2020年3月2日月曜日

2020年3月2日 日経朝刊7面 (FINANCIAL TIMES) 急進左派の増税案の矛盾

2月27日付のFINANCIAL TIMESのUSポリティカル・コメンテーターのジャナン・ガネシュ氏の記事を訳したものである。
「米国の民主主義の舞台は首都ワシントンや各州都の議事堂ばかりではない。」として、「民主党の党員集会が開かれたネバダ州ラスベガスの高級ホテル」での集会に言及し、「サンダース上院議員が党の大統領候補になればと願うホテルの清掃員らも制服姿のまま駆けつけた。サンダース氏は低賃金で働く彼らの境遇を間違いなく改善したがっている。原則に固執し妥協したがらない左派もいるが、同氏は所得の再分配につながる政策ならほぼ何でも実現させようとしている。国民皆保険や法定休暇など先進国では当たり前の制度だ。そのためサンダース氏はライバルのウォーレン上院議員もそうだが、米国を「欧州化」しようとしていると思われがちだ。」であるが、「この考え方はあながち誤りとはいえないだけに、どこに無理があるか指摘しておかねばならない。」というのである。
「米国の左派が目指すのは巨万の富を持つ人からの課税収入を、多くの国民が恩恵を受ける制度の財源に充てる社会民主主義なのだろう。」が、「大統領選が近づく中、こうした提案にケチはつけられない。政治家は現実的でなくてはならないからだ。」としている。
「だが一握りの富裕層頼みの構想は、広く厚く課税する欧州の制度とは別物だ。税収が国内総生産(GDP)の45%相当額に上るデンマークでは、超富裕層にだけ高率の税金を課しているのではなく、中間層などもそれなりに税負担をしている。租税負担率が46%のフランスや38%のドイツも同様だ。」であるのに対し、「米国は24%にとどまる。…民主党左派は確実にお金を持っている上位1%の富裕層に狙いを定めている。」という。
その上で、「仮にこの層への課税で政策財源を確保したとしても、原則の問題がある。超富裕層のみを対象とすることで、民主党左派は福祉国家とはそのコストを払う人がいなければあえて実現させる価値がないものだと言っているに等しい。…民主党は北欧的な普遍主義や連帯というより、超富裕層が倫理的な義務を果たすことを求めているといえる。」というのである。
そして、「サンダース氏は課税対象を広げ、国民が支え合うことが愛国心だと主張したがっているようにも見える。ところがそれではトランプ大統領の思うつぼだ。中間層の有権者はたとえトランプ氏が嫌いでも、増税の可能性を察知すれば11月の大統領選挙でサンダース氏に投票することに及び腰になる。民主党もそこはよくわかっている。だからこそ米国では、過去数十年で最も左傾化している民主党候補でさえ、掲げる政策がそれほど社会的でも民主的でもなく、ラスベガスにある仏エッフェル塔のレプリカのように疑似欧州的でしかないのだ。」と結んでいる。

「増税案の矛盾」とあるが、それは、福祉国家のコストについて、「北欧的な普遍主義や連帯」によるのではなく、「超富裕層が倫理的な義務を果たす」ことに頼っている民主党左派の問題点を指摘しているのである。鋭い論点であり、「課税対象を広げ、国民が支え合うことが愛国心」と主張したがっているように思えるサンダース氏は、「中間層の有権者はたとえトランプ氏が嫌いでも、増税の可能性を察知すれば11月の大統領選挙でサンダース氏に投票することに及び腰になる。」というのである。
ガネシュ氏の福祉国家に対するスタンスは不明であるが。コメンテーターという立場なら、それを示す必要はないのであろう。記述されているように、増税への懸念が、民主党の予備選で、中道穏健派とされるバイデン候補がサンダース候補の対抗馬として復活した理由なのであろう。一方で、スーパー・チューズデーから参戦したブルンバーグ氏の支持が広がらなかったのは、大富豪に対する反感が、民主党内には根強いことを示すものでもあったであろう。これは、前回の大統領選で、金持ちに成り上がったことをひけらかすようなイメージのあるヒラリー・クリントン候補の弱点でもあった。
しかし、では、米大統領選の行方は、どうなるのであろうか。バイデン候補が前回のヒラリー・クリントン候補と少し異なるように思えるのは、黒人有権者の支持も得ているように思える点である。サンダース候補は、若者の熱狂的な支持を得ているとされるが、その中心は白人なのだろうと思われる。大学の高額な授業料や学生ローン返済の免除という主張は、高学歴層には受けているが、教育格差で大学進学など夢物語の黒人層にはアピールできるものではないだろう。
となると、バイデン氏が民主党の有力候補ということになりそうだが、果して、トランプ大統領に勝てるのかどうか、そこが焦点である。この点で、トランプ大統領の先を見る力は秀逸で、予備選前から、ウクライナ疑惑や女性問題で、バイデン氏を揺さぶってきた。バイデン氏が、スーパー・チューズデー前に撤退寸前の状況に追い込まれたのは、その揺さぶりのせいでもあろう。
もしも、バイデン氏が民主党候補となった場合、トランプ大統領に勝つためには、何をすればいいのだろうか。高齢であることやウクライナ疑惑・女性問題は、致命傷にはならないであろう。この点では、トランプ大統領と同じ穴のむじなだからである。重要なのは、サンダース候補を支持している若者たちとの対話であろう。彼らがそっぽを向けば、秋の大統領選でトランプ大統領の再選を阻止することは困難であろう。若者たちを苦しめている大学の高額な授業料や学生ローン返済は、社会問題となっているのであるから、それに対する対応が必要である。そのための財源捻出には知恵を絞る必要があるが、例えば、富裕層を想定した基金を作り、寄付金控除のような形で拠出を促すといったようなことも考えられよう。この点では、サンダース候補の動向がカギになるが、自身が民主党候補にならなかった場合には、「史上最悪の大統領」を倒すためにバイデン氏と連携すべきであろう。
一方、サンダース氏が民主党候補になった場合には、節を曲げない方がよい。「課税対象を広げ、国民が支え合うことが愛国心」という主張を、これまで堂々と掲げた大統領候補はいないと思う。その主張が、米国民に、どのように響くのか、それを問いかけることには非常に大きな意味がある。たとえ、トランプ大統領に敗北したとしても、それは「偉大な敗北」になるであろうし、今回は高齢者ばかりとなった大統領選だが、将来の若者による挑戦の礎にもなるであろう。
なお、以上の点の関連では、先に書いた次のブログも参照されたい。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/20200205NA07.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/2020213NA03.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/20200209AA01.html

また、焦点である税制については、次に国際比較がある。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j01.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j02.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j03.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j04.htm
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/itn_comparison/j05.htm
税制は、国の状況を浮き彫りにする。例えば、米国は相続税がかからず、格差は拡大する状況になっている。これは、共和党・民主党を問わずに、政府が行ってきたことの結果である。だからこそ、「国民皆保険や法定休暇など先進国では当たり前の制度」を主張するサンダース氏が、「急進左派」に位置づけられるわけである。
一方、日本の「国民負担率(対国民所得比)」は米国に次いで低い。それでも、欧州にならった制度を維持していけるのは、借金で賄っているからで、それが将来世代の負担となる状況になっているわけである。言ってみれば、米国では世代内の格差、日本では世代間の格差で、現状の制度を維持しているわけである。米大統領選や米国の行方も気がかりではあるが、日本には日本なりの気がかりな点があるわけである。

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