2020年2月18日火曜日

2020年2月18日 日経朝刊5面 中小への「残業しわ寄せ」監視 4月から労働時間の規制適用 行政指導も視野に

「中小企業について1年間猶予されていた残業時間規制が4月から始まる。「月100時間未満、年720時間」を上限とする規制が先行している大企業からしわ寄せがいく形で、中小の長時間労働が続くことのないように政府は監視を強める。」という記事である。
「残業時間に上限を設けた働き方改革関連法は2019年4月に大企業に適用され、20年4月から中小企業も対象になる。原則は月45時間、年360時間で、労使で合意すれば年720時間以内までは可能。月100時間を超えてはならず、2~6カ月平均で月80時間以内といった内容だ。建設業など猶予期間が続く一部業種を除き、違反すれば30万円以下の罰金か6月以下の懲役となる。」という状況の中で、大企業ではすでに従業員の勤務時間管理が厳しくなっている。その分、無理な短納期発注や休日出社の強制など、下請け中小企業へのしわ寄せが強まっているとの指摘がある。公正取引委員会の幹部も「短納期発注などが目立つ」と話す。」ということが起きているわけである。
「企業への監視を強めるため、経産省と厚生労働省は合同で働き方改革の対策チームを立ち上げた。」と同時に、「公取委や経産省は大企業など約20万社に書面で中小企業へのしわ寄せを防ぐよう要請した。」としている。
だが、「企業側に改革の負担を押しつけるのは限界がある。IT(情報技術)の活用拡大や大企業を含めたサプライチェーン全体の見直しを官民挙げて進めるなど、産業全体の生産性を高める取り組みと働き方改革を同時に進めることが欠かせない。」と記事は結んでいる。

厚生労働省は、「時間外労働の上限規制-わかりやすい解説」という手引きを作成し、掲示している。
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
時間外労働が野放しで、そのまま過労死が「Karo-shi」として英語で通用するまでになった過酷な労働環境の改善に向けた措置としては、大きな一歩である。
しかし、今回の改正でも、国際的に見劣りする割増賃金の見直しは行われなかった。
少し古いが、内閣府が2013年10月4日に「第2回経済の好循環実現検討専門チーム」に提出した次の資料を見れば、割増賃金の是正が必要なことは明らかであろう。フランスは週35時間労働であることに注意が必要)。
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/k-s-kouzou/shiryou/2th/shiryo4.pdf
この資料には、「労働者の方が、あえて残業して、割増賃金を稼ぐ」という懸念も記されているが、労働時間管理は、管理者の重要な責務であり、残業は本来、業務のやむを得ない必要性によって、管理者の命令・指揮下において行われるべきものである。この懸念は、そんな基本的な事すら、日本企業の労働現場では行われていないことを示唆している。
記事では、「中小企業は労働生産性の停滞が続いている。法人企業統計調査を使って中小企業庁がまとめた資料によると、製造業では大企業が09年度から17年度の間に約40%向上した半面、中小企業は11%の上昇にとどまった。非製造業でも同じ期間に大企業が23%、中小企業は8%と改善の幅に差がある。」ともしている。
まず、そもそも日本の労働生産性は低く、2018年の「時間当たり労働生産性は 46.8 ドルで、OECD加盟36カ国中21位」とされている。
https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2019.pdf
ここで、きちんと理解しておく必要性があるのが、「時間当たり労働生産性」の算定方法である。上記の資料では、次のように算定している。
 1時間当たり労働生産性=GDP÷(就業者数×労働時間)
この式から「1時間当たり労働生産性」を引き上げるためには、まず労働時間を減らすことが考えられる。もちろん、それによってGDPが減少したら効果が減殺されるわけだが、そうならないようにするのが「働き方改革」であり、人力をAIなどに置き換える省力化も重要な要素になる。
一方、就業者数については、日本の人口の少子高齢化によって、生産労働人口が減少し、それによってGDPも減少する恐れがあるが、女性や高齢者の就労増加によって、その影響を緩和しようというのも「働き方改革」の一面である。
最後の問題は、分子がGDPでよいのか、という点である。成長がなければ国家は衰退するとされているが、その考え方の下で建設された「箱もの」は、建設時にはGDP増加に寄与したのだろうが、その後の管理では、むしろお荷物となっている状況である。この修繕・維持費用だけで、GDPの数パーセントが必要であるという議論があるが、そのために「箱もの」をまた作れば、将来世代が、その負担を背負うことになる。つまりは、建設のみをプラス要因と考えるGDPの算定方法に問題があるのではないか。この欠陥の象徴が、原子力発電所で、今や廃炉のコストや方法も見通せない状況になっている。
GDPの欠陥や代わりの指標は、ずっと以前から指摘されているが、代替手段のないまま、今日に到っている。しかし、深刻化する温暖化問題に見られるように、GDPというか成長至上主義のツケは増大する一方である。どこかで、AI技術などの進展により、短い労働時間でも基本的な不足のない生活水準が維持できるようにならなければ、人類は破滅に向かうことになるのではないだろうか。

2020年2月17日月曜日

2020年2月17日 朝日朝刊24面 (職場のホ・ン・ネ)「正規」こそ正しい?
2020年2月17日 日経朝刊5面 (経営の視点)「オブジェ社員」を生むな シニア活性化、企業が左右

最初の記事は、「派遣社員として働いていますが、「就職氷河期世代の非正規雇用」と呼ばれることに違和感があります。まるで「正規」こそが正しいと言われているように感じます。」という40代女性の声である。「政府には「正規」「非正規」を自由に行き来できる社会をめざしてほしいです。」としている。

後の記事は、多摩大学大学院の人事論担当の徳岡晃一郎教授による、役職定年・定年延長のシニア社員についての周囲の評価をヒアリング調査を紹介したものであるが、「明らかに時間内だけ事務所にいれば、たいして頑張らなくても給料がもらえるというオーラを放つ人もいる」「アドバイザー的な役割しかになわず、まるでオブジェのよう」などと否定的な声が大半としている。
記事では、「政府は企業に70歳までの就業機会確保の努力義務を課す「高年齢者雇用安定法」の改正案をまとめたが、これは問題の解決ではなく、むしろ悪化させるだろう。」としている。
その背景には、「日本企業の人材投資は新入社員と管理職に集中」という企業側の側面と、「社外での学習や自己啓発に取り組む会社員の比率は日本は他国に比べて非常に低い」という働く側の意識改革の側面とがあるとしている。

「非正規」という用語は、「non-regular」の訳語であるが、日本では、「abnormal」すなわち異常に近いニュアンスを持たれているように感じられる。政府や学者も、「非正規」という用語を使わないようにしたらどうかと模索したことがあるが、うまく行っていない。もっと言えば、日本では、「正社員」が「正規」であり、中途入社者すら色眼鏡で見る傾向が、まだまだ続いているように感じられる。

「オブジェ社員」というのは、以前の朝日の記事では、「妖精さん」と呼ばれていた。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200119AA07.html
こちらも、日本の労働慣行から生み出されたものである。すなわち、新卒一括で採用した社員を、当分の間は能力でなく年功的に処遇し、徐々に管理者や幹部候補生を選別し、対象外となった者は飼い殺しにするという「日本型雇用」のシステムによるものである。それでも離職しないのは、年功賃金と定年までの雇用保障があるからで、対象外となれば頑張ったところで見返りはしれているから、そのうち「オブジェ社員」や「妖精さん」になるという道筋である。そして、こういう業績や貢献に見合わない報酬を享受できるのは、「(元)正社員」に限られるという構造なのである。
これで、会社が活性化したら、それこそ不思議である。それでも、日本企業がこのシステムから脱却できないのは、経営幹部がその中で育ってきたからであり、また、業績や貢献あるいは能力をあからさまにする報酬体系への切り替えは、このぬるま湯に慣れた正社員や、彼らがベースとなって構成している企業内労働組合の反発を招くからであろう。
脱却のカギは、公正な評価と処遇にあるわけだが、ぬるま湯システムに慣れた者が管理職になっているのだから、容易ではない。そのうち土台から腐って倒れることになるのだろうが、それが日本での「大企業病」の実態なのであろう。

2020年2月15日土曜日

2020年2月15日 日経夕刊17面 (大機小機)ドルの覇権崩すデジタル通貨

「日銀や欧州中央銀行(ECB)など6つの中央銀行と国際決済銀行(BIS)は、中銀デジタル通貨に関して情報共有などをするグループを新たに設立した。各中銀が足並みをそろえて中銀デジタル通貨の創設に動くことを視野に入れているわけではない。中銀デジタル通貨の発行に向けた各中銀の姿勢や狙いなどは、ばらばらだからだ。」という論説である。
「米フェイスブックが主導するデジタル通貨・リブラと、中国が発行準備を進める中銀デジタル通貨・デジタル人民元に対する強い警戒心から形成されたのは間違いない。」としている。
一方、「米国もグループに参加していない。米国がデジタル通貨の発行に後ろ向きなのは、リブラや中銀デジタル通貨の利用が世界に広がると、米国の金融覇権が突き崩されてしまうからだ。」という。「米国は、国際銀行送金の際にその情報を伝える国際銀行間通信協会(SWIFT)と米銀を通じて、国際的な資金の流れに関する情報をほぼ独占し、国際戦略に使っているとされる。」が、「従来型の銀行間送金でなくブロックチェーン技術に支えられたデジタル通貨が国境を越えて広く利用されるようになれば、米国による送金情報の独占は崩れ、有効な経済制裁も実行できなくなる可能性が生じる。」というのである。
そして、「米国も今の方針を転換し、通貨覇権と技術覇権の維持を優先して、中銀デジタル通貨の発行に乗り出す可能性が出てくるのではないか。その結果、中銀デジタル通貨で各国が連携し、リブラやデジタル人民元を封じ込める動きも強化されるだろう。鍵を握るのは、やはり米国である。」と結んでいる。

リブラやデジタル人民元といった世界は、まだ私にはピンと来ない。だが、お金の流れに猛烈な変更が生じていることは実感する。特に、国際送金では、もはやSWIFTは完全な時代遅れである。その理由は、国際送金でやり取りされるのは、実際の通貨ではなく、通貨の価値だからであろう。このことは、テロの映画などでも、クリック一つで大金が送金されるシーンを思い浮かべれば明らかである。価値の伝達であってみれば、銀行間経由である必要はなく、ネットを介して誰にでもできることになる。実際、ビット・コインなどの仮想通貨は、犯罪でも利用されるようになっている。アマゾンのポイントなどは、実際の通貨と変わらない価値を持ってきている。
ただ、仮想通貨には、少し前のハッキング被害のような脆弱性がある。その脆弱性は、発行・管理主体の基盤が弱く、信頼性に乏しいことにある。Facebookのリブラや中国政府のデジタル人民元は、この点に着目し、巨大企業や政府の信用力によって、仮想通貨の信頼性を高めようとするものであろう。
よく分からないのは、ブロックチェーンのメカニズムである。いろいろな説明が行われているが、今一つ、ピンとこない。そこで探してみて、原論文にたどり着いた。
https://bitcoin.org/bitcoin.pdf
また、この論文の各国語訳も、掲示されている。
https://bitcoin.org/ja/bitcoin-paper
ざっと目を通したが、難度の高い論文である。社会への影響という点では、「ノーベル賞級」というのも、納得できる。ただ、この現代流の論文を理解できる審査員の数がそろうかどうかは疑問であるが。
中核的な点で理解できたのは、この技術が、peer-to-peer(P2P)の考え方で構成されていることである。P2Pは、中央制御機関を経由せず、端末と端末とで直接的に情報をやり取りするものである。この考え方により、ブロックチェーンの管理は、分散型で行われるようになり、障害にも強く、改ざんの可能性も低くなるというわけである。
改ざんの可能性が低くなるのは、取引の全データが全参加者に送信され、その認証の最も多いものが、最長ブロックチェーンとして認知されて、台帳が更新され継続していくことによるようである。細かな点までは理解できなかったが、これは、多数決を模したものであり、デジタル民主主義の産物と言えるのかもしれない。
大変興味深いのは、国家や巨大銀行などの中央独占的な組織に対して、デジタル民主主義が挑戦しているという図式になるわけだが、その技術の利用を図るリブラやデジタル人民元の管理主体が、独占的な企業や専制的な国家であるという点である。さて、この矛盾に満ちた動きの行く末がどうなるのか、興味は尽きない。
2020年2月15日 朝日朝刊33面 ●(ニュースQ3)「内定辞退させて頂きたく」 指南本、完売続出

「就職活動で学生が有利な売り手市場が続く中、企業に入社を断る「内定辞退セット」が人気になっている。手紙の書き方や電話のかけ方を指南するものだが、取り扱う書店や文具店では売り切れが続出。購入者からは「断れてほっとした」という声も聞かれる。」という記事である。
「春の入社が迫るこの時期でも、内定を断っていない学生もおり、売れ行きにつながっているという。」が、「人生で断る機会がほとんどなかったから、どうしたらいいのかわからなかった」という内定式の直前になって泣きながら社長に電話した男子学生の例も紹介されている。
記事では、「お断り」の悩みは大学生にとどまらないとして、本人の代わりに会社を辞めたいと伝える「退職代行サービス」にも言及している。「断れないのは、思いやりのはき違え」「ビジネスは恋愛にも通じます」という銀座の伊藤由美ママの声も紹介されている。「大事なのはいい子ぶらないことだという。」とし、「相手を気遣うことも大事ですが、大切にすべきは自分です」と締めくくっている。

この「内定辞退セット」については、当ブログでも、すでに取り上げたところである。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200121NY02.html
そんなに追記することもないのだが、この記事の最後の「相手を気遣うことも大事ですが、大切にすべきは自分です」は、間違ったコメントとしか思えない。
「大切にすべきは自分」だからこそ、何もしないのではないか。相手に嫌な顔をされたりして、自分の感情が揺らぐのが嫌だから、何の行動も起こさないのであろう。「相手を気遣う」などとは、まったく無縁である。相手に迷惑がかかることは少し想像すれば分かるはずだが、そんなことはどうでもよいということなのである。
もっとも、内定辞退や退職申出ができないのは、企業側にも問題があると思える。人手不足の中、内定や退職のつなぎとめに過剰に対応している場合も、あるのではないか。
この問題の当事者に考えて欲しいのは、「何もしないことも意思表示」だということである。それは、若者世代での「既読スルー」にも通じるし、シカトによるイジメと同列のものでもある。人生は、決断の連続である。その決断には、能動的な意思表示も、消極的な現状追認も含まれる。その中で、回避的な決定遅延は、結局、消極的な現状追認が続くものであるということである。その結果の責任は、本人が負わざるを得ない。本人が何もしていないつもりでも、実際には何かをしているのが、人間社会というものなのである。
2020年2月15日 朝日朝刊12面 (経済気象台)「全世代型」の回りくどさ

「政府が全世代型の社会保障改革を進めている。「全世代型」の言葉には、すべての世代が得をするかのような響きがあるが、決してそうではない。」という論説である、
「現行の社会保障制度を続ければ、将来の世代の負担は着実に重くなる。世代間の受益と負担の調整を進めなくてはならない。」とし、政府の「70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする方針」については、「めざす方向は適切だが、なんとも中途半端だ。」としている。
「長寿はこの国の誇るべき財産だが、その分、国民全体の生活費や医療費は膨らむ。人口が減っていく子や孫の世代に多くを負担させるのは、いかにも無理がある。」とし、「いま必要なのは、定年制を廃止し、年金支給の開始年齢を引き上げる議論を、早く始めることだろう。政治には、国民から反発を買ってでも説得を続ける覚悟と、実行する胆力を期待したい。」と結んでいる。

その通りの正論であるが、「年金支給の開始年齢を引き上げる議論」が、すんなりと進められるかどうかという点になると、途端に先行き不透明になる。実は、「支給開始年齢の引き上げ」が検討課題として取り上げられた時がある。それは、旧民主党政権下の社会保障審議会年金部会で2011年10月11日のことであった。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001r5uy-att/2r9852000001r5zf.pdf
ところが、これを検討課題と提示しただだけで、マスコミや世論は、袋叩きにしたのである。厚生労働省には、その時のトラウマは、今も払拭されていないのではないかと思われる節がある。「支給開始年齢の引き上げ」がタブー視され、「支給開始年齢の弾力化」「70歳までの雇用環境の整備」で、状況変化を待っているのではないかと思われる。
一方、上記論説は、「将来の世代の負担は着実に重くなる」ので、支給開始年齢の引き上げを主張するものであるが、実は、若者の中にも、引き上げに反対する意見は少なくないのである。それは、引き上げは過去にもそうであったように、段階的に行われざるを得ず、結局、若者の方が割りを食う結果になることによるのであろう。
この点は、上記の年金部会資料の24ページでも、次のように言及されている。
「マクロ経済スライドによる給付抑制の調整期間が短くなることから、「スライド調整終了後」の年金給付水準の低下が緩和されることとなる。このため、世代間格差の縮小に寄与する面がある。」
「一方で、支給開始年齢の引上げが行われる以降の世代については、年金給付費の減少が生じることとなる。つまり、支給開始年齢の引上げは、将来世代に影響が強く出ることについて、どう考えるか。」
残念ながら、この点についての抜本的な解決策はない。乱暴な意見なら、今の年金受給者の給付を3割引き下げるべきだというような意見があるが、そんな事をすれば、年金制度は崩壊し、政権も倒れて社会・経済は大混乱に陥り、収拾がつかなくなるだろう。何でも、言えばいいというものではない。無責任極まる暴言である。
また、上記論説では、「定年制を廃止」に言及している。一連の流れからすると、「高年齢でも働ける間は働き」という感じに思えるが、「定年制廃止」は、「定年制延長」とは、まるで異なる。「定年制延長」は延長後の年齢までの雇用保障がセットされるが、「定年制廃止」なら、その保障はない。すなわち、業績や貢献次第で解雇される可能性が高まることになる。「好きなだけ働ける」のは理想だが、景気変動の中で、それだけの柔軟性を持つ企業は、皆無であろう。したがって、「定年制廃止」は、企業外への国家主体の生活保障の必要性を高めることになる。これも、支給開始年齢の引き上げに反対することにつながる可能性がある。
このように、支給開始年齢の引き上げの議論は、一筋縄ではいかない。それでも、寿命が延びれば、働く期間を長くして、年金の受給期間を短くするようにしなければ、年金制度が維持できないのは、理の当然である。現在のマクロ経済スライドによる年金減額は、年金制度の財政を成り立たせるための方策とか言われているが、年金額が老後生活の基本的所得保障ができなくなるまで落ち込めば、制度は実質的に破綻するわけで、年金財政もへったくれもあったものではない。むしろ、支給開始年齢引き上げへの誘導手段と考えるべきであろう。
その観点からすると、支給開始年齢の引き上げと言う言い方ではなく、長寿化の中での、標準的な引退年齢の提示というマイルドな形の方がようのではないか。欧米各国でも、寿命が延びた分に対応して年金の支給開始年齢を調整するという考え方が浸透してきている。一方で、高齢期における個々人の差異は大きい。適切な言い方を模索しながら、長寿化の中での年金のあり方を国民に考えてもらう姿勢が、政府や年金専門家には必要なのではないか。

2020年2月14日金曜日

2020年2月14日 朝日夕刊10面 正社員との待遇差、「日本郵便是正を」 150人提訴
2020年2月15日 朝日朝刊3面 非正社員の待遇差、改善求め150人提訴 日本郵便、賞与や手当巡り

「日本郵便で働く非正社員ら約150人が14日、正社員との格差是正を求める訴訟を全国6地裁で起こした。ボーナスや手当、休暇の格差が、正社員と非正社員との間に不合理な格差をもうけることを禁じた労働契約法に違反すると主張している。」という記事である。
「今年4月には「同一労働同一賃金」に関連する法律や指針(ガイドライン)が施行されるが、各企業がどう対応するかは労使交渉や司法判断に委ねられている部分が大きい。異例の規模の訴訟を起こすことで会社側に是正を求めるという。」としている。
「原告側によると、格差是正を求めているのは、ボーナスのほか、住居手当、年末年始勤務手当、祝日手当、扶養手当など。労働契約が無期か有期かで不合理な格差をもうけてはいけないとする労契法20条に違反するとして、損害賠償を請求している。」そうである。
翌日の朝刊記事は、これをフォローしたもので基本的に同じ内容であるが、「訴状によると、正社員と非正社員の間で賞与や祝日手当の支給額に大きな差があるほか、住居手当、年末年始勤務手当、扶養手当などは正社員だけに支給されている。」と、より具体的な記述になっている。
「日本郵便を被告とする訴訟は、東京・大阪・福岡の各高裁で判決が出ている。一部で原告の請求が認められたが、現在は最高裁に移っている。」とのことで、「地裁や高裁では賞与の差を不合理だとした判決はないが、代理人の棗(なつめ)一郎弁護士は「賞与は10倍から20倍の差がある。賞与の格差が縮まるような判決が出てくれば、非正規労働者の生活はかなり楽になる」と話す。」としている。

この訴訟への朝刊の論評で、沢路毅彦編集委員は、「労働契約法20条が禁じる正社員と非正社員の不合理な待遇差」について、政府は「同一労働同一賃金」の関連法を整備し、「今年4月から大企業に、来年4月から中小企業にそれぞれ適用する。合わせて何が不合理かを具体的に示した指針(ガイドライン)をまとめた。」ことに触れつつ、手当については差別禁止や是正の判決が出てきているが、「指針は基本給や賞与については、職業経験や能力などに基づく違いを認めるとしながらも、「業績への貢献に応じて支給する場合、貢献に応じた部分について正社員と同じように支給しなければならない」などとしており、どこまでの待遇差なら許容されるかが依然としてあいまいだ。日本郵便をめぐる一連の訴訟が企業現場に与える影響は大きい。」と結んでいる。

労働契約法(2007年12月5日制定)は、「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」(この条項は2012年に追加)について、次のように規定している。
「第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」
これについて、厚生労働省は、次のように説明していた。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/kaisei/index.html
「同一労働同一賃金」の関連法は、「パートタイム・有期雇用労働法」(正式名称:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律、2018年7月6日交付改正であるが、これについての厚生労働省の説明資料は、次のようになっている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html
だが、ガイドラインも、「現時点で、今回のガイドラインを守っていないことを理由に、行政指導等の対象になることはありません。」という位置づけのものであり、法の趣旨については、今後、訴訟を含めた社会的合意形成によって、定着が図られていくことになるであろう。

この同一労働同一賃金の関連で、もう一つ念頭に置いておかなければならないのが、国際労働機関(ILO)の基本条約である第111号「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」に、日本が未批准であることである。
https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_239068/lang--ja/index.htm
この問題については、当ブログでも取り上げている。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200118NA11.html
また、次の東京新聞の記事でも取り上げられている。「未批准はわずか13カ国です。G7では日本と米国のみ未批准です。」とのことである。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/seikatuzukan/2015/CK2015011402000182.html
政府が、「同一労働同一賃金」に基づく「働き方改革」を進めたいのなら、早急に
第111号条約(と第105号条約)の批准を行うべきであろう。本気の改革であるのなら、何ら支障はないのではないか。
2020年2月14日 日経朝刊1面 企業の終身年金、支給抑制可能に 長寿化で財務負担増 総額は維持
2020年2月14日 日経朝刊3面 (きょうのことば)企業年金 確定給付は940万人加入

1面の記事は、「長寿化で企業年金の負担が増している」ことに対し、「企業の財務負担を抑えるため、厚生労働省は平均余命が延びたら年間の支給額を減らせる仕組みを2021年度にも導入する。」というものである。
「厚労省が制度変更を検討するのは、確定給付のうち受給者が亡くなるまで年金を払い、長生きする人が増えると企業の支出も増える終身年金だ。」ということで、「厚労省は政省令を改正し、企業の負担増を抑える仕組みをつくる。5年に1度公表する寿命計算のベースとなる「死亡率」の改定に合わせ、企業が保証期間後の支払額を自動的に調整できるようにする。まだ年金を受け取っていない加入者の3分の2の同意を得たうえ、労使で規約を結ぶことを条件とする。」という対応だそうである。
「政府は高齢化に向けた企業年金の改革で、確定拠出で積み立てのできる加入期間を延ばし、受給額を増やすための法案を今国会に提出する予定だ。一方で確定給付は大きな見直しが実施されてこなかった。」が、「今後は長生きすることを前提に、老後の資金を手当てする取り組みが大切だ。公的年金が先細りするなか、高齢者が長く働いて所得を得られる社会づくりが重要になる。」と結んでいる。

一方、2面の用語解説では、「2019年3月末の加入者は確定給付が940万人、確定拠出が688万人だ。」とし、「少子高齢化で公的年金の給付水準が低下する中、企業年金の重要性は高まっている。退職後、企業年金などを活用しながら公的年金の受給開始時期を繰り下げれば、その分だけ公的年金の年間受給額が増えるためだ。厚生労働省は老後の資産形成を促すため、企業年金に長く加入し将来の受給額を増やせるようにするための法案を今国会に提出する方針だ。」としている。

厚生労働省による今国会への提出法案は、上記の記事にあるように、「確定拠出で積み立てのできる加入期間を延ばし、受給額を増やすための法案」で、「確定給付は大きな見直しが実施されてこなかった。」状況である。
その点では、この確定給付企業年金での終身年金の調整にも、意義がないわけではない。
しかし、確定給付企業年金における終身年金の比重が小さいことは、社会保障審議会企業年金・個人年金部会の資料(下記の24ページ)でも報告されている。
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000494946.pdf
資料の表には、確定拠出年金(企業型)を記されているが、この場合の終身年金は、生命保険会社が提供する投資商品としての「個人年金」であり、そもそも提供主体にとっての安全度を見た割高なものであり、実際の選択率は非常に少ない。
一方の確定給付企業年金には、制度として死に体となった厚生年金基金制度からの移行が多いと思われるが、「基金」という形態を維持した基金型での終身年金の実施割合が高いのは、厚生年金基金制度において終身年金が義務付けられていたことの名残であろう。
規約型の方には、新設された確定給付企業年金も含まれるが、2016年の方が2011年よりも終身年金の実施割合が少しだが高いようになっているのは、そもそも、税制適格退職年金(適年)の廃止によって確定給付企業年金の実施企業が減少しているためと思われ、終身年金の採用企業が増えたわけではないであろう。
欧米の企業年金では、確定給付型では終身年金が事実上義務付けられており、長寿化によるコスト増を嫌った企業が確定拠出型に移っていった。だが、日本では有期年金でも可としており、実際にも有期年金の設計が一般的である。このことが、確定給付型→確定拠出型への急激な移行(英米では、確定給付型は死滅状態)を抑止した一因と思われる。
したがって、この終身年金の設計緩和が確定給付企業年金の存続に及ぼす影響は、限定的なものと考えられる。ただし、あまり意味がないわけでもないと思うのは、個々の企業ではなく、解散や中途脱退の加入者の年金資金を受け入れて通算年金として支給している企業年金連合会にとっては、終身年金の提供リスクの軽減に役立つのではないか。

ともあれ、確定給付企業年金制度の存続・普及に向けて、この改善策の寄与度合いは低いだろう。特に、適年の廃止によって企業年金から離脱した中小企業にとっては、この施策の持つ意味は、無に等しい。大企業にとっても、確定給付企業年金の維持を困難にさせているのは、増え続ける可能性のある退職者の存在ではないかというのが、私の見立てである。ゼロ金利という厳しい投資環境の中では、企業責任の確定給付型→個人責任の確定拠出型へと流れていくのが当然であるという見方もあるだろう。しかし、ならば企業責任の退職金が広範に残っているのは何故なのか。また、リーマン・ショックという大波を受けつつも、日本では、それなりの規模で確定給付企業年金が残っているのは、何故なのか。
問題を解決するためには、事態の総括的な分析が不可欠であろう。さもなくば、「企業年金の重要性は高まっている」と言ってみたところで、無意味になる。