2020年2月15日土曜日

2020年2月15日 朝日朝刊12面 (経済気象台)「全世代型」の回りくどさ

「政府が全世代型の社会保障改革を進めている。「全世代型」の言葉には、すべての世代が得をするかのような響きがあるが、決してそうではない。」という論説である、
「現行の社会保障制度を続ければ、将来の世代の負担は着実に重くなる。世代間の受益と負担の調整を進めなくてはならない。」とし、政府の「70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする方針」については、「めざす方向は適切だが、なんとも中途半端だ。」としている。
「長寿はこの国の誇るべき財産だが、その分、国民全体の生活費や医療費は膨らむ。人口が減っていく子や孫の世代に多くを負担させるのは、いかにも無理がある。」とし、「いま必要なのは、定年制を廃止し、年金支給の開始年齢を引き上げる議論を、早く始めることだろう。政治には、国民から反発を買ってでも説得を続ける覚悟と、実行する胆力を期待したい。」と結んでいる。

その通りの正論であるが、「年金支給の開始年齢を引き上げる議論」が、すんなりと進められるかどうかという点になると、途端に先行き不透明になる。実は、「支給開始年齢の引き上げ」が検討課題として取り上げられた時がある。それは、旧民主党政権下の社会保障審議会年金部会で2011年10月11日のことであった。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001r5uy-att/2r9852000001r5zf.pdf
ところが、これを検討課題と提示しただだけで、マスコミや世論は、袋叩きにしたのである。厚生労働省には、その時のトラウマは、今も払拭されていないのではないかと思われる節がある。「支給開始年齢の引き上げ」がタブー視され、「支給開始年齢の弾力化」「70歳までの雇用環境の整備」で、状況変化を待っているのではないかと思われる。
一方、上記論説は、「将来の世代の負担は着実に重くなる」ので、支給開始年齢の引き上げを主張するものであるが、実は、若者の中にも、引き上げに反対する意見は少なくないのである。それは、引き上げは過去にもそうであったように、段階的に行われざるを得ず、結局、若者の方が割りを食う結果になることによるのであろう。
この点は、上記の年金部会資料の24ページでも、次のように言及されている。
「マクロ経済スライドによる給付抑制の調整期間が短くなることから、「スライド調整終了後」の年金給付水準の低下が緩和されることとなる。このため、世代間格差の縮小に寄与する面がある。」
「一方で、支給開始年齢の引上げが行われる以降の世代については、年金給付費の減少が生じることとなる。つまり、支給開始年齢の引上げは、将来世代に影響が強く出ることについて、どう考えるか。」
残念ながら、この点についての抜本的な解決策はない。乱暴な意見なら、今の年金受給者の給付を3割引き下げるべきだというような意見があるが、そんな事をすれば、年金制度は崩壊し、政権も倒れて社会・経済は大混乱に陥り、収拾がつかなくなるだろう。何でも、言えばいいというものではない。無責任極まる暴言である。
また、上記論説では、「定年制を廃止」に言及している。一連の流れからすると、「高年齢でも働ける間は働き」という感じに思えるが、「定年制廃止」は、「定年制延長」とは、まるで異なる。「定年制延長」は延長後の年齢までの雇用保障がセットされるが、「定年制廃止」なら、その保障はない。すなわち、業績や貢献次第で解雇される可能性が高まることになる。「好きなだけ働ける」のは理想だが、景気変動の中で、それだけの柔軟性を持つ企業は、皆無であろう。したがって、「定年制廃止」は、企業外への国家主体の生活保障の必要性を高めることになる。これも、支給開始年齢の引き上げに反対することにつながる可能性がある。
このように、支給開始年齢の引き上げの議論は、一筋縄ではいかない。それでも、寿命が延びれば、働く期間を長くして、年金の受給期間を短くするようにしなければ、年金制度が維持できないのは、理の当然である。現在のマクロ経済スライドによる年金減額は、年金制度の財政を成り立たせるための方策とか言われているが、年金額が老後生活の基本的所得保障ができなくなるまで落ち込めば、制度は実質的に破綻するわけで、年金財政もへったくれもあったものではない。むしろ、支給開始年齢引き上げへの誘導手段と考えるべきであろう。
その観点からすると、支給開始年齢の引き上げと言う言い方ではなく、長寿化の中での、標準的な引退年齢の提示というマイルドな形の方がようのではないか。欧米各国でも、寿命が延びた分に対応して年金の支給開始年齢を調整するという考え方が浸透してきている。一方で、高齢期における個々人の差異は大きい。適切な言い方を模索しながら、長寿化の中での年金のあり方を国民に考えてもらう姿勢が、政府や年金専門家には必要なのではないか。

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