2020年3月2日月曜日

2020年3月2日 朝日朝刊27面 ●就活解禁、でも会えない 感染対策、ウェブ説明会は盛況 新型肺炎

「大学を来春卒業する3年生らを対象にした就職・採用活動の説明会が1日、解禁された。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、対面式のリアルな説明会が相次いで中止される一方、ウェブ上の説明会は盛況だった。異例のスタートを、企業と就活生はどう受け止めているのか。」という記事である。
「就職情報会社のマイナビがこの日、ウェブ上で開いた合同企業説明会には昨年より9割ほど多い256社が参加。視聴を予約した就活生の数は、2・5倍の約6万5千人にのぼった。」とのことである。
この状況に対し、三井住友海上は「自社に興味がなかった就活生との新たな接点が減ることを懸念。「ウェブを通じて出会えればいいが」と話した。」とし、早稲田大学3年の男子学生は「リアルな場でしか分からないこともあり、説明会やインターンがなくなったのはショック。ウェブでの面接や説明会が増えていくと思うが、対策をしないといけない」とコメントしているそうである。また、大学側の「4月後半からは面接も始まるので、感染拡大が続くと心配だ」「インターンシップの時期まで長引いてしまうと、次の学年にも影響が出かねない」との声も紹介されている。

確かに、異例の事態になっているが、新型コロナへの対応では、企業活動にも大きな影響が出てきており、正直、新卒採用どころではないのではないかと思われる。そもそも、新卒採用活動の早期化は、好況による人手不足を背景としたものであるが、新型コロナは経済を直撃しており、リーマン・ショックになぞらえる向きも増えている。売り手市場とされてきた就活の状況を一変させ、一気に、就職氷河期に転落する可能性すらある。
そもそも、3月にまで前倒しされてきた説明会やインターンは、就活前哨戦であり、1日インターンなどは、企業紹介を主目的とする学生との早期接触目的以外の何物でもない。採用数を絞るのであれば、実施する意味も乏しい。
様変わりの状況だが、地方の学生にとっては、悪いことばかりではない。濃厚接触を避けるためのウェブの利用は、遠隔地であることの不利を軽減させる。また、大学にとっても、就活が講義にもたらす悪影響を軽減できる可能性がある。もっとも、新型コロナが4月以降の講義に影響を及ぼす可能性もあるので、何とも言えないが。
では、学生は、どのような対応をしていけばよいのであろうか。考えた方がよいのは、ウェブ技術の習得・利用である。会社からの説明会だけでなく、自身の情報を発信する機会が非常に重要になることは間違いない。企業の中には、「エントリームービー」を要求しているところもある。「自己PR動画」の利用は、海外では一般的になってきており、今後は日本でも大いに活用されていくだろうし、現在の状況が、それを促進することは間違いない。
「エントリームービー」は、企業が要求するものであるが、「自己PR動画」は、自分から発信していくものである点に違いがある。前者は受動的であるが、後者は能動的である上に、IT知識があって活用もできることをアピールできるという利点がある。
「自己PR動画」の作成には、youtubeの利用が便利であろう。ネットで検索すれば、いろいろな作成方法が見つかる。iPoneからの作成・アップも可能のようである。
 http://iphone.f-tools.net/QandA/Move-YouTube-upload.html
iPoneの自撮りで作成した「自己PR動画」のURLを、エントリーシートに記載したり、企業へのアピールとして送信したりすれば、就活に大いに役立つであろう。画像も含め、自分の情報を提供する際には当然注意が必要であるが、少なくとも、この「自己PR動画」の作成方法を確認し、非公開のyoutube等で準備しておくことは、今の時期を有効に活用することになるのではないか。
(迫真)手数料ゼロの奔流
2020年3月2日 日経朝刊2面 (1)ついに野村も動いた
2020年3月3日 日経朝刊2面 (2)カジノ化への反省
2020年3月4日 日経朝刊2面 (3)「投資の助言役」先行く米国
2020年3月5日 日経朝刊2面 (4)顧客と向き合う契機に

「手数料の「ゼロ化」は長期投資時代へのシフトのきっかけになるのか。関係者の動きを追う。」という特集の連続連載記事である。
(1)では、野村が新たに打ち出した「ネットでの販売なら無料で管理・運用をするというものだ。販売時にも手数料をとらない。2030年末までの期間限定で、積み立て型の少額投資非課税制度(つみたてNISA)専用とはいえ、常識を覆す料金設定だ。」という投信に対する波紋を取り上げている。
「野村は、積み立てと運用の成功で資産が膨らんだ10年後から報酬をもらえばよいと考えている。まずは多くの個人に投資してもらい、裾野を広げる狙いがある。」のだが、「最大手として富裕層の顧客を多く抱える野村は、金融商品の小口での販売や値下げ競争には消極的とみられてきた。執行役員の鈴木伸雄は「これからは資産形成層を応援する」と話す。信託報酬ゼロの投信はその第1弾。」ということで、「ついに野村も動き始めた」と運用業界がざわめいている、というわけである。
背景には、「金融商品の手数料無料化は、ここ3カ月で急激に進んでいる。個別株や投信など、金融商品の販売手数料で稼いできた証券会社でも「ゼロ化」へ競争が激しい。」という事態がある。「ベストプライス宣言」を打ち出したauカブコム証券が「流れを決定づけ、主要なネット証券では投信や信用取引の売買手数料はほぼゼロになった。」のである。
ただ、「信用取引では投資家にお金を貸して得られる金利がある。投信は信託報酬で稼げる。現物株は売買手数料をゼロにすると他の収益はない。」のだが、「それでもゼロ化の流れに逆らえないのは、顧客にどんな付加価値を与えてお金をもらっているのか、根本の見直しが始まっているからだ。」という。すなわち、「株や投信の販売では顧客に「売買の取り次ぎ」や運用の「助言」、リポートなど「投資情報」などの付加価値を与えている。ところが、日本では売買手数料に他のサービスの対価も集約され、助言や投資情報の価値は区別して考えられてこなかった。」のであるが、「投資情報もあふれている。対価を払ってもらえるのは助言しかないのではないか」(ある国内証券幹部)という状況になっているわけである。

続く(2)では、「インターネット証券会社は安い手数料を武器に個人投資家の売買の9割弱を手がけるまでになった。そのけん引役の一人であるマネックスグループ社長の松本大は1月、自ら創業したマネックス証券の代表権を返上した。」という書き出しである。「顧客に取引の助言をする投資顧問会社を新設、そのトップとして短期売買の仲介から脱する決意の表れだ。」という。
その背景には、「松本らネット証券の雄には、値下げ競争に血道を上げた結果、株式市場が「カジノ化」してしまったとの反省がある。個人の売買代金の8割を占めるのは、月に100回以上売買する「スーパーデイトレーダー」だ。値動きが荒い材料株に群がるため「いなご」とも呼ばれる。」という状況になっていることがある。
「楽天証券はネット一本足からの脱却を進める。社長の楠雄治は「日本の対面サービスを変えていこう」と独立系金融アドバイザー(IFA)100社超と提携した。IFAは証券会社に属さず、顧客の資産作りを助ける。楽天証券は顧客の預かり資産が増えれば、IFAへの報酬を増やし、新たな顧客作りに挑む。」という動きも出てきている。
そして、「投資家の世代交代もネット証券に変身を迫る。」とし、「野村アセットマネジメントなどが高齢の投資家約2000人を対象に実施した調査では、今後の投資について45%が「撤退または縮小」と答えた。」「売買代金の約4割を70代が占めるようになった。」という状況の中、「20~50代の資産形成層の取り込みを急ぐ。値下げ競争がゼロの領域に迫る中、生き残り競争は始まっている。」と記事は結んでいる。

次の(3)では、証券会社や運用会社に属さない独立系アドバイザー「RIA(公認投資助言者)」が米国の資産運用業界の中核になりつつある、ことを取り上げている。「日本でも増えてきたIFA(独立系金融アドバイザー)の一つだが、日本のほとんどのIFAと違って売買手数料は取らず、預かり資産残高の1%程度を報酬として受け取る。金融危機以降、手数料狙いの営業が批判され、RIAへの転職が盛んになった。18年までの9年間でRIAの社数は2割増えた。」という。
「証券・運用会社もRIAを支える側に回ってきた。」ということで、「RIAは運用に集中し、訴訟リスクも分散できる。預かり資産の大きい優秀なRIAは争奪戦だ。」ということになっており、「残高に応じた報酬は顧客の資産が増えると高まる。証券会社は支援で分け前をもらう。顧客とRIA、証券会社の3者がウィンウィンの関係を築く体制が米国で広がる。」という状況になっているそうである。

最後の(4)では、営業改革で、「証券会社は顧客に値上がりした資産の売却を促し、別の商品を買わせることで手数料を稼いでいた。」という状況からの脱却を目指す日本国内での動きが紹介されている。「顧客にかける時間を増やし、保険やローン、不動産など証券投資以外に商機を広げていく。」という動きもあり、「証券会社を飛び出し、「顧客との接点」に特化するIFAも数多く生まれる。共通するのは「自分なりに顧客本位を追求したい」という思いだ。」という状況になっているそうである。
この特集は、「人生100年時代を迎え、資産運用は重要さを増す。手数料ゼロはその担い手を育てる契機になる。」という記述で、締めくくられている。

衝撃をもたらしている野村証券の動きについては、すでに下記で論評している。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/2020223NA01.html
この特集記事は、「貯蓄から投資へ」と言いながら、顧客を利益を無視して売買手数料稼ぎを主体としてきた国内証券会社の実像が、あぶり出されている。それが、「米国で数十年かけた変化が、日本で始まろうとしている。」ということで、大きな変化が出てきているわけである。
もっとも、記事にあるように、日本のほとんどのIFAは売買手数料(の一部)を受け取っているようであり、独立した金融アドバイザーというには程遠い状況にある。これは、保険商品などの購入アドバイスでも同じであり、多くの会社の商品を紹介すると言いながら、販売手数料の多い商品に誘導するような「アドバイザー」も少なくないものと見られる。
その背景としては、売り手側の問題も大きいが、買い手側の消費者や投資家の意識の問題も大きい。日本では、「サービスは無料」という感覚が国民に根付いており、製品のように形のあるものには対価を払うが、目に見えない助言などに対しては、弁護士や医者などが提供するものを除き、無料の方がいい、無料であって当たり前、と意識が行き渡っていると思われるからである。これは、チップなど、サービスに対する対価の違いが一般的である米国などとの風土の違いと思われる。
しかしながら、専門家や専門サービスが台頭してきている現代においては、このことは、大きなハンディになる。良質なものには高い対価を払う、ということでないと、一流、超一流の人材は育たないからである。日本から、一流の学者やスポーツ選手が海外に出ていくことの背景にも、このことがある。しかも、失われた20年とも言われる状況の中で、日本国内で得られる報酬の相対水準は、米国などと比べて低く、半分程度に過ぎないという業種も見受けられるようである。
日本の教育や社会は、個人の特異な才能をのばすのではなく、集団の力で発展してきた、と考えている人は、今でも多いであろう。しかし、例えば、いま学校教育で力を入れているプログラミングの能力は、百人・千人力の人もいれば、半人前の人もいるというような能力差がある。このことを最近の例で知らしめたのが、香港の天才プログラマー大臣であり、新型コロナでの対応に、日本のマスコミも注目しており、ネットでも礼賛の声が相次いでいる。
https://matomedane.jp/page/48064
上記でも引用しているWikipediaの記述によると、このデジタル担当政務委員(大臣に相当)のオードリー・タン氏は、「台湾のコンピューター界における偉大な10人の中の1人」とも言われているプログラマーであり、「トランスジェンダーの人物が閣僚に任命された世界で最初の事例」だそうである。翻って日本の状況を鑑みれば、彼我の差が、いかに大きいかが分かる。
いつの世でも、未来を切り拓くのは、若者である。その若者を大事にするどころか、子供の虐待死すら続いており、そうした事件の中で「大人」の身勝手さや責任逃れが、次々に明らかになっている。そんな日本に、明るい未来はあるのか。この「手数料ゼロの奔流」は、そのことを問いかける社会現象の一つに過ぎないのではないか。
2020年3月2日 日経朝刊7面 (FINANCIAL TIMES) 急進左派の増税案の矛盾

2月27日付のFINANCIAL TIMESのUSポリティカル・コメンテーターのジャナン・ガネシュ氏の記事を訳したものである。
「米国の民主主義の舞台は首都ワシントンや各州都の議事堂ばかりではない。」として、「民主党の党員集会が開かれたネバダ州ラスベガスの高級ホテル」での集会に言及し、「サンダース上院議員が党の大統領候補になればと願うホテルの清掃員らも制服姿のまま駆けつけた。サンダース氏は低賃金で働く彼らの境遇を間違いなく改善したがっている。原則に固執し妥協したがらない左派もいるが、同氏は所得の再分配につながる政策ならほぼ何でも実現させようとしている。国民皆保険や法定休暇など先進国では当たり前の制度だ。そのためサンダース氏はライバルのウォーレン上院議員もそうだが、米国を「欧州化」しようとしていると思われがちだ。」であるが、「この考え方はあながち誤りとはいえないだけに、どこに無理があるか指摘しておかねばならない。」というのである。
「米国の左派が目指すのは巨万の富を持つ人からの課税収入を、多くの国民が恩恵を受ける制度の財源に充てる社会民主主義なのだろう。」が、「大統領選が近づく中、こうした提案にケチはつけられない。政治家は現実的でなくてはならないからだ。」としている。
「だが一握りの富裕層頼みの構想は、広く厚く課税する欧州の制度とは別物だ。税収が国内総生産(GDP)の45%相当額に上るデンマークでは、超富裕層にだけ高率の税金を課しているのではなく、中間層などもそれなりに税負担をしている。租税負担率が46%のフランスや38%のドイツも同様だ。」であるのに対し、「米国は24%にとどまる。…民主党左派は確実にお金を持っている上位1%の富裕層に狙いを定めている。」という。
その上で、「仮にこの層への課税で政策財源を確保したとしても、原則の問題がある。超富裕層のみを対象とすることで、民主党左派は福祉国家とはそのコストを払う人がいなければあえて実現させる価値がないものだと言っているに等しい。…民主党は北欧的な普遍主義や連帯というより、超富裕層が倫理的な義務を果たすことを求めているといえる。」というのである。
そして、「サンダース氏は課税対象を広げ、国民が支え合うことが愛国心だと主張したがっているようにも見える。ところがそれではトランプ大統領の思うつぼだ。中間層の有権者はたとえトランプ氏が嫌いでも、増税の可能性を察知すれば11月の大統領選挙でサンダース氏に投票することに及び腰になる。民主党もそこはよくわかっている。だからこそ米国では、過去数十年で最も左傾化している民主党候補でさえ、掲げる政策がそれほど社会的でも民主的でもなく、ラスベガスにある仏エッフェル塔のレプリカのように疑似欧州的でしかないのだ。」と結んでいる。

「増税案の矛盾」とあるが、それは、福祉国家のコストについて、「北欧的な普遍主義や連帯」によるのではなく、「超富裕層が倫理的な義務を果たす」ことに頼っている民主党左派の問題点を指摘しているのである。鋭い論点であり、「課税対象を広げ、国民が支え合うことが愛国心」と主張したがっているように思えるサンダース氏は、「中間層の有権者はたとえトランプ氏が嫌いでも、増税の可能性を察知すれば11月の大統領選挙でサンダース氏に投票することに及び腰になる。」というのである。
ガネシュ氏の福祉国家に対するスタンスは不明であるが。コメンテーターという立場なら、それを示す必要はないのであろう。記述されているように、増税への懸念が、民主党の予備選で、中道穏健派とされるバイデン候補がサンダース候補の対抗馬として復活した理由なのであろう。一方で、スーパー・チューズデーから参戦したブルンバーグ氏の支持が広がらなかったのは、大富豪に対する反感が、民主党内には根強いことを示すものでもあったであろう。これは、前回の大統領選で、金持ちに成り上がったことをひけらかすようなイメージのあるヒラリー・クリントン候補の弱点でもあった。
しかし、では、米大統領選の行方は、どうなるのであろうか。バイデン候補が前回のヒラリー・クリントン候補と少し異なるように思えるのは、黒人有権者の支持も得ているように思える点である。サンダース候補は、若者の熱狂的な支持を得ているとされるが、その中心は白人なのだろうと思われる。大学の高額な授業料や学生ローン返済の免除という主張は、高学歴層には受けているが、教育格差で大学進学など夢物語の黒人層にはアピールできるものではないだろう。
となると、バイデン氏が民主党の有力候補ということになりそうだが、果して、トランプ大統領に勝てるのかどうか、そこが焦点である。この点で、トランプ大統領の先を見る力は秀逸で、予備選前から、ウクライナ疑惑や女性問題で、バイデン氏を揺さぶってきた。バイデン氏が、スーパー・チューズデー前に撤退寸前の状況に追い込まれたのは、その揺さぶりのせいでもあろう。
もしも、バイデン氏が民主党候補となった場合、トランプ大統領に勝つためには、何をすればいいのだろうか。高齢であることやウクライナ疑惑・女性問題は、致命傷にはならないであろう。この点では、トランプ大統領と同じ穴のむじなだからである。重要なのは、サンダース候補を支持している若者たちとの対話であろう。彼らがそっぽを向けば、秋の大統領選でトランプ大統領の再選を阻止することは困難であろう。若者たちを苦しめている大学の高額な授業料や学生ローン返済は、社会問題となっているのであるから、それに対する対応が必要である。そのための財源捻出には知恵を絞る必要があるが、例えば、富裕層を想定した基金を作り、寄付金控除のような形で拠出を促すといったようなことも考えられよう。この点では、サンダース候補の動向がカギになるが、自身が民主党候補にならなかった場合には、「史上最悪の大統領」を倒すためにバイデン氏と連携すべきであろう。
一方、サンダース氏が民主党候補になった場合には、節を曲げない方がよい。「課税対象を広げ、国民が支え合うことが愛国心」という主張を、これまで堂々と掲げた大統領候補はいないと思う。その主張が、米国民に、どのように響くのか、それを問いかけることには非常に大きな意味がある。たとえ、トランプ大統領に敗北したとしても、それは「偉大な敗北」になるであろうし、今回は高齢者ばかりとなった大統領選だが、将来の若者による挑戦の礎にもなるであろう。
なお、以上の点の関連では、先に書いた次のブログも参照されたい。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/20200205NA07.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/2020213NA03.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/20200209AA01.html

また、焦点である税制については、次に国際比較がある。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j01.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j02.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j03.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j04.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j05.htm
税制は、国の状況を浮き彫りにする。例えば、米国は相続税がかからず、格差は拡大する状況になっている。これは、共和党・民主党を問わずに、政府が行ってきたことの結果である。だからこそ、「国民皆保険や法定休暇など先進国では当たり前の制度」を主張するサンダース氏が、「急進左派」に位置づけられるわけである。
一方、日本の「国民負担率(対国民所得比)」は米国に次いで低い。それでも、欧州にならった制度を維持していけるのは、借金で賄っているからで、それが将来世代の負担となる状況になっているわけである。言ってみれば、米国では世代内の格差、日本では世代間の格差で、現状の制度を維持しているわけである。米大統領選や米国の行方も気がかりではあるが、日本には日本なりの気がかりな点があるわけである。

2020年3月1日日曜日

2020年3月1日 日経朝刊2面 ●(社説)新卒一括採用の見直しは時代の要請だ

「新型コロナウイルスの感染拡大の影響が大学生の就職活動にも及んできた。2021年春の卒業予定者向けに企業や就職情報会社が計画していた3月の採用説明会が相次ぎ中止になっている。就活があおりを受けるのは、特定の時期に集中的に選考する「新卒一括」採用の慣行のせいでもある。」とする社説である。
「この採用方式には学生の能力の見極めが甘くなる欠点もある。」とし、「企業はネット活用で情報提供するなど学生の就活にできるだけ支障が出ないようにしてほしい。併せてこの機に求めたいのが、新卒一括採用の抜本的な見直しだ。」とする。
「日本企業に定着しているこの慣行の基盤には、潜在的な能力を持った若者を時間をかけて育てるという考え方がある。一括方式は採用コストを抑えて大勢の学生を効率的に確保する手段だ。」が、「能力重視の採用を徹底するなら一括方式はそぐわない。」とする。
「方向性の一つは、職務を明確にし、求められる技能や知識のレベルも示す「ジョブ型採用」だ。」とし、「新卒一括採用で企業が伸びていたときとは経営環境が様変わりした。その認識があるなら、採用改革にちゅうちょはないはずだ。」と結んでいる。

この欧米での「ジョブ型雇用」の実体については、日経夕刊の連載記事の著者でもある海老原嗣生氏が、次のように子細に説明している。
https://next.rikunabi.com/journal/20180302_t21_iq/
要点は、日本型雇用では職務無限定なので大量の新卒一括採用も可能だが、欧米流の「ジョブ型」というポスト採用では、勤務の変更には本人の同意が必要であり、人事管理はかなり難しいということである。ところが、経団連も上記の社説も、このポスト採用の実体を知らないか、故意に無視しているきらいがある。「ジョブ型採用」で日本型のように自由に異動させれれば楽だが、そうは問屋が卸さないのである。
これでは、採用だけを変えても、うまく行くわけがない。過去にも、採用方式を変えようとした企業はあったが、結局、新卒一括採用類似に戻ってきている。人事管理全般を見直さずに、採用だけいじっても。円滑に機能するはずはないのである。同じ事は、「成果主義」についても言える。
そんな中、好不況の波のたびに採用数が大きく変動する新卒採用で、社内教育によって人材を育成することは至難になってきている。不況になって就職氷河期が到来すると、下働きをしてくれるはずの後輩が入ってこない。この状態が続くと、ずっと下っ端で下働きということになる。一方、好況になって入社した方は、教えを乞う先輩がいないことに悩まされることになる。すなわち、新卒一括採用による社内教育は、前後の社員が継続的に一定数入社することによって支えられているわけである。
新型コロナショックは、リーマンショックのように、新卒採用を直撃するであろう。今年春に入社予定の学生は、まさか内定取消とまではいかないだろう(過去には例もあり、社会問題化した)が、後輩が来なくて下働きの期間が長くなる可能性は十分ある。一方、来年春の入社に向けての就活は、厳しくなることは避けられないであろう。
今、学生が行うべきことは、就活をしながらも、できるだけ勉学にいそしむことであろう。できれば、対外的に通用する資格の勉強などもした方がよい。資格取得は、就職氷河期の学生も必死に取り組んだところである。就活が終われば学生生活をエンジョイし、後は卒業に必要な単位をそろえるだけというような生き方は、そもそも学生の本分にもとるものであり、またも押し寄せる就職厳寒期には、そんなお気楽な気分で対応できるものではない。会社に入ってからも同じだが、学生の間においても、「一生懸命にやった事だけが残って、貴方を支える」のである。
2020年3月1日 日経朝刊1面 賃下げ圧力 中高年に集中 経済活性化 スキル習得カギ
2020年3月1日 日経朝刊3面 (きょうのことば)年功型賃金 横並びに課題多く
2020年3月2日 日経朝刊14面 (私見卓見) AI人材が活躍できる組織を

1面の記事は、「日本の賃金は伸び悩みが続く。なかでも、大きなしわ寄せを受けているのが40~50代などの中高年層だ。年功型賃金(総合2面きょうのことば)の影響で賃金水準が高く、企業の総人件費抑制の主な対象となってきた。社員の高齢化で管理職に就けない人も増えた。若年労働力を確保するのが難しい中、スキル習得などによって中高年の生産性をいかに高めるかが経済活性化のカギになる。」というものである。
「年功賃金はすでに形を大きく変えている。」として、厚生労働省の賃金構造基本統計調査に言及している。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2018/dl/13.pdf
記事では、この調査の2000年と2018年のデータを比較しているそうである。その上で、「財務省の法人企業統計調査によると、国内の企業は00年度から18年度までの間に売上高を7%伸ばしたが、人件費は3%増にとどめた。総人件費抑制の照準が相対的に賃金が高い中高年層に向いてきたことは明らかだ。」としている。
その上で、「人手不足に伴う初任給の引き上げや人工知能(AI)などの技術を持つ人材に高い給与を出す制度の導入などで概して若者に有利な状況が続く。中高年層はモノづくりを主体とする産業構造から大きな付加価値を生むデジタル経済への転換のなかで、企業の人材戦略が追いついておらず、賃金にひずみをもたらしている。企業は若年層を奪い合うだけでなく、社内の中高年層に新たなスキル習得をどう促すかが重要になってくる。」としている。
そして、東大の川口大司教授の「年齢にかかわらず、専門性を生かす働き方や仕事内容に応じて賃金を支払う傾向は今後も広がっていくだろう」というコメントを引き、「中高年の潜在力を最大限に活用していくことが経済成長を促し、生産性向上と賃金改善という好循環をつくるための道筋となる。」と結んでいる。

3面の「年功型賃金」の用語解説では、「年齢や勤続年数が高まるにつれ、賃金が増えていく仕組みで、終身雇用とあわせて日本型雇用システムの柱となってきた。」とし、「同じ会社で長く働くほど賃金が上がるので、人材の定着に役立つうえ、長期的な視点で能力開発に取り組める利点がある。」が、「社員個人によるスキルアップや創意工夫の意欲が高まりにくい。転職を含む労働市場の流動化を阻害しているとの指摘もある。」としている。「ただ、年齢に関係なく賃金を支払うには個人の能力や会社への貢献を正確に測る必要があり、客観的な評価が課題となる。」という点も指摘している。

一方、14面の論説記事は、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングアソシエートパートナーの園田展人氏による寄稿で、「「AI(人工知能)関連の国際学会で、日本人の存在感がどんどん下がっている。投資よりも人材の不足が深刻だ」。大学院時代の恩師で、米マイクロソフトの研究所でAI研究を続ける東京大学の池内克史名誉教授に日本のAI投資についての見解を問い、指摘されたことを最近実感する。」という書き出である。
「AI人材を外部に求めるのは、本業を外注するに等しい。」ので、「大手企業が高額の年俸を提示し、AI人材の獲得に力を入れ始めたのは内製化につながる動きだ。しかし、報酬をつり上げるだけで優秀なAI人材の獲得を目指すのが最適解とは思えない。」としている。
そこで、「まず取り組むべきなのは、従来の組織を改め、AI人材を集約した専門組織の構築だ。「ここなら自分は活躍できる」と感じられる魅力的な場をつくることが獲得の第一歩になる。」としている。そして、「一般にAI人材は、活動が制限された組織を嫌う。企業はルールでがんじがらめに縛らず、自由度の高い環境を整えるべきだ。」とし、「カリスマ的な研究者が在籍する企業も、若く優秀なAI人材の目には魅力的に映る。結局、人が人を呼ぶ。こうした環境があれば、高額な報酬で引き付ける必要性は薄まる。」とし、「鍵を握るのは場であり、企業は場を整えるための投資を急ぐべきだ。」と結んでいる。

1面記事では、「新卒で就職し、同じ企業で働き続ける大卒男性の月次の所定内給与」を比較しているが、この区分には様々な要素があり、比較が困難な面がある。一般に「賃金カーブ」について用いられるのは、次のような図表(上記調査結果をベースに、独立行政法人労働政策研究・研修機構が作成したもの)であろう。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0405.html
問題は、年功賃金の下で中高年に到達した労働者が、自分自身の意識を改革し、個々人レベルで「新たなスキル習得」に向かうことができるのかどうかという点にある。そうした危惧を抱く現象の一つに、「60歳定年になった人が、再雇用で大幅に賃金が下がることについて、同じ仕事をしているのに、と不平をもらす」点がある。年功序列で貢献に見合わない賃金を受給していたという意識がないから、このような不平・不満が出て来るのであろう。企業を出て、外部労働市場の実態を知れば、その低下した水準でも恵まれている状況であることを知る場合が多いのではないか。いや、そのことは薄々にでも分かっているから、外に出て行かずに中で愚痴を言っているのではないか。加えて、自分がそのような非正規労働者になってみて初めて、正社員としての待遇との格差が身に染みることになる。
このような愚痴だらけの高齢社員は、経営者にとっても周囲の従業員にとっても、害悪にしかならない。この点は大きな問題となってきており、当ブログでも論評した次の記事でも取り上げられている。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200119AA07.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200126AA07.html
重要なのは、年齢や性別あるいは国籍を超えて、企業の収益に貢献できる労働者を求める動きは世界中に広がっており、そのための専門性を習得し磨いていく必要性が一段と高まっている、ということである。

14面の論説は、1面の記事とは関係が薄いように思われるかもしれないが、共通するのは、「専門性」ということである。論説では、「一般にAI人材は、活動が制限された組織を嫌う」と言うが、それは別にAI人材に限らない。人は、みな自由に生きたいと思っている。それがルールに従うようになるのは、企業という組織の中で生き抜くためである。とりわけ、日本の企業は、「協調性」を重視し、右に倣え的な行動統制を重んじる傾向が強い。しかも、この統制は、幼少時代から続いているもので、学校において問題となっている「イジメ」は、集団活動からの逸脱者に向けられ、「校則」にも、これを助長するきらいがある。
「時間でなく成果に応じた処遇」という謳い文句が、ウソっぽく感じられるのは、まさに、この日本企業の統制体質故である。もっとも、このような統制体質は、仕事の内容にも依存する。チャップリンの映画『モダン・タイムス』に描かれているような工場のベルトコンベアーによる流れ作業では、統制が不可欠である。現代の企業においても、職種によっては、そのような統制、文言としては「規律」が重視される職場は少なくないであろう。
となると、このような工場現場を抱えている企業にとっては、どのように対応すればいいのか。その一つの形が、「外様」として、特別扱いすることである。給与は高いが、企業共同体の一員としては扱われない。企業の取締役に名を連ねることはできても、トップを含めた経営幹部は、そんなよそ者ではなく、新卒入社から生き残ってきた「生え抜き」にする、というのが、おおかたの日本企業の体質であろう。このことは、創業者がらみの同族社長を除けば、ほとんどの大手企業の社長に当てはまるものであり、新卒入社からの長い選別の結果として、高齢者が多く、50歳台でも「若手」と言われる。
こうした体質は、企業だけではなく、日本社会の隅々にまで見られる。官僚にしても、そうである。政治の世界には、官僚などから転身した若手も見られるようになっているが、
当選回数を媒介とした年功序列型の登用の例も、枚挙に暇がない。
極めつけは、まさに論説のAIに関わる「桜田義孝サイバーセキュリティ担当大臣事件」である。辞任したこの大臣は、「自分でパソコンを打つということはありません」と言ってのけていた。日本社会では、まあ無理だよな、と苦笑したくらいで済ましい人も多いのではないかと思うが、海外からすると、驚愕する状況であったであろう。
論説に戻れば、「人が人を呼ぶ」ということがキーになる。自分を成長させてくれるから、その人についていくのである。しかし、このような一流の専門家は、独立心が高く、自身で食っていける自信とプライドを持っている。であれば、このような専門家を社内にキープし続けようとするのは、無理なのではないだろうか。加えて、人生100年と言われるような職業生活の長い時代である。
規律を要する定型的な仕事は、AIなどの技術によって省略化されており、それが、さらに加速する方向にある。一方で、専門家の育成を社内で行うことは不可能ではないが、一流の専門家については、外部調達の方がコストや期間の面で理にかなう状況になっており、そのことは、さらに加速しそうである。
このような専門家を統括する企業の経営者の役割は、あたかもオーケストラの指揮者のようなものではないか。そして、それもまた専門家の仕事である。私見では、このような状況の中では、企業経営は、必要な専門家を適時に集め、その折々に必要な機能を充足していく、いわばプロジェクトのようなものの集合体になるのではないか、と思う。そのような専門家を惹きつけるのは、記事にあるような「場」であるが、雇用とは限らない企業との関係が長期化する保障はないので「報酬」も、相対的には高いものが要求されることになるであろう。
少し、脱線気味だが、このような「専門性」重視の時代の到来に、協調性重視で会社生活を生き抜いてきた中高年社員が、どのように立ち向かうべきなのか。その答えは、おのずから明らかであろうし、今後、「妖精さん」の居場所は、なくなっていくだろう。

2020年2月29日土曜日

2020年2月29日 日経朝刊28面 定年後のお金、3分法で使う 日常の生活費 年金で賄って

経済コラムニストの大江英樹氏による解説で、「資産管理には「資産3分法」や「財産3分法」という考え方があります。リスク分散のため一つの資産に集中せず、異なる複数の資産で持つべきであるとの考え方です。運用では「株式・債券・不動産」に分けたり、不動産の代わりに金を入れるのも一般的です。」というものである。
その上で、定年シニアが実践したい3分法」として、ご自身の経験をベースに、「(1)年金収入(2)定年後の勤労収入(3)定年までに蓄えた資産や退職金――の3つに区分し、異なる使途に充てるというものです。」を紹介している。特に、年金収入については、「公的年金は定年退職後の日常の生活費に充て、支出すべてを公的年金で賄えるようにコントロールします。」としており、「行き当たりばったりだと老後の生活プランが大きく狂いかねません。」と警告している。

「金を入れるのも一般的」とは思えないが、財産3分法は、現役時代の考え方としても、貯蓄・株式・不動産の3つにリスク分散する方がよいとされている。このアドバイスは、収入源についての3分法ということになる。
しかし、私自身の状況を考えても、公的年金で日常の生活費のすべてを賄うのは、難しいのではないか。実際のところは、なるべくそのように心がけながらも、不足分を私的年金(企業年金や個人年金)あるいは勤労収入や資産の取り崩しで賄っているケースが多いのではないかと思われる。
しかし、このような対応のうち、私的年金による補完対応が、今後は難しくなってくるものと思われる。企業年金における主力であった確定給付型の企業年金制度が減少してきており、退職金を年金として受給できる選択肢がなくなってきているからである。この減少の一方で、退職金の前払資金を個人が運用する確定拠出年金制度(企業型)への切り替えが増えているが、たとえ運用がそこそこうまくいったとしても、定年後に年金として受け取る途は、運用商品の一つである個人年金を購入するしかなく、実際には一時金で受給する人が大半である。この状況は、個人が老後に向けて自身の資金を託す確定拠出年金制度(個人型)においても同様である。
なお、これまでのシニア世代においては、確定給付型の企業年金制度での年金選択は一般的ではなかったが、それには理由があった。老後の安全・安心を図る上でも、住居の確保は重大な問題であり、持ち家を確保することが優先課題だったのである。それ故に、定年退職時において、退職金やそれが変じた企業年金の一時金受給により、住宅ローンの残金を返済するという用途が一般的だったのである。ところが、いざとなった時に売却して資金を得る持ち家の価値の方も、少子高齢化の進展で空き家が大きな社会問題となっているように、急減してきている。
そのような状況下において、年金を選択する退職者は少しづつ増えてきていた。ところが、そのことが、不透明な投資環境の中で、確定給付型の企業年金制度の側の負担を大きくすることになっていったのである。このような年金受給権者の増加が、企業が確定給付型企業年金から確定拠出年金に切り替える最大の要因であると思われる。
かくして、今後は、私的年金に頼りにくい状況になっていく。しかも、公的年金も、同じく少子高齢化の影響で、今後は縮減が避けられない状況にある。そうした状況変化に対しては、どのように対応すればよいのであろうか。
一つは、可能な限り、公的年金の受給を後倒し(年金用語では「繰下げ」)とすることである。繰下げにすれば、年金額は増額されることになる。その理由は、年金の受給期間が短くなるので、受給期待総額が変わらないように増額しても、基本的に年金財政には影響がないからである。この繰下げによる増額率は月あたり0.7%で、65歳からの受給を現在の最長可能年齢である70歳まで繰下げれば、年金額は42%増となる。しかも、それが死ぬまで続くのである。さらに、この最長年齢は75歳まで延長されようとしている。
もう一つは、やはり私的年金を年金として受給する選択肢を拡張することである。現在は、自営業者によっての国民年金基金からの年金受給と、会社員にとっての確定給付企業年金からの年金受給しかないが、後者は、前述したように制度自体が減少しつつある。企業にとっては、退職者の管理が何十年にもわたって必要となる確定給付企業年金の維持は、ますます困難な状況になっている。特に中小企業にとっては、事務管理の負担も大きいであろうし、退職者の視点からしても、一般的に経営基盤が脆弱な中小企業の制度に、虎の子の退職金を預けるのには二の足を踏むこともあるだろう。
このような観点から、私は、確定給付企業年金や確定拠出年金、さらには退職金の資金も受け入れて年金という権利に転換する、次のような「年金給付機構」(仮称)を、長年にわたって提唱している。
いずれにしても、寿命が延びた次の世代は、長く働くことが必要になってくる。その就労の後の老後の所得保障をきっちりと支える必要があることは、これまでと変わるものではない。その点を見据えた私的年金の再構築は、喫緊の課題であろう。
2020年2月29日 日経朝刊17面 (大機小機)新型コロナ、リーマン級だが一過性

「大機小機」の方は、「新型コロナウイルスによる感染症の拡大は日本経済に大きな影を投げかけている(以下これをコロナショックと呼ぶ)。今後、2020年1~3月期の経済の実態が明らかになるにつれて、このコロナショックの深刻な全体像が見えてくるはずだ。」との論説である。
「ショックが日本経済に影響を及ぼす主なルートは次の3つ」として、①サービス輸出(外国人観光客の消費)の減少、②財の輸出の減少、③不要不急の外出が控えられることによる経済活動の萎縮、をあげている。
そして、「コロナショックの衝撃はリーマン・ショック並みとなりそう」だが、「リーマン・ショック級の影響が出るが一過性」というのが、今回のコロナショックの特徴だとしている。
その上で、「今こそ本物の緊急経済対策の出番」とし、「信用保証などで短期的な売り上げの落ち込みが雇用や経営に影響しないように配慮すべきだろう。」と結んでいる。

コロナショックの影響は、広範にわたっており、「リーマン・ショック」になぞらえる議論が多くなっているが、果して、「リーマン・ショック並み」の規模で、「一過性」ということに収まるのだろうか。そもそも、ここでいう「一過性」の意味が、よく分からない。例えば、「リーマン・ショック」は一過性だったとしているのだろうか。東日本大震災ですら、また発生する可能性が少ないということなら、「一過性」になり得る。
影響が長く広範に続くかどうかという点でいうと、コロナショックは、リーマン・ショックの比ではないのではないか。リーマン・ショックは、突き詰めればカネの問題であり、世界中でカネ不足が起きたことによって、金融機関や企業の活動に制約が生じて、経済活動の停滞をもたらした。コロナショックでも世界的な株価の暴落によって、その様相を呈しているが、さらに深刻だろうと思うのは、ヒトの活動にも大きな制約や影響を及ぼしていることである。上記③の外出抑制による消費レベルにとどまらず、生産現場などの供給レベルにも、大きな影響を及ぼしている。
このコロナショックの震源地が中国であったことは、世界経済を牽引してきたとされる中国の社会・経済体制の脆弱性を浮き彫りにしたといえるであろう。中国からの観光客に依存し、中国での生産に依存してきた日本にとって、その影響は、世界中のどの国よりも大きいのではないか。国内での感染蔓延を抑止するためには、早期に中国からの入国を抑制すべきであったと思うが、そうしなかった(今も全面的にはしていない)のには、こうした依存性があったのであろう。結果として、同じく入国規制を行わなかった韓国では感染者が急増しており、検査体制が整わずに十分な感染検査すら行えていない日本では、感染者数の実態把握すら行えていない。
「一旦感染が収まれば、V字回復になるはず」と記事はしている。どのような事態においても、収束すれば、それまでの抑制が解除され、回復することにはなる。しかし、東日本大震災に見られるように、回復したとしても、惨事の傷跡は長く残り得る。未来志向は大事だが、惨事と向き合って様々な対応を行うことは、それ以上に大事であろう。雇用や経営への影響が短期的な「一過性」で済むようには、私には思えない。