2020年3月2日月曜日

(迫真)手数料ゼロの奔流
2020年3月2日 日経朝刊2面 (1)ついに野村も動いた
2020年3月3日 日経朝刊2面 (2)カジノ化への反省
2020年3月4日 日経朝刊2面 (3)「投資の助言役」先行く米国
2020年3月5日 日経朝刊2面 (4)顧客と向き合う契機に

「手数料の「ゼロ化」は長期投資時代へのシフトのきっかけになるのか。関係者の動きを追う。」という特集の連続連載記事である。
(1)では、野村が新たに打ち出した「ネットでの販売なら無料で管理・運用をするというものだ。販売時にも手数料をとらない。2030年末までの期間限定で、積み立て型の少額投資非課税制度(つみたてNISA)専用とはいえ、常識を覆す料金設定だ。」という投信に対する波紋を取り上げている。
「野村は、積み立てと運用の成功で資産が膨らんだ10年後から報酬をもらえばよいと考えている。まずは多くの個人に投資してもらい、裾野を広げる狙いがある。」のだが、「最大手として富裕層の顧客を多く抱える野村は、金融商品の小口での販売や値下げ競争には消極的とみられてきた。執行役員の鈴木伸雄は「これからは資産形成層を応援する」と話す。信託報酬ゼロの投信はその第1弾。」ということで、「ついに野村も動き始めた」と運用業界がざわめいている、というわけである。
背景には、「金融商品の手数料無料化は、ここ3カ月で急激に進んでいる。個別株や投信など、金融商品の販売手数料で稼いできた証券会社でも「ゼロ化」へ競争が激しい。」という事態がある。「ベストプライス宣言」を打ち出したauカブコム証券が「流れを決定づけ、主要なネット証券では投信や信用取引の売買手数料はほぼゼロになった。」のである。
ただ、「信用取引では投資家にお金を貸して得られる金利がある。投信は信託報酬で稼げる。現物株は売買手数料をゼロにすると他の収益はない。」のだが、「それでもゼロ化の流れに逆らえないのは、顧客にどんな付加価値を与えてお金をもらっているのか、根本の見直しが始まっているからだ。」という。すなわち、「株や投信の販売では顧客に「売買の取り次ぎ」や運用の「助言」、リポートなど「投資情報」などの付加価値を与えている。ところが、日本では売買手数料に他のサービスの対価も集約され、助言や投資情報の価値は区別して考えられてこなかった。」のであるが、「投資情報もあふれている。対価を払ってもらえるのは助言しかないのではないか」(ある国内証券幹部)という状況になっているわけである。

続く(2)では、「インターネット証券会社は安い手数料を武器に個人投資家の売買の9割弱を手がけるまでになった。そのけん引役の一人であるマネックスグループ社長の松本大は1月、自ら創業したマネックス証券の代表権を返上した。」という書き出しである。「顧客に取引の助言をする投資顧問会社を新設、そのトップとして短期売買の仲介から脱する決意の表れだ。」という。
その背景には、「松本らネット証券の雄には、値下げ競争に血道を上げた結果、株式市場が「カジノ化」してしまったとの反省がある。個人の売買代金の8割を占めるのは、月に100回以上売買する「スーパーデイトレーダー」だ。値動きが荒い材料株に群がるため「いなご」とも呼ばれる。」という状況になっていることがある。
「楽天証券はネット一本足からの脱却を進める。社長の楠雄治は「日本の対面サービスを変えていこう」と独立系金融アドバイザー(IFA)100社超と提携した。IFAは証券会社に属さず、顧客の資産作りを助ける。楽天証券は顧客の預かり資産が増えれば、IFAへの報酬を増やし、新たな顧客作りに挑む。」という動きも出てきている。
そして、「投資家の世代交代もネット証券に変身を迫る。」とし、「野村アセットマネジメントなどが高齢の投資家約2000人を対象に実施した調査では、今後の投資について45%が「撤退または縮小」と答えた。」「売買代金の約4割を70代が占めるようになった。」という状況の中、「20~50代の資産形成層の取り込みを急ぐ。値下げ競争がゼロの領域に迫る中、生き残り競争は始まっている。」と記事は結んでいる。

次の(3)では、証券会社や運用会社に属さない独立系アドバイザー「RIA(公認投資助言者)」が米国の資産運用業界の中核になりつつある、ことを取り上げている。「日本でも増えてきたIFA(独立系金融アドバイザー)の一つだが、日本のほとんどのIFAと違って売買手数料は取らず、預かり資産残高の1%程度を報酬として受け取る。金融危機以降、手数料狙いの営業が批判され、RIAへの転職が盛んになった。18年までの9年間でRIAの社数は2割増えた。」という。
「証券・運用会社もRIAを支える側に回ってきた。」ということで、「RIAは運用に集中し、訴訟リスクも分散できる。預かり資産の大きい優秀なRIAは争奪戦だ。」ということになっており、「残高に応じた報酬は顧客の資産が増えると高まる。証券会社は支援で分け前をもらう。顧客とRIA、証券会社の3者がウィンウィンの関係を築く体制が米国で広がる。」という状況になっているそうである。

最後の(4)では、営業改革で、「証券会社は顧客に値上がりした資産の売却を促し、別の商品を買わせることで手数料を稼いでいた。」という状況からの脱却を目指す日本国内での動きが紹介されている。「顧客にかける時間を増やし、保険やローン、不動産など証券投資以外に商機を広げていく。」という動きもあり、「証券会社を飛び出し、「顧客との接点」に特化するIFAも数多く生まれる。共通するのは「自分なりに顧客本位を追求したい」という思いだ。」という状況になっているそうである。
この特集は、「人生100年時代を迎え、資産運用は重要さを増す。手数料ゼロはその担い手を育てる契機になる。」という記述で、締めくくられている。

衝撃をもたらしている野村証券の動きについては、すでに下記で論評している。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/2020223NA01.html
この特集記事は、「貯蓄から投資へ」と言いながら、顧客を利益を無視して売買手数料稼ぎを主体としてきた国内証券会社の実像が、あぶり出されている。それが、「米国で数十年かけた変化が、日本で始まろうとしている。」ということで、大きな変化が出てきているわけである。
もっとも、記事にあるように、日本のほとんどのIFAは売買手数料(の一部)を受け取っているようであり、独立した金融アドバイザーというには程遠い状況にある。これは、保険商品などの購入アドバイスでも同じであり、多くの会社の商品を紹介すると言いながら、販売手数料の多い商品に誘導するような「アドバイザー」も少なくないものと見られる。
その背景としては、売り手側の問題も大きいが、買い手側の消費者や投資家の意識の問題も大きい。日本では、「サービスは無料」という感覚が国民に根付いており、製品のように形のあるものには対価を払うが、目に見えない助言などに対しては、弁護士や医者などが提供するものを除き、無料の方がいい、無料であって当たり前、と意識が行き渡っていると思われるからである。これは、チップなど、サービスに対する対価の違いが一般的である米国などとの風土の違いと思われる。
しかしながら、専門家や専門サービスが台頭してきている現代においては、このことは、大きなハンディになる。良質なものには高い対価を払う、ということでないと、一流、超一流の人材は育たないからである。日本から、一流の学者やスポーツ選手が海外に出ていくことの背景にも、このことがある。しかも、失われた20年とも言われる状況の中で、日本国内で得られる報酬の相対水準は、米国などと比べて低く、半分程度に過ぎないという業種も見受けられるようである。
日本の教育や社会は、個人の特異な才能をのばすのではなく、集団の力で発展してきた、と考えている人は、今でも多いであろう。しかし、例えば、いま学校教育で力を入れているプログラミングの能力は、百人・千人力の人もいれば、半人前の人もいるというような能力差がある。このことを最近の例で知らしめたのが、香港の天才プログラマー大臣であり、新型コロナでの対応に、日本のマスコミも注目しており、ネットでも礼賛の声が相次いでいる。
https://matomedane.jp/page/48064
上記でも引用しているWikipediaの記述によると、このデジタル担当政務委員(大臣に相当)のオードリー・タン氏は、「台湾のコンピューター界における偉大な10人の中の1人」とも言われているプログラマーであり、「トランスジェンダーの人物が閣僚に任命された世界で最初の事例」だそうである。翻って日本の状況を鑑みれば、彼我の差が、いかに大きいかが分かる。
いつの世でも、未来を切り拓くのは、若者である。その若者を大事にするどころか、子供の虐待死すら続いており、そうした事件の中で「大人」の身勝手さや責任逃れが、次々に明らかになっている。そんな日本に、明るい未来はあるのか。この「手数料ゼロの奔流」は、そのことを問いかける社会現象の一つに過ぎないのではないか。

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