2020年3月1日 日経朝刊2面 ●(社説)新卒一括採用の見直しは時代の要請だ
「新型コロナウイルスの感染拡大の影響が大学生の就職活動にも及んできた。2021年春の卒業予定者向けに企業や就職情報会社が計画していた3月の採用説明会が相次ぎ中止になっている。就活があおりを受けるのは、特定の時期に集中的に選考する「新卒一括」採用の慣行のせいでもある。」とする社説である。
「この採用方式には学生の能力の見極めが甘くなる欠点もある。」とし、「企業はネット活用で情報提供するなど学生の就活にできるだけ支障が出ないようにしてほしい。併せてこの機に求めたいのが、新卒一括採用の抜本的な見直しだ。」とする。
「日本企業に定着しているこの慣行の基盤には、潜在的な能力を持った若者を時間をかけて育てるという考え方がある。一括方式は採用コストを抑えて大勢の学生を効率的に確保する手段だ。」が、「能力重視の採用を徹底するなら一括方式はそぐわない。」とする。
「方向性の一つは、職務を明確にし、求められる技能や知識のレベルも示す「ジョブ型採用」だ。」とし、「新卒一括採用で企業が伸びていたときとは経営環境が様変わりした。その認識があるなら、採用改革にちゅうちょはないはずだ。」と結んでいる。
この欧米での「ジョブ型雇用」の実体については、日経夕刊の連載記事の著者でもある海老原嗣生氏が、次のように子細に説明している。
https://next.rikunabi.com/journal/20180302_t21_iq/
要点は、日本型雇用では職務無限定なので大量の新卒一括採用も可能だが、欧米流の「ジョブ型」というポスト採用では、勤務の変更には本人の同意が必要であり、人事管理はかなり難しいということである。ところが、経団連も上記の社説も、このポスト採用の実体を知らないか、故意に無視しているきらいがある。「ジョブ型採用」で日本型のように自由に異動させれれば楽だが、そうは問屋が卸さないのである。
これでは、採用だけを変えても、うまく行くわけがない。過去にも、採用方式を変えようとした企業はあったが、結局、新卒一括採用類似に戻ってきている。人事管理全般を見直さずに、採用だけいじっても。円滑に機能するはずはないのである。同じ事は、「成果主義」についても言える。
そんな中、好不況の波のたびに採用数が大きく変動する新卒採用で、社内教育によって人材を育成することは至難になってきている。不況になって就職氷河期が到来すると、下働きをしてくれるはずの後輩が入ってこない。この状態が続くと、ずっと下っ端で下働きということになる。一方、好況になって入社した方は、教えを乞う先輩がいないことに悩まされることになる。すなわち、新卒一括採用による社内教育は、前後の社員が継続的に一定数入社することによって支えられているわけである。
新型コロナショックは、リーマンショックのように、新卒採用を直撃するであろう。今年春に入社予定の学生は、まさか内定取消とまではいかないだろう(過去には例もあり、社会問題化した)が、後輩が来なくて下働きの期間が長くなる可能性は十分ある。一方、来年春の入社に向けての就活は、厳しくなることは避けられないであろう。
今、学生が行うべきことは、就活をしながらも、できるだけ勉学にいそしむことであろう。できれば、対外的に通用する資格の勉強などもした方がよい。資格取得は、就職氷河期の学生も必死に取り組んだところである。就活が終われば学生生活をエンジョイし、後は卒業に必要な単位をそろえるだけというような生き方は、そもそも学生の本分にもとるものであり、またも押し寄せる就職厳寒期には、そんなお気楽な気分で対応できるものではない。会社に入ってからも同じだが、学生の間においても、「一生懸命にやった事だけが残って、貴方を支える」のである。
2020年3月1日日曜日
2020年3月1日 日経朝刊1面 賃下げ圧力 中高年に集中 経済活性化 スキル習得カギ
2020年3月1日 日経朝刊3面 (きょうのことば)年功型賃金 横並びに課題多く
2020年3月2日 日経朝刊14面 (私見卓見) AI人材が活躍できる組織を
1面の記事は、「日本の賃金は伸び悩みが続く。なかでも、大きなしわ寄せを受けているのが40~50代などの中高年層だ。年功型賃金(総合2面きょうのことば)の影響で賃金水準が高く、企業の総人件費抑制の主な対象となってきた。社員の高齢化で管理職に就けない人も増えた。若年労働力を確保するのが難しい中、スキル習得などによって中高年の生産性をいかに高めるかが経済活性化のカギになる。」というものである。
「年功賃金はすでに形を大きく変えている。」として、厚生労働省の賃金構造基本統計調査に言及している。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2018/dl/13.pdf
記事では、この調査の2000年と2018年のデータを比較しているそうである。その上で、「財務省の法人企業統計調査によると、国内の企業は00年度から18年度までの間に売上高を7%伸ばしたが、人件費は3%増にとどめた。総人件費抑制の照準が相対的に賃金が高い中高年層に向いてきたことは明らかだ。」としている。
その上で、「人手不足に伴う初任給の引き上げや人工知能(AI)などの技術を持つ人材に高い給与を出す制度の導入などで概して若者に有利な状況が続く。中高年層はモノづくりを主体とする産業構造から大きな付加価値を生むデジタル経済への転換のなかで、企業の人材戦略が追いついておらず、賃金にひずみをもたらしている。企業は若年層を奪い合うだけでなく、社内の中高年層に新たなスキル習得をどう促すかが重要になってくる。」としている。
そして、東大の川口大司教授の「年齢にかかわらず、専門性を生かす働き方や仕事内容に応じて賃金を支払う傾向は今後も広がっていくだろう」というコメントを引き、「中高年の潜在力を最大限に活用していくことが経済成長を促し、生産性向上と賃金改善という好循環をつくるための道筋となる。」と結んでいる。
3面の「年功型賃金」の用語解説では、「年齢や勤続年数が高まるにつれ、賃金が増えていく仕組みで、終身雇用とあわせて日本型雇用システムの柱となってきた。」とし、「同じ会社で長く働くほど賃金が上がるので、人材の定着に役立つうえ、長期的な視点で能力開発に取り組める利点がある。」が、「社員個人によるスキルアップや創意工夫の意欲が高まりにくい。転職を含む労働市場の流動化を阻害しているとの指摘もある。」としている。「ただ、年齢に関係なく賃金を支払うには個人の能力や会社への貢献を正確に測る必要があり、客観的な評価が課題となる。」という点も指摘している。
一方、14面の論説記事は、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングアソシエートパートナーの園田展人氏による寄稿で、「「AI(人工知能)関連の国際学会で、日本人の存在感がどんどん下がっている。投資よりも人材の不足が深刻だ」。大学院時代の恩師で、米マイクロソフトの研究所でAI研究を続ける東京大学の池内克史名誉教授に日本のAI投資についての見解を問い、指摘されたことを最近実感する。」という書き出である。
「AI人材を外部に求めるのは、本業を外注するに等しい。」ので、「大手企業が高額の年俸を提示し、AI人材の獲得に力を入れ始めたのは内製化につながる動きだ。しかし、報酬をつり上げるだけで優秀なAI人材の獲得を目指すのが最適解とは思えない。」としている。
そこで、「まず取り組むべきなのは、従来の組織を改め、AI人材を集約した専門組織の構築だ。「ここなら自分は活躍できる」と感じられる魅力的な場をつくることが獲得の第一歩になる。」としている。そして、「一般にAI人材は、活動が制限された組織を嫌う。企業はルールでがんじがらめに縛らず、自由度の高い環境を整えるべきだ。」とし、「カリスマ的な研究者が在籍する企業も、若く優秀なAI人材の目には魅力的に映る。結局、人が人を呼ぶ。こうした環境があれば、高額な報酬で引き付ける必要性は薄まる。」とし、「鍵を握るのは場であり、企業は場を整えるための投資を急ぐべきだ。」と結んでいる。
1面記事では、「新卒で就職し、同じ企業で働き続ける大卒男性の月次の所定内給与」を比較しているが、この区分には様々な要素があり、比較が困難な面がある。一般に「賃金カーブ」について用いられるのは、次のような図表(上記調査結果をベースに、独立行政法人労働政策研究・研修機構が作成したもの)であろう。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0405.html
問題は、年功賃金の下で中高年に到達した労働者が、自分自身の意識を改革し、個々人レベルで「新たなスキル習得」に向かうことができるのかどうかという点にある。そうした危惧を抱く現象の一つに、「60歳定年になった人が、再雇用で大幅に賃金が下がることについて、同じ仕事をしているのに、と不平をもらす」点がある。年功序列で貢献に見合わない賃金を受給していたという意識がないから、このような不平・不満が出て来るのであろう。企業を出て、外部労働市場の実態を知れば、その低下した水準でも恵まれている状況であることを知る場合が多いのではないか。いや、そのことは薄々にでも分かっているから、外に出て行かずに中で愚痴を言っているのではないか。加えて、自分がそのような非正規労働者になってみて初めて、正社員としての待遇との格差が身に染みることになる。
このような愚痴だらけの高齢社員は、経営者にとっても周囲の従業員にとっても、害悪にしかならない。この点は大きな問題となってきており、当ブログでも論評した次の記事でも取り上げられている。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200119AA07.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200126AA07.html
重要なのは、年齢や性別あるいは国籍を超えて、企業の収益に貢献できる労働者を求める動きは世界中に広がっており、そのための専門性を習得し磨いていく必要性が一段と高まっている、ということである。
14面の論説は、1面の記事とは関係が薄いように思われるかもしれないが、共通するのは、「専門性」ということである。論説では、「一般にAI人材は、活動が制限された組織を嫌う」と言うが、それは別にAI人材に限らない。人は、みな自由に生きたいと思っている。それがルールに従うようになるのは、企業という組織の中で生き抜くためである。とりわけ、日本の企業は、「協調性」を重視し、右に倣え的な行動統制を重んじる傾向が強い。しかも、この統制は、幼少時代から続いているもので、学校において問題となっている「イジメ」は、集団活動からの逸脱者に向けられ、「校則」にも、これを助長するきらいがある。
「時間でなく成果に応じた処遇」という謳い文句が、ウソっぽく感じられるのは、まさに、この日本企業の統制体質故である。もっとも、このような統制体質は、仕事の内容にも依存する。チャップリンの映画『モダン・タイムス』に描かれているような工場のベルトコンベアーによる流れ作業では、統制が不可欠である。現代の企業においても、職種によっては、そのような統制、文言としては「規律」が重視される職場は少なくないであろう。
となると、このような工場現場を抱えている企業にとっては、どのように対応すればいいのか。その一つの形が、「外様」として、特別扱いすることである。給与は高いが、企業共同体の一員としては扱われない。企業の取締役に名を連ねることはできても、トップを含めた経営幹部は、そんなよそ者ではなく、新卒入社から生き残ってきた「生え抜き」にする、というのが、おおかたの日本企業の体質であろう。このことは、創業者がらみの同族社長を除けば、ほとんどの大手企業の社長に当てはまるものであり、新卒入社からの長い選別の結果として、高齢者が多く、50歳台でも「若手」と言われる。
こうした体質は、企業だけではなく、日本社会の隅々にまで見られる。官僚にしても、そうである。政治の世界には、官僚などから転身した若手も見られるようになっているが、
当選回数を媒介とした年功序列型の登用の例も、枚挙に暇がない。
極めつけは、まさに論説のAIに関わる「桜田義孝サイバーセキュリティ担当大臣事件」である。辞任したこの大臣は、「自分でパソコンを打つということはありません」と言ってのけていた。日本社会では、まあ無理だよな、と苦笑したくらいで済ましい人も多いのではないかと思うが、海外からすると、驚愕する状況であったであろう。
論説に戻れば、「人が人を呼ぶ」ということがキーになる。自分を成長させてくれるから、その人についていくのである。しかし、このような一流の専門家は、独立心が高く、自身で食っていける自信とプライドを持っている。であれば、このような専門家を社内にキープし続けようとするのは、無理なのではないだろうか。加えて、人生100年と言われるような職業生活の長い時代である。
規律を要する定型的な仕事は、AIなどの技術によって省略化されており、それが、さらに加速する方向にある。一方で、専門家の育成を社内で行うことは不可能ではないが、一流の専門家については、外部調達の方がコストや期間の面で理にかなう状況になっており、そのことは、さらに加速しそうである。
このような専門家を統括する企業の経営者の役割は、あたかもオーケストラの指揮者のようなものではないか。そして、それもまた専門家の仕事である。私見では、このような状況の中では、企業経営は、必要な専門家を適時に集め、その折々に必要な機能を充足していく、いわばプロジェクトのようなものの集合体になるのではないか、と思う。そのような専門家を惹きつけるのは、記事にあるような「場」であるが、雇用とは限らない企業との関係が長期化する保障はないので「報酬」も、相対的には高いものが要求されることになるであろう。
少し、脱線気味だが、このような「専門性」重視の時代の到来に、協調性重視で会社生活を生き抜いてきた中高年社員が、どのように立ち向かうべきなのか。その答えは、おのずから明らかであろうし、今後、「妖精さん」の居場所は、なくなっていくだろう。
2020年3月1日 日経朝刊3面 (きょうのことば)年功型賃金 横並びに課題多く
2020年3月2日 日経朝刊14面 (私見卓見) AI人材が活躍できる組織を
1面の記事は、「日本の賃金は伸び悩みが続く。なかでも、大きなしわ寄せを受けているのが40~50代などの中高年層だ。年功型賃金(総合2面きょうのことば)の影響で賃金水準が高く、企業の総人件費抑制の主な対象となってきた。社員の高齢化で管理職に就けない人も増えた。若年労働力を確保するのが難しい中、スキル習得などによって中高年の生産性をいかに高めるかが経済活性化のカギになる。」というものである。
「年功賃金はすでに形を大きく変えている。」として、厚生労働省の賃金構造基本統計調査に言及している。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2018/dl/13.pdf
記事では、この調査の2000年と2018年のデータを比較しているそうである。その上で、「財務省の法人企業統計調査によると、国内の企業は00年度から18年度までの間に売上高を7%伸ばしたが、人件費は3%増にとどめた。総人件費抑制の照準が相対的に賃金が高い中高年層に向いてきたことは明らかだ。」としている。
その上で、「人手不足に伴う初任給の引き上げや人工知能(AI)などの技術を持つ人材に高い給与を出す制度の導入などで概して若者に有利な状況が続く。中高年層はモノづくりを主体とする産業構造から大きな付加価値を生むデジタル経済への転換のなかで、企業の人材戦略が追いついておらず、賃金にひずみをもたらしている。企業は若年層を奪い合うだけでなく、社内の中高年層に新たなスキル習得をどう促すかが重要になってくる。」としている。
そして、東大の川口大司教授の「年齢にかかわらず、専門性を生かす働き方や仕事内容に応じて賃金を支払う傾向は今後も広がっていくだろう」というコメントを引き、「中高年の潜在力を最大限に活用していくことが経済成長を促し、生産性向上と賃金改善という好循環をつくるための道筋となる。」と結んでいる。
3面の「年功型賃金」の用語解説では、「年齢や勤続年数が高まるにつれ、賃金が増えていく仕組みで、終身雇用とあわせて日本型雇用システムの柱となってきた。」とし、「同じ会社で長く働くほど賃金が上がるので、人材の定着に役立つうえ、長期的な視点で能力開発に取り組める利点がある。」が、「社員個人によるスキルアップや創意工夫の意欲が高まりにくい。転職を含む労働市場の流動化を阻害しているとの指摘もある。」としている。「ただ、年齢に関係なく賃金を支払うには個人の能力や会社への貢献を正確に測る必要があり、客観的な評価が課題となる。」という点も指摘している。
一方、14面の論説記事は、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングアソシエートパートナーの園田展人氏による寄稿で、「「AI(人工知能)関連の国際学会で、日本人の存在感がどんどん下がっている。投資よりも人材の不足が深刻だ」。大学院時代の恩師で、米マイクロソフトの研究所でAI研究を続ける東京大学の池内克史名誉教授に日本のAI投資についての見解を問い、指摘されたことを最近実感する。」という書き出である。
「AI人材を外部に求めるのは、本業を外注するに等しい。」ので、「大手企業が高額の年俸を提示し、AI人材の獲得に力を入れ始めたのは内製化につながる動きだ。しかし、報酬をつり上げるだけで優秀なAI人材の獲得を目指すのが最適解とは思えない。」としている。
そこで、「まず取り組むべきなのは、従来の組織を改め、AI人材を集約した専門組織の構築だ。「ここなら自分は活躍できる」と感じられる魅力的な場をつくることが獲得の第一歩になる。」としている。そして、「一般にAI人材は、活動が制限された組織を嫌う。企業はルールでがんじがらめに縛らず、自由度の高い環境を整えるべきだ。」とし、「カリスマ的な研究者が在籍する企業も、若く優秀なAI人材の目には魅力的に映る。結局、人が人を呼ぶ。こうした環境があれば、高額な報酬で引き付ける必要性は薄まる。」とし、「鍵を握るのは場であり、企業は場を整えるための投資を急ぐべきだ。」と結んでいる。
1面記事では、「新卒で就職し、同じ企業で働き続ける大卒男性の月次の所定内給与」を比較しているが、この区分には様々な要素があり、比較が困難な面がある。一般に「賃金カーブ」について用いられるのは、次のような図表(上記調査結果をベースに、独立行政法人労働政策研究・研修機構が作成したもの)であろう。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0405.html
問題は、年功賃金の下で中高年に到達した労働者が、自分自身の意識を改革し、個々人レベルで「新たなスキル習得」に向かうことができるのかどうかという点にある。そうした危惧を抱く現象の一つに、「60歳定年になった人が、再雇用で大幅に賃金が下がることについて、同じ仕事をしているのに、と不平をもらす」点がある。年功序列で貢献に見合わない賃金を受給していたという意識がないから、このような不平・不満が出て来るのであろう。企業を出て、外部労働市場の実態を知れば、その低下した水準でも恵まれている状況であることを知る場合が多いのではないか。いや、そのことは薄々にでも分かっているから、外に出て行かずに中で愚痴を言っているのではないか。加えて、自分がそのような非正規労働者になってみて初めて、正社員としての待遇との格差が身に染みることになる。
このような愚痴だらけの高齢社員は、経営者にとっても周囲の従業員にとっても、害悪にしかならない。この点は大きな問題となってきており、当ブログでも論評した次の記事でも取り上げられている。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200119AA07.html
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200126AA07.html
重要なのは、年齢や性別あるいは国籍を超えて、企業の収益に貢献できる労働者を求める動きは世界中に広がっており、そのための専門性を習得し磨いていく必要性が一段と高まっている、ということである。
14面の論説は、1面の記事とは関係が薄いように思われるかもしれないが、共通するのは、「専門性」ということである。論説では、「一般にAI人材は、活動が制限された組織を嫌う」と言うが、それは別にAI人材に限らない。人は、みな自由に生きたいと思っている。それがルールに従うようになるのは、企業という組織の中で生き抜くためである。とりわけ、日本の企業は、「協調性」を重視し、右に倣え的な行動統制を重んじる傾向が強い。しかも、この統制は、幼少時代から続いているもので、学校において問題となっている「イジメ」は、集団活動からの逸脱者に向けられ、「校則」にも、これを助長するきらいがある。
「時間でなく成果に応じた処遇」という謳い文句が、ウソっぽく感じられるのは、まさに、この日本企業の統制体質故である。もっとも、このような統制体質は、仕事の内容にも依存する。チャップリンの映画『モダン・タイムス』に描かれているような工場のベルトコンベアーによる流れ作業では、統制が不可欠である。現代の企業においても、職種によっては、そのような統制、文言としては「規律」が重視される職場は少なくないであろう。
となると、このような工場現場を抱えている企業にとっては、どのように対応すればいいのか。その一つの形が、「外様」として、特別扱いすることである。給与は高いが、企業共同体の一員としては扱われない。企業の取締役に名を連ねることはできても、トップを含めた経営幹部は、そんなよそ者ではなく、新卒入社から生き残ってきた「生え抜き」にする、というのが、おおかたの日本企業の体質であろう。このことは、創業者がらみの同族社長を除けば、ほとんどの大手企業の社長に当てはまるものであり、新卒入社からの長い選別の結果として、高齢者が多く、50歳台でも「若手」と言われる。
こうした体質は、企業だけではなく、日本社会の隅々にまで見られる。官僚にしても、そうである。政治の世界には、官僚などから転身した若手も見られるようになっているが、
当選回数を媒介とした年功序列型の登用の例も、枚挙に暇がない。
極めつけは、まさに論説のAIに関わる「桜田義孝サイバーセキュリティ担当大臣事件」である。辞任したこの大臣は、「自分でパソコンを打つということはありません」と言ってのけていた。日本社会では、まあ無理だよな、と苦笑したくらいで済ましい人も多いのではないかと思うが、海外からすると、驚愕する状況であったであろう。
論説に戻れば、「人が人を呼ぶ」ということがキーになる。自分を成長させてくれるから、その人についていくのである。しかし、このような一流の専門家は、独立心が高く、自身で食っていける自信とプライドを持っている。であれば、このような専門家を社内にキープし続けようとするのは、無理なのではないだろうか。加えて、人生100年と言われるような職業生活の長い時代である。
規律を要する定型的な仕事は、AIなどの技術によって省略化されており、それが、さらに加速する方向にある。一方で、専門家の育成を社内で行うことは不可能ではないが、一流の専門家については、外部調達の方がコストや期間の面で理にかなう状況になっており、そのことは、さらに加速しそうである。
このような専門家を統括する企業の経営者の役割は、あたかもオーケストラの指揮者のようなものではないか。そして、それもまた専門家の仕事である。私見では、このような状況の中では、企業経営は、必要な専門家を適時に集め、その折々に必要な機能を充足していく、いわばプロジェクトのようなものの集合体になるのではないか、と思う。そのような専門家を惹きつけるのは、記事にあるような「場」であるが、雇用とは限らない企業との関係が長期化する保障はないので「報酬」も、相対的には高いものが要求されることになるであろう。
少し、脱線気味だが、このような「専門性」重視の時代の到来に、協調性重視で会社生活を生き抜いてきた中高年社員が、どのように立ち向かうべきなのか。その答えは、おのずから明らかであろうし、今後、「妖精さん」の居場所は、なくなっていくだろう。
2020年2月29日土曜日
2020年2月29日 日経朝刊28面 定年後のお金、3分法で使う 日常の生活費 年金で賄って
経済コラムニストの大江英樹氏による解説で、「資産管理には「資産3分法」や「財産3分法」という考え方があります。リスク分散のため一つの資産に集中せず、異なる複数の資産で持つべきであるとの考え方です。運用では「株式・債券・不動産」に分けたり、不動産の代わりに金を入れるのも一般的です。」というものである。
その上で、定年シニアが実践したい3分法」として、ご自身の経験をベースに、「(1)年金収入(2)定年後の勤労収入(3)定年までに蓄えた資産や退職金――の3つに区分し、異なる使途に充てるというものです。」を紹介している。特に、年金収入については、「公的年金は定年退職後の日常の生活費に充て、支出すべてを公的年金で賄えるようにコントロールします。」としており、「行き当たりばったりだと老後の生活プランが大きく狂いかねません。」と警告している。
「金を入れるのも一般的」とは思えないが、財産3分法は、現役時代の考え方としても、貯蓄・株式・不動産の3つにリスク分散する方がよいとされている。このアドバイスは、収入源についての3分法ということになる。
しかし、私自身の状況を考えても、公的年金で日常の生活費のすべてを賄うのは、難しいのではないか。実際のところは、なるべくそのように心がけながらも、不足分を私的年金(企業年金や個人年金)あるいは勤労収入や資産の取り崩しで賄っているケースが多いのではないかと思われる。
しかし、このような対応のうち、私的年金による補完対応が、今後は難しくなってくるものと思われる。企業年金における主力であった確定給付型の企業年金制度が減少してきており、退職金を年金として受給できる選択肢がなくなってきているからである。この減少の一方で、退職金の前払資金を個人が運用する確定拠出年金制度(企業型)への切り替えが増えているが、たとえ運用がそこそこうまくいったとしても、定年後に年金として受け取る途は、運用商品の一つである個人年金を購入するしかなく、実際には一時金で受給する人が大半である。この状況は、個人が老後に向けて自身の資金を託す確定拠出年金制度(個人型)においても同様である。
なお、これまでのシニア世代においては、確定給付型の企業年金制度での年金選択は一般的ではなかったが、それには理由があった。老後の安全・安心を図る上でも、住居の確保は重大な問題であり、持ち家を確保することが優先課題だったのである。それ故に、定年退職時において、退職金やそれが変じた企業年金の一時金受給により、住宅ローンの残金を返済するという用途が一般的だったのである。ところが、いざとなった時に売却して資金を得る持ち家の価値の方も、少子高齢化の進展で空き家が大きな社会問題となっているように、急減してきている。
そのような状況下において、年金を選択する退職者は少しづつ増えてきていた。ところが、そのことが、不透明な投資環境の中で、確定給付型の企業年金制度の側の負担を大きくすることになっていったのである。このような年金受給権者の増加が、企業が確定給付型企業年金から確定拠出年金に切り替える最大の要因であると思われる。
かくして、今後は、私的年金に頼りにくい状況になっていく。しかも、公的年金も、同じく少子高齢化の影響で、今後は縮減が避けられない状況にある。そうした状況変化に対しては、どのように対応すればよいのであろうか。
一つは、可能な限り、公的年金の受給を後倒し(年金用語では「繰下げ」)とすることである。繰下げにすれば、年金額は増額されることになる。その理由は、年金の受給期間が短くなるので、受給期待総額が変わらないように増額しても、基本的に年金財政には影響がないからである。この繰下げによる増額率は月あたり0.7%で、65歳からの受給を現在の最長可能年齢である70歳まで繰下げれば、年金額は42%増となる。しかも、それが死ぬまで続くのである。さらに、この最長年齢は75歳まで延長されようとしている。
もう一つは、やはり私的年金を年金として受給する選択肢を拡張することである。現在は、自営業者によっての国民年金基金からの年金受給と、会社員にとっての確定給付企業年金からの年金受給しかないが、後者は、前述したように制度自体が減少しつつある。企業にとっては、退職者の管理が何十年にもわたって必要となる確定給付企業年金の維持は、ますます困難な状況になっている。特に中小企業にとっては、事務管理の負担も大きいであろうし、退職者の視点からしても、一般的に経営基盤が脆弱な中小企業の制度に、虎の子の退職金を預けるのには二の足を踏むこともあるだろう。
このような観点から、私は、確定給付企業年金や確定拠出年金、さらには退職金の資金も受け入れて年金という権利に転換する、次のような「年金給付機構」(仮称)を、長年にわたって提唱している。
いずれにしても、寿命が延びた次の世代は、長く働くことが必要になってくる。その就労の後の老後の所得保障をきっちりと支える必要があることは、これまでと変わるものではない。その点を見据えた私的年金の再構築は、喫緊の課題であろう。
2020年2月29日 日経朝刊17面 (大機小機)新型コロナ、リーマン級だが一過性
「大機小機」の方は、「新型コロナウイルスによる感染症の拡大は日本経済に大きな影を投げかけている(以下これをコロナショックと呼ぶ)。今後、2020年1~3月期の経済の実態が明らかになるにつれて、このコロナショックの深刻な全体像が見えてくるはずだ。」との論説である。
「ショックが日本経済に影響を及ぼす主なルートは次の3つ」として、①サービス輸出(外国人観光客の消費)の減少、②財の輸出の減少、③不要不急の外出が控えられることによる経済活動の萎縮、をあげている。
そして、「コロナショックの衝撃はリーマン・ショック並みとなりそう」だが、「リーマン・ショック級の影響が出るが一過性」というのが、今回のコロナショックの特徴だとしている。
その上で、「今こそ本物の緊急経済対策の出番」とし、「信用保証などで短期的な売り上げの落ち込みが雇用や経営に影響しないように配慮すべきだろう。」と結んでいる。
コロナショックの影響は、広範にわたっており、「リーマン・ショック」になぞらえる議論が多くなっているが、果して、「リーマン・ショック並み」の規模で、「一過性」ということに収まるのだろうか。そもそも、ここでいう「一過性」の意味が、よく分からない。例えば、「リーマン・ショック」は一過性だったとしているのだろうか。東日本大震災ですら、また発生する可能性が少ないということなら、「一過性」になり得る。
影響が長く広範に続くかどうかという点でいうと、コロナショックは、リーマン・ショックの比ではないのではないか。リーマン・ショックは、突き詰めればカネの問題であり、世界中でカネ不足が起きたことによって、金融機関や企業の活動に制約が生じて、経済活動の停滞をもたらした。コロナショックでも世界的な株価の暴落によって、その様相を呈しているが、さらに深刻だろうと思うのは、ヒトの活動にも大きな制約や影響を及ぼしていることである。上記③の外出抑制による消費レベルにとどまらず、生産現場などの供給レベルにも、大きな影響を及ぼしている。
このコロナショックの震源地が中国であったことは、世界経済を牽引してきたとされる中国の社会・経済体制の脆弱性を浮き彫りにしたといえるであろう。中国からの観光客に依存し、中国での生産に依存してきた日本にとって、その影響は、世界中のどの国よりも大きいのではないか。国内での感染蔓延を抑止するためには、早期に中国からの入国を抑制すべきであったと思うが、そうしなかった(今も全面的にはしていない)のには、こうした依存性があったのであろう。結果として、同じく入国規制を行わなかった韓国では感染者が急増しており、検査体制が整わずに十分な感染検査すら行えていない日本では、感染者数の実態把握すら行えていない。
「一旦感染が収まれば、V字回復になるはず」と記事はしている。どのような事態においても、収束すれば、それまでの抑制が解除され、回復することにはなる。しかし、東日本大震災に見られるように、回復したとしても、惨事の傷跡は長く残り得る。未来志向は大事だが、惨事と向き合って様々な対応を行うことは、それ以上に大事であろう。雇用や経営への影響が短期的な「一過性」で済むようには、私には思えない。
「大機小機」の方は、「新型コロナウイルスによる感染症の拡大は日本経済に大きな影を投げかけている(以下これをコロナショックと呼ぶ)。今後、2020年1~3月期の経済の実態が明らかになるにつれて、このコロナショックの深刻な全体像が見えてくるはずだ。」との論説である。
「ショックが日本経済に影響を及ぼす主なルートは次の3つ」として、①サービス輸出(外国人観光客の消費)の減少、②財の輸出の減少、③不要不急の外出が控えられることによる経済活動の萎縮、をあげている。
そして、「コロナショックの衝撃はリーマン・ショック並みとなりそう」だが、「リーマン・ショック級の影響が出るが一過性」というのが、今回のコロナショックの特徴だとしている。
その上で、「今こそ本物の緊急経済対策の出番」とし、「信用保証などで短期的な売り上げの落ち込みが雇用や経営に影響しないように配慮すべきだろう。」と結んでいる。
コロナショックの影響は、広範にわたっており、「リーマン・ショック」になぞらえる議論が多くなっているが、果して、「リーマン・ショック並み」の規模で、「一過性」ということに収まるのだろうか。そもそも、ここでいう「一過性」の意味が、よく分からない。例えば、「リーマン・ショック」は一過性だったとしているのだろうか。東日本大震災ですら、また発生する可能性が少ないということなら、「一過性」になり得る。
影響が長く広範に続くかどうかという点でいうと、コロナショックは、リーマン・ショックの比ではないのではないか。リーマン・ショックは、突き詰めればカネの問題であり、世界中でカネ不足が起きたことによって、金融機関や企業の活動に制約が生じて、経済活動の停滞をもたらした。コロナショックでも世界的な株価の暴落によって、その様相を呈しているが、さらに深刻だろうと思うのは、ヒトの活動にも大きな制約や影響を及ぼしていることである。上記③の外出抑制による消費レベルにとどまらず、生産現場などの供給レベルにも、大きな影響を及ぼしている。
このコロナショックの震源地が中国であったことは、世界経済を牽引してきたとされる中国の社会・経済体制の脆弱性を浮き彫りにしたといえるであろう。中国からの観光客に依存し、中国での生産に依存してきた日本にとって、その影響は、世界中のどの国よりも大きいのではないか。国内での感染蔓延を抑止するためには、早期に中国からの入国を抑制すべきであったと思うが、そうしなかった(今も全面的にはしていない)のには、こうした依存性があったのであろう。結果として、同じく入国規制を行わなかった韓国では感染者が急増しており、検査体制が整わずに十分な感染検査すら行えていない日本では、感染者数の実態把握すら行えていない。
「一旦感染が収まれば、V字回復になるはず」と記事はしている。どのような事態においても、収束すれば、それまでの抑制が解除され、回復することにはなる。しかし、東日本大震災に見られるように、回復したとしても、惨事の傷跡は長く残り得る。未来志向は大事だが、惨事と向き合って様々な対応を行うことは、それ以上に大事であろう。雇用や経営への影響が短期的な「一過性」で済むようには、私には思えない。
2020年2月27日木曜日
2020年2月27日 日経朝刊11面 韓国出生率 最低0.92 昨年、若者の生活費負担重く
2020年2月25日 日経朝刊2面 (社説)柔軟な働き方が危機に役立つ
「韓国統計庁が26日発表した韓国の2019年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)は0.92となった。18年に初めて1を下回り世界最低水準となったが、低下に歯止めがかからない。文在寅(ムン・ジェイン)政権は少子高齢化対策に力を入れるが、成果があがっていないのが実情だ。」という記事である。
「韓国の出生率が低いのは複合的な要因が絡んでいる。漢陽大のハ・ジュンギョン教授は「出産すると職場復帰しにくい労働環境、重い教育費負担、住宅価格の高騰などで、女性が出産をためらっている」と指摘する。」とのことである。
「女性の社会進出が進む一方、育児との両立のハードルはまだ高い。」とのことであり、「若年層の所得の伸びは40代後半~50代に比べて低い。造船や自動車部品など製造業では子育て世代の30~40代がリストラ対象になり、出生率にも影響を与えた」と先の教授は指摘しているそうである。
一方、25日の社説では、「新型コロナウイルスの感染拡大を受け、在宅勤務制度の活用や時差出勤を呼びかける企業が相次いでいる。働く場所や時間を社員が柔軟に選べるようにしておけば震災などの災害時にも役立つ。今回の事態を機に備えを固めたい。」としている。
「新型ウイルスやそれによる肺炎の拡大の抑制策として着目されているのが、会社に出勤せずに働くテレワークだ。在宅勤務が代表的で、通勤の混雑を避けるサテライトオフィス勤務などもある。」とし、「同様に勤務時間帯を柔軟にする方法としては、裁量労働制もある。災害時に企業が人員を確保し、事業を継続する手立てにもなる。生産性向上に資する裁量労働制は、一部の専門職などに限られている対象業務の拡大が見送られたままだ。非常時の備えとしても使いやすい制度への改革が急務だ。」というのである。
韓国の出生率の低下は、想像を絶する。現在の日本の出生率は、全国平均で1.42だそうであるが、それでも、将来の人口は急減し、社会に大きな影響が及ぶものとされている。
韓国の状況には、様々な要因が影響しているとされるが、儒教文化を背景に、家族間での助け合いが強調され、高齢の親を家族内で世話するのが当然とされてきたようである。これは美徳とされてきたが、結局、女性の社会進出を遅らせ、年金制度の発展を阻害する原因ともなったようである。加えて、男尊女卑の風土も色濃く、経済力をつけた女性にとっては、結婚や育児に対する忌避感が大きいと聞く。最も人気が高い結婚相手は、親が公務員である場合で、その理由は親に年金があり、経済的・精神的負担が小さいからだという。
この状況は、日本でも、他人事ではない。つい数十年前まで、日本の女性の置かれた状況は、韓国と同様であった。今は、働き方改革や出産・育児の支援が叫ばれているが、女性の正社員が出産・育児で退職すれば、復職後の働き方は非正規労働者になるという状況は、まだまだ続いているし、そもそも就職の際にも、男女差別は少なからず残っている。
一方、25日の社説の方は、新型コロナウイルスによる非常事態に対して、テレワークなど、柔軟な働き方で対応できる面があることを評価するものである。そのことには異存はないが、かねてからの日経の主張である裁量労働制の拡大を、この時とばかり持ち出していることは、いただけない。
そもそも、働き方改革の推進の中で明白となってきているのは、企業が、きちんとした労働者の勤務時間管理をしてこなかったという事実である。それが、サービス残業や過労死といった社会的問題につながっていたのである。
このような状況の中で、「生産性向上に資する裁量労働制」などというのは、あまりにもそらぞらしい。時間でなく成果で測って報酬を払う、というけれども、労働組合側が危惧しているように、時間管理が労働者の自己責任とされ、結果的に、統計上表れる形式上の労働時間が減少するだけではないのか。そのような実労働時間を反映しない労働生産性など、まったく意味がない。企業は、まず、きちんとした勤務時間管理を行うべきである。違法な時間外労働や、時間外賃金の不払などを起こしている企業における裁量労働制は、適正な運用などできるはずがないのだから、禁止すべきである。
柔軟な労働時間は、労働者にとって有益なものであって初めて意味を持つ。裁量労働制など持ち出さなくとも、出退勤に柔軟性を持たせれば、仕事と家庭の両立に、大きく寄与するであろう。
なお、蛇足ながら付言すれば、安倍首相が突如として打ち出した小中高校の3月2日からの休校検討の指示には、大きな問題がある。あまりに唐突であり、25日の政府の専門家会議でも、検討されなかったようである。一説には、新型コロナ感染者が全国最大で感染者が続く北海道知事の休校要請(が評判が良かったもの)を模したものとされているが、教育現場にも波及し、全道的な感染拡大を阻止する緊急性に駆られた北海道と、全国単位とでは、状況が異なる。
すでにマスコミ報道で、多くの弊害が指摘されているが、とりわけ深刻なのが、働く女性の育児への影響である。ある病院では、女性看護師の多くが休業をやむなくされ、外来診療にも影響があるそうである。このような悪影響は、全国的に想定され、重大な時期と言いながら、医療現場の崩壊にもつながりかねない愚策である。
従来より、インフルエンザのような感染症に対しては、学級閉鎖といった措置がとられ、それなりの効果をあげている。リスクの高い高齢者が同居する家庭についての自主休校を認める(その高齢者が児童の世話をすることが可能である)など、効果的な対策は、少し日時をかけるだけで、いくらでも検討できたのであろう。
一方で、新型コロナの検査体制は、世界中で最も貧弱であると言わざるを得ない。緊急対策が必要なのは、その体制の変革であろう。「正しく恐れよ」といいながら、感染者の状況も正しく把握できないのでは、話にならない。きちんと検査すれば、日本の感染者数は、検査体制が拡充している韓国の比ではなく、中国に続く状況になっているのではないかとすら思える。これでは、世界が日本を信用しないのも当然で、東京オリンピック・パラリンピックの開催など、寝言になりかねない。
2020年2月25日 日経朝刊2面 (社説)柔軟な働き方が危機に役立つ
「韓国統計庁が26日発表した韓国の2019年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)は0.92となった。18年に初めて1を下回り世界最低水準となったが、低下に歯止めがかからない。文在寅(ムン・ジェイン)政権は少子高齢化対策に力を入れるが、成果があがっていないのが実情だ。」という記事である。
「韓国の出生率が低いのは複合的な要因が絡んでいる。漢陽大のハ・ジュンギョン教授は「出産すると職場復帰しにくい労働環境、重い教育費負担、住宅価格の高騰などで、女性が出産をためらっている」と指摘する。」とのことである。
「女性の社会進出が進む一方、育児との両立のハードルはまだ高い。」とのことであり、「若年層の所得の伸びは40代後半~50代に比べて低い。造船や自動車部品など製造業では子育て世代の30~40代がリストラ対象になり、出生率にも影響を与えた」と先の教授は指摘しているそうである。
一方、25日の社説では、「新型コロナウイルスの感染拡大を受け、在宅勤務制度の活用や時差出勤を呼びかける企業が相次いでいる。働く場所や時間を社員が柔軟に選べるようにしておけば震災などの災害時にも役立つ。今回の事態を機に備えを固めたい。」としている。
「新型ウイルスやそれによる肺炎の拡大の抑制策として着目されているのが、会社に出勤せずに働くテレワークだ。在宅勤務が代表的で、通勤の混雑を避けるサテライトオフィス勤務などもある。」とし、「同様に勤務時間帯を柔軟にする方法としては、裁量労働制もある。災害時に企業が人員を確保し、事業を継続する手立てにもなる。生産性向上に資する裁量労働制は、一部の専門職などに限られている対象業務の拡大が見送られたままだ。非常時の備えとしても使いやすい制度への改革が急務だ。」というのである。
韓国の出生率の低下は、想像を絶する。現在の日本の出生率は、全国平均で1.42だそうであるが、それでも、将来の人口は急減し、社会に大きな影響が及ぶものとされている。
韓国の状況には、様々な要因が影響しているとされるが、儒教文化を背景に、家族間での助け合いが強調され、高齢の親を家族内で世話するのが当然とされてきたようである。これは美徳とされてきたが、結局、女性の社会進出を遅らせ、年金制度の発展を阻害する原因ともなったようである。加えて、男尊女卑の風土も色濃く、経済力をつけた女性にとっては、結婚や育児に対する忌避感が大きいと聞く。最も人気が高い結婚相手は、親が公務員である場合で、その理由は親に年金があり、経済的・精神的負担が小さいからだという。
この状況は、日本でも、他人事ではない。つい数十年前まで、日本の女性の置かれた状況は、韓国と同様であった。今は、働き方改革や出産・育児の支援が叫ばれているが、女性の正社員が出産・育児で退職すれば、復職後の働き方は非正規労働者になるという状況は、まだまだ続いているし、そもそも就職の際にも、男女差別は少なからず残っている。
一方、25日の社説の方は、新型コロナウイルスによる非常事態に対して、テレワークなど、柔軟な働き方で対応できる面があることを評価するものである。そのことには異存はないが、かねてからの日経の主張である裁量労働制の拡大を、この時とばかり持ち出していることは、いただけない。
そもそも、働き方改革の推進の中で明白となってきているのは、企業が、きちんとした労働者の勤務時間管理をしてこなかったという事実である。それが、サービス残業や過労死といった社会的問題につながっていたのである。
このような状況の中で、「生産性向上に資する裁量労働制」などというのは、あまりにもそらぞらしい。時間でなく成果で測って報酬を払う、というけれども、労働組合側が危惧しているように、時間管理が労働者の自己責任とされ、結果的に、統計上表れる形式上の労働時間が減少するだけではないのか。そのような実労働時間を反映しない労働生産性など、まったく意味がない。企業は、まず、きちんとした勤務時間管理を行うべきである。違法な時間外労働や、時間外賃金の不払などを起こしている企業における裁量労働制は、適正な運用などできるはずがないのだから、禁止すべきである。
柔軟な労働時間は、労働者にとって有益なものであって初めて意味を持つ。裁量労働制など持ち出さなくとも、出退勤に柔軟性を持たせれば、仕事と家庭の両立に、大きく寄与するであろう。
なお、蛇足ながら付言すれば、安倍首相が突如として打ち出した小中高校の3月2日からの休校検討の指示には、大きな問題がある。あまりに唐突であり、25日の政府の専門家会議でも、検討されなかったようである。一説には、新型コロナ感染者が全国最大で感染者が続く北海道知事の休校要請(が評判が良かったもの)を模したものとされているが、教育現場にも波及し、全道的な感染拡大を阻止する緊急性に駆られた北海道と、全国単位とでは、状況が異なる。
すでにマスコミ報道で、多くの弊害が指摘されているが、とりわけ深刻なのが、働く女性の育児への影響である。ある病院では、女性看護師の多くが休業をやむなくされ、外来診療にも影響があるそうである。このような悪影響は、全国的に想定され、重大な時期と言いながら、医療現場の崩壊にもつながりかねない愚策である。
従来より、インフルエンザのような感染症に対しては、学級閉鎖といった措置がとられ、それなりの効果をあげている。リスクの高い高齢者が同居する家庭についての自主休校を認める(その高齢者が児童の世話をすることが可能である)など、効果的な対策は、少し日時をかけるだけで、いくらでも検討できたのであろう。
一方で、新型コロナの検査体制は、世界中で最も貧弱であると言わざるを得ない。緊急対策が必要なのは、その体制の変革であろう。「正しく恐れよ」といいながら、感染者の状況も正しく把握できないのでは、話にならない。きちんと検査すれば、日本の感染者数は、検査体制が拡充している韓国の比ではなく、中国に続く状況になっているのではないかとすら思える。これでは、世界が日本を信用しないのも当然で、東京オリンピック・パラリンピックの開催など、寝言になりかねない。
2020年2月26日水曜日
2020年2月26日 日経夕刊5面 会社員の夫65歳、妻の年金は? 60歳未満なら国民年金に加入
問題形式で、「会社勤めで厚生年金に加入しています。先日65歳になり、勤務先から58歳の妻について「第1号被保険者への手続き」をするよう連絡がありました。妻は専業主婦ですが保険料の支払いが必要になるのでしょうか。」という質問に対して、特定社会保険労務士の篠原氏が答えるという記事である。
「一般に夫が厚生年金に入っていれば、扶養される妻は「第3号被保険者」となり、原則60歳まで保険料負担なしで65歳から老齢基礎年金を受け取れます。」という原則を述べた上で、「現制度では厚生年金には70歳まで加入できます。その間、妻の保険料も免除されると勘違いしがちですが、夫が年金受給権の発生する65歳に達すると、60歳未満の妻は国民年金の保険料を納めなくてはならない「第1号被保険者」に切り替わります。5歳以上年の離れた夫婦は注意が必要です。」というのが回答である。以下は、手続き方法などである。
この仕組みは、珍妙に見える。厚生年金被保険者の被扶養者なら第3号被保険者にするというのなら、夫が70歳まで厚生年金に加入していれば、引き続き、被扶養者の妻は第3号被保険者になると考えるのが普通であろう。
とろこが、そうはなっていない。その理由は、厚生年金被保険者が国民年金の第2号被保険者となる期間は65歳到達時までであり、第3号被保険者として取り扱われるのは、第2号被保険者に扶養されている場合だからである。このため、「5歳以上年の離れた夫婦は注意が必要です」ということになるのである。
では、厚生年金被保険者が第2号被保険者となる期間については、国民年金というか基礎年金の給付に反映されるのだろうか。国民年金の被保険者であり、厚生年金の保険料に中には、基礎年金の保険料も含まれているわけだから、当然にそうなっていると考えるのが自然であろう。ところが、これもそうなっていない。
どうなっているかというと、厚生年金被保険者は、60歳以降65歳までの間は国民年金の第2号被保険者にはなるが、国民年金の保険料納付は要しないというか納めていない取り扱いになるのである。したがって、この期間については、基礎年金の給付には反映されず、厚生年金保険料の中に含まれる保険料は、「掛け捨て」の状況になる。
そんなのおかしい、と思う人は多いだろう。この「掛け捨て」状態は、60歳以降ずっと続くので、政府は70歳を超えての就労も推奨してきているが、年金保険料的には、厚生年金に加入し続けると割損の状態が続くということになるのである。
これは、1985年の公的年金の再編成時において、従来の国民年金と厚生年金との保険料と給付の調整を行うに際して、当時の法定定年年齢が60歳であったことから、60歳以上の厚生年金被保険者は一般的ではないとして取り扱われたものと思われる。
しかし、それでも、大卒22歳で会社に入ってずっと厚生年金被保険者であった人が60歳以降も継続して勤務して厚生年金の保険料を支払ったとしても、基礎年金の給付は38年分となってしまうのでは、割り切れないであろう。それでは、旧国民年金と旧厚生年金との再編成に支障をきたすことにもなる。そこで、この場合の60歳を超える期間については、厚生年金側において、40年に満たない2年分の給付を定額部分として特例的に支給するという取り扱いにしているのである。
しかし、それでも、今度は、高卒18歳で会社に入ってずっと厚生年金被保険者であった人は、60歳どころか、58歳時点で基礎年金が40年満額となり、それ以降の期間については、厚生年金側からの定額部分の特例支給も行われないことになる。そこで今度は、長期加入者の特例給付として、「44年以上厚生年金保険に加入している特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)を受けている方が、定額部分の支給開始年齢到達前に、退職などにより被保険者でなくなった場合、報酬比例部分に加えて定額部分も支払われます。」ということにしているのである。
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/tetsuduki/rourei/jukyu/2018110702.html
何とも複雑であり、上記のような再編成時のままの対応では、60歳を超えての就労が一般的となり、70歳を超えての就労の促進も図るという状況下においては、早急な整理・見直しが必要であろう。
さて、話を第3号被保険者に戻すと、今では妻が年上の夫婦も珍しくないが、再編成当時においては妻が年下であるのが大勢であり、夫の第2号被保険者を60歳にしてしまうと、60歳到達時点で60歳未満の妻は第3号被保険者の資格を失って第1号被保険者となり、国民年金の保険料を納付しなければならなくなる。これは問題になるということで、妻が夫より5歳年下である間は、第3号被保険者でいられるように、厚生年金被保険者が国民年金の第2号被保険者となる期間を65歳までとしたものと推察される。一方で、国民年金の保険料納付期間は60歳までであるから、60歳以上の厚生年金保険料には国民年金分の保険料は含まれず、基礎年金の給付には反映されないとしたということであろう。
ところが、このことを悪用して、公務員を60歳を超えても確定拠出年金の個人型年金(イデコ)に加入させるという悪辣な企みが進んでいる。憤懣やる方ないが、このことについては、次の「年金時事通信」を参照されたい。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-015.pdf
旧国民年金と旧基礎年金の再編成が行われてから、約45年になる。今回2019年の財政検証を受けた検討でも、その仕組みの抜本的な再検討は行われなかった。どんな制度でも、そんなに長きにわたって大きな点検・調整をしないで続けられるものではない。次回2024年の財政検証に向けて、半世紀を経る基礎年金制度の徹底再検討は、今からが正念場になる。
問題形式で、「会社勤めで厚生年金に加入しています。先日65歳になり、勤務先から58歳の妻について「第1号被保険者への手続き」をするよう連絡がありました。妻は専業主婦ですが保険料の支払いが必要になるのでしょうか。」という質問に対して、特定社会保険労務士の篠原氏が答えるという記事である。
「一般に夫が厚生年金に入っていれば、扶養される妻は「第3号被保険者」となり、原則60歳まで保険料負担なしで65歳から老齢基礎年金を受け取れます。」という原則を述べた上で、「現制度では厚生年金には70歳まで加入できます。その間、妻の保険料も免除されると勘違いしがちですが、夫が年金受給権の発生する65歳に達すると、60歳未満の妻は国民年金の保険料を納めなくてはならない「第1号被保険者」に切り替わります。5歳以上年の離れた夫婦は注意が必要です。」というのが回答である。以下は、手続き方法などである。
この仕組みは、珍妙に見える。厚生年金被保険者の被扶養者なら第3号被保険者にするというのなら、夫が70歳まで厚生年金に加入していれば、引き続き、被扶養者の妻は第3号被保険者になると考えるのが普通であろう。
とろこが、そうはなっていない。その理由は、厚生年金被保険者が国民年金の第2号被保険者となる期間は65歳到達時までであり、第3号被保険者として取り扱われるのは、第2号被保険者に扶養されている場合だからである。このため、「5歳以上年の離れた夫婦は注意が必要です」ということになるのである。
では、厚生年金被保険者が第2号被保険者となる期間については、国民年金というか基礎年金の給付に反映されるのだろうか。国民年金の被保険者であり、厚生年金の保険料に中には、基礎年金の保険料も含まれているわけだから、当然にそうなっていると考えるのが自然であろう。ところが、これもそうなっていない。
どうなっているかというと、厚生年金被保険者は、60歳以降65歳までの間は国民年金の第2号被保険者にはなるが、国民年金の保険料納付は要しないというか納めていない取り扱いになるのである。したがって、この期間については、基礎年金の給付には反映されず、厚生年金保険料の中に含まれる保険料は、「掛け捨て」の状況になる。
そんなのおかしい、と思う人は多いだろう。この「掛け捨て」状態は、60歳以降ずっと続くので、政府は70歳を超えての就労も推奨してきているが、年金保険料的には、厚生年金に加入し続けると割損の状態が続くということになるのである。
これは、1985年の公的年金の再編成時において、従来の国民年金と厚生年金との保険料と給付の調整を行うに際して、当時の法定定年年齢が60歳であったことから、60歳以上の厚生年金被保険者は一般的ではないとして取り扱われたものと思われる。
しかし、それでも、大卒22歳で会社に入ってずっと厚生年金被保険者であった人が60歳以降も継続して勤務して厚生年金の保険料を支払ったとしても、基礎年金の給付は38年分となってしまうのでは、割り切れないであろう。それでは、旧国民年金と旧厚生年金との再編成に支障をきたすことにもなる。そこで、この場合の60歳を超える期間については、厚生年金側において、40年に満たない2年分の給付を定額部分として特例的に支給するという取り扱いにしているのである。
しかし、それでも、今度は、高卒18歳で会社に入ってずっと厚生年金被保険者であった人は、60歳どころか、58歳時点で基礎年金が40年満額となり、それ以降の期間については、厚生年金側からの定額部分の特例支給も行われないことになる。そこで今度は、長期加入者の特例給付として、「44年以上厚生年金保険に加入している特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)を受けている方が、定額部分の支給開始年齢到達前に、退職などにより被保険者でなくなった場合、報酬比例部分に加えて定額部分も支払われます。」ということにしているのである。
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/tetsuduki/rourei/jukyu/2018110702.html
何とも複雑であり、上記のような再編成時のままの対応では、60歳を超えての就労が一般的となり、70歳を超えての就労の促進も図るという状況下においては、早急な整理・見直しが必要であろう。
さて、話を第3号被保険者に戻すと、今では妻が年上の夫婦も珍しくないが、再編成当時においては妻が年下であるのが大勢であり、夫の第2号被保険者を60歳にしてしまうと、60歳到達時点で60歳未満の妻は第3号被保険者の資格を失って第1号被保険者となり、国民年金の保険料を納付しなければならなくなる。これは問題になるということで、妻が夫より5歳年下である間は、第3号被保険者でいられるように、厚生年金被保険者が国民年金の第2号被保険者となる期間を65歳までとしたものと推察される。一方で、国民年金の保険料納付期間は60歳までであるから、60歳以上の厚生年金保険料には国民年金分の保険料は含まれず、基礎年金の給付には反映されないとしたということであろう。
ところが、このことを悪用して、公務員を60歳を超えても確定拠出年金の個人型年金(イデコ)に加入させるという悪辣な企みが進んでいる。憤懣やる方ないが、このことについては、次の「年金時事通信」を参照されたい。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin/19-015.pdf
旧国民年金と旧基礎年金の再編成が行われてから、約45年になる。今回2019年の財政検証を受けた検討でも、その仕組みの抜本的な再検討は行われなかった。どんな制度でも、そんなに長きにわたって大きな点検・調整をしないで続けられるものではない。次回2024年の財政検証に向けて、半世紀を経る基礎年金制度の徹底再検討は、今からが正念場になる。
2020年2月25日火曜日
2020年2月25日 日経夕刊2面 ●(就活のリアル) 志望動機、部署名まで明確に ネットの「模範解答」には注意
就活実務編での、ハナマルキャリア総合研究所の上田晶美代表による説明である。
「志望動機をどう書いていいかわかりません」。3月1日の就活情報の解禁日が近づき、学生からは具体的な相談が増えてきた、というものである。
記事では、「エントリーシート」での「志望動機が学生にとって一番の悩みの種」とし、「ネット上にはたくさんの模範解答」があるが、疑問があるとし、「どんな部署でなんの仕事をしたいのか、それを調べて、ズバッと書こう。」というものである。
言っていることは、正論ぽく見えるが、学生にとっては、むしろ不安が募るのではないか。就活では、業界や企業の研究をする必要があるとして、そのための本も多く出ているが、企業活動についての実際の知識がない学生にとっては、その中の記述を適当に抜き出すのが精一杯で、ネットの情報に頼るのもやむを得ないといったところだろう。
大事なのは、志望動機の前に、自分が何をやりたいのかを、よく考えてみることだろう。と言っても、それが分かれば苦労はない、ということになるのだろうが、やりたい仕事がはっきりしなければ、ちゃんとした志望動機など、書けるはずがない。
記事では、模範解答について、「これで本当に受かったのか」としているが、私から見れば、やりたい仕事の明確でない学生の志望動機など、その程度のもので、内容については企業もさほどに重きを置いていないのだろうと思える。
そもそも、大手企業なら大量に届く「エントリーシート」の内容になど、採用担当者が個別に時間をかけて吟味しているとは思えない。中には、AI利用のように、いくつかのキーワードが入っているかどうかで選別している企業もあるだろう。
大事なのは、「エントリーシート」がパスするかどうかではなく、就活の中で、自分のやってみたい仕事を見つけ、その仕事を行う上で魅力のある企業を選択することであろう。と言っても、「自分のやってみたい仕事」を見つけるのは、簡単ではない。このことは、就活全般を通じてのテーマであり、社会に出てからも、ずっと考え続けていかなければならないテーマと言えよう。
また、やりたい仕事が決まっても、それを行える企業に採用してもらえるとは限らない。ここが大きなジレンマで、その中で、やりたい仕事を代えたり捨てたりして、とにもかくにも内定を取りたいと焦る状況に陥っていく学生も少なくないだろう。特に、友人たちが次々に内定を取っているようなら、その焦りは増幅することになる。そうなると、自分では意識しなくても、目は血走り、表情は明るさを失って、ますます内定には遠くなる。これが、就活に失敗する学生の典型的なパターンだろうと思われる。
まず、考えて欲しいのは、企業の選択は、これまでの学校の選択のような、偏差値とかで決まるものではないということである。本来は学校の選択でもそうなのだが、有名な企業への就職が、必ずしも充実した職業生活につながるわけではない。この点で、大手企業に内定した学生を羨むといったレベルなら、そもそも真剣な就職活動とは言えない。
もちろん、一般的には、大手企業の方が、中小企業よりも給与も高く待遇も恵まれている。そうした企業への就職を最高の結果と考えるのなら、それも一つの価値観であるが、ありていに言えば、そういう企業には有名大学の学生も大挙して押し寄せるので、競争率も高く、入社後に配属される部署にも、大学名での格差があり得るのが実情である。
充実した職業生活とは何か。私は、自分に向いた、やり甲斐のある仕事に出会うことであると、自分自身の経験にも照らして思う。そのためには、まず、自分のやりたい仕事を、よく考えなければならない。もちろん、学生のレベルの経験や知識で、そんな仕事は簡単には見つけられないであろう。私の場合でも、天職に出会えたのは、会社に入ってから大分経ってからである。しかし、考え続ける努力の中にこそ、光明がでてくる。
話を、「エントリーシート」に戻すと、私は、模範解答に準拠して何ら問題はないと思う。そもそも、学生は文章を書く訓練を十分にしていない。記事では、「ある証券会社に対する合格者の解答」について、「「私は金融業界に関心を持っています。中でも証券業界に関心があるのはこういう理由で、その中で御社を受けるのはこういう理由です」と書かれている。このように3段階に分けて書く意図は何なのだろうか。」としているが、そのように定式化した方が、書きやすいだろうし、問題はない。
記事では、上記の解答は、「その会社が第一志望ではない、といっているようなものだ」としているが、「エントリーシート」の段階で、第一志望を絞り込んでいるわけがないことは、採用担当者にも分かり切っていることである。
アドバイスをするとすれば、模範解答に準拠して構わないが、味付けとして、その企業に特有な事を少し加えた方がよい、ということである。その内容は、その企業のホームページや、その企業名で検索した結果から抜き出せばよい。そもそも、その企業のホームページすら見ないで「エントリーシート」を出すようなら、落ちて当然なのだから。
就活実務編での、ハナマルキャリア総合研究所の上田晶美代表による説明である。
「志望動機をどう書いていいかわかりません」。3月1日の就活情報の解禁日が近づき、学生からは具体的な相談が増えてきた、というものである。
記事では、「エントリーシート」での「志望動機が学生にとって一番の悩みの種」とし、「ネット上にはたくさんの模範解答」があるが、疑問があるとし、「どんな部署でなんの仕事をしたいのか、それを調べて、ズバッと書こう。」というものである。
言っていることは、正論ぽく見えるが、学生にとっては、むしろ不安が募るのではないか。就活では、業界や企業の研究をする必要があるとして、そのための本も多く出ているが、企業活動についての実際の知識がない学生にとっては、その中の記述を適当に抜き出すのが精一杯で、ネットの情報に頼るのもやむを得ないといったところだろう。
大事なのは、志望動機の前に、自分が何をやりたいのかを、よく考えてみることだろう。と言っても、それが分かれば苦労はない、ということになるのだろうが、やりたい仕事がはっきりしなければ、ちゃんとした志望動機など、書けるはずがない。
記事では、模範解答について、「これで本当に受かったのか」としているが、私から見れば、やりたい仕事の明確でない学生の志望動機など、その程度のもので、内容については企業もさほどに重きを置いていないのだろうと思える。
そもそも、大手企業なら大量に届く「エントリーシート」の内容になど、採用担当者が個別に時間をかけて吟味しているとは思えない。中には、AI利用のように、いくつかのキーワードが入っているかどうかで選別している企業もあるだろう。
大事なのは、「エントリーシート」がパスするかどうかではなく、就活の中で、自分のやってみたい仕事を見つけ、その仕事を行う上で魅力のある企業を選択することであろう。と言っても、「自分のやってみたい仕事」を見つけるのは、簡単ではない。このことは、就活全般を通じてのテーマであり、社会に出てからも、ずっと考え続けていかなければならないテーマと言えよう。
また、やりたい仕事が決まっても、それを行える企業に採用してもらえるとは限らない。ここが大きなジレンマで、その中で、やりたい仕事を代えたり捨てたりして、とにもかくにも内定を取りたいと焦る状況に陥っていく学生も少なくないだろう。特に、友人たちが次々に内定を取っているようなら、その焦りは増幅することになる。そうなると、自分では意識しなくても、目は血走り、表情は明るさを失って、ますます内定には遠くなる。これが、就活に失敗する学生の典型的なパターンだろうと思われる。
まず、考えて欲しいのは、企業の選択は、これまでの学校の選択のような、偏差値とかで決まるものではないということである。本来は学校の選択でもそうなのだが、有名な企業への就職が、必ずしも充実した職業生活につながるわけではない。この点で、大手企業に内定した学生を羨むといったレベルなら、そもそも真剣な就職活動とは言えない。
もちろん、一般的には、大手企業の方が、中小企業よりも給与も高く待遇も恵まれている。そうした企業への就職を最高の結果と考えるのなら、それも一つの価値観であるが、ありていに言えば、そういう企業には有名大学の学生も大挙して押し寄せるので、競争率も高く、入社後に配属される部署にも、大学名での格差があり得るのが実情である。
充実した職業生活とは何か。私は、自分に向いた、やり甲斐のある仕事に出会うことであると、自分自身の経験にも照らして思う。そのためには、まず、自分のやりたい仕事を、よく考えなければならない。もちろん、学生のレベルの経験や知識で、そんな仕事は簡単には見つけられないであろう。私の場合でも、天職に出会えたのは、会社に入ってから大分経ってからである。しかし、考え続ける努力の中にこそ、光明がでてくる。
話を、「エントリーシート」に戻すと、私は、模範解答に準拠して何ら問題はないと思う。そもそも、学生は文章を書く訓練を十分にしていない。記事では、「ある証券会社に対する合格者の解答」について、「「私は金融業界に関心を持っています。中でも証券業界に関心があるのはこういう理由で、その中で御社を受けるのはこういう理由です」と書かれている。このように3段階に分けて書く意図は何なのだろうか。」としているが、そのように定式化した方が、書きやすいだろうし、問題はない。
記事では、上記の解答は、「その会社が第一志望ではない、といっているようなものだ」としているが、「エントリーシート」の段階で、第一志望を絞り込んでいるわけがないことは、採用担当者にも分かり切っていることである。
アドバイスをするとすれば、模範解答に準拠して構わないが、味付けとして、その企業に特有な事を少し加えた方がよい、ということである。その内容は、その企業のホームページや、その企業名で検索した結果から抜き出せばよい。そもそも、その企業のホームページすら見ないで「エントリーシート」を出すようなら、落ちて当然なのだから。
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