2020年3月13日金曜日

2020年3月13日 朝日朝刊15面 ●新入社員の皆さんへ 仕事にはまってみませんか

24歳で起業したサイバーエージェントの社長でAbemaTVの社長も務める藤田晋氏による「メディア私評」であるが、「世の若者たちは、働き方改革で労働時間を短くしようというかけ声の中で働き始めます。メディアの論調も労働時間の短縮を求めていて、誰も盾突けないような空気感があります。しかし、私は仕事を始める若い人たちに、あえて言いたいのです、「仕事にはまってみませんか」と。」というものである。
氏は、「今の新入社員は…すぐに活躍し始める人が多くなりました。これはインターネットのおかげで、業界や会社の情報が集めやすくなり、実際に働く前に詳しく知ることができるようになったからです。加えて、インターンシップや内定後のアルバイトで職場を体験する人が増えていることもあります。」としている。
続けて、「とはいえ、どんな会社でも仕事は実際に働いてみないと分からないし、身につきません。だからこそ、初めが肝心です。ここで集中して様々な経験を積めば、仕事の中で何が大事で、何が無駄かを見極めることができるようになります。こうなればしめたもの。効率を上げられるため、長々と働く必要がなくなります。家事や趣味など日々の暮らしでも同じことが言えると思います。」としている。
氏は、24歳でサイバーエージェントを起業した際に、「週100時間働くという目標」を立てたと言い「長く働くことがいいことだと考えていたのではありません。若くて経験が足りないので、働く量でカバーしたかったのです。同じ業界の競争相手が働いていない時間帯にもこちらは対応できるわけですから、スピード感で差をつけることができます。私が業界で生き残り、会社を大きくするにはこの方法しかないと考えたのです。」としている。
その上で、「だからといって、長時間働けと言っているわけではありません。サイバーエージェントはグループ全体で5千人が働いており、長時間労働を押しつける雰囲気はありません。中には、ハードに働きたいという人もいますが、残業しすぎないように抑えています。「助けて」と声を上げなくても、そんな状態にいる社員を見つけ出せるような仕組みも作っています。」としている。
そして、「昨年、ある会社の新入社員が自殺に追い込まれ、メディアで大きく取り上げられました。5年前に広告会社の新入社員が過労自殺したときは、私の会社も広告を扱っているため、大変なショックを受けました。たびたび起きるこういった出来事を報じた記事をみると、「長時間労働、常態化」「問われる自殺防止策」と厳しい批判が続きます。生きるための糧を得る会社で過労死が起きれば、本末転倒です。どの会社でも起こり得ると考え、防ぐためにあらゆる手を尽くさなければならないと思っています。」と言いつつも、「単純に働く時間を減らすだけでは、必要な経験が積めません。だから、入社してすぐは、できる範囲で集中して仕事に取り組むことをおすすめしています。若くして仕事ができるようになれば、社内で目立つし、それ自体が競争力です。経営者の務めは、過労死を防ぐと同時に、新入社員が十分な経験を積めるようにすることではないでしょうか。」というのである。
さらに、「どんな仕事でも、できるようになったら好きになるのです。」とし、「新入社員は、これからどんな仕事にも挑戦でき、新しい経験をたくさん積むことができます。それは大きなチャンスです。働き始めこそ、失敗しても大目に見てもらえます。体を大事にして、周りの大人たちに遠慮せず、自分の道を歩んでください。」としている。

氏の主張に一理あると思う人は、日本には少なくないだろう。言及している新入社員の自殺についても、「自分の若い時は、もっと働いた」とか「我慢や気力が足りない」と批判する声は多かった。こうした人々が分かっていないのは、他ならぬ藤田氏が述べていることだが、昔に比べて、仕事の密度と責任が各段に重くなり、息つく暇もないという現実である。今の若い人たちの置かれている状況は、批判者が若かった時のようなチンタラしたものではないのである。
もう一つの重要な違いは、藤田氏が経営者であるということである。経営者であれば、様々な出来事に対処していかなければならない。ちょっとした事故でも発生すれば、全力で当たらないと命取りになりかねない。氏のように若くて起業したてなら、何でも対応しなければならないわけで、だから「週100時間働く」とか言い出すのである。緊急事態が発生すれば、不眠不休で対応しなければならないのだから、時間なんか関係ない。そうでなければ、自分の会社が潰れてしまうのである。居酒屋の経営者などでも、自分で自分の店に責任を持っている人は、また、農業などに携わる人でも、自己責任で対処しないといけない人は、いざと言う時には、時間など構ってはいられない。ホットな例で言えば、新型コロナ対策に明け暮れている医療従事者も、同じ状況にある。
けれども、新入社員のみならず社員は、経営者と同じ立場にはない。第一には、生活のために働いているのである。その違いを無視してハードに働くことを推奨するような事を言うのは、無責任極まる事ではないか。
それに、実際にやってみれば分かるが、密度の高い仕事を続ければ、1日8時間でもクタクタになる。そうならないのは、適当に手を抜いているからで、それなら1日10時間でも12時間でも働けるだろうが、それを密度の8時間の方が時間が少ない、とされたのでは、たまったものではない。そして、そんな手抜き上司が、くだらない会議なんかを、就業時間外にセットしたりするのである。「働き方改革」の本質は、そのようなくだらない時間の解消であろう。
一方、氏の「どんな仕事でも、できるようになったら好きになるのです」という言葉には、正しい面がある。ただし、「好き」で論じるのは、適切とは思えない。嫌々やる仕事では、何にも身につかない。だから、氏は「好き」という言葉を用いたのであろう。私は、氏の言葉の本質は、「一生懸命やったことだけが残って、自分を支える」ということなのだろうと思う。それは、私の座右の銘でもある。

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