2020年2月21日金曜日

2020年2月21日 日経朝刊21面 (大機小機) 国民皆が資本家になろう

「今日、企業利益が高水準にあるなか、企業が利益をため込むことが問題視され、内部留保課税論まで浮上する。こうした点についてどう考えればいいか。結論を先に示せば、国民皆が株主になって企業利益にあずかることだ。」という論説である。
「従来、企業利益は3つのルートで世の中に還元され、資金循環をもたらした。第1は、企業の設備投資によるもので、バランスシート上に資産を計上することになる。第2は、賃金など損益計算書上の経費によるもので世の中へトリクルダウンをもたらした。第3は、金融機関などへの利払いで、預金者等に還元された。今日では以上の3ルート全てが滞り、その結果、企業に空前の規模のキャッシュが滞留する状況だ。」としている。
そして、バブル経済崩壊後には、「3つのルート全てのトリクルダウンが縮小し、企業だけが利益をため込む状況になった。一方で、企業の支払う配当は大幅に拡大し、今日の水準は90年代初めの5倍を超える。」という状況になっているが、「企業のため込むキャッシュを国民が取り戻すには、内部留保課税より、むしろ株主として企業の一員になり分配を享受することだ。」と主張している。
その上で、「金融当局から「貯蓄から投資へ」とのスローガンが示されるのも、結局は国民の多くが株主になって企業からの分配を受け取ることで世の中に資金還流を図る動きといえる。」としているものである。

「配当が過去最高水準に拡大したなかで配当による分配にあずかることは理にかなう」というのは、説得力のある主張には見える。しかし、この論説は、重要な論点に、思慮不足か故意にかは分からないが、触れていない。それは、分配の公平性である。
経済が成長し、トリクルダウンというか、ありていに言えば「おこぼれ」が庶民に落ちて来る状況であれば、生活は少し潤うように思えるだろうが、実は、格差は拡大する。持てる者のメリットの方は、持たざる者のメリットよりも大きいのである。そして、この格差を緩和するのが、税の増収による再分配である。この状況下においては、相対的貧困は増加するが、絶対的貧困は減少するわけである。
一方、経済が停滞する状況下においては、絶対的貧困が増加する。相対的貧困は縮小することになると見込まれるが、経済・企業活動のグローバル化・独占化によって、この状況下でも巨額の利益をあげる企業が出現しており、その企業の恩恵を受ける者と受けない者との間に、大きな格差が生じる。そうなると、絶対的貧困に加えて相対的貧困も拡大することになりかねない。
ところが、このような状況下において、世界各国は、高収益の巨大企業を誘致して、「おこぼれ」にあずかろうとするようになる。その手段が、法人税の軽減である。かくして、利益をあげた企業からの税収を、格差是正のために貧困層に向けるという再分配の機能が弱体化することになっているのである。
記事の論説に戻れば、「株主として企業の一員になり分配を享受」することができるのは、持てる者である。持たざる者に「株主になれ」と言ってみても、空論に過ぎない。したがって、この論説は、格差の拡大を肯定・正当化するものと言えよう。
もっとも、「内部留保課税」が適切かどうかには、疑問がある。利益を蓄積し、将来の収益機会に投資するタイミングを図ることは、企業の本来の戦略であろうからである。
してみれば、本来の対応は、法人税率を上げればよいのはないかということになろう。

わが国の法人税率の推移は、次のようになっている。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/082.pdf
基本税率は、ピーク時の43.3%から半分近くの23.2%まで軽減されている。何のことはない、増えた内部留保に、この軽減分が反映されているわけである。その点で、内部留保課税の正当性にも根拠がないわけではないが、それは、実質的に遡及課税の面を持つ。
一方、法人実効税率の国際比較は、次のようになっている。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/084.pdf
英国は少し低いが、日本の水準は、先進各国の中では高くも低くもない水準である。日本の法人税率の引き下げは、このような各国の状況を踏まえながら行われてきたものと言えよう。となると、法人税率の引き上げは、そう簡単ではないことになる。

もう一つ、企業の内部留保が増える要因は、上記の論説の中でも「マイナス金利も含む超低金利政策で企業の利払いは極端に減り、1990年代初めの6分の1程度の水準になっている。」と指摘されている「利払い負担」の軽減である。
これは、結局のところ、預金金利による国民の取り分を削って、企業に回したということである。このことも、内部留保に厳しい目が向けられる要因である。
論説では、「預金金利」が減った分を「配当」で補えばよい、という主張になるわけだが、そう単純にはいかない。預金なら名目価値は基本的に維持されるが、配当をもたらす株式には大きな価格変動リスクがあり、少額の資金では対応できないからである。

一方、こうした中で、日銀は、日本株の上場投資信託(ETF)の買い入れを続けており、2019年3月末の時価ベースでの保有額は、28兆9136億円前年比4.4兆円増、
18%増)となっている。(下記の金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託))
買い入れは、止めたら株価はどうなるのかという点もあるが、個人の購入機会・配当還元利益を奪っているという見方もある。

いろいろ考えてみても、一筋縄ではいかない問題であり、この論説のような単純な話ではない。

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