果では、「共働きの世帯の平均年収は808.2万円」「片働き世帯の平均年収700.2万円」と、収入水準が高く、手取り水準かどうかも分からないが、一応、共働き世帯の方が片働き世帯よりも世帯としての手取り収入が15%多い(808.2万円と700.2万円との対比)という状況下で考えてみよう。すると、先の片働き世帯の年金月額22.0万円に対して、共働き世帯で合計の手取り収入が15%多い場合の年金月額は23.35万円となり、1.35万円多くなる。夫婦2人分の基礎年金は変わらない(専業主婦も第3号被保険者として満額年金を受給)が、厚生年金の方が手取り年収差を反映して10.35万円(9万円×1.15)となるためである。この差は大きく、年額で約16万円となり、記事での片働き世帯と共働き世帯の資産差100万円を埋め合わせる年金受給期間は7年弱になる。さらに言うと、財政検証結果の基準と目される上記資料のページ16のケースⅢで見ると、マクロ経済スライドによる年金減額が完了する2047年度においては、標準片働きせ世帯では、名目手取り収入47.2万円に対する年金額は24.0万円であるが、手取り収入が15%多い共働き世帯の年金額は、同様の計算で25.74万円となる。物価上昇が反映されているので、名目額で比較しても意味はないが、比率で比較すれば、標準片働き世帯の年金額に対する15%増手取り収入の共働き世帯の年金額は、2019年度の1.061倍から2047年度には1.073倍となり、差異は拡大することとなる。これは、基礎年金の方の減額が、厚生年金の場合よりも長く続くためである。
ということで、野尻氏の指摘には、別の要素がありそうだが、仮に、片働き世帯と共働き世帯の年収が同じであったとした場合であっても、共働き世帯の方が片働き世帯よりも、資産も投資も少ないのでないかと想定される。その理由としては、氏の言うように、「個人の口座に残った資金は個人の消費に向かい、将来に向けた資産形成に活用できていないのではないか」という点が考えられる。また、二人が働いている共働き世帯の方が、一人しか働いていない片働き世帯の場合よりも万一の失職のリスクが少なく、そのための備えが少なくて済む、という点もあるのではないかと思われる。ただし、もう一つ考えておく必要があるのが、負債の問題である。典型的なのは住宅ローンであるが、共働きの方が返済が進んでいるのではないだろうか。そうであれば、資産が少ない理由にもつながる。
ともあれ、野尻氏が指摘した視点からは、様々なことを考えさせられる。

一方、「投資透視」の方であるが、まず、記事の中の「試算」ということには誤解がある。これについては、下記の前半部分を参照されたい。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/20190701.pdf
そこに記載した通り、元の資料は、「実態調査を行っているものであり、将来に向けた試算ではない」のである。しかも、報告書発表時点で元の資料は更新されており、不足額は小さくなっている。よって、2000万円という金額をベースにして議論することには、意味はない。たたし、公的年金だけでは不足するのではないかという危惧は、国民の多くが内心思っていたところであり、報告書に具体的な数値が示されたことで、その懸念が広く共有されることになったことには、大きな意味がある。
しかし、この記事は、大きな勘違いをしている。「高齢世帯の貯蓄から負債を除いた純貯蓄額」に目を向けて、「平均値」ではなく「中央値」に注目すべきとした点まではいいのだが、その「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯」における中央値1520万円を、「例えば年率3%で非課税運用すれば、10年で2000万円を超えることが可能」としていることは、まったくの意味不明である。ここでも2000万円に拘っていることも理解できないが、「60歳以上の高齢無職世帯」が、1520万円を10年運用したら70歳以上になるわけだが、それでどうするのだろうか。報告書の元データの不足額2000万円は、「夫65歳以上、妻60歳以上」の高齢夫婦無職世帯のものであるから、「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯」の資産を何年かは運用できそうだが、「無職」なのだから公的年金で足りなければ、資産を取り崩して生活費に充てざるを得ないだろう。仮に何年か運用できるにしても、提示している「日本株式25%、日本債券15%、外国株式25%、外国債券20%、不動産投資信託(REIT)10%、金(ゴールド)5%」というようなリスクの高い運用が、高齢者に向いているとは、まったく思えない。例えば、60歳時点で1520万円ないし2000万円に届くように、そのような運用構成で現役時代から〇万円かを運用しましょう、という話なら、分かるのだが。混同や混乱があるとしか思えない記事である。
2020年3月3日 日経夕刊2面 ●(就活のリアル)人手確保 「買い手市場」事務職で 熟練者は異動、他領域で活用

就活理論編を担当する雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏による説明で、「前回までは、「遠くない将来に来る不況期の採用について」考えてきた。今回は、当面まだ続く好況期に、どうやって人を手当てするかについて、ヒントとなる話をしておこう。」というものである。
「実は、史上最高の人手不足といわれる中でも、求人職種によって、渇望感には差がある。営業や製造、エンジニアなどはもう、絶望的なほどに人材が足りない。一方で内勤職、とりわけ、事務職やアシスタント職に関しては、それほど採用が難しいとは言えない。」とし、「新卒採用ともなると、女子大や短大を卒業予定の学生たちの事務職志向は強い。一方で企業は一般職事務員の採用を絞っているため、昨今でも買い手市場感が漂う。この温度差を採用戦術に利用するのだ。」というのである。
その骨子はいたってシンプルとし、「長らく内勤だった熟練事務職社員を営業や生産管理などの「人手不足」領域に社内異動させるのだ。そして、空席となった事務職のポジションで新卒採用を行う。こうすることで、本来なら営業や生産管理を募集しなければならなかったところが事務職の新規採用で済む。求人職種転換がなされたといえる。」とする。
氏は、「これを進めている会社を少なからず知っている」とし、「本人の「気持ち」の問題」が大きいが、「そこをクリアできた企業は、ある面、「運」があった。」とし、「社長が亡くなり、事務担当だった妻がそのあとを継いだ。もしくは、離婚で実家に帰った社長の娘が、事業に携わるようになった。」という例を上げ、「内勤から営業に人が異動でき、結果、新規採用は内勤事務職で事足りる体制となっている。」というのである。

就活についての記事とされているので、これを読んだ学生は、ちょっと違和感を覚えるかもしれない。この記事もそうだが、ここ数回の海老原氏の説明は、企業側、それも中小企業に向けられたものだからである。だが、氏の提言が中小企業に容れられれば、就活の状況にも大きな変化が生まれることになる。
事務職志向が強いのは、何も、「女子大や短大を卒業予定の学生たち」だけではないだろう。「営業や生産管理」は、新入社員がいきなり活躍できるような職種ではない。大手企業なら、まず事務的な仕事に就かせた上で、少し時間を経てから、そうした仕事に配置転換することが多いのではないかと思われる。ただし、「製造、エンジニア」といった技術的知識を要する職種については、このことは当てはまらない。
氏は、「事務職で請求や納品、支払いなどを管理していたスタッフは、顧客や商品、製造工程などについて、かなりよく知っている。基礎知識についてはバッチリだ。」としている。確かに、新人に比べれば、会社の内外の事をよく知っているから、営業などでの戦力化は期待できる。
ただ、「本人の「気持ち」の問題」は簡単ではない。対人接触が苦手として、事務的仕事を選んだ人もいるだろうからである。しかし、こうした配置転換を受け入れることは、本人にとっても、良い機会になる。こなせる仕事が増えることは、それだけ活躍の場を広げ、不況になって企業を離れざるを得なくなった場合の求職でも有利だからである。
実は、これは、欧米流の「ジョブ型雇用」に対する「日本型雇用」の特殊性を利用するものである。「ジョブ型雇用」なら、事務の仕事で採用された人が営業に回ることなど考えられない。しかし、日本型雇用では、事務職だろうと職種限定の雇用契約ではないから、そのような配置転換も可能である。そして、このことが、不況になっても解雇を避けるという企業行動につながってきたものとされている。
実は、日本的雇用のこの部分は、評価する向きも多い。新卒一括採用から社内教育による戦力化の過程は、欧米にみられる若年層の高い失業率を避ける上で、効果を発揮しているという見方である。問題は、その仕組みの流れが延々と定年まで続き、専門性の向上や人材の流動化を阻害していることにある。その観点から、採用方法を、10年程度の有期雇用による育成枠採用と、5年程度の有期雇用の即戦力採用とに分けてはどうかと、私は考えている。
ともあれ、「当面まだ続く好況期」への対応ということだが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、「遠くない将来に来る不況期」は、もはや目前に迫っているのではないか、という状況になってきた。しかし、氏が述べている「新規採用は内勤事務職」とし、「熟練事務職社員を営業や生産管理」に社内異動させるという方式は、不況期においても有効なのではないか。それなら、新規採用を極端に減らす必要はなく、むしろ優秀な人材を獲得するチャンスなのかもしれない。企業経営者にとっては、不況期こそ、経営手腕が問われる時期なのである。