2020年2月20日木曜日

2020年2月20日 日経朝刊29面 (経済教室)低下続く労働分配率(中) 競争促進・規制緩和、反転の鍵

「低下続く労働分配率」の特集の中編で、経済協力開発機構(OECD)経済局のシリレ・シュエルヌス副課長によるものである。
「過去20年にわたり、日本をはじめ経済協力開発機構(OECD)加盟国の多くで労働生産性の伸びが鈍化してきた。資本装備率や全要素生産性の伸び悩みも背景にあると考えられる。実質賃金の上昇率は、ペースダウンした労働生産性の伸びすら下回り、生産性の伸び悩みが賃金上昇率に及ぼす悪影響を増幅している。」という書き出しである。
「生産性の伸びはもはや実質賃金の伸びには直結していない」ことから、「労働分配率は下がることになる」とし、「労働分配率の低下は、少なくとも3つの理由から政策に関わる課題といえる」としている。第1に「実質賃金が伸び悩み、現行の政策や制度への激しい反発を招きかねない」こと、第2に「資本所得の比率が上昇すれば所得格差が拡大する」こと、第3に「イノベーション(技術革新)や成長にも関わってくる」ことである。
その上で、最近のOECD調査によると、「過去30年間の労働分配率低下はグローバルな現象ではない」とし、「米国、日本、ドイツでは低下する一方、フランス、英国、イタリアでは上昇している」と指摘している。
そして、「一部の国で労働分配率が低下している原因」として、「技術進歩は長期的には省力化につながる」という研究を引き、「一般的に労働分配率が低下している国では情報通信関連の資本財価格が下がっていることがわかった。」としている。また、「製品市場を競争促進型に改革すれば、生産者のレントが減るはずだ」とし、「米欧で労働分配率に差がある一因は、欧州に比べて不十分な米国の競争促進政策にあることを示している」とし、日本については、「製品市場の規制が競争促進的でないようだ。」「非正規労働者の採用が急速に拡大していることも、労働者の交渉力の弱体化」としている。
その上で、「人々の幸福を考えるなら労働分配率それ自体を政策目標とすべきではない。目標とすべきは、生産性の向上と労働者の取り分増加の両方を同時に実現することだ。」という認識を示し、「2つの目標を同時にめざす政策対応で重要なのは、貿易自由化や新技術導入に伴う混乱に対処できるようなスキルを労働者に習得させることだ。」とし、「製品市場の競争」を促す必要性にも言及している。
そして、労働市場の問題について、特に日本に関して、「日本の政策や制度が労働者の高賃金の職への移動を妨げ、雇用主の賃金決定力を強めていることもわかった。」とし、「多くの企業が年功序列型賃金体系を採用し、定年を60歳に定めている。」中で、「女性と高齢者を中心に賃金の低い非正規雇用が増えており、労働市場の二極化が深刻化している。」とし、「企業の60歳定年制の廃止と、正規労働者と非正規労働者との雇用保護格差の縮小が望まれる。特に正規労働者の正当な解雇事由に関する法的曖昧さを減らすことが必要だ。労働市場の二極化が解消され、生産性向上に伴う利益が労働者により多く分配されるだろう。」と結んでいる。

実に、多くの視点からの分析で、短い紙面の中に、よくこれだけ詰め込めたものだと感心する。論説の主眼は、労働分配率の低下の原因については、技術進歩と競争不足であるとし、それに対する方策として、労働者のスキル向上と競争促進とをあげている。整理してみると、さほどに新しい所はない。
労働者のスキル向上については、「生涯教育支援や失業者の再活用推進の重要性」に言及し、「日本のような高齢化社会では、高齢労働者に的を絞った教育支援を進め、デジタル技術教育・訓練を実施することが特に望まれる。」としている。
日経から求められた論説故であろうが、日本についての分析や提言は、さほどに深みのあるものではない。日本についての知識や情報は十分なものとは思えず、インタビュアーの誘導にもよるのであろうが、日経的な考え方が随所に窺われる。
焦点の「労働者のスキル向上」について言えば、その機会やコストを、誰がどのようにして提供し、負担するのであろうか。「生涯教育支援や失業者の再活用推進」ということなら、その主体は、企業ではなく政府になるであろう。その支援について考えると、「高齢労働者に的を絞った教育支援」が果して有効で効率的なものなのであろうか。また、その教育期間中の生活コストの負担は、どうすればいいのだろうか。
先進国でも、「食う」ために働いている人は多い。「教育」に目を向けたくても、そうすることができない労働者は、多くが非正規労働者として日々の生活に追われている。「Working Poor」の広がりは世界的なもので、その深刻度は広がりを見せているように思われる。米国においても、教育費の高騰から、大学を中退し、不安定な職業に就くことを強いられた上に、退学で教育ローンの支払に追われるというケースが急増しており、シリコンバレーを抱え、全米有数の富裕者が集うカリフォルニア州では、家賃の高騰から住居を追われてホームレスとなる人々が多数発生している。「欧州に比べて不十分な米国の競争促進政策」と言うが、米国のみならず世界中で議論されているのは、巨大企業による独占の影響を排除する必要があるのではないか、ということである。
「労働分配率それ自体を政策目標とすべきではない」のは、その通りであろう。しかし、技術進歩やオフショアリングについては、それらによる利益を企業側が独占するようなら、資本家の取り分が増える一方で労働者の取り分が相対的に下落するだけでなく、労働者の失業リスクが高まることになる。
生産性の向上は、本来は、労働者にとっても労働時間の短縮などの利益につながるべきものであろう。ところが、技術進歩やオフショアリングが進んでいると、この論説でも評されている日本では、労働時間の長い状態が続いており、過労死までもが社会問題となっている。「働き方改革」が、真に国民のためになるようにするためには、様々な角度からの考察や施策が欠かせまい。

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