2020年2月21日金曜日

2020年2月21日 日経朝刊27面 (経済教室)低下続く労働分配率(下)企業、労働者の努力に報いよ

「低下続く労働分配率」についての特集の最後の下編で、一橋大学の小野浩教授によるものである。
労働分配率低下の「各国に共通する要因としては労働組合組織率の低下、株主資本主義への移行、国際経済と貿易の発展に伴うアウトソーシング(人やサービスの外部委託)の影響などが挙げられる。」という書き出しである。
米国の場合には、低コスト・高収益を実現している「スーパースター企業」の台頭が注目されているが、「現時点で日本にGAFA並みの企業はなく、スーパースター企業説が日本に適応するとは言い難い。」としている。
そこで、日本については、「日本の労働市場全体の動向とガバナンス(統治)・財務会計の面から検討する」とし、第1は「長期雇用を前提とした日本的雇用慣行の反省として、バブル崩壊後、企業が正規採用を減らし、人件費を抑制したこと」、第2は「「失われた20年」を経て、企業が賃上げに慎重になったこと」、第3は「成果主義など賃金制度の改革を介して人件費が縮小したこと」、第4は「内部留保(または利益剰余金)の増加」、第5は「企業の現預金の増加」としている。
また、最後の第5に関連して、一橋大の野間幹晴教授の「日本企業の退職給付にかかる負債」の指摘に触れ、「確定給付型企業の場合、給料が将来の年金に結びついているため、今の給料を上げると退職後の年金も引き上げねばならない。高齢化・長寿化が進むと確定給付型年金の企業負担はさらに膨らむことになる。」としている。
その上で、「ポストバブル期に、日本企業は業務効率化とコスト削減の圧力が高まり、雇用関係にも厳しさが増した。成果主義導入や働き方改革などにより、労働者は着実に生産性を高めている。」とし、「労働時間を減らし、生産性を高めた一方で、評価・給与体系は旧態依然のため、給料が減ったという現場の声も聞こえてくる。」とし、「ポスト働き方改革の日本的経営とガバナンスを模索することが急務だ。」と結んでいる。

この論説での論点は、労働者の生産性の向上によって企業の利益が向上したのかどうかであろう。「労働時間を減らし、生産性を高めた」としても、時間当たりの労働生産性の増加は、労働時間全体の剤・サービスといった生産物の増加には、必ずしも結びつかない。より少ない時間で同じ生産物を生み出すことができるようになった場合の労働者に対する対価は、労働時間の短縮による自由時間の増加と考えられる。企業が、副業の容認に舵を切りつつあるのは、従業員が企業外で収入を稼得する機会を提供しているとも考えられる。
「スーパースター企業」が日本では出現していないとしても、その活動はグローバル化しており、世界中に広がっている。日本の企業も、直接的・間接的に、こうした企業と競争していかなければならない。そうであれば、ITの活用による効率化は必須であるし、また、より賃金の低い労働者を求めて国外でのオフショア活動にも取り組まなければならないわけである。その観点から、日本には、相対的に賃金の低い労働者が豊富なアジア諸国が近隣にある。なお、ヨーロッパにおいては、経済発展に取り残されていた東欧諸国からの労働者がEU拡張によって流入しており、米国には、メキシコなどから多くの移民が、違法であっても押し寄せている。
このような世界中での人間の移動の拡大は、各国での賃金の平準化をもたらすこととなり、先進国での賃金が減少する一方、発展途上国での賃金は上昇することになる。それ自体は、地球的規模からすれば悪いことではないが、影響を受ける国の中では、排斥の動きも出て来ることになる。英国のEUからの離脱、トランプ大統領の移民抑制方針は、このような状況を踏まえたものであり、現代版の「ヒトに対する鎖国」とも言えるであろう。
そのような世界情勢を考えれば、日本の状況のみを考えて、労働者の賃金を引き上げることを説いても、実効性があるとは思えない。結果的に、企業が享受している高収益に対して、課税強化をすることによって、その企業の従業員だけでなく国民全体が利益を得られるようにすべきであろう。ところが、真逆の事が起きている。財務省の「法人課税に関する基本的な資料」を見てみよう。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/c01.htm
「法人税率の推移」を見ると、日本の法人税率は大幅に低下してきたことが分かる。一方で、「法人実効税率の国際比較」を見ると、それでも日本の法人税率が低いわけではない。
これには、「スーパースター企業」をはじめとするグローバル企業の状況が深く関わっている。グローバル企業が活動の拠点を定める場合、法人税の負担は、大きな要素である。そこで、各国が競って法人税率を引き下げ、そうした企業を自国に誘致しようとしてきたわけである。法人税収にはあまり期待できなくとも、雇用にはプラスであるし、経済を活性化できると考えたのである。
さて、そうなると、どうすればいいのであろうか。それが最大の問題になっている。EUのように、個人情報保護を足掛かりに、「スーパースター企業」の君臨を抑制しようとしているところもある。また、国際的な課税基準を整備して、本拠と拠点との間の課税逃れを防止しようとする動きも出てきている。だが、今のところ、そのような取り組みは、試行錯誤の段階であるように思われる。
一方、環境問題では、地球規模の取り組みの必要性が叫ばれている。一国の利益が地球の危機につながるという危惧は、環境問題に限定されるものではない。それでも、地球規模の対応にまで進むのには時間がかかる。各国においては、そのような将来の地球規模での対応の方向性も視野に入れて、現状を改善する必要があるわけだが、さて、日本は、どのような対応から進めていけるのであろうか。
最後に、上記論説の確定給付型年金について述べておきたい。「給料が将来の年金に結びついているため、今の給料を上げると退職後の年金も引き上げねばならない。」というのは、実情を知らない見解である。高度成長期において、給与は大幅に上昇してきた。当時は、確かに給与増が退職金に直接的に反映される制度も多かったようだが、それでは持たないとして、多くの企業で、給与増が退職金に直接に反映されないように、本俸のみを退職金の算定給与とするような変更が行われた。その後は、退職金を給与から完全に切り離し、役職等に応じるポイントの累積を基準とするものも多くなっている。このことは、退職金から切り替えた企業年金にも、そのまま引き継がれている。もちろん、それでも年功序列的な体系が残っている面はあるが、「高齢化・長寿化が進むと確定給付型年金の企業負担はさらに膨らむ」というのは、思い込みによる誤認である。

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