2020年2月6日木曜日

2020年2月6日 朝日朝刊12面 (社説)賃金の時効 原則の「5年」を早急に

「未払いの残業代などをさかのぼって会社に請求できる期間(時効)を今の過去2年分から3年分にする。そんな労働基準法改正案が国会に提出された。」ことに対する社説による論説である。
「4月施行の改正民法で、一般的なお金の支払いを請求できる期間が原則5年に統一されるのに合わせた見直しだが、なぜ賃金は3年なのか。」と疑問を呈するものである。
「働く人を守るための法律が、民法の原則を下回るルールを定めて権利を制限するのはおかしい。早急に民法と同じ5年にするべく、国会でしっかり議論しなければならない。」というのは、まさにその通りの正論である。
「厚生労働省の審議会で、労働側が改正民法と同じ5年にするよう求めたのに対し、経営側は賃金台帳といった記録を保存する事務負担が増えるなどと反対」し、「「当分の間」は3年とし、施行5年後に見直しを検討する折衷案で折り合った。」ということである。
そして、「賃金は働く人の生活の糧である。労基法が民法に優先する特例を定めたのも、保護の必要性が高いからに他ならない。労基法の趣旨、働く人たちの権利を守る視点に立ち返って考える必要がある。」と結んでいる。

論説としては、非の打ちどころのない正論である。だが、法案が提出されている以上、正論だけを振りかざしてみても、事態は改善しないであろう。
この問題を考える場合には、諸外国の状況を見てみる必要もあるだろう。審議会での議論に先立ち、学者による「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」が開催され、そこで論点整理が行われているが、その検討会の議論の中で「賃金請求権に関する外国法制の整理」が提示されている。
 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000211191_2.pdf
これを見ると、民法より短い賃金債権の3年という時効が、必ずしも異例というものではないことが分かる。このことが、検討会での論点整理にも影響を与えているのであろう。
ただし、この中のドイツの項にある「主観的起算点」という概念には注目しておく必要があるだろう。それは、「請求権が発生し、かつ債権者が請求権を基礎づけている事情及び債務者を知り、または重大な過失がなければ知っていたはずの年の末。」というものである。
これを賃金債権について考えれば、労働者は使用者が適正な賃金を払っているものと信頼しているはずであり、使用者側が適正な賃金を支払っていなかったことを知った時から、時効の起算が始まるということであろう。論点整理では、これについて、「どのような場合がそれに当たるのか専門家でないと分からず、労使で新たな紛争が生じるおそれ」があるとしている。
一方、社説では、「残業代の不払いを指摘されて100万円以上を支払った企業は18年度、1768社、総額124億円(約12万人分)にのぼる。問題が発覚した企業の多くは、労基法で定められた2年分しか払っていない。」としている。最大の問題は、このような違法な賃金不払いを、いかにして抑止するかということであろう。
そこで提案したいが、法案の骨子はそのままとしつつ、「過去3年間におうて、賃金の不払にかかる行政処分を受けた企業については、賃金債権の時効期間を5年とする」といった趣旨のただし書きを付加してはどうか。
多くの企業においては、適正な賃金が支払われているのであろう。そうでなければ、正常な労使関係は破綻する。問題は、故意または重大な過失によって賃金不払いを行っている企業であり、そのような悪質な企業は、ほとぼりがさめれば、また悪事を繰り返す可能性が高いであろう。「事務負担が増える」と5年間に反対している経営側も、適正な賃金支払いを行っていれば3年で問題ないのだから、この追加条項に反対するいわれはないであろう。
核心は、いかにして悪質企業から労働者を保護するかであろう。その本質にのっとって、法案の国会審議を行って欲しいものである。

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