2020年3月6日金曜日

2020年3月6日 日経夕刊7面 (十字路)「1万年に一度」の急落
2020年3月4日 日経朝刊17面 企業年金利回り低水準 R&I調べ、2月はマイナス2%

「十字路」での論説は、「リーマン・ショック、チャイナ・ショック、VIXショック……。人々の記憶に残る歴史的な株価急落には、そのあと語り継がれるのにふさわしい名前がつく。先週の世界のマーケットを襲った連鎖株安には早速「コロナ・ショック」という名前がついた。」という書き出しである。
「野村証券によると、投資家心理を指数化した米国株センチメント指数の週間悪化幅は「マイナス5.2シグマ(標準偏差)」に達したという。統計学の正規分布の仮定に従えば、この数字は392万分の1の発生確率。縄文時代の約1万1200年前から現在まで、一度しか起きないぐらいの急落を意味する。」としている。
「だが理論と現実は異なる。同じように「5シグマ超え」を記録した冒頭の3つのショックは、約10年の間に起きた。統計上は「1万年に一度」の急落が、頻繁に繰り返されているのが今の市場だ。」と続け、バブルの生成と崩壊が頻繁に繰り返される背景には、金融緩和によるカネ余りがある。ところが3日の緊急利下げ後に米国株が大きく下げたように、その神通力も薄れつつある。「緩和で危機を解消しようとするセントラルバンカーの元祖といえるグリーンスパン氏。その名言を、今こそかみ締めたい。」と結んでいる。

一方、その記事に先立つ企業年金についての記事は、「新型コロナウイルスが企業年金の運用にも影響を与えている。格付投資情報センター(R&I)によると2020年2月の企業年金の利回り(推計値)は2.10%のマイナスと、1年2カ月ぶりの低水準となった。新型コロナウイルスの感染拡大が世界景気を冷え込ませかねないとして、国内外の株式相場が下落した。」ことを報じている。
しかし、「19年度(4~2月まで)でみた推定利回りは1.72%のプラスで、18年度(1.56%)と同水準を確保している。」とし、R&Iの宇野陽子資産運用コンサルティング事業部長の「企業年金は株価が大きく下落した場合、中長期に決めた資産配分計画を維持するために株式を買い増す傾向がある」とのコメントを掲載している。

まず、「1万年に一度」という、荒唐無稽の話が、「理論」に基づくものとされ、それが、まことしやかにまかり通っているバカバカしいに呆れる。それは、「統計学の正規分布」に基づいているとのことであるが、統計学では、例えば大集団の中での身長の分布が正規分布であるとした場合、平均値と、そのバラツキを表す標準偏差を用いて、平均値から乖離する確率を示すことができる。
この考え方は、実は、身近な所でも応用されている。「偏差値」である。これは、高校の先生が受験の合格可能性を判定する上で考案したものとされているが、その算定式は、「偏差値=50点+10点×(得点ー平均点)/標準偏差」となっている。模擬試験などでの生の「得点」を見ても、その受験生の相対的成績を測ることはできない。同じ50点であっても、難しい試験と易しい試験とでは、相対的成績が異なるからである。そこで得点を変換し、平均点とバラツキを考慮した偏差値で考えれば、相対的な成績や順位を把握できるという考え方である。
ただし、この「偏差値」の有効性も、成績分布の形状に依存し、正規分布に近い形状である場合の方が有効である。そのことは考案者は熟知しているはずで、データの蓄積で有効性を確認していたことであろう。結果的に、「偏差値」は有効に機能し、受験対策では絶対的な指標にまでなった。成績分布が正規分布であるとした場合、平均点の受験生の偏差値は50点であるが、平均点からバラツキ尺度の標準偏差のプラスマイナス1倍の範囲、すなわち40点から60点までの範囲に、約3分の2の受験生が入る。また、標準偏差のプラスマイナス2倍の範囲外に、約5%の受験生が入る。このことから、偏差値70点以上の受験生は、全体の2.5%ということになるわけである。
現代投資理論では、投資のリスクを、投資収益率(リターン)のバラツキと考え、その分布が正規分布であると仮定している。仮に、正規分布という仮定がまずまず妥当であるとしても、何年に一度、といった使われ方には疑問がある。使われている投資収益率は、身長や模擬試験での成績のように同時点のデータではなく、過去のデータである。これには、日次、週次、月次、年次があるが、どれを用いるのかによっても、標準偏差(シグマ)は変わってくる。リーマン・ショックの時には、「100年に一度」の下落といわれたが、これは3シグマ(以下)の確率に対応するものとされている。記事で言及している「1万年に一度」は、「投資家心理を指数化した米国株センチメント指数の週間悪化幅」ということだが、また訳のわからないもので、どれだけの過去データの蓄積があるのかも不明である。そもそも、同時生起にかかる分布確率に、時間的要素を持ち込み、「何年に一度」という言い方をすること自体がいかがわしい。
その上、正規分布の仮定自体が実態とかけ離れているのではないという議論も起きている。「1万年に一度」は論外だが、「100年に一度」にしても、まったく実情にそぐわず、ショックは何度も起きている。そのため、分布の形状は、正規分布ではなく、もっと標準偏差から離れた部分(尾、テール)の確率が大きいファット・テール(尾が太い)の形状なのではないかと論じられているような状況である。

ともあれ、今回の株式市場での暴落が、年金資産の運用に及ぼす影響は大きい。上記記事は、企業年金についてのものであるが、株式運用比率の大きい公的年金での運用結果は、さらに厳しいものと危惧される。企業年金では「19年度(4~2月まで)でみた推定利回りは1.72%のプラス」とのことであるが、3月に入っても大幅下落は続いており、年度でマイナス利回りとなる可能性も高いと思われる。
一方で、「中長期に決めた資産配分計画を維持するために株式を買い増す傾向」というのは、基本としているポートフォリオ(資産構成)の比率を維持するための行動であるが、結果的に、安値で株式を購入することになり、中長期的に見れば、株式市場の回復によって賢明な投資行動となることが、過去にも実証されている。
ただ、確定拠出年金制度で運用している個人は、株式価格の暴落に、冷静に対処することはできないのではないか。株式投資に馴染んでいる個人投資家でも、このような場合には、狼狽売りに陥ることが少なくない。投資の要諦は、安く買って高く売る、ことなのであるが、不慣れな個人は、上り切った頃に買って、下がると狼狽売りする、という真逆の行動に傾きがちである。これは、株式だけの事ではない。今回のコロナ騒動でも、トイレット・ペーパーの供給不安というデマに踊らされて、慌てて買い込むような人は、投資には向いていない。一方で、マスク不足のように、供給不足を見込んで買い入れたものを高値で転売して儲ける者もいる。倫理的に問題だと思うが、そんな倫理など屁とも思わない連中がうようよしていて、「生き馬の目を抜く」と言われるのが、投資の世界である。
そのような世界に対して、個人の力量で立ち向かうのには限界がある。だから私は、集団で運用する「年金給付機構」を提唱しているのである。
http://www.jscpa.or.jp/library/pdf/201706_01_Report_kubo.pdff

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