2020年3月4日水曜日

(経済教室)積み上がる内部留保
2020年3月4日 日経朝刊27面 (上)法人課税の「保険機能」強化を
2020年3月5日 日経朝刊25面 (下)年間増加分に課税も一案

「積み上がる内部留保」についての特集連続論説である。
上編は、一橋大学の佐藤主光教授によるもので、「財務省「法人企業統計調査」によると、企業の内部留保は2018年度に463兆円と、7年連続で過去最高を記録した。」ことから書き出している。
そして、「景気は回復基調で、法人税の実効税率も29%台まで引き下げられたのに、企業が内部留保をため込むのは不健全とみる向きもある。」とし、「企業がカネをため込んでいる現状に対応するのは、借方(資産)に計上される「現預金等」だろう。その金額は12年度の168兆円から18年度の223兆円へと約55兆円増えた。他方、賃金の伸びは鈍く、従業員給与・賞与は同期間で11兆円増にとどまる。現預金等はM&A(合併・買収)や無形資産の取得を含む将来の投資に向けた資金という面もあるが、バランスを欠く印象も拭えない。」と続けている。
これに対して、「政府も無策でいるわけではない」とし、「20年度税制改正では、収益の賃上げや投資への充当に消極的な大企業を念頭に、研究開発税制など租税特別措置の適用を停止する設備投資要件を厳格化した。併せて「オープンイノベーション促進税制」として、一定のベンチャー企業に対する出資について、その25%相当額の所得控除ができる措置を創設した。」としている。
そして、「企業が抱えたカネを動かす税制のあり方について考察する。その対策は積み上がる企業の現預金を賃上げ・投資低迷の「原因」とみるか、企業を取り巻く社会・経済環境の「結果」とみるかで、北風政策と太陽政策に大別できる。」と論じている。
北風政策の典型は「内部留保課税」として、一例として、韓国の「企業所得還流税制」に言及している。「大企業を対象に設備投資や賃上げ、配当支払いをすれば、つまり現金などを会社外に還流させれば、課税が軽減される。また設備投資など資金活用計画があれば課税は先送りされる。実際に課税対象になった例はわずかだという。」という。また、米国の「国内留保金課税(AET)」は、「法定許容限度額を超えた内部留保について、事業のための合理的必要性に欠くとして租税回避目的と推定し課税する仕組みである。」とのことである。ただし、「そもそも制度の目的は内部留保へのペナルティーでなく、租税回避の抑制にある。」ので、「税収確保ではなく資金の流動化を狙いとするなら、一定の免責要件を設けることが望ましい。」としている。
一方、「太陽政策にあたるのが企業にとって投資などをしやすい環境整備」だとし、「法人税率の引き下げはその一環といえるが、本稿では課税ベースに着目したい。具体的には、繰越欠損金の拡充と課税ベースのキャッシュフロー化を取り上げる。」としている。
そして、「法人税など所得課税には税収確保や所得再分配に加えて保険(リスク分担)の機能がある。法人税であれば、企業収益が高いときは多くの税金を支払う一方、低収益や赤字のときは税は減額される。結果として課税後収益の変動が緩和されることになる。」として、数値例を示し、「企業と政府は暗黙裏に投資にかかるリスクを分担している。法人税とは違い、実質的な人件費課税にあたる社会保険料や償却資産課税を含む固定資産税にはこうした保険機能はない。収益の状況によらず、雇用や設備などに一定の課税がなされるからだ。」としている。
その上で、「法人税が保険機能を十分に発揮するには繰越欠損金制度(今期の赤字が将来の法人税の課税所得から控除される仕組み)の充実が必須となる。」とし、「企業のリスク投資を喚起する観点からは、繰越欠損金の期間を延長するとともに、限度額を引き上げることが望ましいだろう。…米国では18年以降、繰越欠損金の限度額は8割で、期間は無制限となっている。」としている。
そして、「一般に企業の利益は正常利潤と超過利潤に分けられる。正常利潤とは平均的に投資から見込まれる収益を指す。企業の観点に立つと、投資家から最低限の支払いが要求されるという意味で資本コストに等しい。一方、超過利潤は正常利潤を超えた収益で、独占的利益や無形資産などに起因する。」が、「キャッシュフローはこの超過利潤の現在割引価値に等しい。キャッシュフロー課税は超過利潤への課税と等価(経済効果が同じ)となる。」としている。
最後は、「変動に対して対称的なキャッシュフロー課税は政府とのリスク分担を通じて保険機能を発揮する。このため、企業のリスク投資を喚起しやすい。企業の現預金が積み上がる背景には将来見通しの不確実性や金融仲介機能の低下などもあり、税制だけで対応できるわけではない。それでも法人課税の保険機能の強化はカネを動かす一助になるだろう。」と結んでいる。

下編では、駒沢大学の小栗崇資教授が、「なぜ内部留保は増え続けるのか、その活用は可能なのか」を論じている。「利益剰余金として開示されるのが「公表内部留保」だ。さらに法人企業統計は、引当金・準備金やその他資本剰余金などを付加したものも内部留保としており、これに資本準備金を加えたものを「実質内部留保」とする。」としている。
続けて、「資本金10億円以上の約5千社(金融業・保険業を除く)の内部留保をみる」と、」大企業は全法人の2%に満たないのに、その内部留保は234兆円(利益剰余金)と日本全体の半分を占めており、内部資金の動態を決定づけている。」としている。
その上で、過去の推移を振り返り、1971~85年度と86~2000年度の段階に「共通した特徴は、内部留保の主たる要因が売上高の大幅な増加にあった点と、その使途が設備投資だった点にある。」が、86~00年度と比べて3倍近くに内部留保が激増した01~18年度の主たる要因は、売上高増加ではなく、「90年代末から始まった非正規雇用の拡大や賃金削減による人件費削減」と「法人税減税」であるとする。そして、その内部留保の使途も、設備投資ではなく、「01年度以降は主に金融投資や自社株買い、子会社投資、M&A(合併・買収)に投入されている。」としている。
そして、「その結果、従業員への賃金支払いの減少により国内市場は縮小し、企業は海外に出ていくという悪循環が生まれている。」とし、「金融投資などに回るだけで雇用や市場拡大につながらない内部留保は「悪い内部留保」と言わざるを得ない。膨大な内部留保は、不況やグローバル化に対する恐怖心を契機に生まれたが、国内に投資先が見いだせないまま今日では「金余り」の状態にある。それは富の偏在を通じて格差を生み出す結果をもたらしている。」としている。
対応策として、内部留保の有効活用について個々の企業の自主性には期待できないので、「内部留保への課税」を取り上げ、まず、「利益には1段階目で法人税が課され、2段階目で株主に回った配当に所得税が課される。内部留保課税は「二重課税」という批判があるが、日本企業は配当よりも内部留保の割合が高く、2段階目の多くの部分に課税されていない。内部留保課税は、2段階目の所得課税を補完するものであり「二重課税」ではない。」としている。
その上で、海外の内部留保課税について、米国(税率20%)、台湾(現行税率5%)、韓国(現行税率22%)の例に言及し、「いずれもフローベースで、毎期の内部留保の増加分に課税される。」とし、「日本では個人株主が少なく配当促進効果が期待できないので、韓国型の内部留保課税が参考になる。」とし、「仮に資本金1億円以上の法人の内部留保増加分(20兆円)に控除を経て税率20%で課税した場合、毎期3兆円の税収が見込まれる。内部留保の社会的活用を目的とし、教育や研究、社会保障などのために利用することで、企業や国民の同意を得られるのではないか。」と結んでいる。

どちらの論説も参照しているのが、次の「年次別法人企業統計調査(平成30年度)」である。
https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/results/h30.pdf
内部留保は、上記資料の8ページに「利益剰余金」として示されているが、内訳では、製造業は164億円(35%)、非製造業は300億円(65%)で、非製造業の比率が高い。また、資本金別でみると、10億円以上が234億円で、5割を占めている。
内部留保課税には賛否両論がある。言葉のイメージから、企業がため込んだオカネ、と短絡的にとらえてケシカランという向きもあるようだが、要するに、企業活動における利益のうち、配当分を差し引いて残ったもの(利益剰余金)ということである。
これが、将来の設備投資に回るのであれば、企業の収益性を向上させ、従業員の雇用や社外の関係企業にも恩恵が及ぶわけであるから、問題視はされない。しかし、下編の論説にあるように、そうはなっていないわけである。
下編の論説では、内部留保が増えた原因は、「人件費削減」と「法人税減税」であるとしている。そうであれば、考えるべきは、そのことへの対応であろう。まず、「人件費削減」は、費用を減らして企業の利益を増やす。期待されているのは、賃金を引き上げることであるが、利益を減らして配当にも影響することになり、経営者の責任も問われかねない。また、引き上げた賃金は、不況による経営悪化の場合にも、企業に重くのしかかってくることになる。以前は、これに対してボーナスの増減で対応していたわけだが、ボーナスの乏しい非正規労働が増えているので、賃金は固定化してきている。こうしたことから、利益を上げている企業でも、賃金引上げには及び腰になるのであろう。
一方の「法人税減税」は、税引き前利益に関わるものである。減税を進めてきた理由は、グローバルな企業活動において、法人税減税競争が起きてきたことへの対応であるが、国民の目線からすると、減税分は、国民から企業に移ったことになる。企業にとっての一つの対応策は、配当を増やすことであり、そうしている企業も増えているが、これも将来の不況による経営悪化の場合を考えると、限界があるということになるだろう。
整理してみると、内部留保拡大に対する方策は、直接的利益を受ける対象が、従業員(賃上げ)か、株主(配当)か、国民ないし政府(課税)か、によって区分されよう。その上で、課税による対応では、米韓などのように内部留保の増分に対する課税が考えられるが、そうすれば、賃上げか配当に対する企業の対応が期待できることにはなる。
具体的には、内部留保に対する法人税率の上乗せが考えられる。ただし、内部留保の増加額に対する課税上乗せには、少し疑問がある。すでに十分な内部留保を持っている会社を優遇し、これから積み上げる企業にとっては厳しいからである。そこで考えられるのが、資本金に対比した内部留保額に着目することである。
この考え方を、次の日立製作所の有価証券取引書を用いて、例示してみよう。
https://www.hitachi.co.jp/IR/library/stock/hit_sr_fy2018_4_ja.pdf
61ページに連結財政状態計算書が記載されているので、その下部の資本の部の親会社株式持分を使って計算してみよう。すると、資金金と資本準備金の合計に対する利益剰余金の比率は、次のようになる。
 2018年3月31日期 利益剰余金(2,105,395)÷資金金・資本準備金(458,790+
575,809)=2.03倍
 2019年3月31日期 利益剰余金(2,287,587)÷資金金・資本準備金(458,790+
463,786)=2.48倍
そこで、例えば、資金金と資本準備金の合計の2倍を上回る利益剰余金を対象として、特別の法人税を掛けるという考え方である。もちろん、倍率や税率あるいは対象企業などは、よく検討する必要がある。また、景気の変動に対する配慮も必要である。現在、新型コロナ・ショックで、市場も経済も大きな打撃を受けている。内部留保は、その緩衝材として寄与し、また、急減していく可能性もある。税制にも、社会情勢を勘案する必要があるから、内部留保課税も、方法や時期について十分な考慮が必要である。
こうした「過剰利益剰余金課税」の実施に対して、企業の方策として考えられるのは、賃上げと配当増に加えて、新株発行による資金金勘定の拡大であるが、それはそれで、国民生活に寄与することになるのではないか。
法人税率については、下記の「低下続く労働分配率」に関する特集連続論説についての論評でも少し言及したが、今回の特集で考察を深めることができた。本格的な検討をしておく必要がある局面になっているように思われる。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020_02_19_archive.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020_02_20_archive.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020_02_21_archive.html

0 件のコメント:

コメントを投稿