2020年3月10日火曜日

2020年3月10日 日経夕刊1面 パナソニック、年金増額で代替 春季交渉、ベア圧縮検討
2020年3月11日 日経夕刊1面 トヨタ、7年ぶりベアゼロ 春季交渉 賃上げ縮小相次ぐ
2020年3月12日 朝日朝刊1面 トヨタ、7年ぶりベアゼロ
2020年3月12日 朝日朝刊8面 トヨタ労組、外れた思惑 寄り添った要求・集会中止、でもベアゼロ
2020年3月12日 朝日朝刊3面 春闘、ベア見送り続々 賃上げ率「2%割れ」も
2020年3月12日 日経朝刊1面 主要企業、賃上げ慎重 トヨタ・日本製鉄、ベアゼロ回答 春季交渉
2020年3月12日 日経朝刊3面 縮む賃金 競争力に影響も 春季交渉、一律ベア限界
2020年3月12日 日経朝刊2面 (社説)賃上げを再起動するときだ

最初の10日付日経夕刊の記事は、11日に大企業の集中回答日を迎える春闘についてのもので、「パナソニックは2020年の春季労使交渉で、ベースアップ(ベア)に相当する賃金改善を、年金の増額で代替する方向であることが10日、明らかになった。実質的な賃上げとし、ベアを圧縮する狙いがある。」というものである。
「電機各社はこれまでベアによる基本給の底上げで統一し、一律の金額で交渉してきた。」が、「電機の賃金改善のスタイルが変わる可能性がある。」としている。
内容としては、「従業員が運用する企業型の確定拠出年金(DC)について、会社側が支出する掛け金を増やす方向で労組側と調整に入った。企業型DCは従業員が公社債や株式など投資方法を選び、年金運用する制度だ。改善額は1000円が軸。会社側はかねて「人への投資」の多様化を労組に働きかけていた。基本給の底上げより総額の人件費負担を抑えられる利点もある。」としているが、「労組側は「現在の不安解消も重要」との姿勢だ。あくまでベアによる基本給の底上げを求めており、交渉の決着までは曲折がありそうだ。」というものである。「ベア離れの背景にあるのは先行きの不透明感だ。中国経済の減速などで2020年3月期の最終利益は前期比3割減と予想し、新型コロナウイルスの影響で下振れする可能性もある。」と結んでいる。

次の11日付日経夕刊の記事は、「2020年の春季労使交渉は11日に集中回答日を迎え、賃上げ額の大幅な縮小が相次いだ。」ことの速報で、「トヨタ自動車は基本給を底上げするベースアップ(ベア)について13年以来、7年ぶりに見送ると回答した。日本製鉄など鉄鋼大手もベアゼロとなった。グローバル化やデジタル化に伴う競争激化に加え、米中貿易戦争などによる景気悪化を受け、会社側の強い危機感が反映されるかたちとなった。」としている。
春闘のリード役とされる「トヨタの会社側は11日午前、愛知県豊田市の本社で労働組合に対して回答した。トヨタはこれまでベアについて、金額を非公表としながらも、原資を確保して配分してきた。20年の交渉では、評価によってベアに一段の差をつける配分方法を労使で検討していた。だが、会社側は一律色の強いベアそのものをゼロにすることに踏み込んだ。」とのことである。河合満副社長は「これ以上、賃金を引き上げるのは競争力を失うことにつながりかねない」と発言していたそうである。
また、日産自動車も前年実績より低い解答である他、「賃上げ見直しの流れは幅広い産業に広がった。目立ったのが鉄鋼で、日本製鉄はベア相当の賃金改善を見送ると発表した。」とのことであり、電機連合傘下のパナソニックは「ベアと確定拠出年金の掛け金増加分をそれぞれ500円出すかたちとなった。」とのことである。「各産業の交渉で、消費税増税、新型コロナウイルスの感染拡大などによる先行き不透明感から経営側が賃上げに慎重になっている。」と結んでいる。

3番目から、11日の春闘についての大企業の集中回答状況に関する12日付の記事が続く。
まず、朝日朝刊1面では、「トヨタ自動車や鉄鋼大手3社が基本給を底上げするベースアップ(ベア)をいずれも7年ぶりに見送るなど、前年実績を下回る回答が相次いだ。米中貿易摩擦の長期化に新型コロナウイルスの感染拡大が加わり、世界経済が見通せないことが響いた。」としている。
「トヨタ自動車は、賃上げ額のうちベアをゼロとする回答を出した。」「自動車大手ではマツダも7年ぶりのベアゼロ回答だった。」「2年に1度交渉する方式をとる鉄鋼業界も、日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所の大手3社が労組の求める月3千円のベアを見送ることで足並みをそろえた。」としている。

続く3面の記事は、回答状況を少し詳しく述べたもので、「大企業のベアと定期昇給を合わせた賃上げ率は前年まで6年連続で2%を上回ってきたが、「2%割れ」の可能性が出てきた。」としている。
長年、相場の先導役とされてきたトヨタ自動車については、「7年ぶりにベアゼロの回答を出した。河合満副社長は記者会見で「激しい競争や厳しい経営環境のなか、いかに雇用と処遇を守るかという観点で悩んだ結果だ」と説明した。新型コロナウイルスの感染拡大や中国市場の動向は回答に織り込んでいないとしている。」と報じている。「自動車業界では、マツダもベアゼロの回答。ホンダはベアが前年実績を下回る500円の回答だった。三菱自動車、スズキもベアやベア相当額が前年実績を割り込んだ。」としている。
また、「産別組織・電機連合が回答のばらつきを容認した電機業界も振るわない。経団連会長を出す日立製作所が前年実績を上回るベア1500円を回答したものの、1千円の回答が多かった。」とし、「東芝は前年実績と同じ1千円に加え、福利厚生施設で使えるポイントを月300円相当つけた。パナソニックとNECは、1千円の内訳に企業型の確定拠出年金(DC)の掛け金増額分や福利厚生ポイントを含めており、純粋なベア額はこれを下回る。」そうである。
一方、組合側の反応については、電機や自動車など製造業大手の労組でつくる金属労協の高倉明議長が「国内外の経済が日に日に悪化する中、交渉は最後までもつれた」と語ったことに触れ、「米中貿易摩擦で業績が悪化した企業が多いうえ、英国の欧州連合(EU)離脱に加え、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が追い打ちとなり、世界経済の先行きは急速に不透明感を増している。経営側は将来にわたって人件費を膨らませるベアに消極的になった。」としている。また、「金属労協傘下の56組合のうち、賃上げを獲得したのは38組合にとどまり、前年と比較可能な組合の平均引き上げ額は前年実績を101円下回った。一時金を獲得した26組合のうち18組合が前年実績を下回った。」としている。
この状況に対し、日本総合研究所の山田久・主席研究員は「『ゼロ回答』の続出も心配したが、各社の回答をみると踏ん張ったところもある。賃上げの流れはかろうじて維持されている印象だ」と語ったそうである。
その上で、記事は今後の展望に移り、「交渉のヤマ場は非製造業や中小企業に移るが、新型コロナウイルスの影響がより大きく回答に反映される可能性がある。厚生労働省がまとめる大企業の平均賃上げ率は、前年実績が定期昇給を含めて2・18%。6年連続で2%台を維持していたが、今回は前年を下回りそうだ。」とし、「安倍政権は大規模な金融緩和による円安で企業業績を上向かせ、それを賃上げにつなげて消費を拡大させる「好循環」を掲げ、14年春闘から経済界に賃上げを求める「官製春闘」を主導した。だが、昨年から政権の賃上げ圧力が弱まるにつれ、経営側のベアへのこだわりも後退した。」としている。
そして、「一方で安倍政権のもとで賃金水準が低い非正規雇用者が増加。働き手の4割近くを非正規が占めた結果、正社員の賃金を上げても働き手全体の平均賃金は伸び悩み、19年の名目賃金は6年ぶりに前年を下回った。景気の腰折れ懸念が強まるなか、政権が描いた「好循環」はさらに遠のいた。」と結んでいる。

続く8面の記事では、「トヨタ自動車の今春闘の労使交渉は、異例の展開が相次いだ。」とし、「回答日の朝までもつれたトヨタの労使交渉。ベースアップ(ベア)を含む賃上げを要求したトヨタ労組の西野勝義委員長は11日の記者会見で、最後までベアにこだわったと強調した。」としている。
まず、「トヨタ労組が2月に出した要求内容がそもそも異例だった。ベアの金額について、各社員の評価に応じてつける差を、より広げるという提案が盛り込まれた。横並びの一律的な賃上げを和らげる狙い。経営側に寄り添うものともいえた。」もので、「労使の対立色を薄める」ために「今春闘では交渉終盤の3月上旬、数千人の社員が気勢をあげる毎年恒例の大集会も中止」したとしているが、「それでも、労組が最もこだわった「ベア」の要求は通らなかった」としている。
一方、「ベアゼロの公表も異例」で、「2018年の春闘以来、経営側はベア額を非公表にしている。しかし、トヨタが自社で運営するウェブメディア「トヨタイムズ」は11日、「賃金制度改善(ベア)分は含めていない」と公表した。「ベアの有無は毎年公表している」(経営側)のが理由だった。」としている。これに対し、労組の西野委員長は「(中小企業などに)影響してしまうのでは」と懸念を示したが、公表自体は「隠せるものでもない」と容認した、としている。

一方、日経1面の方では、同じく集中回答の状況について、「トヨタ自動車は基本給を底上げするベースアップ(ベア)について13年以来、7年ぶりに見送ると回答した。日本製鉄など鉄鋼大手もベアゼロとするほか、電機大手でもベアの伸びは鈍い。グローバルでの競争激化に米中貿易戦争や新型コロナウイルスの問題も加わり、賃上げに慎重な企業が目立つ。」とじ、「経団連の中西宏明会長は同日、記者団に「経済情勢が不透明ななか(賃上げで)従業員に報おうという姿勢は全体として感じられた」と述べた」としている。

また、3面では、「右肩上がりの時代には社員の意欲を向上させる効果も大きかった一律ベアだが、その役割を終えつつある。グローバル化とデジタル化が急速に進む時代。日本企業に求められているのは実力本位の処遇で生産性を引き上げ、イノベーションを通じて賃金を上げる好循環だ。」としている。
トヨタ自動車は、「これからを考えれば、高い水準にある賃金を上げ続けることは、競争力を失うことになる」とし、「会社側はベアは出さないものの賃金内の定期昇給分について、社員個々人の評価に応じて差をつける割合の拡大を検討する。今の賃金制度の枠組みを維持しつつ、かつ時代に見合った優秀な人に報いるための苦肉の策が今回のベアゼロ回答だった。」としている。
そして、「ベアから距離を置く企業はトヨタにとどまらない。マツダもベア相当の賃上げを見送ると回答した。代わりに組合員1人当たり月1500円相当分の自己啓発や働き方改革などを目的とした特別の基金をつくる。パナソニックはベア以外に企業型の確定拠出年金の拠出額増をあわせることで「賃金」増とし、従業員に報いた。」としている。
また、「電機大手の中で最高のベア1500円と回答した日立製作所も問題意識は同じだ」とし、「日立労使が今春の協議で時間を割いたのは個々の社員の職務を明確にし、専門能力に応じて処遇する「ジョブ型」雇用の議論だ。同制度に見合った人材を内外から募るため、職務に必要な能力を細かに記載した「職務記述書」(ジョブディスクリプション)など新たな制度を4月に導入する。日立幹部は「近い将来、職種や職務によって報酬体系が異なり、一律ベアの意味は無くなる」と語った、としている。
背景には、「日本生産性本部のデータでは、日本の1人あたりの労働生産性は米国の6割。米調査会社ギャラップによると、日本の「熱意あふれる社員」の割合は6%にとどまり、139カ国中132位と最低ランクにある。」という状況がある。「14年以降、政府は「官製春闘」の形で企業に賃上げを促してきたが、生産性や競争力は今なお高まっていない。年功制を基本に一律で賃金を上げるやり方は、経済全体が右肩上がりで成長する時代には社員のやる気向上にもつながった。相次ぐベアゼロはこうした日本型雇用が転換点を迎えたことを示している。」と記事はしている。
一方、「急変する競争環境を見据え2020年の春季労使交渉で経営側がベアゼロなどの厳しい回答を出したことで、個人消費を冷やす懸念がある。14年から6年連続で2%を超えてきた賃上げ率は、今春は「2%台を割り込みそうだ」(日本総合研究所の山田久副理事長)との見方も出ている。」とし、「米中摩擦や消費増税の影響で減速した日本経済は、新型コロナウイルスの影響でさらに下振れする恐れがある。景気下支えには個人消費の活性化が欠かせないが、鈍い賃上げが妨げになりかねない。」としている。第一生命経済研究所の新家義貴主席エコノミストの「今後の景気次第では雇用への悪影響も考えられる」とのコメントも掲載されている。
「大手が軒並み賃上げに慎重となるなか、焦点になりそうなのが交渉が続いている中小企業だ」とし、機械・金属関連の中小メーカーを中心に構成するものづくり産業労働組合(JAM)の安河内賢弘会長の「今のところ中小の労組の賃上げは健闘している」「大手に比べ景気の影響が遅れて出る面もあり、先行きに不透明感はある」との話を掲載している。

以上を踏まえた2面の社説では、「なぜ賃金の上昇が低調で、経済を活性化できないでいるのか。政府、経営者、労働組合の3者それぞれが、原因と向き合い、賃上げを再起動する必要がある。」としている。
「米中貿易摩擦による企業収益の減速や新型コロナウイルス問題が、経営者を賃上げに慎重にさせたのはやむを得ない面があろう。」が、「環境変化に翻弄されず、賃金を伸ばしていける基盤づくりを企業は目指さなければならない。」というものである。
そして、「まず問題なのは日本企業が資金を持て余していること」とし、「経営者は自社の強みを生かす明確な成長戦略を描き、付加価値の高い事業の創造に向けて積極的に投資する必要がある。」としている。
一方、「人工知能(AI)関連や医療など成長分野で企業の事業機会を増やすため、政府は規制改革を強力に進めるべきだ。社会保険料の増加が賃上げを抑えている面もあり、社会保障改革も重要だ。」としている。
そして、「同じ業界でも企業の事業は違いが大きくなっており、労組が同じ時期に一斉に賃上げを要求して経営側に圧力をかける方式の効果には限界がある。生産性を高めて賃金を上げるという視点が要る。」とし、「デジタル化が進むなかで企業が成長するには成果重視の処遇制度が欠かせない。賃金制度改革に労組も積極的になるべきである。」と結んでいる。

上記の記事にあるように、日本での賃金交渉のシステムは、変革を迫られているようである。では、どのような形に向かっていくのであろうか。それを考察するたけには、諸外国の状況を調べることが有効であろう。
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/16578/031001090001.pdf
上記の『日本の賃金改革と労使関係』は、2014年に同志社大学社会学部の石田光男教授が書かれたものである。「図1 世界と日本の雇用労働改革」に「先進諸外国の賃金決定の仕組み」が示されているが、それによると、日本の賃金の国際的に見たときの特徴は、①企業レベルでの交渉が基軸という意味で著しく分権的、②個々人の働き方が評価されるのが当然という意味で著しく個別的、とされている。そして、図示されている英米・ドイツ・スウェーデンでは、1980 年代から2000 年代にかけて分権化と個別化が進んだが、日
本は首尾一貫してこれ以上分権化も個別化もあり得ない極北に位置、とされている。
https://www.jil.go.jp/institute/discussion/documents/dps_04_011.pdf
もう一つ、上記の論文『諸外国の集団的労働条件決定システム』は、大分古い2004年に独立行政法人労働政策研究・研修機構の池添弘邦研究員によって書かれたものである。取り上げているのは、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカの4か国であるが、 労働条件決定の主たるアクターが、独仏では産別組織、英米では事業所内労使と分析し、各国において、法は労使関係をその枠組みないしは手続きの面から規整しサポート、としている。その上で、比較検討から導出されうる私見として、日本における集団的労使関係法制の再考論点につき、団体交渉ルートの整理・統合の検討、協約・協定の有利原則の積極的肯定、労使協議制・従業員代表制の必要性の検討、を挙げている。なお、有利原則とは、「労働協約に定められた労働条件よりも有利な内容を定める個別の労働契約の効力を認めること」としている。
上記のうちでは、ドイツが少し参考になるかもしれない。「集団的労働条件は、産別交渉によって締結される労働協約により実現される。労働協約は、一般的に、賃金体系と格付けを決定する賃金基本協約、賃金額を定める賃金協約、それら以外の労働条件を定める一般協約で構成される。業種によっては全国協約もあるが、地域協約もある。他方、企業協約は少ない。」とし、「実際的にも法的にも、協約規制は最低労働条件としての意味を持つ。このことから、ドイツにおいては、労働協約の有利原則が肯定されている。」とのことである。
これらの比較から見ると、日本が直接的に参考にできる国は見当たらない。分権的・個別的という点で、日本は極端であり、最低労働条件という位置づけの協約もないので、正社員に比しての非正規の待遇格差が大きな問題となり得るわけである。ついでに言えば、年功序列を背景とする昇給分と生活改善分のべース・アップという区分はなく、後者は、職務給が採用されている欧米には存在しない概念である。
上記記事の最後にある「成果重視の処遇制度」であるが、各国との比較で考えると、日本の賃金システムの方が、個別性が高い。なればこそ、企業内組合主体の賃金交渉では、一律的な昇給のしばりをかけて、個々人での格差拡大を抑止しているのではないか。もし、その個々人での格差拡大を容認せざるを得ないのであれば、ドイツのように、産別組合主体での最低労働条件の設定に切り替える必要があるように思われる。一方で、そのように転換した場合、企業内組合の意義や役割は大きく低下し、経営側が享受してきた「労使協調」という名の馴れ合いも変化を迫られる。「成果重視の処遇制度」に突き進むなら、そこまでの覚悟が経営側にも必要になるであろう。

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