2020年3月5日木曜日

2020年3月5日 朝日朝刊3面 休業へ助成なし、フリーランス悲鳴 多様な働き方推進、政権の姿勢と矛盾
2020年3月13日 日経夕刊4面 困窮するフリーランス 新型コロナでイベント自粛
2020年3月6日 日経夕刊1面 「ウーバー・運転手は雇用関係」 仏最高裁判断、事業モデルに影響も

最初の5日付日経記事は、「安倍政権が打ち出した新型コロナウイルスの感染対策に対し、企業に雇われずに働くフリーランス(個人事業主)が怒りの声を上げている。政権は臨時休校に伴って仕事を休んだ保護者の支援策を発表したが、フリーランスは対象にならなかった。多様な働き方」を推進する政権はフリーランスを保護する姿勢を示してきたにもかかわらず、矛盾する対応に与党内からも見直しを求める声が出ている。」というものである。
「厚生労働省は2日、仕事を休んだ従業員に給料を全額払った企業を対象に正規、非正規雇用を問わず、1人当たり日額上限8330円の助成金を出す新制度を発表した。だが、フリーランスや自営業者が対象外とされたことに、女性は「納得できない」と憤る。」というわけであり、「自営やフリーは自己責任なのか。国は多様な働き方を後押しするなら、多様なセーフティーネットも用意するべきだ」と訴えているそうである。
これに対し、「加藤勝信厚労相は参院予算委で「フリーランスの仕事は多様で、このスキーム(枠組み)を適用することは非常に難しい」と答弁。安倍首相は「その声をうかがう仕組みを作り、強力な資金繰り支援をはじめ対策を考えたい」と述べた。」という。
だが、「政府が想定するのは、5千億円の緊急貸し付け・保証枠の活用だが、これは訪日中国人客らの激減などで打撃を受けた観光産業などの支援を念頭に置く。あくまでも返済が必要な「融資」であり、金融機関の審査も受ける。」のであり、「政府の対応に与党内からも不満が出ている。公明党の斉藤鉄夫幹事長は4日、菅義偉官房長官と面会し、「フリーランスは資金繰り(支援)ではとても持たない」などとして対応を求めた。斉藤氏によると、菅氏は「踏み込んでやる」と答えたという。」としている。
最後は、法政大の浜村彰教授の「現行制度の枠組みでは、フリーの人たちに救いの手を差し伸べるのは難しい。セーフティーネットを整えないまま、こうした働き方を政策として進めていいのかという問題が提起されている」との指摘で締めくくっている。

次の13日付日経記事は、少し後のものだが、「新型コロナウイルスの感染拡大が、フリーランスで働く人の生活を脅かしている。イベント自粛や一斉休校の余波でキャンセルが相次ぎ、収入が途絶えるケースが続出。政府も後押しして多様な働き方が広がり始めていたが、冷や水を浴びせられた形だ。」という書き出しである。
「フリーで働く人は案件ごとに業務委託契約を結ぶ場合が多い。会社員と違い、仕事がなくなっても手当や補償が出るわけではない。非常時にはこの差が顕著だ。」とし、「イベント自粛は死活問題」ということになっているわけである。「補償がないと知った上で選んだ道だが、再開のめどが立たず不安」ということであり、「フリーランスで働く際の課題とされていた曖昧な契約や乏しいセーフティーネットが浮き彫りになった。」としている。
また、「政府は一斉休校要請に伴い、雇われる人には休業補償やベビーシッター利用料の支援を打ち出した。委託を受け働くフリーランスも仕事を休んだ保護者に日額4100円を支援し、収入減に対応して生活費の無利子の融資も拡充する。」としているが、フリーランス協会は「休業や補償の概念はフリーランスになじまないと承知している」としつつ「このままでは経済的困窮や自己破産が相次ぐ」と表明し、「政府には自粛要請で仕事が減った人への給付型支援や、自粛するイベントの定義の明確化などを求めていた。」とのことである。
こうした状況に対し、法政大学大学院の石山恒貴教授は「今回見えてきた課題を洗い出し、将来に生かすべきだ」とコメントしており、記事は、「事態の収束は見通せず苦境はなお続きそうだが、まさに今がフリーランスという働き方の将来を左右する分水嶺になるかもしれない。」と結んでいる。
なお、フリーランス協会の平田麻莉代表理事の話として、「仕事が1カ月以上なくなった人も少なくない。不安を抱えるのはフリーランスだけではないのは承知している。フリーで働く選択をしたのも自分たちだ。ただ今回は首相の政治判断の要請があり、意思と関係なく不可抗力で仕事が断たれる状況にある。仕事がなく補償もなければ経済的困窮、ひいては自己破産になりかねない」「関係省庁とも連絡を取り合っており、現行制度の範囲内でできることを懸命に検討してくれている。協会では自粛で仕事が減った人への給付型支援などを求めた。政府の緊急対策に反映された部分も多く感謝している。ただ仕事再開のめどが立たない人は借り入れしにくい。イベント自粛の対象を明確に定義してほしい。難しい判断なのは分かるが、出口がみえない」「リモートワークの普及などで働き方が変わるのは中長期的にはプラスに働くかもしれない。だが短期的には景気減速で業務委託の仕事が減ってシビアになるだろう。場所や時間にとらわれず働けるなら会社員にいったん戻るのも選択肢。働き方を見つめ直すきっかけになるのではないか」を掲載している。

最後の6日付日経記事は、「フランス最高裁(破棄院)は4日、米ウーバーテクノロジーズと同社の運転手に雇用関係があるとの判断を下した。ウーバー側の運転手が自由に働き雇用関係は無いとする主張を退けた。運転手の保護につながる一方、同社の負担増となる可能性がある。世界で広がる同様のビジネスモデルにも影響を与えそうだ。」というものである。「米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、最高裁の判断は世界初とみられる。同社は上訴できない。」とのことである。その判断理由について、最高裁は「運転手は独自の顧客を持っておらず、運賃を自由に決められない」などの理由で雇用関係を認めた、とのことである。
そして、「フランスにはウーバーをはじめとするライドシェアサービスの運転手が約3万人いるが、今回の判断でただちに雇用関係が発生するわけではない。ただ個々の運転手が雇用関係を求めたときに、社会保障費などで事業者の負担が増える可能性がある。運賃の上昇につながるシナリオも考えられる。」とし、「同社のような業態は運転手の自由度が高い半面、社会保障などが十分でないとの指摘がなされている。米国でもこれまでに運転手の地位などを巡り、訴えが起きている。」と結んでいる。

フリーランス協会のサイト(https://www.freelance-jp.org/)では、「プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会は、独立して活動するプロフェッショナルや、 企業に属しながらキャリアを複線で築くパラレルワーカーの有志が主体となって設立された、 フリーランスによる、フリーランスのための、非営利団体です。」としている。
こうしたフリーランスについて、内閣府が政策課題分析シリーズの【第17回】日本のフリーランスについて-その規模や特徴、競業避止義務の状況や影響の分析-(令和元年7月24日)において取り上げている。
上記が、その時の資料の要旨で、次のように述べている。
「公的統計では、フリーランスに関する直接的な統計はなく、統計のある自営業主(雇人なし)は、長期的に減少傾向にあるが、そのうち特定の発注者に依存する自営業主、いわゆる雇用的自営業等は、増加傾向にある。雇用的自営業等は、本業としてのフリーランスに近く、最近の労働市場の変化の特徴の一つと考えられる。」
「総務省「平成29 年就業構造基本調査」の個票を用いて日本全体の属性に引き延ばすことなどによって、より精緻な形で試算した。その結果、フリーランスの働き方をする者の人数は、副業として従事している者も含め、306 万人~341 万人程度と推計された。」
そのうち、本業としてのフリーランスは、半分から3分の2程度と推計されている。
すなわち、「独立して活動するプロフェッショナル」というイメージではあるが、雇用的自営業等が非常に多いということになっているわけである。
フランスの最高裁判決は、「ウーバー側の運転手が自由に働き雇用関係は無い」という主張に対し、顧客も料金も決められない運転手との契約は、雇用契約に当たると判断したわけである。この基準に従えば、日本の「フリーランス」でも、雇用契約となるものが多いであろう。
しかしながら、そのような法律関係には、まだまだ争点があり得る。そうした状況の中で、コロナ・ショックに見舞われているわけである。リーマン・ショックでは、「派遣切り」が横行したが、これはヒトとの契約を切るものであった。今回のコロナ・ショックでは、モノやサービスの発注を止めるという形になるから、「フリーランス切り」は、企業側としては、はるかにやりやすいのではないか。
この「フリーランス」の救済に当たっては、一つの方法は雇用類似契約への規制であろうが、複数の顧客を持つ本来のフリーランスに対応することは難しい。そうなると、農業者や商店主などの従来型の自営業者を含み、また失業者をも包含するセーフティ・ネットを構築する必要があるからである。いよいよ、ベーシック・インカムの検討の必要性が高まってくるのではないかと思われる。
2020年3月5日 日経朝刊2面 (真相深層)「未払い残業代払って」急増

「企業が未払いの残業代を請求されるケースが増えている。人手不足で転職者が増え、新しい会社に移る前後に残業代の支払いを求める人が増えた。4月からは法改正で請求できる期間も延長される見通しだ。働き方の見直しが進み、企業も厳格な労務管理を迫られる。」との記事である。「過払い金返還訴訟を手がけてきたアディーレ法律事務所には最近、未払い残業代の相談が多く寄せられるようになった。」という。
この「残業代を巡るトラブルが増えている背景には2つの要因」すなわち、「①働き方改革の本格化で当局の監視が厳しくなったこと、②人手不足を一因とする転職者数の増加」があるとしている。
そして、「本人が実際に何時間働いたかを証明」できなくても、「企業が労働時間を記録している場合が多く、請求すれば会社から開示してもらえる」という。一方、「企業には誤解もある。業務手当や職務手当という名目で毎月一定額の固定残業代を払っていたとしても、労働契約や就業規則などに明記されていなければ認められない。また時間外労働によって生じる残業代が固定残業代を超えた場合は差額分を支給する必要がある。」としている。なお、「未払い残業代が生じやすいのは中小企業」だが、「労働者側の主張がおかしくない限り、一定額を支払って早めに和解することを勧めている」との弁護士のコメントを記している。
加えて、「4月に施行される予定の法改正の影響」があるので、「企業はトラブルを避けるため、これまで以上に「残業させる場合は明確に命令を出すようになるだろう」(労働問題に詳しい日本大学の安藤至大教授)」とし、「「1カ月あたり100時間未満」をはじめとする19年4月に大企業に適用された残業時間の上限規制は、20年4月から中小企業にも適用されるようになる。「仕事の付け回し」をやめ、所定の時間で仕事を終えられるのかどうか。働く社員も企業側も、それぞれが効率的な働き方と労働時間の管理に向き合わなければならない局面にさしかかっている。」と結んでいる。

記事にある未払賃金についての「法改正で請求できる期間も延長される見通し」については、国会に提出されている次の法案を参照されたい。
https://www.mhlw.go.jp/content/000591650.pdf
また、時間外労働の上限規制については、法改正済であり、次のように、大企業は2019年4月から導入済で、中小企業についても2020年4月から導入される。
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
法改正によって「効率的な働き方と労働時間の管理」の推進が必要となっている背景には、日本人の労働時間が、まだまだ長い点がある。次の労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2019」からの「一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)」の比較を参照されたい。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2019/06/d2019_G6-1.pdf
単純な各国間比較には適さないとされてはいるものの、やはり日本の労働時間が長いことは間違いないであろう。加えて、日本では、「サービス残業」という隠れた未払い残業が依然として広範に残っているものと思われる。だからこそ、この記事のように、未払い残業代が大きな問題となるわけである。
この事業主の不法行為に対して、労働基準法では、記事でも言及しているが、「付加金」というペナルティを課している。
(付加金の支払)
第百十四条 裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内(法改正案では、当分の間は三年以内)にしなければならない。

これは、行政による処分にかかるものであるが、労働者側も、単なる未払い賃金のみならず、悪質な場合には、「裁判になり企業側の対応が悪質と判断された場合は、制裁として未払い分と同額の付加金が課される可能性がある。」(記事での安西愈弁護士のコメント)のであるから、上乗せ請求を行う余地があるだろう。
公正な労使関係は、緊張感の中で育まれる。依存や遠慮は、労使どちらにとっても、ためにはならない。

2020年3月4日水曜日

2020年3月4日 日経朝刊19面 (大機小機)持続可能な経営モデル

「今年のダボス会議は資本主義のあり方と気候変動が2大テーマだった。いずれも持続可能性への挑戦として受け止められているからだ。これを契機としてサステナビリティーという言葉が世界中でより意識されるようになった。」という書き出しの論説である。
続けて、「資本主義は冷戦終結によって世界に浸透した。米国型資本主義は成功モデルとして世界の注目を集めたが、その一方で、1%の富裕層が国富の35%を保有する極端な格差と分断を生じさせた。」とし、「米主要企業の最高経営責任者(CEO)などが所属する「ビジネス・ラウンドテーブル」は企業の存在意義を再定義する必要に迫られ、株主至上主義を見直してあらゆるステークホルダーを重視する方針を表明した。このままでは米国の経営モデルは持続可能性を問われかねないとの判断だろう。こうした動きを受け、一部の日本企業からは「米国型経営が日本の経営モデルに注目するようになった」との声も聞かれる。」としている。
つまり、「多くの日本企業は古くから「三方良し」を理念として掲げ、ステークホルダー経営が根付いているという主張である。しかし日本の経営モデルは本当にサステナブルなのだろうか。「三方良し」には売り手と買い手と世間はあっても株主という視点がない。従って安定が優先され成長志向に乏しく、結果として驚くほど低収益企業が多い。」という。
さらに、「平成の30年にわたる株価の長期低迷はその証左だろう。国際通貨基金(IMF)によれば、1人当たり国内総生産(GDP)も平成の初期は世界でトップクラスだったが、今や25位前後に沈む。稼ぐ力が弱いため賃金への影響も深刻だ。先進国で唯一賃金が上昇しない国になっている。これでは人材も集まらずグローバル競争に勝てない。日本の経営モデルは現状では決してサステナブルとは言えないだろう。成長している企業はごくわずかというのが実態だ。」としている。
最後に、「企業には気候変動という難題も迫る。「気温20度を超えた南極」「熱波による山火事の頻発」「豪雨による河川の氾濫」など異常気象が世界で猛威を振るい企業活動を脅かしている。日本企業がイノベーションを通じて気候変動に対処し、どのように低収益を克服するか。そのシナリオを具体的に示せれば、その時こそ持続可能な経営モデルとして世界から注目を集めるに違いない。」と結んでいる。

まず、論説で参照しているダボス会議2020は、次のようなものである。
https://jp.weforum.org/events/world-economic-forum-annual-meeting-2020
また、米「ビジネス・ラウンドテーブル」の宣言については、次を参照されたい。
https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/1205_11.html
https://opportunity.businessroundtable.org/wp-content/uploads/2019/09/BRT-Statement-on-the-Purpose-of-a-Corporation-with-Signatures-1.pdf
この宣言について、「多くの日本企業は古くから「三方良し」を理念として掲げ、ステークホルダー経営が根付いているという主張」があるが、「三方良し」には売り手と買い手と世間はあっても株主という視点がないとし、「驚くほど低収益企業が多い」という結果につながっている、としているわけである。
「1人当たり国内総生産(GDP)」の記述については、次の労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2019」の資料を参照されたい。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2019/01/d2019_G1-1.pdf
また、気候変動については、2019/12/2~15の間にCOP25(気候変動枠組条約第25回締約国会議)がスペインのマドリードで開催されており、国立環境研究所の社会環境システム研究センターの副センター長の亀山康子氏が、次の『COP25の概要と残された課題』を執筆している。
https://www.nies.go.jp/social/topics_cop25.html
日本は、このCOP25で、「地球温暖化対策に前向きな取り組みを見せない国」に対する「化石賞」を不名誉受賞したわけだが、論説の言うような「日本企業がイノベーションを通じて気候変動に対処」できるのかどうか、はなはだ疑わしいと言わざるを得ない。
2020年3月4日 日経夕刊6面 会社員の妻が死亡、遺族年金は? 子の有無・夫の年齢で違い

問答形式の記事で、「45歳の男性会社員です。共働きの妻に万一のことがあった場合、子がいないと遺族年金が受け取れないことがあると聞きました。夫が死亡した場合と異なるのですか。」という質問に、社会保険労務士の井戸美枝氏が答えているものである。
まず、「遺族年金は一家の働き手や年金を受け取っている人などが死亡したとき、その家族に支給される年金です。死亡した人の年金の加入状況や受け取る人の年齢などによって、遺族基礎年金、遺族厚生年金のいずれか、または両方が支給されます。」としている。
まず、遺族基礎年金については、「受け取れるのは死亡した人に子がいる配偶者またはその子です。死亡した人に生計を維持されていたことが条件で、具体的には残された配偶者の年収が850万円未満です。」としている。
次に、遺族厚生年金については、「受け取る優先順位は以下の通りです。(1)子がいる妻、子がいる55歳以上の夫(2)子(3)子のない妻(4)子のない55歳以上の夫――などの順です。このため、夫が死亡した場合、妻は年齢を問わず子がいなくても遺族厚生年金は受け取れます。」が、「会社員の妻が死亡した例で見てみましょう。夫が45歳で、15歳の子がいるとします。」という場合には、「夫は55歳未満なので遺族厚生年金は支給されません。」ということになるのである。

このように、遺族厚生年金については、夫と妻とで受給要件に違いがある。実は、遺族基礎年金についても違いがあったのであるが、男女平等に反するとして法改正が行われ、「子がいる妻」が「子がいる配偶者」に改められて、平等の取り扱いとなった。なお、遺族厚生年金の保護の主体は「子」であり、「配偶者」ではない。すなわち、本来は「子」に対する遺族基礎年金が、保護者たる「配偶者」に支給されているわけである。
一方、遺族厚生年金の保護の第一は、「配偶者」である。これは、被保険者の死亡によって生計が困窮する配偶者を保護の主体の第一の主体としているものある。ところが、ここに夫と妻とでは違いがあり、夫は55歳以上でないと遺族厚生年金を受給することはできないのである。
しかし、当然、それも男女平等に反するのではないかということで、これは訴訟になったが、最高裁で、「死亡した職員の夫について,当該職員の死亡の当時一定の年齢に達していることを遺族補償年金の受給の要件としている部分は,憲法14条1項に違反しない。」として、夫についての年齢制限は合憲となった。(なお、「遺族補償年金」という名称は、死亡者が地方公務員であったことによる。)
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86612
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/612/086612_hanrei.pdf
その理由について、上記の最高裁判決は、「男女間における生産年齢人口に占める労働力人口の割合の違い,平均的な賃金額の格差及び一般的な雇用形態の違い等からうかがえる妻の置かれている社会的状況に鑑み」てのものとしている。
当然ながら、この「男女差別があるから、夫における制限は許容される」という判決に対しては批判がある。夫婦のあり方や、男女の違いが激変している状況に鑑みれば、時代錯誤的であると言えるかもしれない。
ともあれ、現状は、そのようになっている。なお、遺族年金関係の詳細を知りたければ、次を参照されたい。
https://www.nenkin.go.jp/pamphlet/kyufu.files/LK03-3.pdf
(経済教室)積み上がる内部留保
2020年3月4日 日経朝刊27面 (上)法人課税の「保険機能」強化を
2020年3月5日 日経朝刊25面 (下)年間増加分に課税も一案

「積み上がる内部留保」についての特集連続論説である。
上編は、一橋大学の佐藤主光教授によるもので、「財務省「法人企業統計調査」によると、企業の内部留保は2018年度に463兆円と、7年連続で過去最高を記録した。」ことから書き出している。
そして、「景気は回復基調で、法人税の実効税率も29%台まで引き下げられたのに、企業が内部留保をため込むのは不健全とみる向きもある。」とし、「企業がカネをため込んでいる現状に対応するのは、借方(資産)に計上される「現預金等」だろう。その金額は12年度の168兆円から18年度の223兆円へと約55兆円増えた。他方、賃金の伸びは鈍く、従業員給与・賞与は同期間で11兆円増にとどまる。現預金等はM&A(合併・買収)や無形資産の取得を含む将来の投資に向けた資金という面もあるが、バランスを欠く印象も拭えない。」と続けている。
これに対して、「政府も無策でいるわけではない」とし、「20年度税制改正では、収益の賃上げや投資への充当に消極的な大企業を念頭に、研究開発税制など租税特別措置の適用を停止する設備投資要件を厳格化した。併せて「オープンイノベーション促進税制」として、一定のベンチャー企業に対する出資について、その25%相当額の所得控除ができる措置を創設した。」としている。
そして、「企業が抱えたカネを動かす税制のあり方について考察する。その対策は積み上がる企業の現預金を賃上げ・投資低迷の「原因」とみるか、企業を取り巻く社会・経済環境の「結果」とみるかで、北風政策と太陽政策に大別できる。」と論じている。
北風政策の典型は「内部留保課税」として、一例として、韓国の「企業所得還流税制」に言及している。「大企業を対象に設備投資や賃上げ、配当支払いをすれば、つまり現金などを会社外に還流させれば、課税が軽減される。また設備投資など資金活用計画があれば課税は先送りされる。実際に課税対象になった例はわずかだという。」という。また、米国の「国内留保金課税(AET)」は、「法定許容限度額を超えた内部留保について、事業のための合理的必要性に欠くとして租税回避目的と推定し課税する仕組みである。」とのことである。ただし、「そもそも制度の目的は内部留保へのペナルティーでなく、租税回避の抑制にある。」ので、「税収確保ではなく資金の流動化を狙いとするなら、一定の免責要件を設けることが望ましい。」としている。
一方、「太陽政策にあたるのが企業にとって投資などをしやすい環境整備」だとし、「法人税率の引き下げはその一環といえるが、本稿では課税ベースに着目したい。具体的には、繰越欠損金の拡充と課税ベースのキャッシュフロー化を取り上げる。」としている。
そして、「法人税など所得課税には税収確保や所得再分配に加えて保険(リスク分担)の機能がある。法人税であれば、企業収益が高いときは多くの税金を支払う一方、低収益や赤字のときは税は減額される。結果として課税後収益の変動が緩和されることになる。」として、数値例を示し、「企業と政府は暗黙裏に投資にかかるリスクを分担している。法人税とは違い、実質的な人件費課税にあたる社会保険料や償却資産課税を含む固定資産税にはこうした保険機能はない。収益の状況によらず、雇用や設備などに一定の課税がなされるからだ。」としている。
その上で、「法人税が保険機能を十分に発揮するには繰越欠損金制度(今期の赤字が将来の法人税の課税所得から控除される仕組み)の充実が必須となる。」とし、「企業のリスク投資を喚起する観点からは、繰越欠損金の期間を延長するとともに、限度額を引き上げることが望ましいだろう。…米国では18年以降、繰越欠損金の限度額は8割で、期間は無制限となっている。」としている。
そして、「一般に企業の利益は正常利潤と超過利潤に分けられる。正常利潤とは平均的に投資から見込まれる収益を指す。企業の観点に立つと、投資家から最低限の支払いが要求されるという意味で資本コストに等しい。一方、超過利潤は正常利潤を超えた収益で、独占的利益や無形資産などに起因する。」が、「キャッシュフローはこの超過利潤の現在割引価値に等しい。キャッシュフロー課税は超過利潤への課税と等価(経済効果が同じ)となる。」としている。
最後は、「変動に対して対称的なキャッシュフロー課税は政府とのリスク分担を通じて保険機能を発揮する。このため、企業のリスク投資を喚起しやすい。企業の現預金が積み上がる背景には将来見通しの不確実性や金融仲介機能の低下などもあり、税制だけで対応できるわけではない。それでも法人課税の保険機能の強化はカネを動かす一助になるだろう。」と結んでいる。

下編では、駒沢大学の小栗崇資教授が、「なぜ内部留保は増え続けるのか、その活用は可能なのか」を論じている。「利益剰余金として開示されるのが「公表内部留保」だ。さらに法人企業統計は、引当金・準備金やその他資本剰余金などを付加したものも内部留保としており、これに資本準備金を加えたものを「実質内部留保」とする。」としている。
続けて、「資本金10億円以上の約5千社(金融業・保険業を除く)の内部留保をみる」と、」大企業は全法人の2%に満たないのに、その内部留保は234兆円(利益剰余金)と日本全体の半分を占めており、内部資金の動態を決定づけている。」としている。
その上で、過去の推移を振り返り、1971~85年度と86~2000年度の段階に「共通した特徴は、内部留保の主たる要因が売上高の大幅な増加にあった点と、その使途が設備投資だった点にある。」が、86~00年度と比べて3倍近くに内部留保が激増した01~18年度の主たる要因は、売上高増加ではなく、「90年代末から始まった非正規雇用の拡大や賃金削減による人件費削減」と「法人税減税」であるとする。そして、その内部留保の使途も、設備投資ではなく、「01年度以降は主に金融投資や自社株買い、子会社投資、M&A(合併・買収)に投入されている。」としている。
そして、「その結果、従業員への賃金支払いの減少により国内市場は縮小し、企業は海外に出ていくという悪循環が生まれている。」とし、「金融投資などに回るだけで雇用や市場拡大につながらない内部留保は「悪い内部留保」と言わざるを得ない。膨大な内部留保は、不況やグローバル化に対する恐怖心を契機に生まれたが、国内に投資先が見いだせないまま今日では「金余り」の状態にある。それは富の偏在を通じて格差を生み出す結果をもたらしている。」としている。
対応策として、内部留保の有効活用について個々の企業の自主性には期待できないので、「内部留保への課税」を取り上げ、まず、「利益には1段階目で法人税が課され、2段階目で株主に回った配当に所得税が課される。内部留保課税は「二重課税」という批判があるが、日本企業は配当よりも内部留保の割合が高く、2段階目の多くの部分に課税されていない。内部留保課税は、2段階目の所得課税を補完するものであり「二重課税」ではない。」としている。
その上で、海外の内部留保課税について、米国(税率20%)、台湾(現行税率5%)、韓国(現行税率22%)の例に言及し、「いずれもフローベースで、毎期の内部留保の増加分に課税される。」とし、「日本では個人株主が少なく配当促進効果が期待できないので、韓国型の内部留保課税が参考になる。」とし、「仮に資本金1億円以上の法人の内部留保増加分(20兆円)に控除を経て税率20%で課税した場合、毎期3兆円の税収が見込まれる。内部留保の社会的活用を目的とし、教育や研究、社会保障などのために利用することで、企業や国民の同意を得られるのではないか。」と結んでいる。

どちらの論説も参照しているのが、次の「年次別法人企業統計調査(平成30年度)」である。
https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/results/h30.pdf
内部留保は、上記資料の8ページに「利益剰余金」として示されているが、内訳では、製造業は164億円(35%)、非製造業は300億円(65%)で、非製造業の比率が高い。また、資本金別でみると、10億円以上が234億円で、5割を占めている。
内部留保課税には賛否両論がある。言葉のイメージから、企業がため込んだオカネ、と短絡的にとらえてケシカランという向きもあるようだが、要するに、企業活動における利益のうち、配当分を差し引いて残ったもの(利益剰余金)ということである。
これが、将来の設備投資に回るのであれば、企業の収益性を向上させ、従業員の雇用や社外の関係企業にも恩恵が及ぶわけであるから、問題視はされない。しかし、下編の論説にあるように、そうはなっていないわけである。
下編の論説では、内部留保が増えた原因は、「人件費削減」と「法人税減税」であるとしている。そうであれば、考えるべきは、そのことへの対応であろう。まず、「人件費削減」は、費用を減らして企業の利益を増やす。期待されているのは、賃金を引き上げることであるが、利益を減らして配当にも影響することになり、経営者の責任も問われかねない。また、引き上げた賃金は、不況による経営悪化の場合にも、企業に重くのしかかってくることになる。以前は、これに対してボーナスの増減で対応していたわけだが、ボーナスの乏しい非正規労働が増えているので、賃金は固定化してきている。こうしたことから、利益を上げている企業でも、賃金引上げには及び腰になるのであろう。
一方の「法人税減税」は、税引き前利益に関わるものである。減税を進めてきた理由は、グローバルな企業活動において、法人税減税競争が起きてきたことへの対応であるが、国民の目線からすると、減税分は、国民から企業に移ったことになる。企業にとっての一つの対応策は、配当を増やすことであり、そうしている企業も増えているが、これも将来の不況による経営悪化の場合を考えると、限界があるということになるだろう。
整理してみると、内部留保拡大に対する方策は、直接的利益を受ける対象が、従業員(賃上げ)か、株主(配当)か、国民ないし政府(課税)か、によって区分されよう。その上で、課税による対応では、米韓などのように内部留保の増分に対する課税が考えられるが、そうすれば、賃上げか配当に対する企業の対応が期待できることにはなる。
具体的には、内部留保に対する法人税率の上乗せが考えられる。ただし、内部留保の増加額に対する課税上乗せには、少し疑問がある。すでに十分な内部留保を持っている会社を優遇し、これから積み上げる企業にとっては厳しいからである。そこで考えられるのが、資本金に対比した内部留保額に着目することである。
この考え方を、次の日立製作所の有価証券取引書を用いて、例示してみよう。
https://www.hitachi.co.jp/IR/library/stock/hit_sr_fy2018_4_ja.pdf
61ページに連結財政状態計算書が記載されているので、その下部の資本の部の親会社株式持分を使って計算してみよう。すると、資金金と資本準備金の合計に対する利益剰余金の比率は、次のようになる。
 2018年3月31日期 利益剰余金(2,105,395)÷資金金・資本準備金(458,790+
575,809)=2.03倍
 2019年3月31日期 利益剰余金(2,287,587)÷資金金・資本準備金(458,790+
463,786)=2.48倍
そこで、例えば、資金金と資本準備金の合計の2倍を上回る利益剰余金を対象として、特別の法人税を掛けるという考え方である。もちろん、倍率や税率あるいは対象企業などは、よく検討する必要がある。また、景気の変動に対する配慮も必要である。現在、新型コロナ・ショックで、市場も経済も大きな打撃を受けている。内部留保は、その緩衝材として寄与し、また、急減していく可能性もある。税制にも、社会情勢を勘案する必要があるから、内部留保課税も、方法や時期について十分な考慮が必要である。
こうした「過剰利益剰余金課税」の実施に対して、企業の方策として考えられるのは、賃上げと配当増に加えて、新株発行による資金金勘定の拡大であるが、それはそれで、国民生活に寄与することになるのではないか。
法人税率については、下記の「低下続く労働分配率」に関する特集連続論説についての論評でも少し言及したが、今回の特集で考察を深めることができた。本格的な検討をしておく必要がある局面になっているように思われる。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020_02_19_archive.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020_02_20_archive.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020_02_21_archive.html

2020年3月3日火曜日

2020年3月3日 日経夕刊1面 年金受給開始、75歳も 改正法案決定 高齢者の就業促す
2020年3月4日 朝日朝刊4面パート適用拡大が柱 年金改革法案を閣議決定
2020年3月4日 日経朝刊5面 年金、高齢者自助に力点 改革法案を閣議決定 75歳から受給で年84%増

いずれも、公的年金の改正法案について、取り上げたものである。
最初の日経夕刊は、速報で、「政府は3日、年金制度の改革法案を閣議決定した。高齢者の就業を促進するため、75歳から年金を受け取り始めると毎月の年金額が増える仕組みに見直す。個人型確定拠出年金(イデコ)など私的年金に長く加入できるようにする改革も盛り込んだ。少子高齢化や長寿化に対応した年金制度に改める狙いがある。」というものである。
「国民年金法などの改正案は、全国民が加入する公的年金制度と個人が任意で入る私的年金制度の2つの見直しが柱だ。政府は今国会での法案成立を目指す。改正法は一部を除いて2022年4月の施行を予定する。」としている。

一方、翌4日付の朝日朝刊の記事は、「厚生年金の対象になるのは、いまは主に会社員らフルタイムで働く人。パートなどの短時間労働者は、勤め先の規模などが要件を満たす必要がある。法案では、いまは「従業員501人以上」となっている企業規模の要件を、2022年10月から段階的に緩める」ことに力点を置いたものである。

改正案の内容については、4日付続報の日経朝刊が詳しい。「政府が3日閣議決定した年金改革法案では、高齢者が働く期間を延ばして年金の受給開始を75歳まで遅らせることで、従来より年金額を増やすことが可能になる。働く60~64歳の年金を一部減らす「在職老齢年金」も基準を緩め、働いても年金が大きく減らないようにする。」ということで、「「自助」に力点を置く内容だが、抜本改革に手をつけず、老後の生活を高齢者自身に委ねる部分が増えたといえる。」としている。
続けて、「公的年金の受給開始年齢は原則65歳だ。この年齢から医療や介護も含めた社会保障制度で支えられる側に回る。年金改革法案ではこの線引きを高齢者自らが乗り越え、支え手に回るよう促す。」とし、改革メニューを、①受給開始年齢を75歳まで延ばす、②働く高齢者の年金の一部を減らす「在職老齢年金」の見直し、③厚生年金に加入するハードルの引き下げ、の3つに整理している。そして、「個人型確定拠出年金(イデコ)の加入年齢も60歳未満から65歳未満まで延ばし、公私一体の年金改革で自助を促すことをめざしている。」としている。
ただし、「高齢者が反発するような抜本改革は軒並み見送られた」とし、「先進国では受給開始年齢を一律で67~68歳に引き上げる国も多い」が、「一律引き上げは最初から検討しなかった」と批判している。また、「少子化の進展などに合わせて給付額の伸びを抑える「マクロ経済スライド」を発動しやすくする見直しも見送られた。」としている。
さらに、「厚生年金に比べれば給付水準の低い国民年金もほぼ手つかずだ。」とし、「公的年金改革は5年に1度で、次の改革案を練る際にはフリーターの多い就職氷河期世代で50歳代が増え、将来不安はさらに増す。「厚生年金による国民年金の救済統合」という意見もあるが、保険料を負担してきた企業と会社員へのツケ回しでしかない。」と結んでいる。

改正法案の内容については、社会保障審議会の年金部会で次のように整理・報告されており、新聞各紙でも以前から報じられてきた。
https://www.mhlw.go.jp/content/12501000/000581907.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000580825.pdf
その内容に対して、朝日も日経も、これまで論評を加えてきているが、日経では、今回も自社の見解を述べている。すなわち、上記記事にあるように、「受給開始年齢の引き上げ」「マクロ経済スライドの完全実施」「国民年金の見直し」の主張である。
私自身も、財政検証に伴う年金制度の見直しについては、次のように意見を述べてきた。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/20191115.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-009.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-014.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-015.pdf
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/20-001.pdf
なお、上記の最後に触れた「厚生年金による国民年金の救済統合」については、日経は記事で「企業と会社員へのツケ回し」としているが、年金部会での議論も行われておらず、考えられる一つのアイデア程度の状況であろう。
私の見解については、上記のリンク論文等の通りであり、さらに述べても繰り返しになってしまうが、「フリーターなど非正規労働者」にとっての基礎年金の機能劣化の問題は、どんどん深刻さを増していくであろう。加えて、今回の新型コロナ・ショックで、リーマン・ショックの再来を思わせる状況となっており、非正規労働者にとっては、現役生活も老後生活も、先が見えない状況になりつつある。この混乱の中で、せめて老後生活の基本的な所得保障を基礎年金が支えられればと思っているが、今回も本格的な見直しの議論には入っていない。基礎年金を軽視しているうちに、現役生活分も包含したBI(ベーシック・インカム)の議論が進んで行く可能性もあり得る。それはそれでもいいのかもしれないが、さらに見直しに時間がかかることになるだろうし、国民生活の混乱の度合いは増すことになることが危惧される。
そのような観点かすると、この年金改正案が成立しても、年金改革論議は一区切りとなるのではなく、新たな始まりとしなければならないと思うが、さて、どうなっていくのか。
2020年3月3日 日経夕刊7面 (十字路)お金を共に働かせる世帯
2020年3月6日 朝日朝刊10面 (投資透視)兜町半世紀 再考「老後2千万円問題」

最初の「十字路」の記事は、フィデリティ退職・投資教育研究所の野尻哲史氏によるもので、「フィデリティ退職・投資教育研究所が行ったサラリーマン1万人アンケートの結果」から、「共働きの世帯の平均年収は808.2万円と、片働き世帯の平均年収700.2万円よりも100万円以上多い。」が、「共働き世帯は資産が少なく、投資をしている人も少ない」ことについて、「それぞれの収入を資産として共有できないからだと思われる。」としている。
そして、「共働き世帯は、収入の多さを資産拡大につなげるべきだ。生活費口座を世帯で共有する人は多いと聞く。しかし個人の口座に残った資金は個人の消費に向かい、将来に向けた資産形成に活用できていないのではないか。」とし、「共に働く世帯であると同時に、資産を共に働かせる世帯でもあってほしい。「共働き世帯」は「(お金も)共働かせる世帯」であってほしい。:と結んでいる。

一方、「投資透視」の記事の方は、「昨年話題となった老後2000万円問題」について、「投資家向けの勉強会でも必ず質問され」るので、「問題を整理したいと思います。」というものである。
「夫65歳以上、妻60歳以上の「高齢夫婦無職世帯」で毎月約5.5万円が不足するとの試算をもとにして、平均余命を30年とすると、生涯の不足金額は約2000万円に達します。」というくだんの報告書について、「平均余命を30年とする想定はやや長い」「人は年を重ねるごとに消費行動も落ち着いていきます」「同じ高齢世帯でも無職でなく、勤労者世帯の家計収支をみると、月8万円の黒字になっています。」として、「生涯で不足する金額が2000万円というのは、少し下方への修正が必要だと思います。」という見方である。
一方で、「高齢世帯の貯蓄から負債を除いた純貯蓄額」に話を転じ、「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯では平均値で2280万円」であるが、「極端な高額貯蓄を保有する階層」があるので、「中央値」の1520万円程度を使う方がよいとし、それを、「例えば年率3%で非課税運用すれば、10年で2000万円を超えることが可能」として、その投資のための資産構成も示している。

「十字路」の方の論説は、興味深い視点である。ただし、投資が老後を意識したものであるとすれば、片働き世帯と共働き世帯の置かれた状況は異なる。それは、受給できる公的年金額の差異である。2019(令和元)年財政検証結果の資料をベースに見てみよう。
https://www.mhlw.go.jp/content/000540199.pdf
財政検証起点の2019年度時点において、標準としている片働き世帯につき、現役男子の手取り収入は月額35.7万円で、(公的)年金額は22.0万円(夫の厚生年金9.0万円、夫婦2人分の基礎年金13.0万円)とされている。記事のアンケート結果では、「共働きの世帯の平均年収は808.2万円」「片働き世帯の平均年収700.2万円」と、収入水準が高く、手取り水準かどうかも分からないが、一応、共働き世帯の方が片働き世帯よりも世帯としての手取り収入が15%多い(808.2万円と700.2万円との対比)という状況下で考えてみよう。すると、先の片働き世帯の年金月額22.0万円に対して、共働き世帯で合計の手取り収入が15%多い場合の年金月額は23.35万円となり、1.35万円多くなる。夫婦2人分の基礎年金は変わらない(専業主婦も第3号被保険者として満額年金を受給)が、厚生年金の方が手取り年収差を反映して10.35万円(9万円×1.15)となるためである。この差は大きく、年額で約16万円となり、記事での片働き世帯と共働き世帯の資産差100万円を埋め合わせる年金受給期間は7年弱になる。さらに言うと、財政検証結果の基準と目される上記資料のページ16のケースⅢで見ると、マクロ経済スライドによる年金減額が完了する2047年度においては、標準片働きせ世帯では、名目手取り収入47.2万円に対する年金額は24.0万円であるが、手取り収入が15%多い共働き世帯の年金額は、同様の計算で25.74万円となる。物価上昇が反映されているので、名目額で比較しても意味はないが、比率で比較すれば、標準片働き世帯の年金額に対する15%増手取り収入の共働き世帯の年金額は、2019年度の1.061倍から2047年度には1.073倍となり、差異は拡大することとなる。これは、基礎年金の方の減額が、厚生年金の場合よりも長く続くためである。
ということで、野尻氏の指摘には、別の要素がありそうだが、仮に、片働き世帯と共働き世帯の年収が同じであったとした場合であっても、共働き世帯の方が片働き世帯よりも、資産も投資も少ないのでないかと想定される。その理由としては、氏の言うように、「個人の口座に残った資金は個人の消費に向かい、将来に向けた資産形成に活用できていないのではないか」という点が考えられる。また、二人が働いている共働き世帯の方が、一人しか働いていない片働き世帯の場合よりも万一の失職のリスクが少なく、そのための備えが少なくて済む、という点もあるのではないかと思われる。ただし、もう一つ考えておく必要があるのが、負債の問題である。典型的なのは住宅ローンであるが、共働きの方が返済が進んでいるのではないだろうか。そうであれば、資産が少ない理由にもつながる。
ともあれ、野尻氏が指摘した視点からは、様々なことを考えさせられる。

一方、「投資透視」の方であるが、まず、記事の中の「試算」ということには誤解がある。これについては、下記の前半部分を参照されたい。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/20190701.pdf
そこに記載した通り、元の資料は、「実態調査を行っているものであり、将来に向けた試算ではない」のである。しかも、報告書発表時点で元の資料は更新されており、不足額は小さくなっている。よって、2000万円という金額をベースにして議論することには、意味はない。たたし、公的年金だけでは不足するのではないかという危惧は、国民の多くが内心思っていたところであり、報告書に具体的な数値が示されたことで、その懸念が広く共有されることになったことには、大きな意味がある。
しかし、この記事は、大きな勘違いをしている。「高齢世帯の貯蓄から負債を除いた純貯蓄額」に目を向けて、「平均値」ではなく「中央値」に注目すべきとした点まではいいのだが、その「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯」における中央値1520万円を、「例えば年率3%で非課税運用すれば、10年で2000万円を超えることが可能」としていることは、まったくの意味不明である。ここでも2000万円に拘っていることも理解できないが、「60歳以上の高齢無職世帯」が、1520万円を10年運用したら70歳以上になるわけだが、それでどうするのだろうか。報告書の元データの不足額2000万円は、「夫65歳以上、妻60歳以上」の高齢夫婦無職世帯のものであるから、「世帯主が60歳以上の高齢無職世帯」の資産を何年かは運用できそうだが、「無職」なのだから公的年金で足りなければ、資産を取り崩して生活費に充てざるを得ないだろう。仮に何年か運用できるにしても、提示している「日本株式25%、日本債券15%、外国株式25%、外国債券20%、不動産投資信託(REIT)10%、金(ゴールド)5%」というようなリスクの高い運用が、高齢者に向いているとは、まったく思えない。例えば、60歳時点で1520万円ないし2000万円に届くように、そのような運用構成で現役時代から〇万円かを運用しましょう、という話なら、分かるのだが。混同や混乱があるとしか思えない記事である。