2020年2月19日 日経 朝刊30面 (経済教室)低下続く労働分配率(上)資本家の取り分 一部還元を
「低下続く労働分配率」についての特集で、この上編は、ミネソタ大学のルーカス・カラバルブニス准教授によるものである。
この論説では、「企業の利益(付加価値額)のうち労働者の取り分を示す労働分配率が長期にわたり低下し続けている。その一方で同じことだが、資本家の取り分が増え続けている。この問題は、経済論議や政策論議で大きく取り上げられるようになった。」ことに対して、「3つの質問に答えたい」としている。
第1は、「労働分配率低下にみられる特徴的な事実は何か」ということについて、「低下傾向が世界中で見受けられる」ということをあげ、「80年代以降、世界の8大経済大国のうち7カ国で低下している。そのうえ中国、インド、メキシコなど多くの新興国でも労働分配率は下がっている。」としている。そして、「低下傾向は特定の産業に限った現象ではない」もので、「大企業ほど機械化や自動化が進み労働集約度が低い。そして多くの産業では長期的に大企業への集中が進んでいる。」ことに言及している。
次に、第2の「なぜ労働分配率は低下したのか」に移り、「技術の進歩により、生産に要する労働コストに比べて資本コストが下がった」ことで、「労働者の取り分を減らすほど顕著に、資本による労働の代替が加速した」という説に触れている。加えて、「グローバル化や労働組合の交渉力低下の影響」にも考えられるものとして言及している。
第3の「労働分配率の低下が政策に及ぼす影響」については、労働分配率の低下が、「市場支配力の拡大を反映」しているのであれば「市場支配力を抑えるような政策対応が正当化される」が、「グローバル経済の変化で技術の進歩がもたらす自然な副次的影響によるもの」なら「資本のみの力で世界の全付加価値を生み出す未来へと突入する」ことになるとし、その場合には、「国民配当」、いやむしろ「グローバル配当」といったものを制度化してはどうだろう、としている。
「グローバル配当」は、「すべての人に妥当な生活水準を保証するための配当」ということであるが、「米アラスカ州が原油収入で基金を運用し、全住民に配当を支給するシステムと似ている」が、「世界中のロボット、人工知能(AI)、機械が生み出した付加価値を全市民に分配する点」が異なるとしている。
この論説での「グローバル配当」は、AIの進展に対して必要性が論じられているBI(ベーシック・インカム)の考え方に類似したものと思われるが、その実施範囲を世界中に広げている点で、壮大というか、荒唐無稽に近い印象を与える。ただし、それは、BIの実施を一国内に限定して考えることの限界を指摘しているものであるもと言えよう。
BIを一国内で実施した場合、外国人の取扱いをどうするのかが問題となる。対象に含める場合には、世界中の貧しい国々の人々が押し寄せる結果となる可能性があり、結局、制度としては維持できないことになりかけない。対象から除外する場合には、その国の中での外国人の生産・消費への貢献を差別的に取扱うこととなり、やはり問題になる。このようなジレンマは、現行の生活保護制度も抱えている。参照している米アラスカ州の場合には、「原油収入で基金を運用し、全住民に配当を支給する」ということで、地域限定であるから、BI類似の制度も成り立つわけである。
問題は、「資本のみの力で世界の全付加価値を生み出す未来」をどのように考えるのか、ということであろう。生み出すべき付加価値が、衣食住といった人間の生存に不可欠なものであるというのであれば、確かに福音と言えよう。しかし、果してどうなのだろうか。現代人、特に先進国の居住者にとっては、そのような基礎的支出の割合は低下している。これに関するエンゲル係数(家計支出に対する食費の割合)の国際比較は、重要なデータであると思われるが、残念ながら政府関連等の資料には見当たらなかった。ネット上には、次の資料がある。
http://honkawa2.sakura.ne.jp/0211.html
ひとまず、これを正しいものとして論じるなら、主要国のエンゲル係数は3割を下回っており、ドイツや米国では、2割を下回っている。すなわち、国全体としては、「食うに困る」状況からは、ほど遠いわけである。
この家計支出に対する食費の割合を、さらに多くの国について見たものも、ネット上で見つけることができる。
https://honkawa2.sakura.ne.jp/2270.html
このデータの信ぴょう性の検証は行っていないが、国によって大きな違いがあり、発展途上国では、想定通り、食費の割合が高いということになっている。
一方、日本の状況については、総務省統計局がデータを出している。
https://www.stat.go.jp/info/today/129.html
このデータの説明として、「終戦直後の1946年に66.4%であったエンゲル係数は、戦後の復興・高度経済成長にあわせて低下していきます。」とし、「国民生活が豊かになっていく様子がエンゲル係数に表れてきていると言えるでしょう。」としている。
ところが、「昭和から平成にかけて低下を続けてきたエンゲル係数は、平成の半ばから上昇に転じるようになります。近年は急速に上昇しており、特に2015年と2016年は上昇幅が大きく、この2年間でエンゲル係数は1.8ポイント上昇しています」ということになっているのである。
ただし、この説明では、「物価変動がエンゲル係数の変化に与える影響の大きさは、食料物価や消費者物価全体の変動の大きさではなく、その相対比によるものであり、それ自体は、生活水準の高低や生活の苦楽を単純に示すものではないことがご理解いただけるものと思います。」とし、「エンゲル係数の変化を何らかの端的な判定基準として用いるのではなく、その裏側にある、私たちの生活の実態や変化をしっかりと紐解いていくことが肝要と言えるでしょう。」と結んでいる。
それは、確かにそうであろうが、相対的な生活水準を比較する上で、エンゲル係数が一つの重要な指標であることも確かである。
そこで話を戻せば、世界中には、衣食住といった基礎的消費に追われている人もいれば、その内容自体が相対的に豪華であったり、基礎的消費以外の、いわば娯楽的消費に多くを費やしている人々も少なくないという状況である。この娯楽的消費にかかる部分は、人間の個人的感性に依存するものが多く、それらをロボットや人工知能(AI)あるいは機械が効率的に生み出すことができるとしても、そこには人間の介在が避けられないのではないかと思う。すなわち、人間の感性に由来する付加価値は、いったん定式化されればAI等で効率的に生み出すことができるだろうが、最初の創造時点においては、人間そのものの感性による必要があるのではないか、ということである。
例えば、囲碁や将棋を例にとってみよう。今や、AIの能力は、人間を超える水準になっている。しかし、囲碁や将棋を面白いと思って発展させてきたのは人間であり、まったく無の状態から、AIが生み出したものではない。AIは、何も好き好んで囲碁や将棋をやっているわけではなく、技術的改良を行っているに過ぎないのである。もちろん、人間が興味を持つことを分析して、AIが新たな娯楽を提供することは、あり得る。しかしながら、人間のための娯楽を提供するという活動自体に、人間に従属しているという本質が見えるわけである。
さて、また元に戻れば、基礎的消費にかかる標準的な生産物などが、ロボットやAによって生み出されるようになれば、それは人類にとっての福音であり、世界中から貧困を撲滅する成果が期待できることになる。これこそが、BIが目指すべき領域であり、グローバル配当の範疇に入ってくるものではないか。一方で、個々人のニーズに対応する娯楽的消費については、BIの範囲外として、個々人の裁量で享受できるものとすべきであろう。そのようにすれば、人間の向上意識が廃れることもないであろう。
「食うために働く」ことは悲しく辛いが、「衣食足って礼節を知る」段階に到るためには、まず「食うために働く」しかない。動物である人間が、「食う」という動物の宿命を、ロボットや人工知能(AI)あるいは機械によって克服できるのであれば、それは、人類の偉大なる勝利になるのではないかと思うが、その先の想像はつかない。
2020年2月19日水曜日
2020年2月19日 朝日夕刊6面 失踪実習生働かせた疑い 派遣会社代表ら逮捕
2020年2月20日 朝日朝刊29面 失踪実習生5人を派遣容疑 会社代表ら3人逮捕 SNSで人集め
「技能実習先から失踪したベトナム人を違法に働かせたとして、大阪府警は19日、人材派遣会社の代表ら3人を出入国管理法違反(不法就労助長)の疑いで逮捕した。…府警は、失踪したベトナム人技能実習生をSNSなどを通じて集め、仕事のあっせん先から仲介料を得ていたとみて捜査を進める。」というのが夕刊の記事である。
「ベトナム人5人は不法残留や資格外活動の疑いで府警に逮捕され、4人は起訴されている。公判記録などによると、5人はいずれも失踪した技能実習生だった。化学薬品会社側は1人につき時給1750円をMTS側に支払っていたが、ベトナム人が実際に受け取っていた時給は1100円ほどだったとされる。」とのことである。
「法務省によると、日本で働きながら技術を学ぶ外国人技能実習生は2018年末時点で約32万8千人。ベトナム人が最多で半数の約16万人を占める。失踪した実習生は11年の1534人から18年は約6倍の9052人に。同年のベトナム人失踪者は64%と際立つ。」とのことであるが、失踪の理由については、「受け入れ先などから法令違反を含む不正な扱いを受けていた疑いが確認された。内訳は最低賃金違反58人▽契約賃金違反69人▽時間外労働の割増賃金不払い195人▽賃金からの過大控除92人――など。来日時に多額の借金を背負わされている例も少なくないという。」ということで、受け入れ側の問題が多く見られるようであり、「受け入れ企業を監督し、実習生を支援する役割を担う監理団体の一部が、本来の機能を果たしていない」ことにも、記事は言及している。
翌日の朝刊の記事も、同じ趣旨のものであるが、紙面の制約もあるのだろうが、ベタ記事的な扱いである。
「外国人技能実習制度」は、「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としております。」とされている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/global_cooperation/index.html
しかし、その実態は、安価な労働力として取り扱われており、実習先で不要とされれば、滞在許可を失って帰国せざるを得ないため、劣悪や悪質な労働条件にも耐えることを強いられ、耐えられなければ失踪せざるを得ない状況になっているのである。中には、福島の放射能除染作業に従事させられた人もいる。職業選択の自由はなく、労働者としての取り扱いも十分とは言えない。
このような実態から、「外国人技能実習制度」は、国連と米国から、「奴隷労働」と批判されている状況である。
https://hbol.jp/202393
同様の批判は、ネットで検索すれば、膨大な数が出て来る。何より問題なのは、このような実態によって、「夢の国」と妄想されている日本が、「悪魔の国」であるとの印象が、実習生やその親族などの脳裏に深く刻み付けられることであろう。
「人づくり」に協力、などという綺麗事では済まない。この記事にあるように、失踪実習生に対するピンハネ労働も横行している。これでは、現代版の「安寿と厨子王」の世界である。
では、どうすればよいのか。私は、安易な単純労働力としての外国人の受け入れには反対であるが、すでに技能実習生として入国してきた人々に対しては、日本政府は、きちんと保護する責任がある。そこで考えられるのは、失踪実習生を含め、いったん技能実習生として受け入れた人々に対しては、例えば3年間といった期限を定めて、正規の労働者としての取り扱いをしてはどうかと思う。職業選択の自由も保障し、日本人の労働者と同一の取り扱いとすべきである。
その一方で、これ以上の問題悪化を防ぐため、「外国人技能実習制度」の新規受け入れは停止し、当面は、「特定技能の在留資格」による入国に限定すべきであろう。また、在留期限が切れ、あるいは不法に入国した者に対しては、日本的に本国に送還すべきであり、そのような者を雇用した企業や団体についても刑事罰を科すべきであろう。
外国人を受け入れるのなら、それなりの覚悟がいる。米国や英国のように、いったん正規や黙認で受け入れた後に、排斥的な取り扱いを行うのは、詐欺的行為である。それと同様に、技能実習生の名目で単純労働者として取り扱っている日本の現状も、欺瞞であるとしか言いようがない。「先進国としての役割」「国際社会との調和ある発展」とは、あまりにひどいお題目ではないか。「技能、技術又は知識の開発途上国等への移転」を本当に考えているのなら、日本に来てもらうことではなく、日本から専門家をその国に派遣するのが筋であろう。
2020年2月20日 朝日朝刊29面 失踪実習生5人を派遣容疑 会社代表ら3人逮捕 SNSで人集め
「技能実習先から失踪したベトナム人を違法に働かせたとして、大阪府警は19日、人材派遣会社の代表ら3人を出入国管理法違反(不法就労助長)の疑いで逮捕した。…府警は、失踪したベトナム人技能実習生をSNSなどを通じて集め、仕事のあっせん先から仲介料を得ていたとみて捜査を進める。」というのが夕刊の記事である。
「ベトナム人5人は不法残留や資格外活動の疑いで府警に逮捕され、4人は起訴されている。公判記録などによると、5人はいずれも失踪した技能実習生だった。化学薬品会社側は1人につき時給1750円をMTS側に支払っていたが、ベトナム人が実際に受け取っていた時給は1100円ほどだったとされる。」とのことである。
「法務省によると、日本で働きながら技術を学ぶ外国人技能実習生は2018年末時点で約32万8千人。ベトナム人が最多で半数の約16万人を占める。失踪した実習生は11年の1534人から18年は約6倍の9052人に。同年のベトナム人失踪者は64%と際立つ。」とのことであるが、失踪の理由については、「受け入れ先などから法令違反を含む不正な扱いを受けていた疑いが確認された。内訳は最低賃金違反58人▽契約賃金違反69人▽時間外労働の割増賃金不払い195人▽賃金からの過大控除92人――など。来日時に多額の借金を背負わされている例も少なくないという。」ということで、受け入れ側の問題が多く見られるようであり、「受け入れ企業を監督し、実習生を支援する役割を担う監理団体の一部が、本来の機能を果たしていない」ことにも、記事は言及している。
翌日の朝刊の記事も、同じ趣旨のものであるが、紙面の制約もあるのだろうが、ベタ記事的な扱いである。
「外国人技能実習制度」は、「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としております。」とされている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/global_cooperation/index.html
しかし、その実態は、安価な労働力として取り扱われており、実習先で不要とされれば、滞在許可を失って帰国せざるを得ないため、劣悪や悪質な労働条件にも耐えることを強いられ、耐えられなければ失踪せざるを得ない状況になっているのである。中には、福島の放射能除染作業に従事させられた人もいる。職業選択の自由はなく、労働者としての取り扱いも十分とは言えない。
このような実態から、「外国人技能実習制度」は、国連と米国から、「奴隷労働」と批判されている状況である。
https://hbol.jp/202393
同様の批判は、ネットで検索すれば、膨大な数が出て来る。何より問題なのは、このような実態によって、「夢の国」と妄想されている日本が、「悪魔の国」であるとの印象が、実習生やその親族などの脳裏に深く刻み付けられることであろう。
「人づくり」に協力、などという綺麗事では済まない。この記事にあるように、失踪実習生に対するピンハネ労働も横行している。これでは、現代版の「安寿と厨子王」の世界である。
では、どうすればよいのか。私は、安易な単純労働力としての外国人の受け入れには反対であるが、すでに技能実習生として入国してきた人々に対しては、日本政府は、きちんと保護する責任がある。そこで考えられるのは、失踪実習生を含め、いったん技能実習生として受け入れた人々に対しては、例えば3年間といった期限を定めて、正規の労働者としての取り扱いをしてはどうかと思う。職業選択の自由も保障し、日本人の労働者と同一の取り扱いとすべきである。
その一方で、これ以上の問題悪化を防ぐため、「外国人技能実習制度」の新規受け入れは停止し、当面は、「特定技能の在留資格」による入国に限定すべきであろう。また、在留期限が切れ、あるいは不法に入国した者に対しては、日本的に本国に送還すべきであり、そのような者を雇用した企業や団体についても刑事罰を科すべきであろう。
外国人を受け入れるのなら、それなりの覚悟がいる。米国や英国のように、いったん正規や黙認で受け入れた後に、排斥的な取り扱いを行うのは、詐欺的行為である。それと同様に、技能実習生の名目で単純労働者として取り扱っている日本の現状も、欺瞞であるとしか言いようがない。「先進国としての役割」「国際社会との調和ある発展」とは、あまりにひどいお題目ではないか。「技能、技術又は知識の開発途上国等への移転」を本当に考えているのなら、日本に来てもらうことではなく、日本から専門家をその国に派遣するのが筋であろう。
2020年2月19日 日経朝刊21面 (大機小機)出生率の回復に政策の照準を
この記事の論評については、下記の「年金時事通信」の20-004号として登載しています。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin201405.htm
この記事の論評については、下記の「年金時事通信」の20-004号として登載しています。
http://www.ne.jp/asahi/kubonenkin/company/tusin201405.htm
2020年2月18日火曜日
2020年2月18日 日経夕刊2面 ●(就活のリアル)人員整理、不況でも不要 雇用調整助成金を活用
就活理論編での雇用ジャーナリストの海老原嗣生による論説で、前回2020年1月28日付の日経夕刊2面の記事の続編である。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200128NY02.html
前回の「不況は遠からず来る。もし実力がある企業なのに人が採れずに困っているのなら、こうした不況期に思いっきり人材を確保すべきだ。」という主張の中で、「「ここで人を採り過ぎたために、その後、成長が止まって経営が厳しくなったらどうするのだ」という反論に対して、「日本にはとても良い「公的支援」がある。それが、雇用調整助成金だ。」とするものである。
「この制度があれば「不況期で人が余った場合」でも人員整理は不要になる。だから安心して「採れるときに採る」という採用戦略が可能になる。便利な公的支援であり、もっと広く認知を得るべきだろう。」というのである。
「この制度は利用日数に上限があり、期間も3年しか適用されない。青息吐息のゾンビ企業は3年たったらやはり淘汰される。」として、弊害にも配慮されているとしている。
雇用調整助成金について、厚生労働省は、次のように説明しいている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html
パンフレットやガイドブックも掲載されている。また、現在、深刻な問題となっている新型コロナウイルスによる影響に対しては、特例措置も行われている。
https://www.mhlw.go.jp/content/000596026.pdf
なお、記事では、「この助成金と似た制度は、市場原理主義が色濃い米国にもある。ドイツにもある。どこの国にでも普通にあるものだからだ。」とあるので、大分探してみたが、ドイツには類似の制度があるが、米国には見当たらなかった。
最終的に行き着いたのは、労働政策研究・研修機構の「データブック国際労働比較2019」の資料の一部である。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2019/04/d2019_T4-09_jp.pdf
この資料によると、米国にも、工場閉鎖時の再就職支援のためのカウンセリングや職業紹介・職業訓練等にも活用される「再就職支援制度」はあるが、雇用維持のための助成金はないようである。操業短縮などの場合の雇用維持支援制度は企業を対象とするものであるが、再就職支援制度は個人を対象とするものであり、まったく性格は異なる。
ともあれ、日本においては、雇用調整助成金による雇用維持の方策はあるわけである。好不況の波をそのまま人材採用にぶつけるのではなく、この制度を活用して人材採用の平準化を図ることは、企業にとって有益な選択肢であるべきである。その点では、海老原氏の意見に賛成である。
就活理論編での雇用ジャーナリストの海老原嗣生による論説で、前回2020年1月28日付の日経夕刊2面の記事の続編である。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200128NY02.html
前回の「不況は遠からず来る。もし実力がある企業なのに人が採れずに困っているのなら、こうした不況期に思いっきり人材を確保すべきだ。」という主張の中で、「「ここで人を採り過ぎたために、その後、成長が止まって経営が厳しくなったらどうするのだ」という反論に対して、「日本にはとても良い「公的支援」がある。それが、雇用調整助成金だ。」とするものである。
「この制度があれば「不況期で人が余った場合」でも人員整理は不要になる。だから安心して「採れるときに採る」という採用戦略が可能になる。便利な公的支援であり、もっと広く認知を得るべきだろう。」というのである。
「この制度は利用日数に上限があり、期間も3年しか適用されない。青息吐息のゾンビ企業は3年たったらやはり淘汰される。」として、弊害にも配慮されているとしている。
雇用調整助成金について、厚生労働省は、次のように説明しいている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html
パンフレットやガイドブックも掲載されている。また、現在、深刻な問題となっている新型コロナウイルスによる影響に対しては、特例措置も行われている。
https://www.mhlw.go.jp/content/000596026.pdf
なお、記事では、「この助成金と似た制度は、市場原理主義が色濃い米国にもある。ドイツにもある。どこの国にでも普通にあるものだからだ。」とあるので、大分探してみたが、ドイツには類似の制度があるが、米国には見当たらなかった。
最終的に行き着いたのは、労働政策研究・研修機構の「データブック国際労働比較2019」の資料の一部である。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2019/04/d2019_T4-09_jp.pdf
この資料によると、米国にも、工場閉鎖時の再就職支援のためのカウンセリングや職業紹介・職業訓練等にも活用される「再就職支援制度」はあるが、雇用維持のための助成金はないようである。操業短縮などの場合の雇用維持支援制度は企業を対象とするものであるが、再就職支援制度は個人を対象とするものであり、まったく性格は異なる。
ともあれ、日本においては、雇用調整助成金による雇用維持の方策はあるわけである。好不況の波をそのまま人材採用にぶつけるのではなく、この制度を活用して人材採用の平準化を図ることは、企業にとって有益な選択肢であるべきである。その点では、海老原氏の意見に賛成である。
2020年2月18日 日経朝刊25面 (私見卓見)日本企業、株主中心から脱却を
早稲田大学の渡辺宏之教授(会社法)による論説で、「米主要企業の経済団体で、日本の経団連にあたるビジネス・ラウンドテーブルは2019年8月、「脱株主至上主義宣言」を出した。」ことに触れ、「米国型の株主資本主義が大きな転機を迎えつつある。」とするものである。「従業員や取引先、地域社会、株主といったすべての利害関係者の利益に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組む」と米国を代表する経営トップが宣言に署名した意義と衝撃は大きい。としている。
「世界では最近、株主に富が異様に集中し、米国を典型とする極端な格差社会が生じている。貧富の格差は、もはや従来のような単独国家による再分配や税制の調整では立ち行かない問題となっている。米企業社会の指導者レベルが抱く危機感を見落としてはならない。」と言うのである。
「日本企業は、資本効率を示す自己資本利益率(ROE)などの水準が国際的に低いとして、米国の今回の宣言見直しに安易に追従すべきでないとする見解もある。」が、「誰のための稼ぐ力か」という問いかけが重要である、としている。
教授の専門の会社法について、「株主は会社(財産)の所有者」という法規定は米国の会社法にも存在しないとし、「株主の立場に偏重した稼ぐ力という考え方、費用・便益(効率性)分析に終始する会社法の理論から、脱却していかなければならないだろう。」としている。
この宣言については、2019年11月19日に、経団連米国事務所とビジネス・ラウンドテーブル(BRT)の幹部との間で意見交換が行われており、宣言の本文や署名者も確認できる。
https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/1205_11.html
https://opportunity.businessroundtable.org/wp-content/uploads/2019/09/BRT-Statement-on-the-Purpose-of-a-Corporation-with-Signatures-1.pdf
BRT側は、宣言は「企業は顧客への価値の提供、従業員の能力開発への取り組み、サプライヤーとの公平で倫理的な関係の構築、地域社会への貢献、そして最後に株主に対する長期的利益の提供を行うことを明示した。」ものとしている。
そして、「1997年以降は企業の目的を株主利益の実現ととらえていた。しかし、その後、米国の多くの経営者は地域への貢献や環境問題への対処など、広く社会課題の解決も企業の目的ととらえるようになってきており、今回の声明はそのような変化を反映させたものである。その意味で、近時経営者が考えていることを文章化したものであり、企業の目的に関する劇的な変化を企図したものではない。」とのことである。
「今回の声明の公表は米国内外で大きな反響を呼び起こしたが、それらは概ね好意的なものである。」とのことであるが、経団連側の評価は記述されていない。
会社の目的は何であるかは、日本でも大きな議論を呼んできた。事業の元々の元手を提供するのは株主であり、会社が破綻した場合には出資金を失うリスクを負うのは株主であってみれば、会社が株主の利益を第一に考えるべきであることは当然とする「株主第一主義」が、世界中に蔓延しており、その先導役を1997年のBRT宣言を担ったことは事実であろう。
一方で、株主のみならず、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会といった関係者を含めたステークホルダーのために会社は貢献する必要があるという考え方も、欧州などから強まってきていた。今回の宣言は、そのことの重要性や意義を再確認するものと言えよう。
日本においては、当初は、ステークホルダー重視は当然で、「株主第一主義」は極論との論調が主流であったが、その論理は自己資本利益率の低迷の言い訳に使われているとして、近年では、「株主第一主義」に傾斜しつつある傾向にあったと思われる。
大きな論点は、「長期的利益の提供」にある。経済や企業活動のグローバル化が進む中で、企業業績の変動も激しくなっており、決算での業績開示は四半期単位が当たり前になった。内部的に月次決算を行っている企業も珍しい状況ではなく、流通業では、毎日の売り上げや利益を日次でチェックしている企業も多いようである。
難しいのは、こうした「短期的なチェック」と「長期的な利益の提供」との関連であり、バランスであろう。企業活動は永続的なものとされるが、長期的はマラソンに、短期的は100メートル走にたとえられよう。してみると、現状は、マラソンでの優勝を目指しつつ、100メートルごとにタイムを競っている状況になりかねない。それでは、マラソンに優勝するためのペース配分もへったくれもないことになる。
そして、経営者をコーチに例えれば、100メートルごとのタイムが良ければボーナスが支払われ、不振が続くと解任されることになるわけだから、経営者が短期志向となるのは当然である。
この弊害を露わにしたのが、他ならぬ日産自動車のカルロス・ゴーンであった。経営危機に陥った日産の立て直しで示した手腕は、後から見ても、称賛に値する。しかし、それは結局、短期的な話だったのであり、20年にわたる独裁の末に残ったのは、会社を食い物にした自己中人物の正体暴露と、食い散らされたあげくに再び危機に陥った日産の有様である。
この短期的と長期的との矛盾を解決するための一つの手段は、取締役の在任期間に制限を設けることではないか。米大統領の任期が2期8年に限られているのは、賢明な措置と言えよう。会社法でも、取締役の通算任期を8年に限っていれば、日産ゴーンの不祥事は避けられたであろう。「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」「おごる平家は久しからず」といった名言は、歴史を乗り越えてきたものであると、改めて思う。
その観点からして、自民党総裁の任期3年を連続2期までとしていたのを2017年に連続3期に変更したのが、いかに愚策であったのかは、今の腐りきった安倍首相を見れば、誰の目にも明らかであろう。その点で、小泉元総理が任期延長を固辞した見識には頭が下がる。
早稲田大学の渡辺宏之教授(会社法)による論説で、「米主要企業の経済団体で、日本の経団連にあたるビジネス・ラウンドテーブルは2019年8月、「脱株主至上主義宣言」を出した。」ことに触れ、「米国型の株主資本主義が大きな転機を迎えつつある。」とするものである。「従業員や取引先、地域社会、株主といったすべての利害関係者の利益に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組む」と米国を代表する経営トップが宣言に署名した意義と衝撃は大きい。としている。
「世界では最近、株主に富が異様に集中し、米国を典型とする極端な格差社会が生じている。貧富の格差は、もはや従来のような単独国家による再分配や税制の調整では立ち行かない問題となっている。米企業社会の指導者レベルが抱く危機感を見落としてはならない。」と言うのである。
「日本企業は、資本効率を示す自己資本利益率(ROE)などの水準が国際的に低いとして、米国の今回の宣言見直しに安易に追従すべきでないとする見解もある。」が、「誰のための稼ぐ力か」という問いかけが重要である、としている。
教授の専門の会社法について、「株主は会社(財産)の所有者」という法規定は米国の会社法にも存在しないとし、「株主の立場に偏重した稼ぐ力という考え方、費用・便益(効率性)分析に終始する会社法の理論から、脱却していかなければならないだろう。」としている。
この宣言については、2019年11月19日に、経団連米国事務所とビジネス・ラウンドテーブル(BRT)の幹部との間で意見交換が行われており、宣言の本文や署名者も確認できる。
https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2019/1205_11.html
https://opportunity.businessroundtable.org/wp-content/uploads/2019/09/BRT-Statement-on-the-Purpose-of-a-Corporation-with-Signatures-1.pdf
BRT側は、宣言は「企業は顧客への価値の提供、従業員の能力開発への取り組み、サプライヤーとの公平で倫理的な関係の構築、地域社会への貢献、そして最後に株主に対する長期的利益の提供を行うことを明示した。」ものとしている。
そして、「1997年以降は企業の目的を株主利益の実現ととらえていた。しかし、その後、米国の多くの経営者は地域への貢献や環境問題への対処など、広く社会課題の解決も企業の目的ととらえるようになってきており、今回の声明はそのような変化を反映させたものである。その意味で、近時経営者が考えていることを文章化したものであり、企業の目的に関する劇的な変化を企図したものではない。」とのことである。
「今回の声明の公表は米国内外で大きな反響を呼び起こしたが、それらは概ね好意的なものである。」とのことであるが、経団連側の評価は記述されていない。
会社の目的は何であるかは、日本でも大きな議論を呼んできた。事業の元々の元手を提供するのは株主であり、会社が破綻した場合には出資金を失うリスクを負うのは株主であってみれば、会社が株主の利益を第一に考えるべきであることは当然とする「株主第一主義」が、世界中に蔓延しており、その先導役を1997年のBRT宣言を担ったことは事実であろう。
一方で、株主のみならず、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会といった関係者を含めたステークホルダーのために会社は貢献する必要があるという考え方も、欧州などから強まってきていた。今回の宣言は、そのことの重要性や意義を再確認するものと言えよう。
日本においては、当初は、ステークホルダー重視は当然で、「株主第一主義」は極論との論調が主流であったが、その論理は自己資本利益率の低迷の言い訳に使われているとして、近年では、「株主第一主義」に傾斜しつつある傾向にあったと思われる。
大きな論点は、「長期的利益の提供」にある。経済や企業活動のグローバル化が進む中で、企業業績の変動も激しくなっており、決算での業績開示は四半期単位が当たり前になった。内部的に月次決算を行っている企業も珍しい状況ではなく、流通業では、毎日の売り上げや利益を日次でチェックしている企業も多いようである。
難しいのは、こうした「短期的なチェック」と「長期的な利益の提供」との関連であり、バランスであろう。企業活動は永続的なものとされるが、長期的はマラソンに、短期的は100メートル走にたとえられよう。してみると、現状は、マラソンでの優勝を目指しつつ、100メートルごとにタイムを競っている状況になりかねない。それでは、マラソンに優勝するためのペース配分もへったくれもないことになる。
そして、経営者をコーチに例えれば、100メートルごとのタイムが良ければボーナスが支払われ、不振が続くと解任されることになるわけだから、経営者が短期志向となるのは当然である。
この弊害を露わにしたのが、他ならぬ日産自動車のカルロス・ゴーンであった。経営危機に陥った日産の立て直しで示した手腕は、後から見ても、称賛に値する。しかし、それは結局、短期的な話だったのであり、20年にわたる独裁の末に残ったのは、会社を食い物にした自己中人物の正体暴露と、食い散らされたあげくに再び危機に陥った日産の有様である。
この短期的と長期的との矛盾を解決するための一つの手段は、取締役の在任期間に制限を設けることではないか。米大統領の任期が2期8年に限られているのは、賢明な措置と言えよう。会社法でも、取締役の通算任期を8年に限っていれば、日産ゴーンの不祥事は避けられたであろう。「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」「おごる平家は久しからず」といった名言は、歴史を乗り越えてきたものであると、改めて思う。
その観点からして、自民党総裁の任期3年を連続2期までとしていたのを2017年に連続3期に変更したのが、いかに愚策であったのかは、今の腐りきった安倍首相を見れば、誰の目にも明らかであろう。その点で、小泉元総理が任期延長を固辞した見識には頭が下がる。
2020年2月18日 日経朝刊5面 中小への「残業しわ寄せ」監視 4月から労働時間の規制適用 行政指導も視野に
「中小企業について1年間猶予されていた残業時間規制が4月から始まる。「月100時間未満、年720時間」を上限とする規制が先行している大企業からしわ寄せがいく形で、中小の長時間労働が続くことのないように政府は監視を強める。」という記事である。
「残業時間に上限を設けた働き方改革関連法は2019年4月に大企業に適用され、20年4月から中小企業も対象になる。原則は月45時間、年360時間で、労使で合意すれば年720時間以内までは可能。月100時間を超えてはならず、2~6カ月平均で月80時間以内といった内容だ。建設業など猶予期間が続く一部業種を除き、違反すれば30万円以下の罰金か6月以下の懲役となる。」という状況の中で、大企業ではすでに従業員の勤務時間管理が厳しくなっている。その分、無理な短納期発注や休日出社の強制など、下請け中小企業へのしわ寄せが強まっているとの指摘がある。公正取引委員会の幹部も「短納期発注などが目立つ」と話す。」ということが起きているわけである。
「企業への監視を強めるため、経産省と厚生労働省は合同で働き方改革の対策チームを立ち上げた。」と同時に、「公取委や経産省は大企業など約20万社に書面で中小企業へのしわ寄せを防ぐよう要請した。」としている。
だが、「企業側に改革の負担を押しつけるのは限界がある。IT(情報技術)の活用拡大や大企業を含めたサプライチェーン全体の見直しを官民挙げて進めるなど、産業全体の生産性を高める取り組みと働き方改革を同時に進めることが欠かせない。」と記事は結んでいる。
厚生労働省は、「時間外労働の上限規制-わかりやすい解説」という手引きを作成し、掲示している。
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
時間外労働が野放しで、そのまま過労死が「Karo-shi」として英語で通用するまでになった過酷な労働環境の改善に向けた措置としては、大きな一歩である。
しかし、今回の改正でも、国際的に見劣りする割増賃金の見直しは行われなかった。
少し古いが、内閣府が2013年10月4日に「第2回経済の好循環実現検討専門チーム」に提出した次の資料を見れば、割増賃金の是正が必要なことは明らかであろう。フランスは週35時間労働であることに注意が必要)。
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/k-s-kouzou/shiryou/2th/shiryo4.pdf
この資料には、「労働者の方が、あえて残業して、割増賃金を稼ぐ」という懸念も記されているが、労働時間管理は、管理者の重要な責務であり、残業は本来、業務のやむを得ない必要性によって、管理者の命令・指揮下において行われるべきものである。この懸念は、そんな基本的な事すら、日本企業の労働現場では行われていないことを示唆している。
記事では、「中小企業は労働生産性の停滞が続いている。法人企業統計調査を使って中小企業庁がまとめた資料によると、製造業では大企業が09年度から17年度の間に約40%向上した半面、中小企業は11%の上昇にとどまった。非製造業でも同じ期間に大企業が23%、中小企業は8%と改善の幅に差がある。」ともしている。
まず、そもそも日本の労働生産性は低く、2018年の「時間当たり労働生産性は 46.8 ドルで、OECD加盟36カ国中21位」とされている。
https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2019.pdf
ここで、きちんと理解しておく必要性があるのが、「時間当たり労働生産性」の算定方法である。上記の資料では、次のように算定している。
1時間当たり労働生産性=GDP÷(就業者数×労働時間)
この式から「1時間当たり労働生産性」を引き上げるためには、まず労働時間を減らすことが考えられる。もちろん、それによってGDPが減少したら効果が減殺されるわけだが、そうならないようにするのが「働き方改革」であり、人力をAIなどに置き換える省力化も重要な要素になる。
一方、就業者数については、日本の人口の少子高齢化によって、生産労働人口が減少し、それによってGDPも減少する恐れがあるが、女性や高齢者の就労増加によって、その影響を緩和しようというのも「働き方改革」の一面である。
最後の問題は、分子がGDPでよいのか、という点である。成長がなければ国家は衰退するとされているが、その考え方の下で建設された「箱もの」は、建設時にはGDP増加に寄与したのだろうが、その後の管理では、むしろお荷物となっている状況である。この修繕・維持費用だけで、GDPの数パーセントが必要であるという議論があるが、そのために「箱もの」をまた作れば、将来世代が、その負担を背負うことになる。つまりは、建設のみをプラス要因と考えるGDPの算定方法に問題があるのではないか。この欠陥の象徴が、原子力発電所で、今や廃炉のコストや方法も見通せない状況になっている。
GDPの欠陥や代わりの指標は、ずっと以前から指摘されているが、代替手段のないまま、今日に到っている。しかし、深刻化する温暖化問題に見られるように、GDPというか成長至上主義のツケは増大する一方である。どこかで、AI技術などの進展により、短い労働時間でも基本的な不足のない生活水準が維持できるようにならなければ、人類は破滅に向かうことになるのではないだろうか。
「中小企業について1年間猶予されていた残業時間規制が4月から始まる。「月100時間未満、年720時間」を上限とする規制が先行している大企業からしわ寄せがいく形で、中小の長時間労働が続くことのないように政府は監視を強める。」という記事である。
「残業時間に上限を設けた働き方改革関連法は2019年4月に大企業に適用され、20年4月から中小企業も対象になる。原則は月45時間、年360時間で、労使で合意すれば年720時間以内までは可能。月100時間を超えてはならず、2~6カ月平均で月80時間以内といった内容だ。建設業など猶予期間が続く一部業種を除き、違反すれば30万円以下の罰金か6月以下の懲役となる。」という状況の中で、大企業ではすでに従業員の勤務時間管理が厳しくなっている。その分、無理な短納期発注や休日出社の強制など、下請け中小企業へのしわ寄せが強まっているとの指摘がある。公正取引委員会の幹部も「短納期発注などが目立つ」と話す。」ということが起きているわけである。
「企業への監視を強めるため、経産省と厚生労働省は合同で働き方改革の対策チームを立ち上げた。」と同時に、「公取委や経産省は大企業など約20万社に書面で中小企業へのしわ寄せを防ぐよう要請した。」としている。
だが、「企業側に改革の負担を押しつけるのは限界がある。IT(情報技術)の活用拡大や大企業を含めたサプライチェーン全体の見直しを官民挙げて進めるなど、産業全体の生産性を高める取り組みと働き方改革を同時に進めることが欠かせない。」と記事は結んでいる。
厚生労働省は、「時間外労働の上限規制-わかりやすい解説」という手引きを作成し、掲示している。
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
時間外労働が野放しで、そのまま過労死が「Karo-shi」として英語で通用するまでになった過酷な労働環境の改善に向けた措置としては、大きな一歩である。
しかし、今回の改正でも、国際的に見劣りする割増賃金の見直しは行われなかった。
少し古いが、内閣府が2013年10月4日に「第2回経済の好循環実現検討専門チーム」に提出した次の資料を見れば、割増賃金の是正が必要なことは明らかであろう。フランスは週35時間労働であることに注意が必要)。
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/k-s-kouzou/shiryou/2th/shiryo4.pdf
この資料には、「労働者の方が、あえて残業して、割増賃金を稼ぐ」という懸念も記されているが、労働時間管理は、管理者の重要な責務であり、残業は本来、業務のやむを得ない必要性によって、管理者の命令・指揮下において行われるべきものである。この懸念は、そんな基本的な事すら、日本企業の労働現場では行われていないことを示唆している。
記事では、「中小企業は労働生産性の停滞が続いている。法人企業統計調査を使って中小企業庁がまとめた資料によると、製造業では大企業が09年度から17年度の間に約40%向上した半面、中小企業は11%の上昇にとどまった。非製造業でも同じ期間に大企業が23%、中小企業は8%と改善の幅に差がある。」ともしている。
まず、そもそも日本の労働生産性は低く、2018年の「時間当たり労働生産性は 46.8 ドルで、OECD加盟36カ国中21位」とされている。
https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2019.pdf
ここで、きちんと理解しておく必要性があるのが、「時間当たり労働生産性」の算定方法である。上記の資料では、次のように算定している。
1時間当たり労働生産性=GDP÷(就業者数×労働時間)
この式から「1時間当たり労働生産性」を引き上げるためには、まず労働時間を減らすことが考えられる。もちろん、それによってGDPが減少したら効果が減殺されるわけだが、そうならないようにするのが「働き方改革」であり、人力をAIなどに置き換える省力化も重要な要素になる。
一方、就業者数については、日本の人口の少子高齢化によって、生産労働人口が減少し、それによってGDPも減少する恐れがあるが、女性や高齢者の就労増加によって、その影響を緩和しようというのも「働き方改革」の一面である。
最後の問題は、分子がGDPでよいのか、という点である。成長がなければ国家は衰退するとされているが、その考え方の下で建設された「箱もの」は、建設時にはGDP増加に寄与したのだろうが、その後の管理では、むしろお荷物となっている状況である。この修繕・維持費用だけで、GDPの数パーセントが必要であるという議論があるが、そのために「箱もの」をまた作れば、将来世代が、その負担を背負うことになる。つまりは、建設のみをプラス要因と考えるGDPの算定方法に問題があるのではないか。この欠陥の象徴が、原子力発電所で、今や廃炉のコストや方法も見通せない状況になっている。
GDPの欠陥や代わりの指標は、ずっと以前から指摘されているが、代替手段のないまま、今日に到っている。しかし、深刻化する温暖化問題に見られるように、GDPというか成長至上主義のツケは増大する一方である。どこかで、AI技術などの進展により、短い労働時間でも基本的な不足のない生活水準が維持できるようにならなければ、人類は破滅に向かうことになるのではないだろうか。
2020年2月17日月曜日
2020年2月17日 朝日朝刊24面 (職場のホ・ン・ネ)「正規」こそ正しい?
2020年2月17日 日経朝刊5面 (経営の視点)「オブジェ社員」を生むな シニア活性化、企業が左右
最初の記事は、「派遣社員として働いていますが、「就職氷河期世代の非正規雇用」と呼ばれることに違和感があります。まるで「正規」こそが正しいと言われているように感じます。」という40代女性の声である。「政府には「正規」「非正規」を自由に行き来できる社会をめざしてほしいです。」としている。
後の記事は、多摩大学大学院の人事論担当の徳岡晃一郎教授による、役職定年・定年延長のシニア社員についての周囲の評価をヒアリング調査を紹介したものであるが、「明らかに時間内だけ事務所にいれば、たいして頑張らなくても給料がもらえるというオーラを放つ人もいる」「アドバイザー的な役割しかになわず、まるでオブジェのよう」などと否定的な声が大半としている。
記事では、「政府は企業に70歳までの就業機会確保の努力義務を課す「高年齢者雇用安定法」の改正案をまとめたが、これは問題の解決ではなく、むしろ悪化させるだろう。」としている。
その背景には、「日本企業の人材投資は新入社員と管理職に集中」という企業側の側面と、「社外での学習や自己啓発に取り組む会社員の比率は日本は他国に比べて非常に低い」という働く側の意識改革の側面とがあるとしている。
「非正規」という用語は、「non-regular」の訳語であるが、日本では、「abnormal」すなわち異常に近いニュアンスを持たれているように感じられる。政府や学者も、「非正規」という用語を使わないようにしたらどうかと模索したことがあるが、うまく行っていない。もっと言えば、日本では、「正社員」が「正規」であり、中途入社者すら色眼鏡で見る傾向が、まだまだ続いているように感じられる。
「オブジェ社員」というのは、以前の朝日の記事では、「妖精さん」と呼ばれていた。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200119AA07.html
こちらも、日本の労働慣行から生み出されたものである。すなわち、新卒一括で採用した社員を、当分の間は能力でなく年功的に処遇し、徐々に管理者や幹部候補生を選別し、対象外となった者は飼い殺しにするという「日本型雇用」のシステムによるものである。それでも離職しないのは、年功賃金と定年までの雇用保障があるからで、対象外となれば頑張ったところで見返りはしれているから、そのうち「オブジェ社員」や「妖精さん」になるという道筋である。そして、こういう業績や貢献に見合わない報酬を享受できるのは、「(元)正社員」に限られるという構造なのである。
https://kubonenkin.blogspot.com/2020/01/20200119AA07.html
こちらも、日本の労働慣行から生み出されたものである。すなわち、新卒一括で採用した社員を、当分の間は能力でなく年功的に処遇し、徐々に管理者や幹部候補生を選別し、対象外となった者は飼い殺しにするという「日本型雇用」のシステムによるものである。それでも離職しないのは、年功賃金と定年までの雇用保障があるからで、対象外となれば頑張ったところで見返りはしれているから、そのうち「オブジェ社員」や「妖精さん」になるという道筋である。そして、こういう業績や貢献に見合わない報酬を享受できるのは、「(元)正社員」に限られるという構造なのである。
これで、会社が活性化したら、それこそ不思議である。それでも、日本企業がこのシステムから脱却できないのは、経営幹部がその中で育ってきたからであり、また、業績や貢献あるいは能力をあからさまにする報酬体系への切り替えは、このぬるま湯に慣れた正社員や、彼らがベースとなって構成している企業内労働組合の反発を招くからであろう。
脱却のカギは、公正な評価と処遇にあるわけだが、ぬるま湯システムに慣れた者が管理職になっているのだから、容易ではない。そのうち土台から腐って倒れることになるのだろうが、それが日本での「大企業病」の実態なのであろう。
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