2020年3月13日金曜日

<点検2020 春季交渉>
2020年3月13日 日経朝刊13面 (上)富士通、「横並び」増額崩す
2020年3月14日 日経朝刊11面 (中)トヨタ、脱ベアにシフト
2020年3月17日 日経朝刊16面 (下)鉄鋼労組、隔年交渉の呪縛 7年ぶりベアゼロ

「2020年の春季労使交渉は、日本企業の賃金の考え方が変わる節目となった。基本給の底上げに当たるベースアップ(ベア)の横並びが崩れただけではない。」という特集記事である。

上編は、「富士通は大卒初任給の上げ幅について、業界の慣習を破り、一律要求3000円を大きく上回る1万円超にする。デジタル人材の獲得は資金力のある外資系に劣り危機感を強めているためだ。ボーダーレスの競争が当たり前のデジタル時代は、伝統的な日本企業の賃金制度にも変革を突きつけている。」という書き出しである。
「富士通は3000円のベア要求に対し、1000円と回答。これは電機連合の「1000円以上」という統一獲得目標に沿ったものだが、大卒初任給…は議論をせずに各社横並びになるのが長年の慣例だ。富士通の経営陣は今回、3000円を要求した同社の組合に対し、大幅超の1万2500円と回答した。」とのことである。
背景として、「富士通は、ビジネス全体をデジタル技術で変えるデジタルトランスフォーメーション(DX)を成長領域として強化する」が、「データサイエンティストや人工知能(AI)技術者など実績のあるIT高度人材を中途採用で獲得するには、年収数千万円以上の高額報酬が必要になる。」し、「他産業を巻き込んだグローバルでの人材獲得競争にさらされ、豊富な資金を有するGAFAなど米IT大手に奪われることが多い。」としている。
そして、「こうした状況から富士通は中途採用の枠をこれまでの百数十人から300人規模に拡大させると同時に、新卒採用の質向上に取り組む。優秀な新社会人を大量採用し、社内教育で有能な技術者に育て上げる。一部はIT大手に奪われても大半は社内にとどまる上、「外部流出した人材が活躍してくれたら富士通の評価も上がる」(時田社長)からだ。」というのである。
ただ、「1万円超の初任給増額だけですべてがうまくいくわけではない。富士通と同じくDX事業を強化するコンサルティング大手、アクセンチュアのコンサル職の初任給と比べると開きがある。入社後の賃金上昇カーブも外資系と比べ日本企業は緩やかで、優秀な人材ほど能力と報酬の乖離(かいり)に不満を持ちやすい。」ということである。
一方、他社の動きとして、「NECは…新卒初任給の一律同額支給をやめ、役割に応じて報酬水準を変える仕組みを21年4月入社の新社会人から導入すると発表した。」とし、「同社は昨年、特定分野の研究者向けに、新卒でも年収1000万円以上を支払う制度を始めた。専門人材への報酬を手厚くする一方、「メリハリを付ける方が重要」(同社)として、大卒初任給の上げ幅は横並びに従い3000円で回答した。」としている。
また、「今回の労使交渉では電機各社の一律ベアが崩れた。トヨタ自動車やマツダ、日本製鉄など鉄鋼大手はベアを見送った。」ことについて、第一生命経済研究所の永浜利広・首席エコノミストは「労使交渉の脱・横並びは、新卒一括採用に代表される日本型雇用の転換点となる」と指摘しているそうである。
最後は、「各社各様の取り組みが形になった今回の交渉だが、人材獲得の施策は企業に負担増としてのしかかり、初任給の引き上げは中高年にしわ寄せがいく可能性がある。多様な人材を生かし国際競争力を得るには、稼ぐ力を磨くことが避けられない。」と結んでいる。

中編では、「トヨタ自動車は2020年の春季労使交渉で、基本給を底上げするベースアップ(ベア)を7年ぶりに見送った。新型コロナウイルスの感染拡大で先行きは不透明だが、業績や財務面の余力がある中でのベアゼロは波紋を呼ぶ。一律ベアに象徴される日本型雇用では、社員の能力とやる気を引き出せなくなっているという危機感がトヨタの決断の背景にある。」との書き出しである。
 豊田章男社長は「賃金を上げ続けることは競争力を失うことになる」とし、「トヨタの競争力が低下すればリストラを迫られる可能性があるという危機意識を訴えた。」そうであるが、「ベア制度そのものを廃止する布石と受け止められている」とのことである。
しかし、「好調トヨタの突然のベアゼロ宣言が与えた影響は大きい。連合の神津里季生会長は13日の会見で「マイナス心理をまき散らすのはこの局面ではあってはならないことだ」と指摘した。」とのことであり、「交渉を預かるものとして本当に申し訳ない」。6万9千人の組合員を束ねる労組の西野勝義執行委員長は11日、会社側からのベアゼロの提示を受け、愛知県豊田市の組合会館で苦悶(くもん)の表情を浮かべた。」という。
そして、「経営側のベア廃止の意向を察知していた労組は、今年の春季交渉で、組合員の成果に応じてベアを傾斜配分する制度の導入を会社側に提案するという奇策に出た。それでも豊田社長の決断を止められなかった。」としている。
 一方、「米PR会社のエデルマンが19年に実施した調査では、「自分が働いている会社を信頼している」と答えた日本の従業員の比率は64%だった。調査対象の28カ国・地域での平均は76%で、日本は韓国やロシアに次ぎ、所属企業への信頼が低い。」としている。
そして、「トヨタの従業員の平均給与は…日本の製造業ではトップクラスだ。しかし、成果の有無にかかわらず、全体の賃金が緩やかに上がる従来型ではやる気は引き出せない。総合職での中途採用を中長期的に5割まで高めると掲げ、新卒一括採用からのシフトも進む。成果報酬型の賃金体系への移行が欠かせない。」としている。
一方、「経営側はベアゼロを通告する一方で、「組合員の頑張りに答える」(豊田社長)と一時金では年6.5カ月分の満額回答を出した。総合職の組合員は「ベアなしはやむを得ない。新型コロナの悪影響が出てくるのは必至で、賞与の満額のほうがむしろありがたい」と語る。」とのことである。
以上から記事は、「春季労使交渉のリード役だったトヨタ自動車がベースアップから距離を置くことは、日本型の賃金や雇用の制度が大きな転換点を迎えていることを象徴する。一律のベアや定期昇給を核にした年功序列型の賃金体系から、職務内容を明確にして専門的な能力に応じて処遇する「ジョブ型雇用」への移行が進みそうだ。」としている。
そして、「トヨタだけでなく、日本の大企業は一律に給料が上がる従来型の雇用から、社員の実績や職務内容に応じて報いる成果主義型への移行を進めている。経団連が今年1月に発表した調査では、3割強の企業が雇用の柔軟化・多様化を図ると回答した。」とし、「経団連は今年、春季交渉の方針にジョブ型雇用の拡大を掲げた。グローバル化が進むなかで、トップクラスのIT(情報技術)人材などの獲得競争が激化していることが背景にある。中途採用ではジョブ型の処遇を重視する企業が既に6割以上になっているが、今後は新卒にも広がりそうだ。」としている。
最後は、「ジョブ型には「社員の意欲を引き出し生産性を向上させる効果が期待できる」(デロイトトーマツグループの古沢哲也パートナー)。一方で、「日本の強みは普通の人々の規律の高さにあり、成果主義もベアも両方必要だ」(日本総合研究所の山田久副理事長)との指摘もある。新たな日本型の雇用モデルの模索が続く。」と結んでいる。

最後の下編では、「日本製鉄など鉄鋼大手は基本給を底上げするベースアップ(ベア)を7年ぶりに見送った。賃金を2年ごとに話し合う取り決め「隔年交渉」により、2020年度と21年度がベアゼロとなった。一部の労働組合は、21年度だけ再協議したいと申し入れたが、結局取り決めに縛られ実現しなかった。20年以上続く仕組みがこのままでいいのかどうか、労使双方に課題を残した。」という書き出しである。
続けて、「鉄鋼大手の労組は統一交渉を始める際、2年分を取り決めるルールにのっとり、ベアを3000円ずつ求めた。これに対し、会社側は当初から2年ともゼロ回答だと強硬な姿勢だった。」のに対し、一部の労組は「21年度については再協議することにしてほしい」としたが、「会社側の答えはノー。重要なのはその理由だった。「もともと2年ルールとして要求してきたのは労組側だ」」としている。「隔年交渉は労使の合意のもと、1998年に始まった。双方にとって負担となる毎年の賃金交渉を2年に1度と改め、賃金を交渉しない年に様々な労働条件を話し合う点が先進的とされた。」とのことである。
これについては、「会社側には隔年交渉を見直すべきだとの考えがある。世界経済のリスクが増し業績が短期で変化しやすいことに加え、人手不足も要因だ。…基本給を1回決めたら、2年は原則として変えないやり方は、人材確保にマイナスに働く。」とする一方、「労組側にとっても、こうした人材確保の重要性は同じ。過去の合理化で現場の人員が減る一方、団塊世代の大量退職に伴って技能伝承も難しくなっている。」ということで、三菱総合研究所政策・経済研究センターの森重彰浩氏の「旧来の仕組みを固定化するとイノベーションを阻害しかねない」とのコメントにつながるわけである。
また記事は、「鉄鋼業界に限らず、春季労使交渉で積み残された課題は多い。約2100万人と労働者の4割まで増えた非正規社員を特に製造業の労組が取り込めず、正社員中心の要求を掲げがちなこともそのひとつ。会社側も、女性や外国人など多様な働き手の意欲を高める取り組みが十分とはいえない。」としている。
最後に、「昭和女子大学の八代尚宏特命教授は、成長を前提につくられてきた春季交渉の仕組みについて「制度疲労となっている面がある」と話す。実力に応じた賃金体系に作り直すなど「仕組みを大胆に変えないと国際競争力を失う」と指摘している。」ということで結んでいる。

この記事の冒頭にあるように、今春闘が「日本企業の賃金の考え方が変わる節目となった」のかどうかは、まだ分からない。今回は、新型コロナ・ウイルスの影響が甚大で、企業としても当面の対応に手一杯であるはずであり、将来像を組合側とじっくり協議する余裕はなかったと思われるからである。
確かに、上編の富士通や、中編のトヨタなどに、新しい動きは見られる。しかし、今春闘の企業側回答が厳しいものとなり、組合側がやむなく受け入れたのも、コロナ・ショックの影響があったればこそ、であろう。
そこで、コロナ・ショックを除く面を抽出してみよう。一つは、富士通による大卒初任給の大幅引き上げである。コロナ・ショックは、日本の新卒一括採用に冷水を浴びせ、就活は激変し、リーマン・ショックを契機としたような就職氷河期が、またしても訪れるのではないかと危惧されている。しかし、そのような状況の中で、初任給を大幅に引き上げるというのである。これは、何を意味しているのであろうか。まず考えられるのは、採用者の厳選であるが、富士通は、「優秀な新社会人を大量採用し、社内教育で有能な技術者に育て上げる」という。だが、断言するが、この戦略はうまくいかない。それがうまくいくのなら、すでに社内に有能な技術者が沢山いるはずである。そうなっていないから、「中途採用の枠をこれまでの百数十人から300人規模に拡大」するのであろう。横並びの水準から見れば高く見えるかもしれないが、上がった水準で見ても初任給は、たかがしれている。有能な技術者は、若い時から頭角を現してくる。その人達が求めるのは、報酬もさることながら、自由と裁量であろう。それを認識せず、「社内教育」などと言っているのでは、話にならない。
中編のトヨタの方は、豊田社長に強い危機感が窺われる。「一律はフェアではない」との社長の考え方に対し、労組は「組合員の成果に応じてベアを傾斜配分する制度の導入を会社側に提案するという奇策」と打って出たが、ベア・ゼロで頓挫したわけである。仮に、コロナ・ショックがなかったら組合の「奇策」が成功したかというと、それにも疑わしい面がある。社長が考えているのは、給与体系全般の話であり、底上げのベア分程度ではないと思われるからである。記事では、年功序列型の賃金体系から、職務内容を明確にして専門的な能力に応じて処遇する「ジョブ型雇用」への移行が進みそうだ、としているが、製造工場を抱えるトヨタにとっては、その途は選びやすいとは思うが、オール・トヨタの気風は失われかねない。今後、トヨタが、社内の体制変更と社外との連携強化とを、どのように進めていくのかは、注目に値する。
最後の下編での鉄鋼大手での春闘は、2年ごとと日本の他の業界とは異なっているが、海外では3年ごとの賃金改定協定なども業界によって行われている。記事では、非正規労働者への対応も十分ではないとしているが、「実力に応じた賃金体系」を目指せば、雇用形態ごとの格差はなくなるが、個人間の格差は拡大するだろう。だから悪いというのではなく、そうした格差拡大も織り込んで検討を進める必要があると思うのだが、それには、企業内での対応には限度があり、政府によるセーフティ・ネットも再編成も必要になるだろう。
ともあれ、日本的雇用が、大きな転換的を迎えていることは、間違いない。

0 件のコメント:

コメントを投稿