2020年3月3日火曜日

2020年3月3日 日経夕刊7面 (十字路)お金を共に働かせる世帯
2020年3月6日 朝日朝刊10面 (投資透視)兜町半世紀 再考「老後2千万円問題」

最初の「十字路」の記事は、フィデリティ退職・投資教育研究所の野尻哲史氏によるもので、「フィデリティ退職・投資教育研究所が行ったサラリーマン1万人アンケートの結果」から、「共働きの世帯の平均年収は808.2万円と、片働き世帯の平均年収700.2万円よりも100万円以上多い。」が、「共働き世帯は資産が少なく、投資をしている人も少ない」ことについて、「それぞれの収入を資産として共有できないからだと思われる。」としている。
そして、「共働き世帯は、収入の多さを資産拡大につなげるべきだ。生活費口座を世帯で共有する人は多いと聞く。しかし個人の口座に残った資金は個人の消費に向かい、将来に向けた資産形成に活用できていないのではないか。」とし、「共に働く世帯であると同時に、資産を共に働かせる世帯でもあってほしい。「共働き世帯」は「(お金も)共働かせる世帯」であってほしい。:と結んでいる。

一方、「投資透視」の記事の方は、「昨年話題となった老後2000万円問題」について、「投資家向けの勉強会でも必ず質問され」るので、「問題を整理したいと思います。」というものである。
「夫65歳以上、妻60歳以上の「高齢夫婦無職世帯」で毎月約5.5万円が不足するとの試算をもとにして、平均余命を30年とすると、生涯の不足金額は約2000万円に達します。」というくだんの報告書について、「平均余命を30年とする想定はやや長い」「人は年を重ねるごとに消費行動も落ち着いていきます」「同じ高齢世帯でも無職でなく、勤労者世帯の家計収支をみると、月8万円の黒字になっています。」として、「生涯で不足する金額が2000万円というのは、少し下方への修正が必要だと思います。」という見方である。
一方で、「高齢世帯の貯蓄から負債を除いた純貯蓄額」に話を転じ、「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯では平均値で2280万円」であるが、「極端な高額貯蓄を保有する階層」があるので、「中央値」の1520万円程度を使う方がよいとし、それを、「例えば年率3%で非課税運用すれば、10年で2000万円を超えることが可能」として、その投資のための資産構成も示している。

「十字路」の方の論説は、興味深い視点である。ただし、投資が老後を意識したものであるとすれば、片働き世帯と共働き世帯の置かれた状況は異なる。それは、受給できる公的年金額の差異である。2019(令和元)年財政検証結果の資料をベースに見てみよう。
https://www.mhlw.go.jp/content/000540199.pdf
財政検証起点の2019年度時点において、標準としている片働き世帯につき、現役男子の手取り収入は月額35.7万円で、(公的)年金額は22.0万円(夫の厚生年金9.0万円、夫婦2人分の基礎年金13.0万円)とされている。記事のアンケート結果では、「共働きの世帯の平均年収は808.2万円」「片働き世帯の平均年収700.2万円」と、収入水準が高く、手取り水準かどうかも分からないが、一応、共働き世帯の方が片働き世帯よりも世帯としての手取り収入が15%多い(808.2万円と700.2万円との対比)という状況下で考えてみよう。すると、先の片働き世帯の年金月額22.0万円に対して、共働き世帯で合計の手取り収入が15%多い場合の年金月額は23.35万円となり、1.35万円多くなる。夫婦2人分の基礎年金は変わらない(専業主婦も第3号被保険者として満額年金を受給)が、厚生年金の方が手取り年収差を反映して10.35万円(9万円×1.15)となるためである。この差は大きく、年額で約16万円となり、記事での片働き世帯と共働き世帯の資産差100万円を埋め合わせる年金受給期間は7年弱になる。さらに言うと、財政検証結果の基準と目される上記資料のページ16のケースⅢで見ると、マクロ経済スライドによる年金減額が完了する2047年度においては、標準片働きせ世帯では、名目手取り収入47.2万円に対する年金額は24.0万円であるが、手取り収入が15%多い共働き世帯の年金額は、同様の計算で25.74万円となる。物価上昇が反映されているので、名目額で比較しても意味はないが、比率で比較すれば、標準片働き世帯の年金額に対する15%増手取り収入の共働き世帯の年金額は、2019年度の1.061倍から2047年度には1.073倍となり、差異は拡大することとなる。これは、基礎年金の方の減額が、厚生年金の場合よりも長く続くためである。
ということで、野尻氏の指摘には、別の要素がありそうだが、仮に、片働き世帯と共働き世帯の年収が同じであったとした場合であっても、共働き世帯の方が片働き世帯よりも、資産も投資も少ないのでないかと想定される。その理由としては、氏の言うように、「個人の口座に残った資金は個人の消費に向かい、将来に向けた資産形成に活用できていないのではないか」という点が考えられる。また、二人が働いている共働き世帯の方が、一人しか働いていない片働き世帯の場合よりも万一の失職のリスクが少なく、そのための備えが少なくて済む、という点もあるのではないかと思われる。ただし、もう一つ考えておく必要があるのが、負債の問題である。典型的なのは住宅ローンであるが、共働きの方が返済が進んでいるのではないだろうか。そうであれば、資産が少ない理由にもつながる。
ともあれ、野尻氏が指摘した視点からは、様々なことを考えさせられる。

一方、「投資透視」の方であるが、まず、記事の中の「試算」ということには誤解がある。これについては、下記の前半部分を参照されたい。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/20190701.pdf
そこに記載した通り、元の資料は、「実態調査を行っているものであり、将来に向けた試算ではない」のである。しかも、報告書発表時点で元の資料は更新されており、不足額は小さくなっている。よって、2000万円という金額をベースにして議論することには、意味はない。たたし、公的年金だけでは不足するのではないかという危惧は、国民の多くが内心思っていたところであり、報告書に具体的な数値が示されたことで、その懸念が広く共有されることになったことには、大きな意味がある。
しかし、この記事は、大きな勘違いをしている。「高齢世帯の貯蓄から負債を除いた純貯蓄額」に目を向けて、「平均値」ではなく「中央値」に注目すべきとした点まではいいのだが、その「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯」における中央値1520万円を、「例えば年率3%で非課税運用すれば、10年で2000万円を超えることが可能」としていることは、まったくの意味不明である。ここでも2000万円に拘っていることも理解できないが、「60歳以上の高齢無職世帯」が、1520万円を10年運用したら70歳以上になるわけだが、それでどうするのだろうか。報告書の元データの不足額2000万円は、「夫65歳以上、妻60歳以上」の高齢夫婦無職世帯のものであるから、「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯」の資産を何年かは運用できそうだが、「無職」なのだから公的年金で足りなければ、資産を取り崩して生活費に充てざるを得ないだろう。仮に何年か運用できるにしても、提示している「日本株式25%、日本債券15%、外国株式25%、外国債券20%、不動産投資信託(REIT)10%、金(ゴールド)5%」というようなリスクの高い運用が、高齢者に向いているとは、まったく思えない。例えば、60歳時点で1520万円ないし2000万円に届くように、そのような運用構成で現役時代から〇万円かを運用しましょう、という話なら、分かるのだが。混同や混乱があるとしか思えない記事である。

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