2020年2月13日木曜日

2020年2月13日 日経夕刊7面 (十字路)景気後退下の人手不足

りそな総合研究所の荒木秀之主席研究員による論説である。「日本経済に新たな現象が起きようとしている。景気後退下の人手不足である。」が、「一般的に企業の業況が悪化すれば、人手不足はある程度解消するが、今の日本にその経験則は当てはまらない。結果として、景気の後退と人手不足が同時進行するという、過去に経験のない局面に突入する。」という。
それは、「近年の人手不足が景気とは別要素の影響を受けているからだろう。団塊の世代による本格リタイアが始まったのが2012年。新卒者の減少も重なり、この頃から企業の人手不足が一気に深刻化した。」というのである。
そして、「景気後退下では企業の余裕がなくなり、人手不足に対しても打つ手が限られる。おのずと求人を断念する企業や、設備投資による省人化を見送る企業が増えるはずだ。」と続けている。
そして、「業績の悪化に人繰りの悪化も加われば、やはり倒産の増加が連想される。」とし、「真っ先に中小企業の倒産や廃業の急増に警戒が必要となる。特に、4月を境にした情勢の変化には注意すべきだ。」と結んでいる。

景気後退の中で、特に中小企業の倒産や廃業には注意する必要があるが、それ以外の特殊性の話は、腑に落ちない。「企業の業況が悪化すれば、人手不足はある程度解消する」のが今回は当てはまらないというロジックに、説得性があるように思えない。
「近年の人手不足が景気とは別要素の影響を受けているからだ」という認識には、違和感がある。人手不足の最大の要因は、やはり好景気ではないのか。
「新卒者の減少」は、少子高齢化の進展の中で、ずっと続いている。それでも、2007年のリーマン・ショックによる不況で、就職氷河期が到来した。団塊の世代は、1947年~1949年に生まれであり、一般的な定年60歳に到達したのは、2007年~2009年頃であり、「団塊の世代による本格リタイアが始まったのが2012年」というのも、事実とは異なる。
もっとも、公的年金の支給開始年齢の引き上げで、高齢者の退職は65歳に向けて引き上げ中である点には、考慮が必要であるが。
雇用の調整弁としては、非正規労働者が、真っ先に首を切られた。同一労働同一賃金の動きが出てきてはいるが、当面、そのような動きは続くであろう。「景気後退下の人手不足」が、真に技能を持つ人材のことであれば、その通りであろうと思うが、一般的な労働力の事を言うのであれば、「見立て違い」と思わざるを得ない。
もっと深刻なのは、「設備投資による省人化」が、好景気の中でも着々と進んできていることの方で、真に考慮すべきは、「好景気の中での人員余剰」なのではないかというのが、AI革命の影響を考え、格差の拡大を懸念する識者の見立てではないか。
2020年2月13日 日経朝刊3面 (米大統領選2020)格差是正 若者が支持 民主第2戦サンダース氏勝利
2020年2月13日 日経朝刊33面 (経済教室)格差是正、停滞脱出のカギ 

「米大統領選の民主党候補指名争いは、第2戦の東部ニューハンプシャー州予備選を制した左派のバーニー・サンダース上院議員(78)が先行する展開となった。」というのが最初の記事である。「勝利の原動力は若者の支持だ。米メディアの出口調査によると、18~29歳の51%、30~44歳でも36%の支持を得て他候補を引き離した。」という。
「サンダース氏は全米で1.5兆ドル(約165兆円)の残高がある学生ローンを政府が負担して全額免除すると表明。国民皆保険も公約に掲げ、富裕層や企業への増税で10年で14兆ドルの財源を確保すると主張する。格差への不満と将来不安が強まる低中所得層には、「民主社会主義者」を自称するサンダース氏の構想が魅力的に映る。」としている。
「とはいえ、大規模増税を伴う同氏の政策には党内主流派の反発も強い。」とし、「サンダース氏の急進的な政策に心酔する支持者は、穏健派の候補が勝った場合、本選では投票にいかないリスクを抱えている。左派と中道派の二極化が進む民主の指名争いは混迷を深めそうだ。」と結んでいる。

一方、後者の「経済教室」欄での記事は、慶大の小林慶一郎客員教授によるもので、「政府の過剰債務を解消するには歳出カット、増税、インフレなど様々な方法があり、どれを選ぶかで、国民のどの階層がコストを負担することになるかが大きく変わる。政府の過剰債務は、将来のコスト負担について巨大な不確実性を国民にもたらし、経済に非効率を作り出す。」という書き出しである。
そして、「通常の理論モデルで考えると、日本の政府債務は国内総生産(GDP)の240%を超え、税収の割引現在価値を大幅に上回っているので、インフレが起きるはずだと予想される。」が、「増税や歳出削減が将来起きるだろう」と国民が思っている限り、デフレや低インフレが続いてもおかしくはない。」とし、「負担増大が予想されれば企業は投資をためらうだろう。消費者が増税を予期すれば、貯蓄を増やし、消費を減らそうとする。こうして経済は停滞する。」としている。
その上で、経済学的分析を踏まえ、「格差の拡大は、個人の不確実性を増やし、長期停滞(マイナス金利とほぼ同じ)を引き起こす。」としている。そして、「実質金利をプラスにすることが経済の正常化だとしたら、そのためには所得格差を軽減する必要がある。言い換えれば、個人が人生で直面する不確実性を減らし、結果として社会全体の所得配分の不平等を緩和することが重要である。」としている。
そして、「それには、根本的な社会保障制度の改革が必要だろう。新しい社会保障制度は、最新のテクノロジーを駆使することによってあらゆる階層の個人の社会的包摂を目指すものになる。長期停滞からの脱却は金融政策だけの問題ではない、というべきではないだろうか。」と締めくくっている。

まず、米大統領選については、すでに別のブログで論評したところである。サンダース上院議員が勝ち進むのかどうかが注目だが、米国民に巣くう「赤の恐怖」の克服ができるのかどうかも注目点であろう。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/20200209AA01.html
米大統領選でも争点となっている「格差」について、様々な角度から検討されるようになった。上記の「経済教室」欄での論説も、その一つである。経済学的分析については専門外なので論評できないが、議論の広がりについては興味深い。
ただ、「個人の所得格差の拡大が長期停滞の一因」なのだとしても、その所得格差の是正の手段を考察しなければ、単なる学術評論になってしまうのではないか。「根本的な社会保障制度の改革」も、何をどうすべきと考えているのか、イメージが湧かない。
その点では、政策を競う米大統領選の方策は明確である。学生ローンの全額免除、国民皆保険、富裕層や企業への増税は、格差の縮小につながることは確実である。一方で、格差是正のための大規模増税が、景気を悪化させ、結局、格差の縮小の足かせになるのではないかという論点もある。よく言われるのは、パイの公平な分け方も大事だが、パイを大きくすることも大事だということである。
そう考えると、なかなか先行きが見えないことになる。だが、格差に押しつぶされそうになる大衆が増えると、体制の転換が起きることも、歴史の教訓である。専制君主から民主政治に、果して人類は進歩してきたのかどうか。独裁色を強めるトランプ大統領、プーチン大統領あるいは習近平出席といった各国のリーダーの状況が、民主主義の限界を示すものなのかどうか、現在の社会・政治情勢は、そうした根源的な問いかけにもつながっている。
2020年2月13日 日経朝刊19面 (大機小機)TOPIXは出直し的な改革を

「2019年末、金融審議会市場ワーキング・グループの市場構造専門グループが市場構造の在り方の検討結果を公表した。」なかで、「注目すべきはTOPIXの在り方である。」という論説である。
「我が国の株価インデックスはTOPIX一色といっても過言ではない。」が、「TOPIXを構成するのは東証1部上場の全銘柄だ。もともと上場資格が緩いうえに退出基準も甘い。企業価値を毀損したゾンビ企業さえ生き残ると酷評されている。」という状況である。
「一方、米国株の代表的なインデックスにS&P500種株価指数、MSCI USA、FTSE USAがある。それぞれ構成銘柄数は505、637、614だ。我が国の市場規模は米国の約7分の1しかないのに、TOPIXの構成銘柄数は2000超である。いかにも特異だ。」というのである。
「我が国の株式市場の停滞を懸念する声が多い。要因の一つは、投資家よりも企業側を向いた市場運営にあると指摘されている。市場活性化に向けた改革の第一歩は、報告書の指摘を待つまでもなくTOPIXの出直し的な改革を断行することである。」と締めくくっている。

うかつな事に、私は、TOPIXについての問題意識を持ってこなかった。米国にも種々のインデックスがあると言っても、やはりS&P500種株価指数が主体であるし、日本では、日経平均連動ファンドという、指数対象の225銘柄の株価の平均値という、およそインデックス運用とはかけ離れたものまである始末なので、TOPIX以外の指標に警戒感を持っていたのである。
ということで、遅まきながら、金融審議会市場ワーキング・グループの市場構造専門グループ報告書「令和時代における企業と投資家のための新たな市場に向けて」(2019年12月27日)に目を通してみた。
TOPIXについては、9・10ページで、とりあげられているが、記事の論説で、「金融審のワーキング・グループ報告書は、TOPIXに次のような注文を付けた。現在の不十分な浮動株定義を見直し、流通時価総額(浮動株時価総額)を基準にすること、銘柄数に上限を設け定期的に入れ替えること、構成銘柄と市場区分とは切り離すこと、独立性やプロセスの公平性が担保される運営に努めることなど、踏み込んだ内容である。」とされている通りである。
もっともな内容であり、報告書には、「経過措置等」を記されているが、可及的速やかな対応が求められると言えよう。