2020年2月22日土曜日

2020年2月22日 日経朝刊5面 転職者数 過去最高に 昨年、正規雇用への転換増
2020年2月23日 朝日朝刊7面 (フォーラム)転勤、ざわつきますか:1 家族の負担
2020年2月28日 日経朝刊17面 UAゼンセン松浦会長「同一労働同一賃金を注視」

最初の記事は、「総務省は21日、2019年の月次平均の転職者数が前年比7%増の351万人となり、比較可能な02年以降で最高になったと発表した。半数近くは若手だが、55歳以上の転職者も同72万人と全体の21%を占めた。堅調な雇用情勢を背景に、非正規雇用から正規雇用への転換も増えた。」との記事である。
「転職者は08年のリーマン・ショック発生後に減少したものの、11年以降は増加傾向が続く。特に女性は出産や育児などを経て働き方を変える人も多く、19年の月次平均は9万人増の186万人で、男性の165万人を上回った。」とのことである。
そして、「有効求人倍率も0.01ポイント低下の1.60倍と、過去3番目に高かった。売り手市場が続くなか、当面は転職市場も活況が続きそうだ。」と結んでいる。

次のフォーラムは、「いまの時代になじみにくそうな転勤について考えます。」というもので、シリーズ第1回のこの記事では、「家族の負担」について論じている。デジタルアンケートに寄せられた声の紹介では、「転居も別居も地獄/同行で再就職できず/独身にしわ寄せ」といったものがあげられている。
「転校後、子どもの精神的安定に母親として神経をすり減らして必死に対応」したのに夫から「うちの子どもはなじんだよな?と夫から言われ」て怒りを通り越してあきれた妻の声、「夫が転勤となり、帯同のため勤務先を辞め」ることとなった母親の「保育園に入っていないと私の再就職もできないし、働いていないと保育園にも入れない」という状況で「家族の負担を会社は何も考えていない」という声、一方で「独身子ナシの公務員」の「様々な生き方、働き方を認めるという建前でしわ寄せにあってる人たちがいることを認識してもらいたいし、平等な異動計画をお願いしたい。」との声などが上がっている。
「雇用側としても広い視野をもつ人材は貴重」とする声もあるが、「マイホーム購入後すぐ単身赴任」「父として後悔せぬため辞退」といった事例もあり、「転勤自体が一概に悪いとは言えないと思う。転勤先での新たな業務や人間関係が刺激に感じられたり、新しい価値観を養ったりする機会となるかもしれないので。ただそれを選ぶかどうかの権利が社員にはあるべきと思う。」としているものもある。
記事へのコメントで、法政大学の武石恵美子教授は、「転勤は戦前、キャリア官僚など一部の層で実施されていたのが、戦後、民間企業に広がりました。一つの会社で安定的に雇用が守られる代わりに「どこにでも行く可能性がある」という契約です。」「転勤は、日本の経済成長に重要な安定的な雇用とセットでした。専業主婦が主流だったために成り立った制度とも言えます。」とし、時代が変わり「夫婦2人が働き続けることを前提にすると、「うちの会社だけ」では済まされません。社会全体で考えるべき問題です。」としている。
また、大和総研の菅原佑香研究員は、武石教授と同様の見解を示しつつ、「本当に転勤にメリットがあるのならば、ライフスタイルの制約が比較的少ない、若手の段階に前倒ししてやっていくべきでは。」とした上で、「勤務地域を限定する「限定正社員」を積極的に増やすことも必要です。…ライフスタイルの変化に応じ、正社員と限定正社員を行き来できるなど、キャリアの柔軟な転換も、これから求められます。」としている。

最後の記事は、正規社員と非正規の不合理な待遇差を禁じる「同一労働同一賃金」(4月から大企業に適用)について、「流通や外食の労働組合が集まり、パートや契約社員などの組合員が6割」のUAゼンセンの松浦昭彦会長へのインタビュー記事である。
「関連法や国のガイドラインは賃金や福利厚生を巡って均等・均衡の待遇を求めている。一時金も、業績など貢献に応じて支給する場合は正社員以外にも支払う必要がある。流通や外食では同じ内容の仕事に正社員やパートらが入り交じって働いており、しっかり守られるか注視する」「個別企業の労働組合から、通勤手当や休暇の制度を正社員と同じように改善させることになったという報告がすでに上がっている。ただ、グレーゾーンなどで色々な動きが出てくると思う。格差改善に向けた情報共有を進めたい」という見解が示されている。

最初の記事の転職者の状況については、新型コロナウイルスの影響で、大きく変化する可能性がある。「リーマン・ショック発生後に減少」した以上の影響があるのではないか。リーマン・ショックとの比較では、次のブログで論評している。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/02/20200229NA17.html

次の転勤に関する記事を、ここで取り上げたのは、日本の転職者の状況には、日本型雇用の影響が大きく影響していると思われるからである。日本型雇用では、年功序列・終身雇用という仕組みによって労働者を企業内に囲い込み、外部への流出を抑止している。企業内組合も、企業第一として、これを黙認している。その結果、雇用保障の代償として、従業員には転勤命令に従う義務があるわけである。また、この転勤命令の発令は、経営者側の裁量によって行われており、記事で武石教授が言及している「他の社員との公平性を担保するために転勤させる」という業務上の必要性がない場合もあり得るし、転勤拒否者には冷遇や解雇などの懲罰的な取り扱いもあり得る。要するに、転勤は従業員の管理ツールの一つとなっており、「社畜」と呼ばれる状況を作り出すものとなっているのである。

最後の「同一労働同一賃金」に関する記事は、上記の二つの記事とは関連が薄いように思われるかもしれないが、密接な関連がある。日本での「同一労働同一賃金」に向けた施策では、「均等処遇」ではなく、「均衡処遇」という用語が用いられている。この「均衡」が問題で、正社員には時間外労働や転勤に関して非正社員にはない制約があるため、同一の労働に対して同一に賃金が支払われなくとも、必ずしも、それだけで違法ということにはならず、総合的な「均衡」を考える必要」があるというのである。
とりわけ、転勤については、上記の記事で菅原研究員が言及している「限定正社員」というものが出てきているが、これは地域限定の雇用契約であるため、転勤に可能性や負担が軽減されるというものである。
しかしながら、労働による成果や貢献以外に、このような転勤可能性を用いて労働者を管理するのは、権利の濫用ではないのか。正社員の転勤を「限定」するという考え方に立つのではなく、転勤を行う労働者の方を、例えば「グローバル社員」といった形で峻別した上で、実際に転勤をした場合に限って手当等で配慮すれば済む話である。そのようにすれば、正社員と非正規労働者との垣根はなくなり、「同一労働同一賃金」の均等処遇につながるであろう。
私自身、何度も転勤しており、単身赴任も行ってきた。当時は、やむを得ないものとして受け入れていたが、家族の負担も大きかった。転勤は、経営側の都合だけでなく、労働者側の都合ともマッチングさせて行うべきものであろう。人事異動を、将棋の駒を動かすような気持ちで行われたのではたまったものではないし、そこに働く可能性のある情実は、組織の公平公正を損なうものではないか。
2020年2月22日 日経朝刊1面 企業の厚生年金、加入逃れ対策強化 雇用保険の情報活用

「厚生労働省と日本年金機構は、厚生年金の保険料支払いを逃れる企業への取り締まりを強化する。2020年度から4年間を集中対策期間として雇用保険の加入者情報を新たに使って、対象の可能性がある約34万件の事業所に適用するよう指導していく。働き手の老後の年金を増やすとともに、加入者の増加で制度の基盤強化につなげる。」との記事である。
「まず加入対象となる従業員らが5人以上いるか家族以外の従業員を雇う法人事業所で未加入を解消する。」としており、「年金機構はこれまで国税庁から源泉徴収に関する情報提供を受け、厚生年金の適用を増やしてきた。」が、「新たに雇用保険の加入者情報を使うことで就業状況を把握し加入義務のある企業をあぶり出す。」とのことである。
「現在、厚生年金の保険料逃れをしている企業は問い合わせに応じないなど悪質の例が少なくない。年金機構はこうした接触が難しい企業への立ち入り検査に向けて専門組織を立ち上げる。」とのことである。

記事の内容は、当たり前のことで、「加入逃れ対策強化」といっても、この程度のことに過ぎないのか、と思う。同じ厚生労働省の所管である「雇用保険の加入者情報」を、これまで有効活用してこなかったことに呆れる。これでは、厚生省と労働省とを、一体化した意味はないではないか。「問い合わせに応じないなど悪質の例」に対する対応も、手緩いのではないか。そこには、年金保険料の納付をお願いする、というような過去の姿勢が垣間見える。
税も保険料も、国民にとっては同列のものであり、国家を維持する上で欠かせないものである。この観点から、税と保険料の徴収を一元化している国も少なくない。次の論文「国税と社会保険料の徴収一元化の理想と現実」には作成日付がないが、参照の新聞記事からして15年ほど前に書かれたものと思われるが、税に関わる立場から、当時の税務大学校研究部の松田直樹教授によるものである。
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/47/matsuda_01/ronsou.pdf
この論文の参照によれば、米国、カナダ、イギリス、アイルランド、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ハンガリー 、アイスランド、アイルランド、オランダ、ノルウェー、アルベ ニア、アルゼンチン、ブルガリア、クロアチア、エ ストニア、ラトビア、ルーマニア、ロシア、セルビア、スロバニアと、非常に多くの国で徴収一元化が行われているそうである。
論文では、徴収一元化が必ずしも万能の解決策というわけではないとしているが、税と社会保険料の今日的位置づけからしても、事務の効率化の観点からしても、徴収一元化をもっと真剣に考える必要があるのではないかと思われる。

2020年2月21日金曜日

2020年2月21日 朝日朝刊10面 (経済気象台)「高齢者」の捉え方議論を

「全世代型社会保障検討会議の中間報告が昨年12月に公表された」が、「具体的な制度改正は相変わらず高齢者優遇のままだ。これでは、支えてもらう子や孫の世代に申し訳ない気がする。」とする論説である。
そして、「今回の改革では、年齢を基準に「高齢者」と一くくりにする捉え方を見直すことが眼目のひとつである。…本当に困る方に集中して支援する考え方に変えていくことは当然だと思う。」とし、「高齢者による負担のあり方についても同じことが言える。年齢で一律に軽減や免除をするのではなく、負担できる能力、すなわち所得や資産の多寡に応じた負担を求めることが筋である。」というのである。
そして、「問題は負担に公平感を持たせられるかであり、それは所得や資産の適正な把握にかかっている。金融資産の捕捉はそう容易ではないことは事実だが、そのためにもマイナンバー活用の検討を早急に進めるべきである。資産状況の捕捉が進み、負担能力のある人はみな平等に負担せざるをえない状況が作り出されれば、ある程度の金融資産を持つ高齢者なら次世代に負担を押しつけようとはしないだろう。」と結んでいる。

だが、「ある程度の金融資産を持つ高齢者なら次世代に負担を押しつけようとはしないだろう。」という認識は、甘いと言わざるを得ない。そういう気持ちがあるのなら、自分自身の判断でも、対応できることはある。実は、公的年金の給付は、必要性がなければ、辞退できる仕組みになっている。
https://www.nenkin.go.jp/faq/jukyu/seidokaisei/shikyuteishi/20140421-01.html
しかし、このような「辞退」を選択した者は、どうやら、ほとんどいないようである。私は、政治家や高級官僚など、年金を受給しなくても困らない人達に辞退を促すために。辞退者に「年金勲章」を授与し、その人達のみを受勲の対象にしたらどうかと提案したことがあるが、何のインセンティブもなしに、今日に到っている。
この論説の奇妙な点は、「高齢者」の捉え方を論じながら、その具体的な内容は記述されていないことである。「本当に困る方」というのなら、それは高齢者には限定されない。年齢を問わずに対応を進めるべきであるということなら、「ベーシック・インカム」の考え方に発展して行ってもよさそうだが、その気配は感じられない。結局、「高齢者は優遇されている」という認識をベースに、「負担能力のある人はみな平等に負担せざるをえない状況」を求めているわけだが、そういう状況にならなければ、現状でも仕方がないというようにもとれる。
高齢者の特殊性は、「働きたくても働けない」人の割合が多いということである。肉体的な面だけでなく、精神的な面や社会的な面も影響する。「次世代に負担を押しつけ」を論じる前に行うべきことは、世代内において、助け合いの精神を醸成することであろう。同世代の困窮者に目をやらずに、次世代にばかり目を向けるでは、足元がおぼつかない。世代内と世代間とを俯瞰して考えなければ、「全世代型社会保障」の在り方も、きちんと考察することはできないのではないか。
2020年2月21日 日経朝刊27面 (経済教室)低下続く労働分配率(下)企業、労働者の努力に報いよ

「低下続く労働分配率」についての特集の最後の下編で、一橋大学の小野浩教授によるものである。
労働分配率低下の「各国に共通する要因としては労働組合組織率の低下、株主資本主義への移行、国際経済と貿易の発展に伴うアウトソーシング(人やサービスの外部委託)の影響などが挙げられる。」という書き出しである。
米国の場合には、低コスト・高収益を実現している「スーパースター企業」の台頭が注目されているが、「現時点で日本にGAFA並みの企業はなく、スーパースター企業説が日本に適応するとは言い難い。」としている。
そこで、日本については、「日本の労働市場全体の動向とガバナンス(統治)・財務会計の面から検討する」とし、第1は「長期雇用を前提とした日本的雇用慣行の反省として、バブル崩壊後、企業が正規採用を減らし、人件費を抑制したこと」、第2は「「失われた20年」を経て、企業が賃上げに慎重になったこと」、第3は「成果主義など賃金制度の改革を介して人件費が縮小したこと」、第4は「内部留保(または利益剰余金)の増加」、第5は「企業の現預金の増加」としている。
また、最後の第5に関連して、一橋大の野間幹晴教授の「日本企業の退職給付にかかる負債」の指摘に触れ、「確定給付型企業の場合、給料が将来の年金に結びついているため、今の給料を上げると退職後の年金も引き上げねばならない。高齢化・長寿化が進むと確定給付型年金の企業負担はさらに膨らむことになる。」としている。
その上で、「ポストバブル期に、日本企業は業務効率化とコスト削減の圧力が高まり、雇用関係にも厳しさが増した。成果主義導入や働き方改革などにより、労働者は着実に生産性を高めている。」とし、「労働時間を減らし、生産性を高めた一方で、評価・給与体系は旧態依然のため、給料が減ったという現場の声も聞こえてくる。」とし、「ポスト働き方改革の日本的経営とガバナンスを模索することが急務だ。」と結んでいる。

この論説での論点は、労働者の生産性の向上によって企業の利益が向上したのかどうかであろう。「労働時間を減らし、生産性を高めた」としても、時間当たりの労働生産性の増加は、労働時間全体の剤・サービスといった生産物の増加には、必ずしも結びつかない。より少ない時間で同じ生産物を生み出すことができるようになった場合の労働者に対する対価は、労働時間の短縮による自由時間の増加と考えられる。企業が、副業の容認に舵を切りつつあるのは、従業員が企業外で収入を稼得する機会を提供しているとも考えられる。
「スーパースター企業」が日本では出現していないとしても、その活動はグローバル化しており、世界中に広がっている。日本の企業も、直接的・間接的に、こうした企業と競争していかなければならない。そうであれば、ITの活用による効率化は必須であるし、また、より賃金の低い労働者を求めて国外でのオフショア活動にも取り組まなければならないわけである。その観点から、日本には、相対的に賃金の低い労働者が豊富なアジア諸国が近隣にある。なお、ヨーロッパにおいては、経済発展に取り残されていた東欧諸国からの労働者がEU拡張によって流入しており、米国には、メキシコなどから多くの移民が、違法であっても押し寄せている。
このような世界中での人間の移動の拡大は、各国での賃金の平準化をもたらすこととなり、先進国での賃金が減少する一方、発展途上国での賃金は上昇することになる。それ自体は、地球的規模からすれば悪いことではないが、影響を受ける国の中では、排斥の動きも出て来ることになる。英国のEUからの離脱、トランプ大統領の移民抑制方針は、このような状況を踏まえたものであり、現代版の「ヒトに対する鎖国」とも言えるであろう。
そのような世界情勢を考えれば、日本の状況のみを考えて、労働者の賃金を引き上げることを説いても、実効性があるとは思えない。結果的に、企業が享受している高収益に対して、課税強化をすることによって、その企業の従業員だけでなく国民全体が利益を得られるようにすべきであろう。ところが、真逆の事が起きている。財務省の「法人課税に関する基本的な資料」を見てみよう。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/c01.htm
「法人税率の推移」を見ると、日本の法人税率は大幅に低下してきたことが分かる。一方で、「法人実効税率の国際比較」を見ると、それでも日本の法人税率が低いわけではない。
これには、「スーパースター企業」をはじめとするグローバル企業の状況が深く関わっている。グローバル企業が活動の拠点を定める場合、法人税の負担は、大きな要素である。そこで、各国が競って法人税率を引き下げ、そうした企業を自国に誘致しようとしてきたわけである。法人税収にはあまり期待できなくとも、雇用にはプラスであるし、経済を活性化できると考えたのである。
さて、そうなると、どうすればいいのであろうか。それが最大の問題になっている。EUのように、個人情報保護を足掛かりに、「スーパースター企業」の君臨を抑制しようとしているところもある。また、国際的な課税基準を整備して、本拠と拠点との間の課税逃れを防止しようとする動きも出てきている。だが、今のところ、そのような取り組みは、試行錯誤の段階であるように思われる。
一方、環境問題では、地球規模の取り組みの必要性が叫ばれている。一国の利益が地球の危機につながるという危惧は、環境問題に限定されるものではない。それでも、地球規模の対応にまで進むのには時間がかかる。各国においては、そのような将来の地球規模での対応の方向性も視野に入れて、現状を改善する必要があるわけだが、さて、日本は、どのような対応から進めていけるのであろうか。
最後に、上記論説の確定給付型年金について述べておきたい。「給料が将来の年金に結びついているため、今の給料を上げると退職後の年金も引き上げねばならない。」というのは、実情を知らない見解である。高度成長期において、給与は大幅に上昇してきた。当時は、確かに給与増が退職金に直接的に反映される制度も多かったようだが、それでは持たないとして、多くの企業で、給与増が退職金に直接に反映されないように、本俸のみを退職金の算定給与とするような変更が行われた。その後は、退職金を給与から完全に切り離し、役職等に応じるポイントの累積を基準とするものも多くなっている。このことは、退職金から切り替えた企業年金にも、そのまま引き継がれている。もちろん、それでも年功序列的な体系が残っている面はあるが、「高齢化・長寿化が進むと確定給付型年金の企業負担はさらに膨らむ」というのは、思い込みによる誤認である。
2020年2月21日 日経朝刊21面 (大機小機) 国民皆が資本家になろう

「今日、企業利益が高水準にあるなか、企業が利益をため込むことが問題視され、内部留保課税論まで浮上する。こうした点についてどう考えればいいか。結論を先に示せば、国民皆が株主になって企業利益にあずかることだ。」という論説である。
「従来、企業利益は3つのルートで世の中に還元され、資金循環をもたらした。第1は、企業の設備投資によるもので、バランスシート上に資産を計上することになる。第2は、賃金など損益計算書上の経費によるもので世の中へトリクルダウンをもたらした。第3は、金融機関などへの利払いで、預金者等に還元された。今日では以上の3ルート全てが滞り、その結果、企業に空前の規模のキャッシュが滞留する状況だ。」としている。
そして、バブル経済崩壊後には、「3つのルート全てのトリクルダウンが縮小し、企業だけが利益をため込む状況になった。一方で、企業の支払う配当は大幅に拡大し、今日の水準は90年代初めの5倍を超える。」という状況になっているが、「企業のため込むキャッシュを国民が取り戻すには、内部留保課税より、むしろ株主として企業の一員になり分配を享受することだ。」と主張している。
その上で、「金融当局から「貯蓄から投資へ」とのスローガンが示されるのも、結局は国民の多くが株主になって企業からの分配を受け取ることで世の中に資金還流を図る動きといえる。」としているものである。

「配当が過去最高水準に拡大したなかで配当による分配にあずかることは理にかなう」というのは、説得力のある主張には見える。しかし、この論説は、重要な論点に、思慮不足か故意にかは分からないが、触れていない。それは、分配の公平性である。
経済が成長し、トリクルダウンというか、ありていに言えば「おこぼれ」が庶民に落ちて来る状況であれば、生活は少し潤うように思えるだろうが、実は、格差は拡大する。持てる者のメリットの方は、持たざる者のメリットよりも大きいのである。そして、この格差を緩和するのが、税の増収による再分配である。この状況下においては、相対的貧困は増加するが、絶対的貧困は減少するわけである。
一方、経済が停滞する状況下においては、絶対的貧困が増加する。相対的貧困は縮小することになると見込まれるが、経済・企業活動のグローバル化・独占化によって、この状況下でも巨額の利益をあげる企業が出現しており、その企業の恩恵を受ける者と受けない者との間に、大きな格差が生じる。そうなると、絶対的貧困に加えて相対的貧困も拡大することになりかねない。
ところが、このような状況下において、世界各国は、高収益の巨大企業を誘致して、「おこぼれ」にあずかろうとするようになる。その手段が、法人税の軽減である。かくして、利益をあげた企業からの税収を、格差是正のために貧困層に向けるという再分配の機能が弱体化することになっているのである。
記事の論説に戻れば、「株主として企業の一員になり分配を享受」することができるのは、持てる者である。持たざる者に「株主になれ」と言ってみても、空論に過ぎない。したがって、この論説は、格差の拡大を肯定・正当化するものと言えよう。
もっとも、「内部留保課税」が適切かどうかには、疑問がある。利益を蓄積し、将来の収益機会に投資するタイミングを図ることは、企業の本来の戦略であろうからである。
してみれば、本来の対応は、法人税率を上げればよいのはないかということになろう。

わが国の法人税率の推移は、次のようになっている。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/082.pdf
基本税率は、ピーク時の43.3%から半分近くの23.2%まで軽減されている。何のことはない、増えた内部留保に、この軽減分が反映されているわけである。その点で、内部留保課税の正当性にも根拠がないわけではないが、それは、実質的に遡及課税の面を持つ。
一方、法人実効税率の国際比較は、次のようになっている。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/084.pdf
英国は少し低いが、日本の水準は、先進各国の中では高くも低くもない水準である。日本の法人税率の引き下げは、このような各国の状況を踏まえながら行われてきたものと言えよう。となると、法人税率の引き上げは、そう簡単ではないことになる。

もう一つ、企業の内部留保が増える要因は、上記の論説の中でも「マイナス金利も含む超低金利政策で企業の利払いは極端に減り、1990年代初めの6分の1程度の水準になっている。」と指摘されている「利払い負担」の軽減である。
これは、結局のところ、預金金利による国民の取り分を削って、企業に回したということである。このことも、内部留保に厳しい目が向けられる要因である。
論説では、「預金金利」が減った分を「配当」で補えばよい、という主張になるわけだが、そう単純にはいかない。預金なら名目価値は基本的に維持されるが、配当をもたらす株式には大きな価格変動リスクがあり、少額の資金では対応できないからである。

一方、こうした中で、日銀は、日本株の上場投資信託(ETF)の買い入れを続けており、2019年3月末の時価ベースでの保有額は、28兆9136億円前年比4.4兆円増、
18%増)となっている。(下記の金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託))
買い入れは、止めたら株価はどうなるのかという点もあるが、個人の購入機会・配当還元利益を奪っているという見方もある。

いろいろ考えてみても、一筋縄ではいかない問題であり、この論説のような単純な話ではない。

2020年2月20日木曜日

2020年2月20日 日経朝刊29面 (経済教室)低下続く労働分配率(中) 競争促進・規制緩和、反転の鍵

「低下続く労働分配率」の特集の中編で、経済協力開発機構(OECD)経済局のシリレ・シュエルヌス副課長によるものである。
「過去20年にわたり、日本をはじめ経済協力開発機構(OECD)加盟国の多くで労働生産性の伸びが鈍化してきた。資本装備率や全要素生産性の伸び悩みも背景にあると考えられる。実質賃金の上昇率は、ペースダウンした労働生産性の伸びすら下回り、生産性の伸び悩みが賃金上昇率に及ぼす悪影響を増幅している。」という書き出しである。
「生産性の伸びはもはや実質賃金の伸びには直結していない」ことから、「労働分配率は下がることになる」とし、「労働分配率の低下は、少なくとも3つの理由から政策に関わる課題といえる」としている。第1に「実質賃金が伸び悩み、現行の政策や制度への激しい反発を招きかねない」こと、第2に「資本所得の比率が上昇すれば所得格差が拡大する」こと、第3に「イノベーション(技術革新)や成長にも関わってくる」ことである。
その上で、最近のOECD調査によると、「過去30年間の労働分配率低下はグローバルな現象ではない」とし、「米国、日本、ドイツでは低下する一方、フランス、英国、イタリアでは上昇している」と指摘している。
そして、「一部の国で労働分配率が低下している原因」として、「技術進歩は長期的には省力化につながる」という研究を引き、「一般的に労働分配率が低下している国では情報通信関連の資本財価格が下がっていることがわかった。」としている。また、「製品市場を競争促進型に改革すれば、生産者のレントが減るはずだ」とし、「米欧で労働分配率に差がある一因は、欧州に比べて不十分な米国の競争促進政策にあることを示している」とし、日本については、「製品市場の規制が競争促進的でないようだ。」「非正規労働者の採用が急速に拡大していることも、労働者の交渉力の弱体化」としている。
その上で、「人々の幸福を考えるなら労働分配率それ自体を政策目標とすべきではない。目標とすべきは、生産性の向上と労働者の取り分増加の両方を同時に実現することだ。」という認識を示し、「2つの目標を同時にめざす政策対応で重要なのは、貿易自由化や新技術導入に伴う混乱に対処できるようなスキルを労働者に習得させることだ。」とし、「製品市場の競争」を促す必要性にも言及している。
そして、労働市場の問題について、特に日本に関して、「日本の政策や制度が労働者の高賃金の職への移動を妨げ、雇用主の賃金決定力を強めていることもわかった。」とし、「多くの企業が年功序列型賃金体系を採用し、定年を60歳に定めている。」中で、「女性と高齢者を中心に賃金の低い非正規雇用が増えており、労働市場の二極化が深刻化している。」とし、「企業の60歳定年制の廃止と、正規労働者と非正規労働者との雇用保護格差の縮小が望まれる。特に正規労働者の正当な解雇事由に関する法的曖昧さを減らすことが必要だ。労働市場の二極化が解消され、生産性向上に伴う利益が労働者により多く分配されるだろう。」と結んでいる。

実に、多くの視点からの分析で、短い紙面の中に、よくこれだけ詰め込めたものだと感心する。論説の主眼は、労働分配率の低下の原因については、技術進歩と競争不足であるとし、それに対する方策として、労働者のスキル向上と競争促進とをあげている。整理してみると、さほどに新しい所はない。
労働者のスキル向上については、「生涯教育支援や失業者の再活用推進の重要性」に言及し、「日本のような高齢化社会では、高齢労働者に的を絞った教育支援を進め、デジタル技術教育・訓練を実施することが特に望まれる。」としている。
日経から求められた論説故であろうが、日本についての分析や提言は、さほどに深みのあるものではない。日本についての知識や情報は十分なものとは思えず、インタビュアーの誘導にもよるのであろうが、日経的な考え方が随所に窺われる。
焦点の「労働者のスキル向上」について言えば、その機会やコストを、誰がどのようにして提供し、負担するのであろうか。「生涯教育支援や失業者の再活用推進」ということなら、その主体は、企業ではなく政府になるであろう。その支援について考えると、「高齢労働者に的を絞った教育支援」が果して有効で効率的なものなのであろうか。また、その教育期間中の生活コストの負担は、どうすればいいのだろうか。
先進国でも、「食う」ために働いている人は多い。「教育」に目を向けたくても、そうすることができない労働者は、多くが非正規労働者として日々の生活に追われている。「Working Poor」の広がりは世界的なもので、その深刻度は広がりを見せているように思われる。米国においても、教育費の高騰から、大学を中退し、不安定な職業に就くことを強いられた上に、退学で教育ローンの支払に追われるというケースが急増しており、シリコンバレーを抱え、全米有数の富裕者が集うカリフォルニア州では、家賃の高騰から住居を追われてホームレスとなる人々が多数発生している。「欧州に比べて不十分な米国の競争促進政策」と言うが、米国のみならず世界中で議論されているのは、巨大企業による独占の影響を排除する必要があるのではないか、ということである。
「労働分配率それ自体を政策目標とすべきではない」のは、その通りであろう。しかし、技術進歩やオフショアリングについては、それらによる利益を企業側が独占するようなら、資本家の取り分が増える一方で労働者の取り分が相対的に下落するだけでなく、労働者の失業リスクが高まることになる。
生産性の向上は、本来は、労働者にとっても労働時間の短縮などの利益につながるべきものであろう。ところが、技術進歩やオフショアリングが進んでいると、この論説でも評されている日本では、労働時間の長い状態が続いており、過労死までもが社会問題となっている。「働き方改革」が、真に国民のためになるようにするためには、様々な角度からの考察や施策が欠かせまい。
2020年2月20日 朝日朝刊10面 (経済気象台)年功制の限界と企業の今後

「日本企業は長年、長期雇用を前提に若い時の賃金を低く抑え、年齢とともに賃金が上昇する仕組みをとってきた。ベースアップや定期昇給といった春闘とは切り離せない仕組みは、年功制を代表するものだが、若年層を中心に拒否感が強い。」とする論説である。
「優秀な人材は年齢に関係なく成果に比例した処遇を求め、外資系やベンチャーに流れる傾向にある。」のに対し、「AI(人工知能)分野の技術者や国際的に活躍できる経営幹部候補を対象に、初年度から一般的な初任給の何倍もの処遇を提示する事例が出てきた。」としている。
そして、「個人的には「終身雇用制」には賛成だが、成果に比例した処遇とセットが条件だ。組織や個人の成果を公正に評価する仕組みが不可欠である。」とし、「今後10年間の日本企業の変化を興味深く見守りたい。」と結んでいる。

「成果に比例した処遇とセット」で、論者が賛成する「終身雇用制」が成り立つものなのであろうか。そもそも、この「終身雇用制」のイメージが分からない。本人が希望する限る雇用を継続するというのでなければ、定年までの雇用を保証するということなのだろうか。しかし、そのような仕組みは、年齢による差別でもあり、「成果に比例した処遇」と両立するようには思えない。
また、「組織や個人の成果を公正に評価する仕組み」が、年功序列に慣れ親しんできた連中が経営者や管理者を占める会社の中で、確立できるのかどうかも疑わしい。そもそも、そんな仕組みがあるのだろうか。実力主義とされる米国でも、いや米国の方が、上司の決定や評価が絶対的であることは、トランプ大統領が、簡単に政府高官などを更迭している状況を考えれば、推察できるであろう。
難しいのは、保護・育成と、専門性発揮とのバランスである。日本の新卒一括採用は、「保護・育成」面では、評価できる点があると思う。しかし、そうした採用方式のみで、変化の激しい状況下で専門家が育っていくとは思えない。育成によって専門家に育つ人もいるであろうが、やはり即戦力として、外部から採用することが必要であろう。そうだとすると、「年功序列」も「終身雇用」も、維持できるはずはない。
例えば、育成社員は10年の任期制、即戦力社員は5年の任期制という契約にして、新陳代謝を図っていかなければ、ドラスチックな変化には対応できないのではないか。退社もネガティブに考えるべきではない。新しい活躍の場への巣立ちとしては、「卒業」という言葉がふさわしいだろう。