2020年3月12日木曜日

2020年3月12日 日経夕刊7面 (十字路)正常性バイアス

JPH代表取締役の青松英男氏による「正常性バイアスとは自分にとって不愉快で都合の悪い情報を無視、過小評価する傾向を指す。その場合、回避・抑制できた多大な被害をもろに受けることもある。現在進行形の新型コロナウイルス感染症対策は大丈夫だろうか。」とする論説である。
続けて、「多くの日本企業はこの正常性バイアスに陥っているのではないか。30年以内に70%の確率で発生が予想されているマグニチュード8~9クラスの南海トラフ大地震について事業継続計画(BCP)が十分には整備されていない。特に東日本大震災で露呈したサプライチェーンの脆弱性は未解決のままだ。」としている。
そして、「日本の労働力人口は2065年に現在より4割減少し4000万人弱になると予測されている。しかも主力産業の製造業における労働生産性の水準は、国際比較でかつての1位から14位まで下落した。頼みの女性労働力人口を増やすための施策(待機児童問題の解決など)はほとんど進展なく、生産性を上げる研究開発も欧米と比べ遅れている。」「さらに米中貿易摩擦・覇権争いから、世界の交易関係と情報技術系の分断化が進んでいる。日本企業は両ブロックとどう折り合いを付けるのか非常に難しい局面を迎える。」としている。
その上で、「危機を知らせる煙が上がっているのに、多くの上場企業がしていることは、短期的な株主のみを喜ばせる自社株買いだ。19年はアイ・エヌ情報センターによると7兆5千億円と過去最高を記録し、新株発行による資金調達額(3700億円)を上回る。自社株買いは自己資本比率が高く、自社で意味ある投資案件がなく、かつ株価が本来の価値より低いと会社が判断した時に行う平時の財務行為だ。」とし、「経営者は迫りくる困難を克服するため賢明な事業、研究開発、構造調整の実投資をするのが筋ではないか。長期的な株主は自社株買いより、かかる投資を評価するはずだ。」と結んでいる。

まず、「正常性バイアス」という言葉についてであるが、国土交通委員会の林浩之専門員による次の「災害時の心理学~正常性バイアス」が参考になるであろう。
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2019pdf/20190910002.pdf
この中で、「正常性バイアス」とは、「ある範囲までの異常は、異常だと感じずに、正常の範囲内のものとして処理するようになっている」心のメカニズムであるとしている。上記の論説では、まず「新型コロナウイルス感染症対策」に触れているが、外国から見た日本人の状況は、まさに「正常性バイアス」そのものに見えるようである。
例えば、日本のマスコミは、若者は重症化しないと言い続けており、重症化の例を稀なもののように紹介しているが、NYの現状では、それどころではないようである。これについては、NYタイムズの動画で、医師が次のように警告している(下部に日本語字幕付き)。
https://togetter.com/li/1486436
日本で重点を置いている報道は、外国人が来なくなっている土産店とか人気のない居酒屋とかであるが、命がかかっている状況を本当に分かっているのか、と背筋が寒くなる。日本人は、政府や自治体による自粛要請に他国より従順とされているが、若者に危機感は乏しく、爆発的感染は、すぐそこまで迫っている。

ところが論説では、この緊急事態に突っ込まないで、南海トラフ大地震や労働生産性の水準といった点に話を進めている。言っては悪いが、これも一種の「正常性バイアス」ではないのだろうか。

南海トラフ大地震について言えば、「30年以内に70%の確率で発生が予想」されているものに対して、日常的な備えをすることは困難であるが、それでも、阪神大震災や東日本大震災の経験を踏まえて、備えは一定程度進められていると思う。このような有事に備えた平時の過ごし方は難しい。「正常性バイアス」と切り捨てるのは、いかがなものか。

また、労働生産性の水準に到っては、問題は認識されているのであるから、「正常性バイアス」というよりは、構造改革のスピードの問題であろう。指摘されているように、日本の労働生産性は下落しているが、労働生産性=GDP/就業者数 (または就業者数×労働時間)で、購買力平価(PPP)により換算して示される。
https://www.jpc-net.jp/research/rd/pdf/F3_01.pdf
上記によると、「2017年の日本の就業者1人当たり労働生産性は、84,027ドル(837万円)であった。OECD加盟36カ国の中でみると、21位にあたる(3ページの図3参照)。」「2017年の日本の就業1時間当たり労働生産性は、47.5ドル(4,733円)となっており、OECD加盟36カ国中20位であった(8ページの図8参照)」とのことである。
そして、「特に、製造業が盛んで産業構造が比較的日本と近いドイツは、1人当たり労働生産性でこそ第13位だが、時間当たりでみると第7位となっている。…長時間労働が評価されず、短い労働時間内で仕事を終わらせるために無駄なことを極力省いて仕事を進める意識が高いことが背景にあるといわれている。こうして高い生産性水準を実現していることは、日本の働き方を考える上でも参考になるだろう。(9ページ)」としている。
次に、論説にある日本の製造業の労働生産性は、「1990年代から2000年までトップクラスに位置していたものの、2005年は8位、2010年は11位、2016年は15位と後退している。トップクラスに位置する国々との差はさらに開いている。(23ページの表3)」とされている。
これについてのコメントは資料にはないが、「主要先進7カ国の産業別労働生産性のトレンド(14ページ以下)」を見ると、興味深いことが分かる。日本の場合、卸小売業、飲食・宿泊業で横ばいであるだけでなく、1995年から2000年にかけて上昇率で他国を凌駕していた情報通信業が横ばいに転じ、教育・社会福祉サービス業と娯楽・対個人サービス業に到っては、ずっと下落傾向が続いているのである。もちろん、為替動向が大きく影響する点には注意する必要はあるが、産業別の分析をもっと緻密に行う必要があるのではないか。「正常性バイアス」という言葉で片付けられる問題ではない。

最後の「自社株買い」についてだが、そもそも、この論説は、この点を言いたかったのであろう。すなわち、「自社株買いは自己資本比率が高く、自社で意味ある投資案件がなく、かつ株価が本来の価値より低いと会社が判断した時に行う平時の財務行為だ。」というのである。
しかし、この根本は、企業に資金が余っている点にある。その余剰資金での有効な投資が見つからないため、自社株買いで株式を減らして株主に還元するわけである。では、何故に、資金余剰になっているのか。それは、2007-2010年のリーマン・ショックの爪痕にあると私は思っている。この時、世界的な金融恐慌によって、企業の資金繰りが大きなピンチを迎えた。何が何でも現金が大事ということで、「Cash is King{現金が王様)」と言われた時代である。その後、金融緩和が行われて、特に日本では異次元緩和ということで、企業に資金がたまりやすい状況になった。政府・日銀は、それが投資に向かうことを期待したが、リーマン・ショックの恐怖がさめやらず、リスクを伴う投資には過度に慎重になった企業は、現金をためこむ行動をとったわけである。
このような行動は、「正常性バイアス」ではなく、「杞憂性バイアス」(そんな言葉はないが)とも言えるものではないだろうか。そんな折しも、コロナ・ショックで、ずっと批判されてきた企業の内部留保やキャッシュ・リッチの状態が、一転して評価されるようになってきている。まさに、「歴史は回る」である。未来を見通すのは難しい。
2020年3月12日 日経朝刊19面 (大機小機)米国の格差社会化と大統領選挙
2020年3月27日 日経朝刊6面 (FINANCIAL TIMES)コロナ禍、米政治を左傾化

最初の記事は、コラム/大機小機における論説で、「米国の大統領選挙は、民主党の予備選挙がサンダース候補とバイデン候補に絞られた。資本主義の総本山といえる米国で民主社会主義を標榜するサンダース候補が前回に続き、今回の予備選挙でも有力候補となっていることは驚きだ。その背景にあるのは米国の格差社会化といえよう。」という書き出しである。
続けて、「世の中が格差社会になって弊害が目立つようになると出てくるのが社会主義だ。」とし、近代的な社会主義の祖といわれるエンゲルスの「英国における労働者階級の状態」という本を引き、「過酷な労働者階級の生活」の「背景には、人類に大きな発展をもたらした第2次産業革命が英国で激しい格差社会を生んでいたことがあった。」としている。衛生状態の悪い中で、「1831年には、ロンドンでの真性コレラによる死者が数千人に達していたという。何か、最近の新型コロナウイルス騒ぎを思わせるような事態が、格差社会化を背景に起こっていたのである。」としている。
そして、「世界はあらゆるモノがネットにつながる「IoT」や人工知能(AI)の活用による第4次産業革命に突入している。そこで問題になっているのがやはり格差社会化で、それが最も激しいのが米国だ。」とし、「かつての英国と同様に格差社会化の激しい米国で、社会主義が賛同を得るようになってきているのだ。」としている。
最後は、「エンゲルスやマルクスが主張した社会主義と、今日サンダース氏が主張している社会主義とでは、大きく異なる点がある。前者がプロレタリアート独裁を主張して民主主義を否定したのに対して、後者は米国の民主主義の枠内で主張されている。とすれば、それが米国の有権者に受け入れられる可能性は十分にあろう。格差社会化は今や世界中の問題だ。米大統領選から目が離せない状態が続きそうだ。」と結んでいる。

後の記事は、19日付で英フィナンシャル・タイムズに掲載されたUSポリティカル・コメンテーターのジャナン・ガネシュ氏の記事の翻訳で、「サンダース氏が米大統領選で民主党の指名を得ることはほぼないが、彼の「大きな政府が必要」とする考え方は今後も浸透していくという」ものである。
そして、共和党上院議員のミット・ロムニー氏は、2012年の米大統領選挙中に当時の共和党候補だった際には、民主党の現職大統領のオバマ氏を支持する47%の国民は「政府に依存しており、自分たちを犠牲者だと思い込んでいる」と発言したが、今月16日には、「すべての成人の米国民に一律1000ドル(約11万円)を支給するよう政府に求めた。」としている。加えて、「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済対策として、有給休暇や失業保険、栄養支援プログラムの拡大を提案した。」という。
その上で、今回のコロナ危機で得する側として、70代の上院議員でバーモント州選出のサンダース氏を挙げたいとし、民主党の大統領候補になることはないが、「3月上旬には考えられなかったことだが、米政治はここへきて社会民主主義に近い政策が次々と飛び出している。これまで左派的な議論は遅々として進まなかったが、コロナ感染拡大という緊急事態の雰囲気が高まる中、急に勢いを増している。コロナ危機によって、サンダース氏が考える世界のあるべき姿へと社会が変貌しつつある。」としている。
また、「英国は現在、保守党政権であるにもかかわらず、大規模な財政出動を決めつつある。どちらかといえば企業よりとされる大統領が率いるフランスも同じだ。米国が異なるのは、この危機下で家計や企業への支援という短期の議論にとどまっていない点だ。今や根本的な富の再配分の問題まで議論されつつある。だからこそロムニー氏は、常に企業側の立場に立ってきた共和党の議員らしい給与税減税や企業への債務保証だけでなく、踏み込んだ提案をしたのだ。」という。
また、「今回の感染拡大で判明したのは、国民皆保険制度を導入していない限り、国民は誰も医療制度によって保護されていないに等しいという痛いほど単純な真実だ。米国でも皆保険制度が必要だと主張してきたサンダース氏の考え方は異端視されてきたが、長く主張してきたおかげで認められるようになったということだ。」という。
そして、「我々は今、経済学的にどういう考え方が望ましいのかを改めて考え直さなければならない歴史的転換点の入り口にいる」とし、「政府こそが経済に責任を持つべきだ」としたケインズの考え方について、「今なら、国民のコンセンサスを得るまではできないとしても、もう少し大規模で積極的に経済や医療制度に関与する政府が必要だという考え方で合意できる可能性はある。左派はこれまで様々なチャンスを逃してきたが、今回は失敗できないはずだ。」とする。
最後に、「サンダース氏が再び大統領選に出馬することはもうないだろう」が、「過激だとみられた数年、そして今年の予備選挙での躍進、その後、バイデン氏に大差をつけられたが、イデオロギー的には成功した。サンダース氏以外の人物が大統領になり米国が大きな政府を抱えることになるとしたら、同氏が残したレガシーとしては悪くないはずだ。」と結んでいる。

前の記事から次の記事までの間に、サンダース氏が民主党の大統領候補に指名される可能性は、ほぼなくなった。だが、皮肉にも、コロナ・ショックは、氏の提唱してきた政策こそが、危機に陥った米国にとって必要なものであることを明らかにしたのである。
中でも深刻なのが、国民皆保険制度の不在による医療危機であろう。世界で最も豊かであるとされる米国で、医療崩壊の危険が日に日に高まっている。トランプ大統領は、オバマ大統領の施策を次々と覆してきたが、そのツケを払うことになったわけである。
それでも、民主党の大統領選有力候補のバイデン氏が、どのような政策をとろうとしているのかは、あまり見えてこない。世界からの分断を辞さず、国内での分断も助長してきて、サンダース氏から史上最悪とまで言われているトランプ大統領を、米国民がどのように審判するのか、その日は、刻一刻と近づいている。
2020年3月12日 朝日朝刊15面 (異議あり)株主優先の経営、社会の格差広げる
2020年3月12日 日経朝刊6面 (創論)脱・株主第一主義の行方
2020年3月14日 朝日朝刊10面 (経済気象台)企業は誰のためにあるのか

株主優先の経営が主体の状況に対し、「会社は一体誰のものなのか」とし問いかける3つの論説記事である。
共通して言及している昨夏の「グローバル企業の経営者でつくるビジネス・ラウンドテーブル(BRT)」による「72年の設立以来掲げてきた株主第一主義を見直す」との宣言については、すでに次のブログで取り上げているので、参照されたい。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/2020218NA25.html
また、今年1月の次の「世界経済フォーラム・ダボス会議2020」にも言及がある。
https://jp.weforum.org/events/world-economic-forum-annual-meeting-2020

最初の「異議あり」は、関西経済連合会の松本正義会長に対する インタビュー形式の記事で、「この半世紀、「会社は株主のもの」という米国発のコーポレートガバナンス(企業統治)の考え方がビジネスの世界では支配的だった。経営者は自社の株価を気にしながら、短期的な利益を追い、投資や賃上げより、株主への配当を優先してきた。」ことに対し、「会社は株主だけのものではない」と異を唱えているというものである。
まず、会長は、「企業が決算を3カ月ごとに公表する四半期開示義務の廃止」を主張し、「企業の中長期的な成長を妨げる恐れ」があるとし、「『会社は株主のもの』と考える米国流の企業統治の負の側面の表れ」で、日本の主な企業人は「違和感を感じている」と思う、としている。
次に、資本主義社会である以上「会社は株主のもの」ではないかとの問いかけに対しては、「背景には、経済学者ミルトン・フリードマンが『企業が株主利益の最大化に専念することが、社会のためになる』と提唱した」ことがあるが、「そんな経営が幅をきかせた結果、いま米国は上位1%の超富裕層が総資産の30%の富を独占する格差社会となり、ポピュリズムが広がっている」としている。そして、「かつての米国は富の配分について公的な感覚」を持っていたが、「豊かな中間層がなくなって米国社会は分断され、不安定さが増しました。いま最も厳しいまなざしが注がれているのが、巨額の報酬を得ている企業経営者たちです」という。
さらに、「米国企業の経営者の意識が変わる可能性」について、前述のビジネス・ラウンドテーブル宣言の「事業を長く続けて経済を成長させるためには、顧客や従業員、地域社会、取引先、株主らすべての関係先に貢献するという内容」に触れ、今年1月に渡米して経営者の団体や投資家、研究者らに幅広く話を聞き、「社会的、政治的、学問的など複合的な要因による潮目の変化」を感じたとしている。
次いで、「元企業経営者のトランプ大統領は変わらない」ようにみえるということに対しては、「共和党、民主党の双方から行きすぎた株主偏重への疑念」が出ているとし、「民主党の大統領候補選びでも、格差への対応が争点の一つ」になっており、「多くの政治家が今の株主第一主義の経営では格差が広がり、社会の安定が保てなくなると気づいている」としている。
一方、「日本では品質偽装や関西電力の金品受領問題など大企業の不祥事が目立ち…共通の企業統治ルールはやはり必要では」との問いかけには、「各企業が法令を順守することは言うまでもなく、企業統治の取り組みを強化することは重要」だが、「東証によるコーポレートガバナンス・コードを一律適用することには疑問」とし、「東京の経団連もその順守を求めていますが、各企業の個別事情を配慮しないままの適用は逆効果で、かえって企業の価値を損なう恐れもある」としている。その理由は、「例えば、現行のルールは独立社外取締役を2人以上入れるよう定めて」いるが、「専門的な知識を持ち、経営者に適切なアドバイスができて、企業の利益を向上させることに役立てる人材」を「実際に探すのは難しく、一人が何社も社外取締役を掛け持ちしているケースが目立ちます。事情は米国でも同じようです。一律に人数を決めるのではなく、各社の裁量に任せるべき」とする。
さらに、「不祥事を防ぐためには経営に対する外部の目は多い方が良いのでは」との問いかけに対しては、「石川五右衛門が『浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』と語ったように、いつの世も不祥事はなくなりません。企業の不祥事を少なくするのに必要なのは外部の目よりも、リーダーの自覚です」とし、「住友電気工業も過去に自動車部品のカルテルで摘発されました。住友グループの事業精神である『浮利を追わず』が浸透していれば、起こらなかった事件です。私も自責の念に駆られました。加担した社員は上司から命じられたそうです。これからは『誰が正しいのか』ではなく『何が正しいのか』を常に社員が考えるような教育をしていきたいと考えています」としている。
続けて、「これからのリーダーに必要な素養」については、「まず、リーダーは投資家に対して経営戦略や考え方を丁寧に説明する。そして、倫理観や道徳観を持つことです。リーダーが『会社は社会の公器である』という自覚を持たない限り、不祥事は減らない」とし、「リベラルアーツ(教養)も重要です。古典や優れた絵画や音楽など歴史から学ぶことです。その中に込められたテーゼに対して自問自答し、自分なりの解釈や解決策を持つことが重要」としている。
そして、「資本主義は時代の変化とともに変わらざるをえないのか」という質問に対しては、前述のダボス会議2020で『マルチ・ステークホルダー・キャピタリズム』が議論のテーマになったことに触れ、「会社の利益をバランスよく社会に配分していこうというこの考え方は、関西に根付いている近江商人の売り手よし、買い手よし、世間よしの『三方よし』の根底にある経営哲学と合致するものです」とし、「日米で慣行や労働環境は全然違うのに、米国の経営者らが近江商人と同じことを考え始めた。このタイミングをとらえて企業と社会の関係について彼らと継続的に議論していきたい。日本の経営者がかたくなに、従来の米国型企業統治を追いかけていては、また周回遅れになります」としている。
最後に、「「三方よし」の伝統がある日本社会でも格差は広がっているのでは」という点については、「社会の安定度を高めるには、年功序列や終身雇用の要素を入れて、中間層がちゃんと暮らせるようにすることが重要です。私たち経営者は事業で利益を上げ、一緒にやっている人たちに利益を配分し、社会を安定させる責務があると感じています」とし、「行政の政策だけでは今の格差や不平等は解消できません。社会の公器である会社は何をすべきなのか。今、私たち経営者の真価が問われていると思います」と結んでいる。
記事では、「安倍政権は2014年、成長戦略の一環で、コーポレートガバナンス(企業統治)の強化を打ち出した。株主の経営への影響力を強め、日本企業の「稼ぐ力」を取り戻すのがねらい。背景には、米国発の「会社は株主のもの」とする考え方がある。」とし、「この方針を受けて15年、東京証券取引所の上場企業を対象に「コーポレートガバナンス・コード」が導入された。2人以上の独立社外取締役を選任すべきだとしたほか、取締役会の3分の1以上を占めることが望ましいと明記した。コードを守らない場合はその理由を株主に説明しなくてはならない。東証1部上場企業では2人以上の独立社外取締役がいる企業は93%にのぼる。売上高や利益などの決算情報の四半期開示は金融商品取引法で、08年に義務づけられた。関西経済連合会は「四半期は企業の状況を理解するには短すぎる」「働き方改革に逆行する」として開示義務の廃止を求めている。米国でも四半期の業績予想の廃止を求める声がある。」と背景を説明している。
そして、「取材を終えて」として、「松本さんや一部の米国の経営者と同様に、短期的な利益を追う経営に疑問を感じる人たちがいる。2000年前後に世の中に出たミレニアル世代と、それ以降に生まれた若い世代だ。」とし、「彼らはSDGs(国連の持続可能な開発目標)に高い関心を示し、購入する商品や就職先の選択にも同様の価値観を反映させる。経営者は、今の株主だけでなく、将来の株主、消費者への目配りも不可欠だろう。」と締めくくっている。

次の「創論」は、「米国企業の間で株主最優先の経営方針を改める動きが出てきた。行き過ぎた利益重視を反省し、従業員などの利害関係者や環境・社会問題に目配りしようとしている。バンク・オブ・アメリカのブライアン・モイニハン最高経営責任者(CEO)に米国企業の変化を問い、池尾和人立正大教授と日本企業の未来図を考えた。」というものである。
まず、モイニハンCEOは、「経営者が集まるふたつの団体がほぼ同じタイミングで企業経営の原点に立ち返ることになった」とし、「一つは米経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」だ。2019年8月に「企業の目的」を再定義し、(1997年以降の「株主第一主義」を改め)すべての利害関係者(ステークホルダー)を重視しなければならないと宣言した。私もバンク・オブ・アメリカの最高経営責任者(CEO)としてこの声明にサインした。」「もう一つは世界中の経営者が集まる「ダボス会議」。今年1月、発足当初の理念を再確認した。それは主宰者のクラウス・シュワブ氏が最初から提唱していた「ステークホルダー主義」だ。」としている。
そして、「経営者はまず株主と顧客、従業員に利益をもたらす、そして地域社会にも貢献するということだ。企業は株主還元、または公益の「どちらか(Or)」を追求するのではなく、「両立(And)」を求められる時代だ。2つを達成できなければ、顧客や従業員から受け入れられなくなり、経営者は退任を余儀なくされる。」としている。
続けて、例として「株主利益と公益の両立を考えるとき、同時に達成できる分野に環境がある」とし、「著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハザウェイは、バンカメの発行済み株式数の10%超を保有する大株主だ。バフェット氏に当社の評価を聞いてほしい。多くの投資家が株主還元の拡大と同時に、社会問題の解決に企業が関与することを望んでいる。両立が重要だ。」と続けている。
さらに、「昨今、世界では資本主義を再定義したり、企業活動のあり方を見直したりする議論が活発だ。私は資本主義のあり方を根本から変えても問題の解決にはつながらないと考える。政府や慈善活動だけで社会を変えるのには力不足だ。どうしても企業の力が必要になる。それには資本主義の進むべき道を調整し、むしろ企業が貧困や気候変動といった問題の解決に照準を合わせればよい。」とする。
また、「国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)達成には年間6兆ドルもの資金が必要とされる。慈善事業に使われる寄付金は世界で8千億ドルほど。全く足りないし、財政赤字のためにお金の面で余裕がない国もある。目標達成のために使われた資金はまだ少ない。
こうした分野にあらゆる企業が参画すれば大きな力になる。金融機関は自社の業務に加え、どのプロジェクトにどれだけの融資をつけるか考えなければならない。」としている。
さらに、「ESG(環境・社会・企業統治)投資を促す取り組みも重要だ。年金基金などの資産保有者や、運用を受託するアセットマネジャーの間で、ESGの情報を基に企業を選別する手法が広がっている。ただ開示される情報の内容や様式は企業ごとにばらばら。次々新しい指標もでてくる。こうした乱立状態は、企業にも投資家にも望ましくない。開示様式はわかりやすく統一する必要がある。」とし、「20年のダボス会議では「国際ビジネス委員会」の委員長として、ESG情報の新しい開示様式をとりまとめた。世界の4大会計事務所にも策定に加わってもらい、企業が「汚職防止」や「気候変動対策」「人材の多様性」といった取り組みを外部に分かりやすく説明できるようにした。」とし、「一から作ったわけではない。金融安定理事会(FSB)が設置した「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提唱する基準など既存のものを組み合わせて、標準的で包括的な開示になるようにした。様式をそろえれば、企業が都合の良い数字だけを選んで公表するのを防げる。投資家は企業の取り組みを比較しやすくなる。企業と投資家の目標共有もやりやすくなるだろう。当社の企業調査チームによると、ESGに積極的に取り組む企業に投資していた場合、05年以降、9割の確率で投資先の破綻に巻き込まれずに済んだ。こうした考え方が広がれば、投資家は低評価企業への投資を避けるようになる。企業側もESGの開示を充実させる動機になるだろう。」と結んでいる。
一方、池尾教授は、「ステークホルダーの議論は、縦軸に株主の利益を置き、横軸に株主以外のステークホルダーの利益を置いた図で考えるべきだろう。」とし、「米国の場合、株主の利益を追求して収益を上げ、縦軸では上のプラスに位置する。半面、格差が拡大し、雇用は不安定化している。従業員など他のステークホルダーの利益は害され、横軸では左側のマイナスの側に入っている。このまま分断が止まらず、社会が壊れてしまっては、企業は中長期に価値を高められないし、株主の利益も増やせない。他のステークホルダーの利益も確保する必要がある。図でいえば、両方がプラスの「第1象限」に移そうという動きが今の修正なのだろう。つまり持続可能性(サステナビリティー)への認識の高まりだ。資本主義が健全に発展していく基盤を掘り崩してしまっては、資本主義自体の存続が揺らぎかねないとの反省があるのだと思う。」としている。
そして、「産業社会から急速に情報社会に変わった。ものづくり中心の産業社会では、中間層向けの比較的良質な雇用が大量に生み出された。しかし情報社会は、ハイスキルとロースキルの人材に分かれ、中間層の雇用が供給されにくい中間層が没落する産業構造の変化に、米国の政治も対応策を見いだせていない。だから企業も心配し、各ステークホルダーに配慮した経営を考えているともいえる。」とする。
さらに、「そもそも米国も、株主が第一だとする考え方ばかりでない。伝統的な優良企業は広くステークホルダーに配慮する経営をしている。ジョンソン・エンド・ジョンソンが企業理念に掲げる「我が信条」では、最も重要なのは顧客であり、その次は従業員、第3が地域社会、株主が来るのは4番目だ。」とし、「日本企業は、従業員など他のステークホルダーの利益をある程度確保できていても、肝心の株主の利益を毀損してしまっている。多くの企業が、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れの評価しか市場で得られていない。先の縦軸でいえば水面下のマイナスだ。」としている。
一方、「(脱株主第一主義に動く)米国企業をみて、日本は今の経営でいいとするのは全く違う。株式会社であるのに利益を上げられない経営は「三方よし」といえまい。他のステークホルダーの存在を低収益の理由に使うのは言い訳だ。日本企業も米国企業も、広くステークホルダーの利益を増やす第1象限を目指すという意味で向かうべきところは同じだ。ただし出発点が日本と米国で異なる。日本の問題は株主の利益を毀損していることなのだから、改革は稼ぐ力を高めるという方向になる。とし、最後に、「一連の企業統治改革は中長期の企業価値向上へ、さまざまなステークホルダーと協働で達成するとうたっている。どこか到達点があるわけではなく、常に質を高める終わりなき努力が求められる。」と述べている。
記事のとりまとめとして、「アンカー」では、「未来に自分たちの会社は選ばれているだろうか――。この問いが、多様なステークホルダーに企業はどうこたえていくかを考えるカギだ。」とし、「永久に保有したい企業に投資するという考え方で富を築いた米著名投資家、ウォーレン・バフェット氏。重要視するのが自己資本利益率(ROE)だ。高い利益を生み出し続ける強い企業を選ぶ。顧客にも地域社会にも支持されるのが大前提。そうでなければ雇用も維持できない。」とし、「その意味で多様なステークホルダーに応えるという考え方は、米国の資本主義の根底にはある。それが「近年、株主に偏りすぎた」との反省と修正がいま起きている。」としている。そして、「世界は分断に直面している。世界のリーダーが集まる「ダボス会議」にあわせ、国際非政府組織オックスファムが公表したのは、世界の富豪2153人が保有する資産は、貧困層46億人が持つ資産を上回るという数値だ。」という。だが、「広くステークホルダーを考えるなかで、環境問題への取り組みも加速してきたが、モイニハン氏を含め経営者の高額報酬をどう考えるかの答えはまだみえてこない。」としつつ、「これに対し、日本企業の立ち位置は異なる。そもそもの本業で高い価値を生み出せず、市場から評価を得られていない。それを他のステークホルダーへの配慮の結果だと説明することは誤りだろう。稼ぎ続ける力を高める経営でなければ、未来から選ばれる企業にはなれない。振り子の向きは違うだけで、目指す先は米国も日本も同じはずだ。」と締めくくっている。

最後の「経済気象台」も、ビジネス・ラウンドテーブル宣言「企業は、より幅広い利害関係者とその長期的利益に配慮」を皮切りとし、「企業の長い歴史の中で「利益」が企業の「目的」と同一視されるようになったのは、最近の60年に過ぎない。20世紀、個人・機関投資家の株式保有の拡大で「所有と経営の分離」が進む。経営陣の説明責任への株主の懸念が「株主の利益の最大化が企業の社会的責任」というフリードマンの思想や株主第一主義を生んだ。これは「企業の将来の枠組み」に関する英国学士院での議論だ。」とする。
そして、「企業の目的(存在意義)は利益そのものではなく事業にあり、利益はその産物。株式所有と企業や事業の所有は同義ではない。企業所有者の行うべきは、先見性を持った目的実現・事業で、株式価値の最大化ではないとも述べる。」としている。
だが、「株主第一主義の見直しには批判もある。幅広い利害関係者の資本主義は、結局正当性の無い経営者を守ることになりかねない。株主は企業の所有者で、経営陣には株主への説明責任が問われるべきだ、と英エコノミスト誌は指摘する。これは年金基金などの米機関投資家協議会の立場で、BRTの声明に懸念を示した。」としている。
その上で、「企業の目的は利益ではなく事業にあり幅広い利害を反映すべきだとして、事業や長期的利益の妥当性は一体誰が判断するのか。やはり株主への説明責任が決め手なのか。」と問い掛け、「日本では主として株主重視の視点からの企業統治改革議論が続く。だが、世界では一歩先に、企業は誰のためのものかが改めて問われ、企業統治改革を超えて、企業を取り巻く税制などの諸制度にまで議論が及ぶ。」と結んでいる。

「会社はだれのものか」は、以前からある問い掛けで、2005年に東京大学の岩井克彦名誉教授も、そのものズバリの題名の著書を出版している。この議論が、ここに来て活発になっているのは、何と言っても、昨夏のビジネス・ラウンドテーブル宣言の影響が大きい。ただし、この動きについて、一部から「日本的経営が見直されている」との声が出てきていることに対しては、「日本の問題は株主の利益を毀損していること」(池尾教授)だから、論外という考え方が支配的であるようである。
ともあれ、格差問題が深刻化している背景には、「情報社会は、ハイスキルとロースキルの人材に分かれ、中間層の雇用が供給されにくい中間層が没落する産業構造の変化」(池尾教授)があると思われるので、それにどう対応していくのかが問題になるわけである。単純な「持てる資本家による搾取」というものではなく、「持たなくともハイスキルの起業家が起こした事業が、グローバルに市場を席捲して、新興資本家として台頭する中で、中間層がハイスキルとロースキルに分化して格差が拡大している」のが実相であろう。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)は、そのようにして台頭してきた代表である。どう対応していく必要があるのか、これからも議論が活発になるであろう。

2020年3月11日水曜日

同一労働同一賃金の課題
2020年3月11日 日経朝刊28面 (経済教室)(上)人材確保通じ企業にも利益
2020年3月12日 日経朝刊27面 (経済教室)(下)趣旨も義務内容も不明確

この2つの記事は、同一労働同一賃金の課題についての論説である。
上編は、この問題の研究の第一人者である東京大学の水町勇一郎教授によるもので、「
正規・非正規労働者間の「不合理な待遇差の解消の取組を通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにし、我が国から『非正規』という言葉を一掃する」(働き方改革実行計画)という「目標を掲げて定められたパートタイム・有期雇用労働法(改正法)が4月に施行される。」という書き出しである。
そして、「この改革は、不合理な待遇格差の是正という社会政策の側面と、労働者の能力発揮と賃金上昇を通じ「成長と分配の好循環」を実現するという経済政策の側面をもつ。政策実現のために改正法は、正社員と短時間・有期雇用社員間の不合理な待遇差を禁止し、不合理性を基本給、賞与、諸手当などの個々の待遇ごとに、待遇の性質・目的に照らして判断することとした。」としている。
その上で、「政府は不合理性の判断例を示した「同一労働同一賃金ガイドライン」を策定するとともに、待遇差の内容と理由を「ワークシート」に記載するなどして短時間・有期雇用社員に説明することを事業主に義務づける。各企業は2020年4月(中小企業は21年4月)の施行に向けて急ピッチで準備を進めている。」わけである。しかし、「日本的雇用慣行の根幹にかかわる大改革であるだけに、なお一部には誤解や脱法的な動きもみられる。」としている。
そして、「第1の誤解は「同一労働同一賃金」というスローガンに引きずられたものだ。」とし、「職能給、成果給、勤続給といった職務給以外の賃金形態でも、それぞれの性質・目的に沿った取り扱いがなされていれば適法(不合理でない)とされており、職務給にすることが義務づけられているわけではない。」としている。また、「職務などに違いがあっても違いに応じた均衡待遇が求められるという正しい理解が、ハマキョウレックス事件最高裁判決などを通じて広がった。」としている。
次に、「第2に諸手当と賞与を改善すれば基本給は改善しなくてもよいという誤解」についいては、「基本給についても、その性質・目的に応じた対応が必要なことは改正法とガイドラインに明記されており、改革の趣旨からすれば基本給の改善こそが本丸といえる。」とし、「正規職員と臨時職員間の基本給格差を一定範囲で不合理とする裁判例も出ている」としている。
そして、「第3に長期勤続を予定した正社員を短期雇用の契約社員よりも好待遇とすることは当然許されるという誤解」については、「長期勤続に対する報償という目的をもつ勤続給や退職金」については不合理とはいえないが、「長期勤続の予定とか期待という抽象的・主観的な事情により異なる待遇とすることは不合理とされる。実際に長期勤続した契約社員への退職金の不支給を不合理とした裁判例もある」としている。
さらに、「第4に社会保険未加入や夫の配偶者手当を維持するため、短時間・有期雇用社員本人が賃金引き上げを望んでいない場合、賃金を上げなくてもよいという誤解」については、「不合理な待遇差を禁止した法律規定は、これと異なる当事者の合意を無効とする強行規定と解されている」ので、「労働者がそれでよいと言っても違反は許されない。」とし、「企業経営者としては、就業調整の袋小路に陥る前に、今回の改革を機に短時間・有期雇用社員の待遇を改善し、就業調整枠にとらわれない人材の確保と活用を図ることが大切だろう。」としている。
最後に、「第5に有期雇用社員を無期転換してフルタイムにすれば改正法の適用はなく、待遇を改善しなくてよいという誤解」については、「フルタイムで無期雇用の社員には直接の適用はない」が、「短時間・有期雇用社員の待遇が改善されるなか、低待遇のまま無期転換した、いわゆる「ただ無期」社員が待遇改善を受けず「非正規」的に取り扱われるのは、改正法の趣旨に反する。よって不法行為として損害賠償の対象にもなりうる。」としている。
一方、「改正法の趣旨を正しく理解し、施行前から短時間・有期雇用社員の待遇改善を進める例もある」とし、「(1)正社員と短時間・有期雇用社員に同じ基準で諸手当、福利厚生を支給する、(2)賞与も正社員と同等の基準で支給する、または経過措置を設け段階的に支給額を上げていく、(3)短時間・有期雇用社員も正社員と同じ基本給テーブルのなかに位置づけ、その能力を適正に評価して昇給させる、(4)短時間・有期雇用社員を対象に退職金に相当する企業型確定拠出年金(DC)を導入する、または個人型確定拠出年金(iDeCo)への加入に協力し拠出する――といった動き」を挙げている。
そうして、「共通するのは、人口減少や人工知能(AI)化・ロボット化などの社会変化を見据え、多様で魅力ある雇用形態を武器に有能な人材を確保し活用しようとする経営者や労使の強い意志を反映した改革である点だ。」とし、「正社員の新卒一括採用と終身雇用を特徴とする日本的雇用慣行が転換期を迎えている。企業トップが成長のビジョンを描きつつ、短時間・有期雇用社員の待遇改善を図るとともに、正社員の基本給、諸手当、退職金なども各社員の活躍・貢献に見合うものに変えていくことで、多様で魅力的な雇用の選択肢を提供しようという動きも出てきた。」とし、「これは短時間・有期雇用社員を重要な戦力と位置づける労働集約型産業の大企業だけでなく、正規・非正規の区分にとらわれず優秀な人材の確保と活用を図り成長の原動力としようとする先進的な中小企業でもみられる。改正法の施行に向けた法令順守という視点を超えて、人手不足社会における企業の求人力と人材活用力の強化という視点に立った人への投資であり、未来に向けた経営改革だ。」と評価している。
一方、「政府が果たすべき役割は大きく3つある。改正法を巡る誤解を解き法令順守を促すための情報提供と適切な指導をすること、経営改革を進めるためのノウハウが不足する中小企業に単なる情報提供を超えたオーダーメード型の支援をすること、この個別支援をできる専門家を養成することだ。」と言い、「その拠点として全国に働き方改革推進支援センターが設置されているが、十分に機能していない。これを実効的に機能させるための人材養成、ノウハウ構築と周知啓発が喫緊の課題だ。」としている。
最後に、「今回の改革の根底には、多様性と潜在能力を生かす社会の実現という理念がある。改正法に違反しないように取り繕うという小手先の対応にとどまらず、改革の趣旨や理念に立脚した先見的な取り組みが広がっていくことが、これからの日本社会の発展の鍵となる。」と結んでいる。

一方、下編は、神戸大学の大内伸哉教授によるもので、「2020年4月から大企業で改正パートタイム労働法が施行される(中小企業は21年4月)。「同一労働同一賃金により非正規という言葉を一掃する」という安倍政権の働き方改革の柱の一つだ。非正社員と正社員の労働条件について不合理な格差を禁止するものであり、中でも重要なのが賃金だ。企業は個々の賃金項目について格差の不合理性を点検し、必要に応じて是正することが求められる。」という書き出しである。
しかし、「この法的ルールは内容面でも、政策の方向性でも問題がある。以下では特に3点を指摘したい。」として法律的観点から論じているものである。
まず、「第1に趣旨も義務内容も明確でない。趣旨については不合理な処遇格差を解消するという理念自体は明確だが、格差があることが問題なのか、非正社員の労働条件が低いことが問題なのかがはっきりしない。」とし、「また労使の自主的な判断を尊重したうえで、著しい格差のみ禁止する趣旨なのか、格差をつける場合は常に均衡のとれたものにせよという趣旨なのかも明確でない。」としている。
そして、「法律で理念を明記し、具体的にどうすべきかを行政が指針で明確にし、違反があれば裁判所が無効とするというのは一見完璧なシナリオ」だが、「このルールを先行して適用した労働契約法の現状をみると、このシナリオの欠陥も明らかだ。肝心の義務内容を明確にしきれていないのが原因だ。」としている。
そして、「行政は指針を出し、不合理性の内容の明確化に努めているが、不合理である場合と不合理でない場合の典型例を示すにとどまる。」し、「基本給、賞与、退職金など複数の趣旨が混在する賃金の格差については不合理性の基準を示せないでいる。」ことから、「企業が労働者側との話し合いで合意できても、法が要請する不合理性の基準が明確でないため、後から裁判所により無効とされる可能性は残る。」とし、「この問題を解決するには、著しい格差のみを無効とする、あるいは法律は理念を示しただけで裁判所による事後介入を想定していないといった解釈をとることが検討されるべきだ。」とする。
第2の問題は、「政府が強い法的効力を付与することにこだわったのは、格差是正への強い意思を示したいからだろう。「同一労働同一賃金」というわかりやすい名称を付与し、さらに欧州では一般的に適用される原則だと強調したのも、国民へのアピールとなると考えたからだろう。」という点にあるとしている。
それは、「日本の労働立法はより進んでいる欧州を参考にすべきだという議論は、労働法が各国固有の事情と密接に関連して形成されている実態を軽視するものだ。」とし、1998年発表の菅野和夫東大教授・諏訪康雄法政大教授(肩書は当時)の論文(正社員と非正社員の賃金格差の論拠として挙げられる同一労働同一賃金は、職種による産業横断的な賃金決定をするという社会基盤を前提として成立するものであり、そうした社会基盤がない日本には当てはまらないと論じる内容)に触れている。
すなわち、「日本の正社員は、特定の職種に従事するために採用されるのではない。また基本給は従事する職種に関係ない年功型だし、特定の職種に能力がなくても即解雇にはつながらない。つまり日本型雇用システムは職種に関係のない非ジョブ型であり、採用も賃金も雇用の継続も職種を基本とするジョブ型社会の欧州とは根本的に異なるのだ。」とし、「不合理な格差を是正するには、まずは正社員と非正社員の格差が日本型雇用システムの構造に起因するという認識を持つことが必要だ。」としている。
3つ目の問題は、「不合理な格差の禁止は構造的な原因にメスを入れるものではないので、根本的な解決につながらない。」という点だとしている。「日本型雇用システムの目的は、若い人材を確保し、長期的な雇用を保障しながら、企業に長く貢献できるよう育成することにある。このシステムの対象となる正社員は「いつでも何でもどこでも」といった拘束的な働き方と引き換えに、雇用と賃金の安定という保護を享受してきた。一方、非正社員はそうした保護はないものの、拘束性の低い働き方を享受できた。つまり正社員、非正社員どちらにも一長一短がある。」というのである。
しかし、「それでも政府がこの問題に介入すべき理由は2つある。」とし、「一つは、正社員の短所である拘束的な働き方は安定した賃金で補償されうるが、非正社員の短所である処遇の低さは自由な働き方では補償しきれないことだ。これが貧困問題を生んでいる。ただそこで政府に求められるのは、低賃金で生活困難に陥っている者への直接的な支援(金銭だけでなく住宅、医療面などのサポートも含む)だ。貧困問題を、生産性と関連して論じられるべき賃金の問題として企業に解決を任せるのは政府の責任転嫁だ。」とする。
そして、「もう一つは、正社員になるルートが学卒時に集中しており、非正社員になると後から正社員を選択するのが極めて難しいことだ。若年期に良好な教育機会に恵まれない影響はその後の職業人生にも及び、正社員への道が遠くなり、貧困問題にもつながる。低技能の非正社員が増えることは国力低下ももたらす。これらが格差の持つ真の問題だ。ただその主たる原因が中途で正社員になる機会の少なさにある以上、その解決方法は雇用の流動化であるべきだ。遅々として進まない解雇の金銭解決の早期導入こそ検討されるべきだろう。」というのである。
その上で、「今後デジタル経済化が進むと、標準的な作業は自動化され、その作業を担っていた非正社員はもちろん、正社員も不要となる。求められるのはデジタル技術を活用し付加価値を生み出す創造力に富んだ人材だ。ただ急速な技術革新が進む中での今後の人材投資は、不確実性が大きくリスクが高い。人材の内部育成は、フリーを含む外部からの人材調達へと変わっていくだろう。情報通信技術の発達やマッチングの精度を高める人工知能(AI)が外部調達を一層促進するはずだ。」としている。
最後は、「経団連が新卒一括採用や年功型賃金を見直し、ジョブ型雇用を増やそうとしていることも、デジタル化の動きと軌を一にする。こうなると格差や貧困の問題は雇用形態に起因するものから、デジタル技術を活用する技能の差に起因するものに様変わりする。特に心配なのはデジタル技術に疎い中高年層だ。今後の雇用政策はデジタル格差を防ぐため、デジタル教育と一体で進められる必要がある。」と結んでいる。

まず、施行される法律やガイドラインの内容については、次のブログを参照されたい。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/03/20200309NA11.html

最初の水町教授の論説は、限られた紙面の中に、よくこれだけの情報を盛り込んだものだと感心する。その結論は、末尾にまとめられているように、「多様性と潜在能力を生かす社会の実現という理念」に「立脚した先見的な取り組みが広がっていくことが、これからの日本社会の発展の鍵となる。」というものである。その視点から5つの誤解について述べているが、これらは。「小手先の対応」であり、改正法の趣旨に違反するとしている。
その法令違反の観点から、「改正法につながる近時の代表的な判例・裁判例」を6つ挙げている。これらの概要については、厚生労働省の中央労働委員会の労使関係セミナーで(2019年7月31日)に、明治大学法科大学院の野川忍教授の講演資料「同一労働同一賃金をめぐる裁判例の新しい傾向」がある。
https://www.mhlw.go.jp/churoi/roushi/dl/R010801-1.pdf

一方、下編の大内教授の論説は、最後に述べた「格差や貧困の問題は雇用形態に起因するものから、デジタル技術を活用する技能の差に起因するものに様変わりする」という点に重点を置き、「今後の雇用政策はデジタル格差を防ぐため、デジタル教育と一体で進められる必要がある」というものである。「同一労働同一賃金」については、「労働法が各国固有の事情と密接に関連して形成されている実態」を重視すべきとしているようで、新法の成立を積極的には評価しないスタンスのようである。また、少し奇妙だが、法学者であるのに、判例等に触れた記述はない。
なお、記事で言及している1998年発表の菅野和夫・諏訪康雄両氏の論文は、『労働市場の変化と労働法の課題--新たなサポート・システムを求めて』のようであるが、ネットでは入手できないようで、チェックし切れなかった。ただ、菅野和夫氏の現時点での考え方について、次の資料が見つかった。
https://www.rengo-soken.or.jp/info/%E8%8F%85%E9%87%8E%E5%92%8C%E5%A4%AB%E6%95%99%E6%8E%88%E8%B3%87%E6%96%99.pdf
2020年3月11日 日経朝刊29面 ●就活本番も不透明感 21年卒座談会  企業説明会相次ぎ中止

「3月1日に企業の採用広報が解禁され、2021年春に卒業予定の学生の就職活動が本格的に始まった。今年から採用日程に関する経団連ルールが廃止されて就活スケジュールがより早まるとの見方が強まる一方、新型コロナウイルスの感染拡大によって企業説明会が相次ぎ中止となるなど不透明感もでてきた。就活戦線の模様を主要大学の学生に聞いた。」という記事である。座談会形式で、男女2名づつの学生が参加している。
まず、「新型コロナウイルスの感染拡大によって、就職活動に影響が出ましたか」という質問に対しては、「旅行業界の選考はここまで順調」「上智大では説明会が予定通り開催」「外資系コンサルの選考は1次面接まで進行」「オンラインでの面接となりそう」「合同説明会がほとんど中止」「企業の説明会も多くはウェブ配信に変更」「企業説明会がウェブに移行で時間に余裕」といった状況が紹介されており、「景気の落ち込みで採用が抑制されないか心配」「自分から情報を取りに行かないといけない」といった懸念も出されている。
次に、「感染拡大以前の状況」については、すでに何社かの選考を受けた学生もいるようで、「インターンシップに参加した金融機関から早期選考の案内」「面接を受け、通過後に辞退」「エントリーシート(ES)が通り、グループディスカッション待ち」「インターンに参加した大手IT企業からはウェブテストを受けるよう連絡」「インターン参加企業から実技と面接を受けて通過。最終面接の案内」といった状況が紹介されている。
「具体的な選考内容」については、「業務に関する具体的な課題の解決を考え、優先順位など説明」「「インターン参加者限定」の模擬面接会」いうようなものが報告されている。
そして、政府ルール「3月1日が企業説明会の解禁」については、就活の準備が進んでおらず、参加者の声に驚いたものもあるが、「実際には2月から選考」「正式な内々定の通知は6月だが、実質内々定は4月末」と言われたという状況も報告されている。
次に、「インターン経由の早期選考も多いようですが、就職活動自体はいつごろ始めましたか」という質問に対しては、「公務員から民間へ志望を切り替え」「19年3月に開かれた1学年上の先輩たち向けの合同企業説明会に参加」という報告もあった。なお、学生のインターン回数についての記述では、10社弱、多い人は20社となっている。
さらに、「情報収集に苦戦することも多いのでは」との質問に対しては、「OB・OG訪問で体験談やお薦めの応募先の情報入手」「有価証券報告書の利用」「「くるみんマーク」の取得チェック」などが挙がっている。
続いて、「本格化する選考に備えて準備の進捗」については、「適性検査SPI」の勉強」「ESを早めに書く」「ガクチカ(学生時代に力を入れて頑張ってきたこと)」の内容を詰めたい」などが出てきている。
最後に、「就活はいつ頃終えたい」かについては、「6月までに終えて前期試験に備えたい」「内定が出そろったら決めたい」という回答であった。
なお、「座談会は2月中旬に行い、3月初旬の状況は追加で聞き取りしました」とのことである。

また、記事には、新卒採用に詳しい採用コンサルタントの谷出正直氏からの「就活を進める上での注意点」として、「合同説明会などの中止の続出に対しては業界研究や企業研究、自己分析に努めることが重要」「小規模な説明会やウェブ説明会に参加するほか、大学キャリアセンターの利用推奨」に加えて、「ウェブ説明会などオンライン上での就活が増えると、学生は知名度の高い大手企業にばかり応募しがちだ。大手は競争倍率が高く、学生も意識して志望企業を広げなければ、選考時に失敗する恐れがある。現時点で関心のある企業ばかりに絞らず、幅広く検討することが重要だ」との言も掲載されている。

まず、認識しておく必要があるのは、新型コロナショックより前と後では、就活をめぐる状況が、まるで違ってきているということである。記事では、そのため、2月中旬の座談会の後の3月初旬に追加の聞き取りをしているわけであるが、それ以降も、状況は厳しさを増している。
例えば、座談会の中に、「旅行業界の選考はここまで順調に進んでいます」「夏と冬にインターンに参加した旅行会社では実技と面接を受けて通過。最終面接の案内が来ました」とあるが、旅行業界は、非常に深刻な打撃を受けている。中小企業の中からは、倒産するものも少なからず出て来るであろう。他の業界でも、打撃を受けている所は多い。それほどに厳しい状況であることの認識が、まず必要である。
次に、「OB・OG訪問」や先輩からの体験談は、まず役に立たないものと思った方がよい。就活をめぐる状況は激変しているのであり、何社からも内定がもらえたという状況は、一握りの有名大学の学生の一部に限られると思った方がよい。今、参考にすべきは、むしろ、過去の就職氷河期における就活状況である。是非、ネットで検索してみることをお勧めするが、例えば、次のようなものがある。
https://togetter.com/li/1304438
https://note.com/carlos_soichi/n/n1b2b135154de
https://sie-kimagure.hateblo.jp/entry/2018/12/12/190000
最初のリンクの記事は、「今の大学生に2013年頃まで15年ほど断続的に続いた氷河期がどんな感じだったのかを説明すると、早慶大生がビックカメラの店員になるため面接を5回も突破する必要があった。」としている。そんな馬鹿な、と思うかもしれないが、それくらいが当時の状況だったのである。
なお、このような事態に対するハウ・ツーとしては、次が参考になるかと思う。
https://news.yahoo.co.jp/byline/ishiwatarireiji/20200229-00165305/

ただし、状況は厳しくなるのは確実だと思うが、絶望的になることはない。大事なのは、状況を認識して、自分なりに対応の準備をすることである。「悲観的に準備して、楽観的に行動する」ことがビジネスでの要諦とされるが、これは就活も含めた人生全般に当てはまる。「人事を尽くして天命を待つ」ことも同じ考え方である。
なお、万一にも就活がうまくいかなくても、それで人生を諦めてはならない。長い人生、転機はいくらでもある。新卒一括採用の慣行が瓦解するのは、そんなに遠い将来ではないだろう。今でもそうだが、大手企業でも、AIなど新規分野では中途採用の人材を求めており、そういう人たちの給与が、新卒で入社して社内キャリアを積んだ人よりも圧倒的に高い事例も珍しくないのである。就活の失敗は、失恋に似ているかもしれない。絶望的になっても、また新たな恋のチャンスはある。「日は、また昇る」のである。
学生の本分は勉学であるから、就活で影響を受けることはあるだろうが、きちんと勉学に励むのでなければ、大学にいる意味はないし、就職先の企業でも、勉学を怠けた学生は、すぐにそれと分かるだろう。要は、就活に振り回されずに、自分らしく生きることを忘れないことである。仕事でも何でもそうだが、「一生懸命やったものだけが残って、人生を支える」のである。
2020年3月11日 日経朝刊7面 (FINANCIAL TIMES)「株価こそ全て」米経済に影

この記事の論評については、下記の「年金時事通信」の20-005号として登載しています。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin201405.htm
2020年3月11日 日経夕刊1面 米政権、給与減税を議会に提案 新型コロナ対策
2020年3月12日 朝日朝刊7面 トランプ減税案、不透明 与党と協議 具体性欠く提案

最初の日経夕刊の記事は、「トランプ米政権は10日、新型コロナウイルスによる景気不安に対処するため、給与税の年内免除を軸とした大型減税を米議会に提案した。給与税は年間の税収が1兆ドル(約105兆円)を超え、全歳入の3割を超える。すべての納税者が減免の対象になれば極めて巨大な財政出動となる。もっとも、税制の立案・決定権を持つ連邦議会には慎重論が根強くあり、経済対策の詳細な設計は持ち越した。」としている。
「トランプ氏は10日、共和党の議会指導部と会談し、減税案の早期成立を求めた。同日記者会見したクドロー国家経済会議(NEC)委員長は「トランプ氏は2020年中の給与税の免除を議会に提案した」と述べた。ただ、同氏は減税規模などの詳細は「近いうちに明らかにする」と述べるにとどめ、トランプ氏も予定していた記者会見には出席しなかった。」と言う。「財政赤字は年1兆ドル規模に悪化しており、米議会には追加の財政支出に異論が根強く残る。トランプ氏は大型減税について20年末までの時限措置を要求したが、景気対策には延長がつきものだ。」としている。
なお、「給与税(Payroll taxes)」とは、「社会保障財源として雇用主と労働者が給与総額の6.2%をそれぞれ納めている。税収は年1.2兆ドルと大きく、全歳入の3分の1に相当する。オバマ前政権も金融危機後の景気対策として、同税率を2ポイント下げ、年収5万ドルの世帯に1000ドルの減税効果をもたらした。仮に給与税の税率をゼロにすれば、減税効果も財政出動の規模も極めて大きくなる。」と解説している。

一方、朝日朝刊の記事は、同じ内容を伝えるものだが、「トランプ米大統領は10日、新型コロナウイルスによる打撃を和らげるための経済対策を巡り、与党共和党と協議した。11月の大統領選をにらむ「選挙対策」の色合いが濃く、野党民主党の反発もあって財政出動の規模は不透明なままだ。」としているが、「ニューヨーク株式市場は、主要企業でつくるダウ工業株平均が急反落」したとしている。
「11月の大統領選に向けて米経済の失速を避けたいトランプ氏は、初期からウイルスの影響を過小評価する発言を重ねてきた。」が、「トランプ氏の協議が終わった午後には経済対策への期待感から急上昇」し、「その後開かれた10日夕の会見にトランプ氏は現れず、カドロー国家経済会議議長によると、提案した減税案は「年末までの給与税の免除」などが柱。中身は具体性を欠き、大規模な財政出動への期待が強い株式市場では失望が広がった。」ということで、「11日は取引開始直後から幅広い銘柄が売られ、ダウ平均はきゅう前日の上げ幅がほぼ帳消しになる場面があった。」としている。
「米国では減税などの財政政策は一義的には議会が担い、下院で多数を握る野党民主党との連携が欠かせない。民主党は感染対策と無関係の減税や企業保護には反対で、有給病気休暇をとらせるための支援といった独自案を準備している。」とのことである。
そして、「本来は「小さな政府」を志向する共和党の保守派も、民主党のオバマ政権下では、2008年のリーマン・ショック後の米自動車大手救済などに反対していた。与野党双方の異論を調整する必要があり、トランプ氏の減税案も大幅な修正が避けられない見通しだ。」が、「一方で、金融政策の限界が強く意識されており、学界では積極的な財政政策を求める論調も勢いを増す。オバマ政権で大統領経済諮問委員会委員長を務めたジェイソン・ファーマン氏は米紙ウォールストリート・ジャーナルへの寄稿で、現金支給を軸とした巨額の財政出動を訴えた。」と報じている。

個人的には、トランプ大統領は、大統領選に向けた民主党のサンダース候補が言うように、「史上最悪の大統領」で、再選などもっての他と思っているが、再選に向けた嗅覚には、舌を巻くものがある。政治的には、早くから民主党のバイデン候補を有力な対抗馬と見てウクライナ疑惑などで足を引っ張ってきたが、経済政策などについても、とにかく打つ手が早い。
今回も、コロナ・ショックが深刻と見るや、過小評価してきた発言などなかったように、給与税減税を打ち出し、欧州からの入国一時禁止で株価が暴落するや、国家非常事態宣言で、新型コロナウイルスの検査無料を打ち出している。日替わりで目が回るが、過去の発言に捕らわれることなく、行動が迅速である。
ただし、給与税(Payroll taxes)の引き下げには、大きな問題がある。日経記事では、「社会保障財源として雇用主と労働者が給与総額の6.2%をそれぞれ納めている」とあるが、これは給与税のうちの公的年金税(Social security tax)分であり、比重は大きいものの、他に高齢者・障害者向け公的医療保険(Medicare)分1.45%もある。引き下げれば、公的年金と高齢者・障害者向け公的医療保険の財政を危うくしかねない面があることが懸念されている。
https://www.cnbc.com/2020/03/11/how-a-payroll-tax-cut-could-impact-social-security-and-medicare.html
すなわち、定率の給与税の引き下げは、高所得者ほど有利である一方で、弱者についての公的年金や医療保険の財政を害することに問題があるわけである。記事にある「現金支給を軸とした巨額の財政出動」の提案とはまったく異なる面を持っているのであり、中高所得者向けの選挙対策としては効果的で、株価の持ち直しにも寄与したわけだが、果して、どうなるのであろうか。