2020年3月17日火曜日

2020年3月17日 日経夕刊2面 ●(就活のリアル)消えゆく製造・販売人材 女性・高齢者層は急減へ

雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏による就活理論編である。「今回は、大卒以外の人材、たとえば製造や技能や販売、サービスなどの職務については、どのように補充をすればいいか、を考えておきたい。」というものである。
まず、「こうした人材の欠乏感は大卒ホワイトカラー職のそれとは大きく異なる。」とし、「大卒人材は少子高齢化の中でも30年で1.6倍にも増えている」が、「高卒で働く人は30年前の5分の1にまで減っている。新規人材の基礎数は信じられないほどに細っているのだ。」とし、「加えて、販売やサービス部門では中途参加する人材として、主婦や高齢者のパート労働が今まではあったのだが、先細り感が日に日に色濃くなっている。」としている。
そして、「過去、日本社会には性別役割分担という差別的な風習が色濃く残ったため、既婚女性は家事育児のために、職場を離れる傾向が強かった。」が、「近年は人手不足の中で男女共同参画が進み、家事・育児と並立して既婚女性が継職できる環境が整ってきた。そのため、「主婦パート」の新規就労者がこれまでのようには見込みにくくなりそうだ。」としている。
さらに、「高齢者の就労についても実は今が端境期にある」とし、「就業率が劇的に伸びているのは、65~74歳の前期高齢者のみ」であるが、「2022年以降、第一次ベビーブーム世代が75歳に達するため、彼らが激減していくのだ。」としている。そして、「日本の雇用は、…非ホワイトカラー領域から脆弱になっていく」とし、「採用永久氷河期」ともいえるだろう」としている。
最後に、この難題への対応として、一つは、「AI(人工知能)やIT(情報技術)を用いた無人化・省力化投資」であり、「技能実習生、特定技能資格就労などの外国人材の受け入れなども有力な選択肢」としている。そしてもう一つは、「非ホワイトカラー領域で、今までになかった人材確保術が静かに浸透しつつある」とのことだが、その方法は次回に回すと結んでいる。

コロナ・ショックで雇用市場が激変する少し前は、「人手不足倒産・廃業」の動きが目立ってきていた。黒字だが、顧客へのサービスを行う人材がいないので、やむを得ず手じまう、というのである。コロナ・ショックで様相は一変し、外出自粛などで仕事の方が激減し、人の方が余るという現象が生じているが、氏の洞察は、混乱が収まれば、従来、高卒・主婦・高齢者が対応してきた非ホワイトカラー領域は、「採用永久氷河期」になるというのである。一方、コロナ・ショックの出入国規制で、すでに農業や飲食店など多くの分野で不可欠な働き手となっていた外国人材が入国できなくなり、現場では悲鳴があがっているようだが、さらに今後も受け入れを拡大することには異論もあり、私自身も反対である。
この記事の主張を裏付けるものとして、次の内閣府の資料を見てみよう。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2017/0118nk/n17_2_2.html
第2-2-1図「就業者数の変化率(2005年度~2015年度)」では、「就業構造は、第3次産業化が進んでいる」ことが示されている。
第2-2-2図「労働需給ミスマッチの大きい職業」では、「介護サービス等で需要超過、総合事務員等で供給超過」の状況が示されている。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2017/0118nk/n17_2_4.html
上記が、この資料の「第2章 多様化する職業キャリアの現状と課題」のまとめであるが、そこには、次のように記されている。
「AI等がより一般的になると、就業構造の変化はさらに激しくなると予想され、特に既に供給超過である総合事務員等は、機械化による影響を大きく受ける可能性が高い。専門的な知識だけでなく、コミュニケーション能力、状況把握能力等の機械に代替されにくいスキルを習得し、活用していくことが重要である。」
だからと言って、急に専門能力などが身に着けられるわけではないだろう。必要なのは、変化に対応してたゆまぬ努力を続けるという姿勢であり、自分自身で問題を考え、取り組んでいく自主性であろう。就活で内定先が決まっても、そこは終着点ではなく、出発点であるという認識が必要である。
やさしい経済学 日本型雇用、改革の行方
2020年3月17日 日経 朝刊 29面 (1)春季労使交渉の異変
2020年3月18日 日経 朝刊 33面 (2)「三種の神器」の功罪
2020年3月19日 日経 朝刊 31面 (3)経年劣化と時代の変化
2020年3月20日 日経 朝刊 25面 (4)低い労働生産性の実像
2020年3月23日 日経 朝刊 15面 ●(5)熱帯びる人材獲得競争
2020年3月24日 日経 朝刊 33面 (6)「ジョブ型」と「メンバー型」
2020年3月25日 日経 朝刊 32面 (7)成果主義導入の教訓
2020年3月26日 日経 朝刊 29面 (8)苦悩する労働組合
2020年3月27日 日経 朝刊 31面 (9)賃上げ原資の配分方法
2020年3月30日 日経 朝刊 13面 (10)「ジョブ型」普及の課題
2020年3月31日 日経 朝刊 33面 (11)あるべき理想の姿

労働経済学についての第一人者の一人である京都大学博士(経済学)で日本総合研究所の山田久副理事長によるコラム/やさしい経済学欄における全11回にわたる解説である。通して見れば、この問題についての大きな流れや問題の所在を理解することができるであろう。
各回の詳細を紹介することは、著作権に触れるレベルになる可能性もあり、何より、記事に目を通されるのが一番であるから、以下では、ざっと概要を見ることとする。

第1回では、今季の春季労使交渉(春闘)では「本質的な異変」が生じているとして、トヨタの組合が個人の成果に応じた配分に要求を転換したことと、経団連の年功賃金の見直しを通じた年収ベースでの賃上げの主張に触れ、「背景にはデジタル技術革新に伴う産業構造の大変革」があるとし、「本シリーズでは、大きな転換期にある日本型の雇用・賃金制度の現状と、今後の行方を考えます」としている。

第2回では、日本型雇用慣行には、終身雇用、年功賃金、企業内組合という「三種の神器」があるとし、「そのメリットが際立ったのは石油危機後の対応」で、「わが国では組合が企業の立ち直りを優先して賃上げ要求を抑制し、早期のインフレ鎮静に成功」としている。こうした日本型雇用慣行は、「1980年代には日本企業の強さの原動力として世界から称賛」されたが、「その対象は主に大企業に勤める男性正社員」とし、「長時間労働の常態化や転居を伴う転勤など、従業員やその家族の生活へのマイナス面が問題視」されることもあったとしている。

第3回では、「1990年代に入るとデジタル技術が飛躍的に進歩し、商品・事業サイクルは短くなりました。生え抜き重視で内部育成偏重となっていた人材活用の限界があらわになった」とし、「高齢化する日本では年功賃金が高コスト化」し、「企業は正社員の新卒採用を大幅に減らし、低賃金で雇用調整が容易な非正規労働者を増やし」た結果、「正規・非正規の二重構造が社会問題」となったとしている。さらに、正社員の処遇の「成果主義は一部の優秀な人材の処遇を高める一方で、多くの従業員の給与は抑え、全体として人件費を抑制」としている。そして、「日本経済全体としてみれば付加価値額は増えず、労働生産性は低迷を続けた」としている。

第4回では、「労働生産性の向上は、日本企業・日本経済にとって最重要課題」としつつ、「わが国企業の競争力は高い品質」「サービスの品質では日本の方が高いことを示唆」とし、「改善型イノベーション」に秀でているのは、「長期勤続で横並び的に処遇する日本型雇用慣行が、高い職務規律の維持と、組織ノウハウ蓄積に役立った」からとしている。一方で、「革新型イノベーション」の弱さが指摘できるとしている。

第5回では、「経団連が日本型雇用の見直しの必要性をうたう背景には、企業を取り巻く内外環境の激変」があるとし、市場構造が「商品単体/プロダクト・アウト」主体から、「モノ・サービス一体化/マーケット・イン」重視にシフトし、技術構造も「熟練技能/擦り合わせプロセス」重視から、「アルゴリズム化/組み合わせプロセス」重視へと大きく変化している環境では、わが国企業が得意とする「改善型イノベーション」より「革新型イノベーション」が重要になり、それを「先導するプロフェッショナルな人材を外部から調達する場合、生え抜き重視・内部育成偏重の日本型雇用の弱点が大きく露呈」するとしている。

第6回では、経団連が導入を提案する欧米流の「ジョブ型」雇用は「まず仕事ありき」の制度であるが、わが国は「まず人ありき」で、わが国の労働組合は企業別で、「労働者は職業よりも勤め先企業に帰属意識」を持つとしている。さらに、「重要な違いは人材育成の仕組み」とし、わが国では「職場での業務を行いながらの指導が主」で、結果として、「欧米では事業不振を理由とした整理解雇のハードルは低くなりますが、わが国では労働組合の抵抗が強いという違いが生まれてきました」としている。

第7回では、「日本企業でも様々な改革」が進んでいるとし、「タレント・マネジメント」や、「新規事業をスピーディーに立ち上げるため中途採用を増やしたり、優秀な人材確保のために既存制度とは別枠で処遇したりする例」もみられるとしている。さらに、「黒字リストラ」で、「業績堅調でも早期・希望退職を募るケース」が一部で出てきたとしている。そして、「人材獲得競争が激化し選別人事の色彩が強まると、「普通の人々」のモチベーション維持が課題となります。この点が新たな成果主義成功のカギ」としている。

第8回では、「わが国の労働組合は企業ごとに組成」という点に触れ、「結果として非正規労働者の労働条件を十分には改善できませんでした」としている。そして、「労働組合は横の連携を深め、一企業の枠を超えた社会全体での雇用保障という発想を持って、非正規も含めた労働者全体の処遇改善に本気で取り組む必要があります。企業も組合の意義を理解し、双方が緊張と協調のバランスのとれた労使関係を構築していくことが望まれます」としている。

第9回では、「市場構造・技術構造の変化を踏まえれば、日本企業は外部の経営資源を積極的に取り入れることが不可欠で、「革新型イノベーション」の担い手である優秀な人材を厚遇することは重要」であるが、一方で、「多くの企業の強みは「改善型イノベーション」に基づく製品・サービスの品質の高さ」にあり、「現場力を維持・向上させるには、労働者の士気を高め、その貢献に広く報いることが必要」としている。そして、「競争力を維持・強化する新たな賃上げ原資配分方法の構築に向け、労使の真摯な議論」が求められるとしている。

第10回では、「革新型イノベーション」には、欧米の「ジョブ型」雇用が有利であるが、それがうまく機能するには、「企業間労働移動を支える社会インフラが必要」で「職業コミュニティー」が重要としている。それには一定の時間がかかるので、「就社型雇用とジョブ型雇用の「ハイブリッド」を目指すのが妥当かつ現実的」というのである。

最後の第11回では、OECDの2018年の報告書の分析に触れ、「労使交渉の在り方として(1)集権的か分権的か(2)産業・部門間の調整度合いが強いか弱いか――で加盟国を分類。それぞれの労働市場のパフォーマンスを比較したところ、米英が分類される分権的タイプより、多くの北部欧州諸国が属する調整度の強いタイプが、総じて優れたパフォーマンスを示していました」としている。そして、日本型と欧米型の「ハイブリッド」雇用システムの構築にも、「セーフティーネットの充実」が必要であり、「持続的な能力開発は個人と企業の共存共栄をもたらすカギです。全ての労働者に十分な教育投資が行き渡るよう、官民協力した支援策が求められます」と結んでいる。

振り返って見ると、よく整理された解説であることが、改めて分かる。しかし、日本型と欧米型の「ハイブリッド」雇用システムの成立・有効性については、疑問がある。
それは、日本で特徴的な企業内組合は、そもそも、経営側が、産業横断的に労働者が団結して経営に介入してくるのを防ぐために容認・推奨してきたものだからである。その結果、従業員は、社会ではなく、会社に関心を持ち、依存するようになっていった。この状況を批判的に表す言葉として、「社畜」がある。この考え方は、労働者に深く染みついており、会社などの組織を守るためなら、犯罪的不正を犯すことも厭わない状況が生まれている。談合問題しかり、自殺者まで出した森友問題しかりである。内部通報システムが十分に機能しない根本原因も同じである。
また、そもそも、企業側は、個々の労働者の職業能力を伸ばすことを最優先に考えているとは言えないのではないか。転勤や配転などには、その必要性が疑われるものも少なくない。人事権という伝家の宝刀で、労働者に威圧を与えていることは随所に見受けられる。
そして、そのような労働者の希望や適性を無視し、あるいは、そうした貢献に公平公正な処遇で報いることを軽視してきた結果が、労働生産性の低下・労働意欲の減退につながっているのではないか。
「革新型イノベーション」によって、個々人の貢献に大きな格差がつくようになった以上、それが賃金や処遇の格差につながることは避けられない。企業内で留意すべきことは、その格差、特に、低賃金層における状況が、産業横断的に見て、許容される範囲のものかどうかの確認であろう。その点では、企業内組合が出て来る余地はなく、産業別組合の力点は、最低賃金の水準の妥当性確保に向かうことになるのであろう。
それでも、労働者や産業によっては、許容水準を超える格差が生まれ得る。そこにこそ必要となるのが、セーフティネットであり、再教育投資である。すなわち、企業は、企業内格差が、特に低賃金の労働者について許容可能な範囲にとどまっているのかどうかを常にチェックする必要があり、政府は、企業内では対応できない格差の拡大に対し、低賃金者には保護を、高所得者には負担を求め、セーフティネットを整備・強化する必要があるということである。もちろん、労働者にも、意欲を持ち、能力を高める努力が要求されよう。
2020年3月17日 日経朝刊16面 パナソニック、AI人材ら採用に力 年収最高で1250万円
2020年3月19日 日経朝刊15面 ソニーの若手・中堅、年収最大250万円高く 横並び見直し

最初の記事は、「パナソニックは16日、人工知能(AI)やデータサイエンスなど先端技術の知見を持つ研究者を採用する新たな方針を発表した。研究実績や保有資格に応じ、年収は750万~1250万円を想定する。新卒、既卒を問わずに募る。新規事業の創出などにつなげる。」というものである。
「博士号取得者ら数人を1年更新の嘱託社員として採用する。雇用期間は最長5年。家電や電子部品といった事業部門をまたぐ本社直轄の研究開発部門で働いてもらう。クラウドやディープラーニング(深層学習)関連など幅広いテーマの研究者を募集し、テーマの持ち込みも受け付ける。」としている。
なお、「2021年度の新卒採用で選考期間の延長を検討していると公表した。新型コロナウイルスの感染拡大で会社説明会の一部が中止になるなど、影響が出ていることに対応する。」とのことでもある。

次の記事は、「ソニーは2020年度、優秀な若手・中堅の従業員の年収を、最大で標準よりも250万円高くする。一般的な係長未満に相当する「上級担当者モデル」の従業員が対象。横並びの給与体系を見直し、貢献度の高い社員に報いる。若手・中堅社員の処遇を改善し、「GAFA」と呼ばれる米IT大手などとの業界の枠を超えた人材獲得競争に備える。」というもので、「19年度から新入社員の初任給にも差をつける取り組みを進めている。人工知能(AI)などの先端領域で高い能力を持つ人材については、年間給与を最大2割増しとしている。」とのことである。また、「20年春の労使交渉で、日立製作所やパナソニックで構成する電機大手の統一交渉には参加していない。電機業界だけでなく他分野にも負けない高水準を示し、優秀な人材確保につなげる。」としている。

AIをはじめとする先端技術の重要性が高まる中、そうした高度専門人材に対する獲得競争が熾烈になってきている。そのことが横並びの春闘にも影響を及ぼしているわけで、年功序列・終身雇用の日本型雇用を破壊する可能性も出てきている。
だが、パナソニックの「1年更新の嘱託社員として採用する。雇用期間は最長5年」では、大した人材は集まらないだろう。これなら博士号を取得したのにもかかわらず非常勤として働くしかない大学教員と大差ないからである。「雇用期間は最長5年」は、正社員と同じ期限のない労働契約への移行を阻止するためだろうが、そこまで「助っ人」として位置付けるのであれば、給与は数千万とする必要があり、「年収は750万~1250万円を想定」なら、言っちゃあ悪いが、中途半端な人材しか集まらないだろう。要するに、まるで分っていない、のである。
ソニーの方は、「新入社員の初任給にも差をつける」とのことであるが、この戦略は、新卒者等の中で先端専門技術の習得上有利な者を特別扱いしようということである。日本の大学教育や新卒採用の状況を踏まえると、一定の効果はありそうだが、問題は入社後である。「優秀な若手・中堅の従業員の年収を、最大で標準よりも250万円高くする」というのでは、はっきり言って「GAFA」への対抗などできるわけはない。これは、高度専門人材の給与が他の社員より大幅に多くなるのを抑止するという考え方だろうが、恐らくは、折角育てた高度専門人材に愛想を尽かされて流出させてしまう、ということになるだろう。
両社ともに、日本的経営というか、社員間のバランスといったものに固執しているわけだが、それ故にグローバル人材獲得競争に敗れつつある、という現実を直視していない。
もっとも、そのような高度専門人材の入社が、社業にどれだけ貢献するものなのか見極めできない、という点はあるのだろう。これはその通りで、社風との相性もあり、入れてみなければ分からない。その点から、パナソニックの嘱託社員というか、有期雇用社員としての採用も分からないではない。問題は、ケチくさい給与水準である。イメージで言えば、雇用期間を5年とした場合、その期間で普通の社員の最低1.5倍くらいの給与にしないと、良い人材が採れるとは思えない。すなわち、普通というか課長クラスの年収が1千万円であるのなら、5年間で7千5百万円が必要ということである。これを5年契約の年間1千5百万円ではなく、1年契約・更新5年までとするなら年間2千万円(5年間になると総額1億円)ということになるだろう。非常に高度な専門人材を1年契約で獲得しようとするのなら、役員並みの給与が必要になるだろう。
このような姿が、現実に起きているのが、日本のプロ野球である。外人枠は特別待遇となっているが、彼らの活躍に依存している球団も多い。そして、有能な日本人選手も、活躍の場と好待遇を求めて、次々と大リーグに向かうようになっている。その先導をしたのが、野茂投手とイチロー野手で、だから彼らは裏切り者と罵られたのである。それでも、彼らの決断と活躍がなければ、日本のプロ野球の水準は低迷していたままだったであろう。
さて、パナソニックやソニーなどの日本企業は、野茂やイチローに匹敵する高度専門人材を育てた上で、その人が望むなら快く外に送り出し、その活躍に拍手を送れるだろうか。問われているのは、そこまでの覚悟であり、度量であろう。